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32騎 冒険の依頼

 スリード王国の南に位置する南部連合は、ユーラフラス川を国境としており、川の南側に領土を広げていた。

 

 川の北はスリード王国の穀倉地帯が広がっていたが、南部連合軍の侵攻により村々は壊滅し、作物は放置されたままになっていた。


 南部連合の一つ、ブルーレティ公国は、南部連合の中でも2番目に国力の高い国である。

 ユーラフラス川に一番近いアガレスト王国の南に位置するのがブルーレティ公国で、隣にはゴルフェメル国がある。

 ブルーレティ公国の南にはツーグルス川が流れており、これらの三国はこのツーグルス川とユーラフラス川に挟まれた、水の恩恵豊かな土地柄であった。

 

 ブルーレティ公国の首都アクラは、人々の活気にあふれ、戦時の好景気に沸いていた。

 物価は軽いインフレーションによって上昇しているが、市民の収入もそれに合わせて上昇しているため、市井の影響はそれほどでもなかった。


 戦時下であるためか、働き盛りの男たちが戦場に駆り出されていることもあり、様々なところで人手不足に陥っていた。

 ただ、戦勝中ということもあり、兵員の割り合いはそれほど高くなく、首都での社会環境の低下にまでは至っていなかった。

 

 それも、首都を離れると一変する。

 

 軍隊や警備に携わる者が戦場に赴くため、都市から遠い場所での治安は、著しく悪いものとなっていた。

 

 そのため、街を行き来する商人や、都市から離れた集落などは、モンスターや盗賊たちの餌食になることが多くなった。

 

 そういった悩み事や問題を解決させるために、警察力を当てにできない場合には、冒険者や傭兵に向けて、掲示板などに依頼を載せるのだ。


 知人や伝手が無い冒険者や傭兵は、街の掲示板や宿屋のカウンター脇に設置されている情報共有板などで、仕事を探すことが多い。 掲示板には、仕事の斡旋や依頼が記されており、それを選んで事にあたるのである。


 個人が出すこともあり、また仲介料も取られるため、報酬は割安になることがあるが、その数は多い。

 また、時勢を反映してか、難易度にはかなりの幅があった。



 宿屋、生まれたばかりの小鹿亭。

 宿無しの流れ者や旅人、冒険者らが主に使う安宿である。

 

 ここにも、情報共有板があり、仕事を探す冒険者たちがたむろしている。

 

 1階部分は大きめのホールになっており、酒や食事が提供される。

 2階には、宿泊用の部屋がある。個室や2人部屋もあるが、基本的には大部屋の雑魚寝である。

 

 宿屋の名前とは裏腹に、荒くれ者たちを相手にすることが多い宿の主人は、左目が傷痕で隠れたいかつい大男だった。

 

 宿屋の主人の前に、白衣の集団が現れる。

 

「いらっしゃい。今日はお泊りですかい?」

 主人が訪ねると、白衣の集団の1人が答える。

「仕事を探しに来たんだが、何かあるかね」

 

 白衣の集団は、長身の男とそれより少し背の低い男に、小柄な女だった。

 白のローブを身にまとい、更にマントを羽織っているため、様相はよく判らなかった。

 宿の主人は、ローブの隙間から覗く剣やメイスを見逃さなかったため、戦闘を生業としているのではないかと想像はできた。

 

