覆面レスラーは異世界バトルでもブリッジで耐える
「絶望の迷宮」の地下八階。僕たちは今このダンジョンの宝を守る魔物、暗黒騎士と対峙している。
僕の名前はマキ。職業は魔法使い。依頼を受けてダンジョンに潜る冒険者だ。
僕が所属するパーティーは四人の冒険者で構成されている。魔法使いである僕、荷物運びのリュウ、プロレスラーのブーメランマスク隊長、実況兼レフェリーのフルタチ。
まあ待て。ツッコミたいのはわかるが、詳しい話は戦闘が終わってからもう一度しよう。
そんな四人の中のメンバーの一人であるブーメランマスク隊長が今、暗黒騎士と向かい合っている。
隊長の装備は目と鼻と口のところに穴の開いているマスクに白いブーメランパンツの二つだけ。もちろん武器など持っていない。以前に「棍棒くらい持ったらどうですか?」と提案してみたが「私の武器は拳さ☆」と爽やかに言われてしまった。
当然だがダンジョンに裸同然の格好で入るなんて上級クラスの冒険者であっても自殺行為である。レベルの高さより装備の良さの方が勝敗を左右することも良くあり、装備を軽視する冒険者には死が待っている。
ただまあ、この人はにそのような常識は通用しない。ブーメランマスク隊長は全裸で一人でダンジョンに飛び込んだとしてもおそらく無事で帰ってくる。
この人はそんな滅茶苦茶がまかり通るほど、圧倒的に強い。
ブーメランマスク隊長は暗黒騎士に向けて二本の指をさし、その指を自分の方に向けてクイックイと二回曲げた。かかってこいという合図だ。
人形の魔物であり、知能が高い種族と言われている暗黒騎士はその意味を理解したらしく、腰に差していた重々しいサーベルを引き抜いた。
暗黒騎士はガシャガシャと音をたてながらも鎧系の魔物とは思えないほどの俊敏な動きでブーメラン先輩へと迫った。
そして引き抜いたサーベルを軽々と振りかぶり、隊長に向けて一閃。
「ここで暗黒騎士の斬撃だー!」
振りかぶると同時にマイクを持って何やら騒ぎ出したのが、うちのパーティーの実況兼レフェリーであるフルタチだ。こいつは何故パーティーにいるのか未だに不明だが、隊長と魔物が戦う様子を熱く、分かりやすく私たちに伝えるのが役割である。
もう一度言うが、何故パーティーにいるのかは不明だ。
「ガチイイイイイィっという激しい音がしたが、ブーメランマスクは大丈夫なのかぁ!?斬撃による砂埃が上がっており、私の目では確認することが出来ません!」
徐々に砂埃が晴れ、隊長と暗黒騎士の様子が露わになる。
「あーっと!しかしこれをブリッジで耐えていたーっ!理論やメカニズムは一切わからないが、どうやら無傷のようだーっ!」
大木も一瞬で真っ二つにするという暗黒騎士の斬撃。その斬撃を上半身裸にブーメランパンツの男がブリッジをして胸だけで受け止めている。うちのパーティー以外では絶対に見ることのない異様な光景だ。
「ブーメランマスクの大胸筋には、果たしてダイヤモンドでも仕込まれているのか!?それとも普段のトレーニングの賜物といったところなのかー!?」
どっちも嫌だわ。あの大胸筋は魔法でも説明がつかないし、超常現象と言うことにしておこう。
斬撃を受けられたことに動揺したのか、暗黒騎士は一旦、隊長と距離を取った。
「ヘイ!マキ!」
隊長は僕に対して手で合図をした。魔法を使えということだ。
「了解ですよっと、即席プロレスリング!!」
僕が魔法を唱えると、隊長と暗黒騎士の周りに四角形をかたどるように四本の柱が地面に刺さり、その周りを数本のロープがグルグルと囲った。これを隊長が出身のメキシカーナ地方では「リング」と言うらしい。
「グッドだ!マキ!」
先輩はリングの中で相対する暗黒騎士ににじり寄り、腕を広げた状態で両手を開いた。
「あーっと!!ここでブーメランマスク、サーベルを持つ相手に対して力比べを要求したーっ!何て身勝手な発想だ!果てして、暗黒騎士はこの要求に乗るんでしょうか!?」
暗黒騎士は少し悩んだ挙句サーベルを放り投げ、隊長と同じく腕を広げて両手を開いた。
「あーっと!!乗ったー!!相手の得意分野に自ら飛び込んだ!騎士にとっては命とも言えるそのサーベルを放り投げた!そして騎士道よりも魔物としての闘争本能が勝ったんだと言わんばかりの表情だ!」
どんな表情だよ。ていうか鎧族に表情なんてないから。
二者はリングの中央で組み合った。力比べは隊長が優勢で、ジリジリと相手に体重をかけていく。暗黒騎士は力比べに屈し、地面に尻をついた。本来はここから背中を反って耐えるところだが、鎧族には関節が無いから反れないのだろう。
「あーっとそれはいけない、それはいけないぞ暗黒騎士ォ!ここで屈してしまうと、ブーメランパンツの思うつぼ…やはり出た!腕を抱えたぞ、いきなりの大技だ!」
隊長は暗黒騎士の両腕を抱え上げ、そのまま力任せに後方へ投げ飛ばした。
「出たーっ!!!決まったぁーっ!!ダブルアームスープレックスゥ!!!」
綺麗に決まった大技に、魔物も立ち上がることが出来ない。
「おーっと、そのまま決めに行くぞ!?ブーメランマスク、フォールに入ります!ワン、ツー、スリ…あーっと返した!!何と言う根性だ暗黒騎士!!カウント2.995!!!!」
なんじゃ2.995って。お前の身体はストップウォッチでもついてんのか。
ギリギリの状況でフォールを返した暗黒騎士であったが、やはりもう体力の限界らしく、立つこともままならない状態になってしまっている。
フラフラの状態の魔物に隊長が歩み寄った。そして、お互いのファイトを称えあうかのように握手を求めた。相手も、フラフラになりながらも一歩ずつ隊長に歩み寄り、金属の手で隊長の手を…。
「あーっと!ブーメランマスク、握手と見せかけて相手のバックを取った!そしてそのまま、ジャーマンだ、ジャーマンスープレックス!!!」
そのままカウントがスリーまで決まり、暗黒騎士は成仏して光の粒となり消えていった。
勝てる状況からあの仕打ち…。魔物とはいえ容赦ないなこの人は。
「ダークナイト君、ナイスファイトだ☆」
隊長は上空に浮かび上がりながら消えていく光の粒を眺め、親指を上に立てて天に召される暗黒騎士を見送った。
涙を流す隊長とフルタチ。その様子を冷めた目で見つめる僕。そしてせっせとリングを片付けるリュウ。
こうして我がパーティーは伝説の冒険者ですら諦めた「絶望の迷宮」を攻略しましたとさ☆
〇ブーメランマスク[12分18秒 ジャーマンスープレックスホールド]×暗黒騎士