〜Vampire’s Annui9〜
カフェの外に出ると、まだ陽射しはあったが、少し雲が出て薄曇りになってきていた。明菜が空を見上げて言う。
「あ、お天気ちょっとマシになったかな〜?」
「…雲が増えてきたな……」
「良かったね〜!」
「…ホントにな…助かる…」
カイルたちの会話が聞こえたのか、変な顔でこちらを見た人たちがいた。天気が悪くなって喜ぶカップルもそうそういないだろう。
「じゃあ服見に行こっか〜」
「ああ」
改めて街を歩き出す。この界隈は服やら雑貨やらの様々なショップが集まるメインストリートで、平日もだが、休日は更に人でごった返していた。しばらく歩くと明菜が目当ての店を発見する。
「カイルくん、ここ入ってみようよ〜!男性ものも置いてあるから、カイルくんのもあると思うよ〜」
「…そうだな…」
明菜の示した店はビルの一階に入っている服屋で、カジュアルからシックなものまで、また男性女性両方の服を置いてある所であった。ショーウィンドウに飾ってある服のコーディネートが明菜の好みそうなものだな、とカイルは思う。
「いらっしゃいませ〜!ごゆっくりご覧くださいませ〜!」
女性店員の明るい声に迎えられる。中に入ると思ったより広く、床が木で出来た所もあり、落ち着いた雰囲気となっていた。カイルたちの他にも、数人、いや、数組カップルらしき人たちが服を選んでいる…。
「わあっ!これ可愛い!!」
入ってすぐに明菜はコートに飛びつく。それは丈が短めで、裾が広がったポンチョ風のコートで、カイルの目から見ても明菜のイメージにぴったりであった。
「いいんじゃないか…?」
「ねー!!わたしゃこれ買うよ!!あ〜、でも色が迷っちゃうなあ〜……どっちにしようかな〜」
そう言って明菜は色違いのコートを自分に当てて見せる。どちらも明菜に似合っていたが、より明菜を華やかに見せる色のほうをカイルは選ぶ。
「……こっちのほうが良い……」
「じゃあこっち!!わたしよりカイルくんのほうがセンスいいからね〜!」
笑顔で言うと、サッとカイルの選んだほうを取って次を見に行った。
「わたし、あとスカートをちょっと見るよ〜。カイルくんも自分の見てきていいよ〜」
明菜は手にコートを持ち、スカートコーナーに目を向けながらカイルにそう言った。明菜のことだから、さっきのように即決でスカートも決めてくるだろう。自分の好きなものが分かっているのだ。
「…じゃあちょっと見てくる……」
「は〜い」
スカート選びに熱中しだした明菜を置いて、カイルはメンズ売り場のほうに目を向けた。
(…俺も、コートをもう一枚買い足しておくか……)
色々な種類のコートが並ぶが、全部趣味が良い。カイルの好みにも沿っていた。
「よろしければ、あちらに試着室がございますので、お気軽に試着してみてください」
「…ああ…ありがとう…」
声をかけてきた男性店員に会釈して、一枚手に取る。砕け過ぎず、硬過ぎない。絶妙なデザインのそれをカイルは気に入った。鏡の前で合わせてみてもサイズも丁度良い。そこに先程の男性店員がやって来る。黒髪のなかなかスタイルの良い好青年だ。
「よくお似合いですよ〜身長も高いですし、何かモデルとかされてますか?」
「…いや……していないが……」
この後の流れを予想して何となく嫌な予感がするカイル。
「マジですか!?これだけの高身長にスタイルの良さ、顔も格好いいし勿体ないですよ!!良かったらうちの店でモデルやってみませんか?他所との掛け持ちもオッケーですよ」
案の定、カイルがモデルをしていないことを知って大袈裟なぐらいの驚きを示し、モデルになることを勧めてきた店員。営業スマイルで押してくる。しかしーー…。
「…俺はモデルはやりたくないんだ……悪いな…」