「あんたたちは戦士かい」

 ドスの利いた低い声で主人が尋ねる。

「そうだ。オレたちは3人とも戦士でね。戦いで稼げる仕事を探しに来たんだが」

「連合の国々では、旅の戦士たちにも階級というものを持たせているのは知ってるか?」

「階級?」

「なんだ、知らねぇのか。

 まぁいいだろ。階級ってのは、そいつの強さの目安になるもんだ。

 連合内では、ブロンズ、シルバー、ゴールドという階級がある。

 ブロンズはなりたての奴がまず登録する階級だ。やる気があれば、誰でもなれる」

「シルバーは?」

「シルバーは、ある程度の成果を出して、実績が連合内の戦士庁に認められれば任命される階級だ。

 まぁ、そこまで行くにも、かなりの競争を乗り越えなくてはならないがね」

「それではゴールドは余程強いんだろうな」

「そりゃあそうだ。ゴールドは指折りの戦士にしか与えられない階級で、連合内でも12人しかいない栄誉ある階級だ。

 それに、今いる12人の枠に空きが出なければ、どれだけ実績を上げてもゴールドにはなれないってんだから、難しいだろうな」

「一筋縄ではいかないわね」

「そういうことだ。あんたたちはまだ階級を持っていないんだろ? だったら、このプレートを持って行くといい。ブロンズの階級章だ」

 主人は、青銅の板を白ローブの男に渡す。

 

「一応、登録をしておかなきゃならんのでな、名前と出身を教えてくれ」

 白ローブたちはお互いの顔を見て、何やら相談する風であった。

 

「どうかしたかい?」

「いや、なんでもない。俺はホワイトウィングから来た、アインだ。戦士をしている」

「私はエレナ。同じホワイトウィングから来た戦士よ」

「ホワイトウィングのマイケル。戦士だ」

 

 主人が、帳簿に記載していく。

「アインに、エレナ、マイケル……っと。よし、じゃあ改めて、生まれたばかりの小鹿亭へようこそ」

 

 アインたちの様子を見て、周りにたむろしている荒くれ者らが、ひそひそと話をする。

 

 アインは、ひとまず空いていそうなテーブルを探し、そこへ掲示板の内容を検討するため、依頼書の写しを借りて見比べようとした。

 

 アインがホール奥のテーブルに向かおうと、荒くれ者たちの脇を通ろうとした時、荒くれ者の1人が、アインの足元に足を放り出す。

 新人冒険者への、先輩からの洗礼といえた。

 

 アインは気付いた様子も無く、その足にぶつかる。

 が、アインはそのまま平気な顔で歩を進めたため、足を出した荒くれ者が椅子に座ったまま足を引っかけられて、椅子ごとひっくり返ってしまう。

 ホール中に、椅子と荒くれ者の倒れる音が、盛大に響いた。

 

 あまりに勢いがついていたため、頭から倒れた荒くれ者は、泡を吹いて意識を失っていた。

 

「なにしやがる、てめぇ!」

 同じテーブルについていた他の荒くれ者が、アインに掴みかかろうとする。

「やめないか。ミッションでもないお前たちの相手をしたところで金にならん。無駄な力は使いたくない」

 アインはそう言い放つと、荒くれ者の手を振り払う。

「ふざけやがって! 表ぇ出ろぃ!」

 荒くれ者が息巻くが、アインは意に介さない。

「仕事を探すのが先だ。暇があったら、相手をしてやる」

 

「おい、おめぇら。もめ事は他でやんな。店のもんぶっ壊しでもしたら、ただじゃおかねぇぞ」

 宿の主人が、カウンターから声をかける。

 その声を聴いて、荒くれ者たちが静かになる。

 

 宿は安宿なだけあって、乱暴な輩が多く出入りしているが、そこはそれ、依頼を数多くこなせるような強さも経験も持ち合わせていない連中が管を巻いているだけである。

 アインは後から聞いた話だが、この宿の主人は、かつてシルバーの冒険者で、あともうわずかでゴールドになる程の実力者だったという。

 そんな主人からの忠告である。

 たとえシルバーの階級であっても、下位のレベルでうろついているような連中では、反抗しようにもできない相談だった。

 

「俺の右目が見えるうちは、この店で勝手はさせねぇぞ」

 そのせいもあり、宿の主人が凄むと、荒くれ者たちは牙を抜かれた獣のようにおとなしくなった。

 

 

 アインたちは、近くの草原で出没するというハイエナの狩りをすることになった。

 農園を荒らしまわるということで、放っておくと被害が大きくなるばかりだったからだ。

 

