4王 砦の援軍
グレン砦。
レオロ村を蹂躙した南部連合軍の兵士たちが、砦の手前1キロの地点で陣を張って数カ月が過ぎようとしていた。
ここには先遣隊が待機し、砦の動向を伺っている。
南部連合軍の本隊はレオロ村に滞在していた。
レオロ村を焼き討ちしたものの、抵抗する者が誰一人といなかったため、集会場や長老の家など、主要な建物には火を放たず、拠点として活用したのである。
砦から半日という好立地であり、攻略拠点としても十分に利用できる環境であった。
迎え撃つ砦側も、ただ手をこまねいているわけではなく、何度となく南部連合軍の先遣隊に対し、攻撃を加えていたが、柔軟に対応する南部連合軍の動きに翻弄され、効果的なダメージを与えることができていなかった。
そのような折に、グレン砦へルシェンドラ率いる騎兵が到着した。
「これはこれは、ルシェンドラ卿。ようこそこのような僻地まで足をお運びになられましたなぁ」
総督のモルグールがルシェンドラを迎え入れる。
グレン砦の会議室で、モルグール総督とルシェンドラが話をする。
会議室は、砦内の会議だけではなく、近隣の村の代表や、国都からの使者と話をするのに使っている。
特に謁見の間を使う程でもない相手や、威圧する必要が無い者に対して、簡易的な打ち合わせができるように使っている部屋だ。
簡易的とはいっても、多分に漏れず豪華な装飾で覆われており、彫像や絵画など、謁見の間には飾られない物も置かれていた。
壁際のサイドテーブルには、花瓶が置かれており、白を基調とした花束が室内の雰囲気を明るいものにしている。
ルシェンドラもモルグールも男爵であり、また、モルグールの方が総督という地位にも就いているが、ルシェンドラが王位継承権を持つ者だということから、モルグールはルシェンドラに対して下にも置かぬ扱いをする。
あからさまな態度ではあるが、表立って敵対するわけでもなく、中央とのパイプとして考えれば、モルグールの行動も理解できるといえる。
「戦況はどうなっている、モルグール総督」
それを解ってか、ルシェンドラも下手にへりくだったりはしない。
「北への援軍を送る前でようございました。イベータ城塞への援軍を出していましたら、南部連合の攻撃を耐えきれなかったやも知れませぬ。
その点、イベータ城塞にルシェンドラ卿がおられた時に、お手伝いできずに申し訳ないことを致しました」
丁寧すぎる扱いだが、ルシェンドラは気にしていない。
「そのことはよい。オレも前線を外された身。後の事は、砦の守備を任されているキプルカート卿に頼んである」
「はい、キプルカート卿であれば、防衛については王国随一の采配を採られるお方。このウスラー、グレン砦の防衛に関して、教えを請いたいと常に思っているところですよ」
「卿も守備には定評があると聞く。その上向上心に富んでいる様子。国都にいる伯爵殿も、お喜びだろうよ」
「ははっ、恐縮ですな。父にそうお伝え頂けると、私もありがたいです」
「それより」
ルシェンドラの顔が、真剣味を帯びる。
「白銀とやらの一団がいたというが、まことか」
モルグールに対して、ルシェンドラが詰問する。
「ああ、お伝え難いことではあるのですが、白銀のなんとかというやつらが、我が砦の守備隊を壊滅させたということがありましてな。
いや、それは私の落ち度ではないのですがね、広い心をもって、命だけは助けてやりましたともさ。
それに、守備隊といっても、盗賊どもを討ち果たす討伐分隊だったので、防衛戦力には影響がなかったため、この才無き私でも砦を守っていられたといいますか。これはひとえに私の采配によるもので……」
「そやつらはまだいるのか?」
「いえ、もう数カ月前になりますか、褒美欲しげに媚を売るものですから、棒で叩いて追い出してやりましたわ」
いやらしい下卑た笑いでモルグールが答える。
「そうか、それは残念だ」
「なにかご用でもおありでしたので?」
「ああ、白銀の者どもには、返してやりたいものがあってな。どこに向かったかとかは聞いてはおらんか?」
ルシェンドラは、モルグールに尋ねる。
「そういうことでしたら、後は分隊長を呼びましょう。そやつは白銀の者の行く先を知っているようなので」
「そうか、では早速で悪いが頼むとしよう」
「承知しました。おい、誰か、ベルンフォートを呼べ、至急だ」
モルグールは、討伐分隊を指揮していたベルンフォートを呼ぶ。
ベルンフォートは、先の白銀の守護者との戦いで、ほとんどの部下を失っていた。
そのため、彼の分隊は戦闘単位としての人数が足りなくなっており、今は警備や偵察といった任務に回されていた。
「お呼びですか、総督」
ベルンフォートが会議室に入ってくる。