「…そうですか……本当に勿体ない……でもまた気が変わったらここに連絡してくださいね〜」
そう言って男性店員がこっそりと番号が書かれたカードを渡す。確か前にもこんなカードを別の店でもらった気がする……と、カイルは思った。
「でもよく声かけられるんじゃないですか?道歩いてても」
確かに。雑誌のモデルをやらないか、どっかの事務所に入って芸能界に入らないか、果ては、ホストやらないかエトセトラ……。カイルは自分の見目が悪いほうではない、まあ良いほうではある、とは自負しているが、自分の顔や身体が特別優れているとはおもわない。
「…俺みたいなヤツはザラにいるだろ……」
“カイルみたいなヤツじゃない”ほうからしたら、『これだから顔面偏差値の高いヤツは』と、歯ぎしりをするセリフなのだが、カイルにとっては嫌味でもなんでもなく本当にそうなのだ。
そう、『吸血鬼』には容姿の美しい者が多いのである。
「またまた〜、外国人でもなかなかいませんよ、こんな逸材…」
そう言いながら店員が笑いかけた。それに適当に返し店内を見回す。ちょうど明菜もスカートとコートを手にレジの所まで来ていたので、それもまとめて会計に回す。
「三点合計で二万三千百八十円です〜ありがとうございました〜」
手早く精算を済ませて店を出た。すると、空からは小雨が降り始めていた。
「…待たせたな…店員と少し話してたんだ……」
「全然だいじょうぶ!ゆっくり見れたよ〜」
笑う明菜の髪に雨が降りかかる。二人は傘を広げた。道行く人も、傘を広げたり小走りになったり、雨宿りにと店に入る人もいる。カイルと明菜は傘をさしながら、街をのんびり歩く。
「それにしても、やっぱりカイルくんはカッコいいね〜」
「……何だ……急に……」
明菜がにやにや、じゃなくて、にこにこしながらカイルのほうを見る。
「さっきまたモデルのスカウトされてたでしょ〜」
「……見てたのか………」
先刻のことを思い出してカイルは少しげんなりする。服を買いに行く度にこれだとちょっと憂鬱になる……。明菜は思い出し笑い的なものをしながら、更に続ける。
「わたしと話してた女子店員さんも、『彼氏さんですか?格好いいですね!!』って言ってたよ〜」
「…へえ………」
(……って、……それはどういうイミなんだ……?)
何気なく言われた明菜の言葉にカイルは激しく動揺する。他人から見たら確かに彼氏彼女にしか見えないだろうが、その店員の言葉を受け入れているということは、明菜は自分のことを『彼氏』だと認めてくれているというのだろうか?
(…それは、嬉しい……じゃなくて…いや、それはそうだけど……色々マズい……と思うのだが……)
クールに見える表情の裏で、そんな葛藤をしているとは知らない明菜はサラリとカイルの胸を抉る。
「そんでね〜『彼氏じゃないけどカッコイイよね〜』って言ったら、店員さん目を剥いて『お友達ですか?良いですね……あ、ラインとかします?』って聞かれたんだけど、どうしてかなあ〜?……あれ?カイルくん、どうしたの〜?」
「………どうしてだろうな…………」
不思議そうに問う彼女が振り返ると、ガックリと首を項垂れた吸血鬼がそこにはいた………。
そうこうしているうちに雨脚も強くなり、歩くのにも飽きてくる。
「……そろそろ帰るか……」
「そうだね〜。今日の用はもう達成したし!」
ほくほく顔で明菜が言い、カイルもそれに頷く。近くの駅へと足を向けた。
「ふんふん〜ふふ〜ん〜たらりったった〜…」
「……………」
明菜がアニソンの鼻歌を歌っている横でカイルは、つと、気配を察知する。地下鉄の出入り口へと向かう人の流れの中、妙な違和感を感じた……。
(……何だ……この違和感…いや、胸騒ぎは……?)