 簡単な装備を整えて、農園へ向かう。

 農園は、首都アクラから西へ3時間ほど歩いた集落にあった。

 

 首都からそれほど離れていないというのに、獣の被害が及ぶというのも、警備兵の巡回が質量ともに減少している証左である。

 

 アインたちは、農園の主である依頼者と話をし、農園の小屋に拠点を築く。

 

 

 日が傾き、辺りが暗くなっていく。

 

 アインは、たいまつに火を灯す。

 

 すると、ところどころでその光を反射するものを見つけた。

 ハイエナである。

 

 農園の家畜や作物を狙い、夜陰に乗じて集団で襲ってくる。

 

 ハイエナは犬のような姿をしているが、ネコ目の動物で夜目が利く。

 

 目を凝らすと、身体に斑点模様が見えることから、ブチハイエナに近い種と見える。

 

 ブチハイエナは、速力もあり、強いあごの力で獲物を捕らえ、骨ごと噛み砕いて食べる。

 人間の戦士といえども、集団で咬みつかれれば大怪我はまぬかれない。命の危険にも晒される。

 

 

 野生のブチハイエナは、危機察知能力にも長けているため、アインたち武装している人間に襲いかかろうとはしないが、獲物として狙った家畜や鶏小屋は、目標から外さない。

 

「結構な数がいるな」

 アインが2人に話す。

「20頭はいるかな」

 マイケルがそれに答える。

 

 ブチハイエナは狩りもするが、腐肉を食べても問題ないほど、丈夫な消化器官を持っている。

 アインたちが用意した、腐りかけで払い下げられた肉も、ターゲットとして視野に入れているだろう。

 

 

 ブチハイエナたちが、罠として置かれた肉に、そろりと寄ってくる。

 

 アインは、固唾を飲んでそれを見守る。

 たいまつの光が見えており、夜目も利き、鼻も敏感なブチハイエナである。アインたちの存在は織り込み済みのはずだ。

 

 ブチハイエナの1頭が肉に飛びつく。

 何事も無く食事にありつけているのを見て、他のブチハイエナも肉に集まり出す。

 

「今だっ!」

 アインが指示を出すと同時に、火のついたままのたいまつをブチハイエナの群れに放り込む。

 

 たいまつが地面に落ちると同時に、腐肉を囲むように炎が燃え上がる。

 腐肉にたかっていたブチハイエナどもは、炎の壁に遮られて、その外へ出ることができない。

 そこへアインたちが矢を射こむ。

 

 次々と倒れるブチハイエナ。

 何頭かは炎の壁に立ち向かってみるが、全身をその赤い炎の手に抱かれて、焼かれながら絶命する。

 炎が収まってき始めた頃合いを見計らって、アインとエレナが武器を携えブチハイエナを駆逐していく。

 逃げ去って行こうとするハイエナは、マイケルが矢で仕留める。


 集団をすべて狩り尽くしたところで、仕留めた獲物を農園へ持ち運ぼうとすると、農園から離れた林から大きな唸り声が聞こえる。

 

「おっと」

 アインが声の方向を見ると、ブチハイエナの群れがまだそこにはいて、更に驚いたことに、巨大なハイエナが後ろに控えていた。

 四つ足で立つ高さが3メートル程で、体長は5メートルはあろうかという大きさだ。

 

「これはでかい」

 アインは驚きの声を漏らす。

 

 のそのそと林から歩み出でた巨大ハイエナは、アインたちのもとへと歩いてくる。

 瞬間、大きな影が3人を包み込んだかと思うと、とびかかってきた巨大ハイエナが前足で薙ぎ払う。

 

 アインたちは前転で回避し、巨大ハイエナの前足は空を切る。

 

 巨大ハイエナが、腐った息をアインたちに吹きかける。

 

「ちょっと歯応えがありそうだな」

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