4騎 第一階層
辺り一面に広がる草原。
ロルカ平原。
スリード王国領に属する平原で、所々に薮や林が点在する程度の見晴らしのよい草地が広がる。
大型のモンスターはおらず、小型のネズミやキツネといった小動物を見かける程度の、難易度の低いフィールドだ。
「地下なのに、空がありますね……」
「でしょでしょ! 凄いよね~! オレっちも、パナはマジビビったよ~」
見渡せば、教会以外の建物は見当たらず、数キロ先に山影が見える程度。
どこまでがフィールドで、どこまでが立体映像なのか、判断がつかない程のリアリティである。
「おっと、敵さんのお出ましっスよ」
マイキーの視線の先には、ぴょんぴょんと飛び跳ねる小動物が3体。
「一応、てろてろさんもいることですし、サーチした情報を共有しますね」
「あ、ありがとうございます」
視野の一部に、仮想的な画面が現れ、そこにモンスターの情報が表示される。
レベル2 ジャンピングラット。
レベル2 ジャンピングラット。
レベル3 ジャンピングラット。
そのうちの1体の詳細をサーチする。
個体名 ジャンピングラット
レベル 2
種族 小動物
全長 20センチ
HP 10(極小クラス)
MP 2(極小クラス)
SP 2(極小クラス)
攻撃力 5(極小クラス)
防御力 1(極小クラス)
敏捷力 12(極小クラス)
属性 なし
特殊攻撃 咬みつき。
ロルカ平原に生息する小動物。
雑食。
夜行性だが、エサを求めて日中帯に活動する場合もある。
敏捷性が高い。
前歯は鋭利な刃物のようになっており、経験の浅い冒険者では、重傷を負う場合がある。
「じゃあ、私とマイキーで2匹受け待ちますので、てろてろさんは、真ん中の残り1匹をお願いします」
「は、はいっ!」
言うが早いか、アインツとマイキーが、ジャンピングラットを2匹仕留める。
バラバラに散った内の、真ん中の1匹が、てろてろに向かってくる。
「やあっ!」
掛け声一閃、剣を振り下ろすが、相手は20センチ程の小さい標的で、しかもジグザグに跳ね回っているため、当てることすらできない。
本物の生き物であれば、それでも突進してこようなどと無茶はしないが、あくまで立体映像装置、リアビューが作り上げた虚像である。
プログラム通り、プレイヤーに襲いかかってくる。
てろてろが剣を振り、ジャンピングラットがかわす。
隙を突いて、ジャンピングラットが飛びかかる。
てろてろの左手を、ジャンピングラットの前歯が掠める。
「っ!!」
てろてろは、反射的に顔をしかめるが、実際には、武器と装備に備え付けられた、バイブレーションパーツが多少振動しただけで、衝撃は受けなかった。
仮想画面を見ると、HPが少し減っていた。
「ライトキュアウーンズ!」
エレーナが複雑な振り付けと詠唱を行い、てろてろに手をかざす。
てろてろの仮想画面のHPゲージが、元に戻っていく。
「ありがとうございます、エレーナさん」
「いきなり教会送りでは面白くもなかろ」
エレーナが、にやりと笑う。
「初めは、無理に標的へ当てようとしないで、剣を横に払う感じで、敵の動線の上をなぞるように」
「は、はいっ」
てろてろが剣を右から左へ、大振りに払う。
何回か空振りするも、ジャンピングラットの動きと重なったところで、辺り判定が発生した。
払った勢いで弾き飛ばされるジャンピングラット。
倒れたジャンピングラットは、デジタルモザイクのようなブロックになり、そのブロックも空中へ霧散した。
「モンスターは、倒すとこんな感じに消えちゃうんです。で、そこに転がってるのが、ドロップアイテム」
見ると、キラキラと光る鉱石のような粒。
「大体が、それみたいなクリスタルを落としていくんですけど、たまに装備や宝石などを落としていくモンスターもいるんです」
「クリスタルは、この世界で買い物するときに使うもので、このくらいの大きさだと、5カラトくらいですかね」
「カラトっていうのは、このゲーム内の通貨で、1カラトは日本円にして1円くらいの価値で買い物ができます」
「といっても、農産物のおおよその値段から、それくらいの価値、と見てもらえればいいんじゃないでしょうかね」
例えば、リンゴ一つが、100カラトから200カラトくらい。
ヒーリングポーションは、安いもので1000カラトから。
「じゃあ、5円くらいですか~。今回のバトルで3匹全部でも30円くらいなんですね」
「まぁ、イベントや依頼でもなければ、エンカウントモンスターのドロップアイテムはこんなくらいでしょうね」
てろてろがクリスタルを手にすると、仮想画面の表示が一瞬光る。
「あ、レベルアップですね」
「ほんとだ、レベル2ってなってます!」
「戦闘やイベントをこなしていくと、経験値が溜まっていって、レベルが上がっていくんです」
「へぇ~。ちょっと、面白いかも」
「てろてろちゃん、飲み込み早いね~! オレっちなんて、最初は何が何やら、だったよぉ~」
「マイキーさんは、マイペースですからねー」
「今でも、何が何やら、じゃろ」
「うっはー、お約束っスねぇ」
初戦闘とレベルアップもあって会話が弾むところで、エレーナが話を切り出す。
「今度のバージョンアップで、エリア拡張や魔法系統の見直しがあると聞いたのじゃが、おぬしは何か聞いておらんか、アインツ」