信号が青になり、交差点をぞろぞろと人々が歩き出す。キィン、とカイルの聴覚が広範囲の音を捉えた。瞳孔が細くなる。
『……今日夜何食べるー?……』
『…すみません、今急いで行ってますので……』
『雨冷たいねー…早く帰ろうよー……』
『……でさ、ウチの彼氏がさー……』
ざわざわとした、行き交う人たちの話し声が、車のクラクションの音が、街の騒めきが無数に飛び込んでくる……。
(………どこだ………?……)
違和感の発生源を知ろうと、辺りを注意深く見渡し方向の特定にかかる。明菜に怪しまれないように、目線だけで探った…。と、
(………!……あれか………!!……)
交差点を渡り切る前に、一台の右折のトラックがこちらに向かってくる。そのトラックは、こちらが見えていないのか、スピードを緩めようとはしない。カイルの瞳に、運転席の男の意識がないのが映る。周りの者も、異状に気づいて声をあげ出した…。
「……やだ…何あれ………」
「……え……危なくない……?…」
明らかに歩行者がいるのに、そのままのスピードで突っ込んでくるトラック。騒めきが悲鳴に変わってゆく。
「…きゃ……!!」
「……避けろ………!!」
カイルたちの前にいた人々が暴走するトラックから逃れようと、四方に散る。トラックは蛇行しながらカイルと明菜に接近した。明菜はトラックのほうを見てはいるが、気づくのが遅れたのか、足が竦んでいるのか咄嗟に動けないようだ。スローモーションのように明菜に引き寄せられていくトラックに、誰もが大惨事を予想した。
「――……明菜……――!!……」
誰かの声にならない悲鳴が聞こえる。ガァン!!という大きな音がして一瞬の静寂が訪れた。
「………え………?」
最初に声をあげたのは誰だったのか。思わず目を閉じた人々が恐る恐るトラックのほうを見る。人にぶつかって止まったのか、トラックは停止していた。ゆっくりと時が動き出す……。
「………危ねえな…………」
彼らが見たのは、血塗れの若い女性の無惨な姿ではなく、女性を守るようにして抱き抱えながら“足”でトラックの暴走を止めた整った顔立ちの若い男性の姿だったーー……。
「……カイルくん……っ…あし…っ…!!足…!!足が!怪我ない!?してるよね!?だいじょうぶ…!?」
思考停止から戻って来た明菜が、カイルの足元――トラックのバンパーの上辺りに食い込んでいるーーを見て、パニック気味に尋ねかける。
「……大丈夫だ……これくらいは何ともない………」
トラックがもう動かないのを確認して、足を外す。金属がギシリ、と音を立てた。皆、まだ呆然とカイルたちを見ている。
「……すまないが、百十番と救急車を呼んでくれないか……?」
「…っ……はっ、はい…っ……!」
一番近くにいた男性に連絡を頼んだ。運転席の男は意識をなくしたままだ。早急に病院へ運ぶ必要があるだろう。自分よりも先にーー…。カイルはトラックにめり込んでいた右足を地につける。力を入れてみた。
(……衝撃はあったが、“力”で強化していたし、痛みはないな……万一怪我していたとしても、一瞬で治るだろうしーー……)
「…カイルくん、歩ける……?」
明菜が泣きそうな表情で聞いてくる。その顔に不謹慎にも胸がどきり、となりながら、心配させないよう言葉を選ぶ。
「…問題ない……思ったよりスピードがなかったみたいだ……」
足を振りながら無事をアピールしつつも、明菜を落ち着かせようと髪を撫でてやった……。そんなカイルの姿を見て、明菜はちょっとホッとしたのか表情を緩めた…。
「……す、すげー!!あのトラックを足一本で……!!」
「カッコイイ!!」
「何てクールな彼氏なんだ…!!」
「彼女の命を守ったぞ!!」
呆然と見ていた周りの観衆のフリーズが解けて、カイルを称えるコールが起きる。どこからともなく拍手が沸き起こった。それに伴って皆、スマホでカイルと明菜を撮影しようとする。あとでSNSなどにアップするのであろう。
(……まずいな………)
カイルはあまり顔を公に晒したくない。しかも今回のことのように、尋常じゃない状況に吸血鬼である自分が居合わせたということを、広められたくはないのだ………。それに……。
「…え……でも、トラックを片足で止めるなんて“普通”できる……?」
「あんまりスピードが出てなかったんじゃ…?」
「…いや、けっこう出てたよ……」
「しかも、怪我もしてないみたいだし……」
「キックボクシング習ってるとか」
「いやいや、でもおかしいって。“人間業じゃない”よ……」
(……そうだ……俺は『化け物』だからな……)
カイルを褒め称える一方、少なからずある畏怖と嫌疑の瞳――…。カイルの優れた聴覚は、それらのひそひそ声も拾う。それに、人知れず自嘲した………。
「…明菜、動けるか……?」
「うん、大丈夫だよ」
「ひとまず、ここを離れよう…」
このままここにいても、警察が来たら更にややこしくなるのが目に見えていたので、カイルは退散することにした……。気配が分かりにくくなるようにして、写真を撮っていた人には強制的に電源が落ちるように力を送って………。
「……!………」
瞬間、また別の気配を感じてカイルは振り返る。
「どうしたの〜?」
「……いや……何でもない……」
カイルは一瞬だけ感じた新たな気配に眉をひそめつつ、明菜を連れて騒めく群衆から離れたーー…。
「……あれ……?あの二人、どこに行った……?」
「……いなくなってる…いつの間に……」
「ってか、俺のスマホ、急に電源落ちたんだけど…」
「…わたしも……さっき撮った二人の写真が消えてる……!」
その後、トラックが突っ込んで来たのも含めて、雨の中白昼堂々起きた心霊現象として、しばらくニュースの話題になったのだった………。