「ベルンフォート、以前おまえの分隊をつぶした、白銀のなんとかという輩は、今どこにおる?」
ベルンフォートは、一瞬戸惑う。以前、あれ程アインツたちを毛嫌いしていた総督が、なぜ今更気にするのかが理解できなかった。
横を見ると、ルシェンドラがベルンフォートを見ている。
「よい、話せ」
ルシェンドラが促す。
「私が存じておりますのは、彼らが一晩滞在し、南の村へ向かったまででございます。なんでも、国都に向かうとのことで、南の街道を使うような事を言っておりました」
「南の街道は、今や南部連合軍が占拠し、そこかしこにいると聞くが」
ルシェンドラが問う。
「かれらが出立したのは、南部連合が攻めてくる前、そうですね、少なくともレオロ村にはまだ攻めてきていない頃でしたので、北の街道よりは安全かと思ったのでしょう。レオロ村へと向かったのが、私の見る最後でした」
ベルンフォートが答えた。
「なるほど、南の村々は南部連合が既に占拠していると聞くからな。奴らがそのままいるとも限るまい。
スリード王国に敵対するつもりがなければ、だがな」
一拍入れているところで、モルグールがルシェンドラに尋ねる。
「そやつらの所在は判らぬとのことですが、この砦に来られたのも神の思し召しでしょう。南に陣取る南部の野蛮人どもを追い払うお手伝いをお願いできませんでしょうか」
「ん? なぜ私がそのようなことをせねばならぬのだ」
「まぁまぁ、そうおっしゃらず。南部の奴らから、白銀の者たちの情報が得られるやもしれませんぞ」
「ならば、そなたが一蹴してくればよかろう、モルグール総督? そなたの兵だ。私が借りるのも悪かろう」
「僭越ながら」
ベルンフォートが進み出る。
「控えい!」
モルグールが止めるが、ルシェンドラは許す。
「よい。いかがした」
「殿下、畏れ多いことではありますが、攻撃に関しては軍神もかくやと言われる殿下のご采配、是非グレン砦の救世主として、指揮をして頂くことは叶いますでしょうか。
総督は、防衛に対しては無類の強さを誇られます。総督には引き続き砦の守備を統括されれば皆も安心致します。
そして、こと攻撃に関しては、王国内で殿下の右に出る者はおりませんでしょう。そのお力を是非お貸し頂ければ、村を追われた民も、心安んずること叶いましょう」
「なるほど、ここで反転攻勢するにはいい機会と見る」
もとより、スリード王国の国防には兵力が必要であると公言していたルシェンドラである。
今までの安定平和志向ではなく、兵力の増強と、他国に侵略されることのない抑止力、仮に攻められたとしても、それを撃退するだけの戦闘力を保持すべきとうたっていた事もある。
「よかろう。私が率いる500の騎兵に、砦の討伐隊をいくらか借りよう。敵は戦う力のない村を襲って得意になっているような連中だ。一気に蹴散らしてくれよう。
マーハラーン!」
「はっ、これへ」
「前線に来たということは、いつでも戦う支度はできておろうな」
「はっ、全て整いましてございます」
「うむ。では、討伐隊の準備ができ次第、一戦交えてくるかな。よかろう、総督殿?」
ルシェンドラがモルグールに確認する。
「それは結構。砦より、精兵100を付けましょうぞ。ベルンフォート、部隊の選と指揮はおまえに任せる」
「はっ。かしこまりました」
グレン砦の南に位置する陣の中に、アインツたちと剣を交えたガンツがいた。
先遣隊として配属された部隊の長を務めていた。
「敵も、援軍が来たようだな」
ガンツはルシェンドラの一軍が砦に入るのを見て、部下に話す。
「あの旗印は、蒼の第7王子と言われる、ルシェンドラのようですな」
「ほほう、その王子様は、強いのか?」
ガンツの目が、ギラリと光る。
「そりゃあ、王国内でも屈指の武闘派だそうで、南部連合の国々にも、その武勇は響き渡ってますよ」
「なんだおめえ、震えてんのかい」
「い、いや、そんなことは。でも、できたらあんな武闘派王子とは戦いたくないってもんです」
「なるほどなあ、そいつあ楽しみだ」
ガンツは、自分の得物を手のひらで叩く。
そのたびに、ガンツの持つバトルアックスから、赤い火の粉のような光が散る。
「だとしたら、せっかく手に入れたこの【赫斧】だ。是非試してみたいものだねぇ」
ガンツは、先のアインツとの戦いで、手持ちのバトルアックスを破壊されていた。
一度南部連合へ戻り、装備を整える際に、アガレスト王国の貴族から、この魔法のバトルアックスを受け取ったのである。
【赫斧】は、炎の属性攻撃を永久付与されたマジックアイテムで、ひとたび振るえば炎が舞い、打ち付けた時には火の粉が散る。
斧の斬撃、打撃だけではなく、同時に火傷も負わせることができる逸品だ。
「強敵であるほど、腕が鳴るってもんだ」
ガンツの顔が、不敵に歪む。