「いえ、公式で公開されている情報以外は、特に。モンスターのドロップ率修正とか、戦闘の表現向上なんていう話はありましたが」
エレーナとアインツの会話に、クーネルも加わる。
「大型のバージョンアップといえば、魔王城エリアの一部開放という噂がありますが。そろそろレベルもカンストするプレイヤーが出てきそうなので、全体的なシナリオも終盤に差し掛かっているんじゃないですかね」
「まぁ、魔王城っていうのも、出る出る詐欺にならなきゃいいんですけどね」
「そうですねぇ。なかなかリリースされませんからねぇ。それも、全部じゃなくて、一部開放っていうから、この先長そうですけど」
「だいぶバグがあって、実装に時間がかかっているらしいですね。でも、今回のバージョンアップで魔王城が出来たら行ってみたいですね」
「先にガンツさんたちが行っちゃうんじゃないですかねー」
「ですねー」
「みなさーん、また敵が出てきたっぽいっスよー」
前方、草原が揺れる。
「えっと」
マイキーがサーチし、そのデータをメンバーチャットで共有する。
レベル3 ゴブリン。
レベル4 ゴブリン。
レベル1 ゴブリンシャーマン。
詳細サーチを行う。
個体名 ゴブリン
レベル 3
種族 ゴブリン(亜人種)
全長 102センチ
HP 21(極小クラス)
MP 0(極小クラス)
SP 1(極小クラス)
攻撃力 13(極小クラス)
防御力 4(極小クラス)
敏捷力 10(極小クラス)
属性 なし
特殊攻撃 武器扱い。
ロルカ平原で稀に出現する亜人種。
少人数の集団で行動する場合が多く、単体では脅威ではないものの、集団となると、初心者プレイヤーのみのパーティでは、苦戦することもある。
別クラスとして、ウォーリア、シャーマン、シューターなどがいる。
調べてみたが、もう1匹のゴブリンも、同様のステータスだ。
ゴブリンシャーマンは魔法寄りになっていはいるが、それでもステータスは極小クラスの数値のため、程度に差はない。
個体によっては、魔術の紋章や入れ墨で魔力を高めているものがいるが、上昇率は微々たるもので、アインツたちにしてみれば誤差の範囲だ。
特徴としては、ドロップアイテムとして、魔法元素の結晶を落とすこともあるところか。
ゴブリンは、亜人の種族の中でも、小柄なタイプで、身長は1メートル前後。
よくある緑色の皮膚ではないが、薄汚れた身体は灰色とも茶色とも取れないような、くすんだ色をしていた。
ゴブリンたちは、簡単な服に、切れ味の悪そうなナイフを手に持っており、ゴブリンシャーマンも同じような服と、杖代わりの木の棒を持っていた。
「ゴブリンか。人型モンスターは、初心者には難しいかもしれないけど、サポートするので、挑戦してみてください」
「は、はい!」
てろてろが剣を構える。
アインツとマイキーが両脇を固める。
エレーナがてろてろの後ろで、いつでも回復の魔法がかけられるようにスタンバイする。
「じゃ、後ろのシャーマンは、わたしが相手します」
言うが早いか、クーネルが詠唱を始める。
「リトルマジックアロー!」
クーネルの杖の先端に魔力が溜まる。
その魔力の塊が細く尖り、形を成していく。
「シュート!」
放たれた光の矢が、ゴブリンシャーマンへ一直線に向かっていく。
ゴブリンシャーマンが回避の魔法を唱えるが、効果が途中の間にマジックアローが命中する。
どす黒く濁った液体が、宙を舞う小さな腕から、その持ち主であった身体の間をつないでいるようにも見える。
マジックアローで弾き飛ばされたゴブリンシャーマンの腕が、放物線を描いて地面へ落ちる。
ゴブリンシャーマンの悲鳴が上がり、唱えようとした呪文が中断される。
結像しようとした魔法の塊が霧散する。
「クーネルさんが外すなんて、珍しいっスねー」
「レベル1のゴブリンシャーマンなのに、回避をしようとしていました。まだアップデート前なのに、思考ルーチンに変更があったのでしょうか」
「上層階の戦闘は久しぶりですからね。前のバージョンアップで実装したのかもしれません」
「それより、敵も前衛が来るぞー」
「OK、迎え撃ちましょう! てろてろさん、頑張って!」
「はいっ!!」
前衛部隊の剣戟が重なる。
てろてろを中央に配置し、アインツとマイキーがフォローに当たる。
アインツの防御スキルでは、カウンターやシールドバッシュで、敵にダメージを与えてしまうため、あえてスキルを使わず剣での受け流しをメインに戦う。
マイキーも同様に、ゴブリンのナイフを躱したり受け流したりして、てろてろに攻撃するチャンスを作る。
ゴブリンが大振りをして、アインツが剣で受け流す。
接触処理が行われ、ゴブリンの体制が崩れる。
てろてろがその動きに剣を合わせる。
ガッ!!
センサーグローブに仕込まれたバイブレーションと、剣の当たったエフェクトが発生し、ゴブリンの身体に致命的な傷が表示される。
崩した体制のままゴブリンが倒れて、そのまま動かなくなる。
その身体がモザイクブロックになり、霧散する。
「もう1匹!」
クーネルがゴブリンシャーマンを2発目のマジックアローで仕留めたので、残るはゴブリンが1匹。
「てろてろさん、このまま最後の1匹も、やっちゃってください」
「はいっ!」
てろてろが剣を振り上げた。
瞬間。
辺りが闇に包まれた。
次回、暗闇に包まれた後、アインツたちがどうなるのか、というお話です。