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1騎 居酒屋フィットネスクラブ

 それから4年の月日が経った。


 夕暮れ時。首都にほど近いベッドタウン。

 通勤通学客でごった返す駅から少し離れた商店街の一角に、一軒の居酒屋があった。


 色あせた看板には、ローテフェザーという店名が飾り文字で書かれており、その看板の上には小さく居酒屋フィットネスクラブ、とシールが貼られていた。

 

 腰の高さ程の両開きの扉が開く。


「こんばんはー」

 

 その男性、高遠(たかとう)一二三(ひふみ)は店の中をぐるりと見渡し、カウンター向こうの店主と、テーブルに座る数人の客に声をかけた。

「いらっしゃい、アインツさん」

 店主が応え、それに対しアインツと呼ばれた高遠が、軽く右手を挙げて挨拶する。

 

「マスター、リリース4周年おめでとうございます」

「ありがとうございます。アインツさんはオープンベータからですから、5年のお付き合いですかね」

「ええ、早いものです」

 

 店内は、中世ヨーロッパのパブを思わせる作りになっていた。

 テーブルや椅子などの調度品は木製で、酒樽やビールジョッキも木で出来ている。

 ファンタジー映画やゲームなどでよく見る光景だ。

 

 会員制居酒屋フィットネスクラブ、ローテフェザー。

 

 全国チェーンを展開しているアビスクロニクルは、地下に設置された広大なフィールドを使い、リアルプレイのVRMMORPGが体験できる。

 ローテフェザーはその一支店であり、全国でも屈指のプレイヤー数を誇る一大コミュニティである。


 そのリアルプレイを実現するに至ったものが、仮想現実立体映像リアスコピックビューシステム、通称リアビューシステムと呼ばれる装置である。

 

仮想現実立体映像リアビューシステムも元は軍事技術ですけど、今では一大コンテンツですからね」

 

 3Dスキャンをした建造物を空間座標へプロジェクションマッピングし、現場をシミュレートするものである。

 民用となってからは、サバイバルゲームなどにも利用されるようになった。

 

 アビスクロニクルは、満を持してリリースされた体感型純国産ファンタジーVRMMORPGである。


「初めは、肌感というか物を掴んだ時の存在感というか、映像だけじゃない技術にワクワクしたものです」

「握っている感覚を表現するのには、苦労したみたいですからね」


 仮想現実立体映像リアビューシステムでは、服などに仕込まれたモーションセンサーがプレイヤーの動作をキャプチャーし、プレイヤーの動きから周辺のオブジェクトへ影響を与えることができる。


「それも、このグローブや服に仕込まれた加圧システムで、握ったりぶつかったりする感覚がとてもリアルなんですよね」

 アインツは、グローブを手にはめて開いたり閉じたりする。


「ただねぇ、実際に身体を使って遊んでいただくので、プレイヤーの疲労度がすごいのですよ。そこが体感ゲームの面白いところなのですが」

「確かに、寝たままでヘッドギアっていうわけにもいきませんからね」

 マスターは、苦笑いしてシェイカーを振る。

 

「それにしても、まさかゲーセンがフィットネスクラブになるとは思ってもみませんでした」

「おかげさまで、健康志向の女性のお客様も多くいらっしゃってもらっています。それに、お食事だけでもいいので、コスプレ居酒屋みたいにご利用されているお客様もいらっしゃいますしね」

 

 居酒屋を併設しているのは、そのファンタジー色を表現するのに、酒場というシチュエーションがうってつけであったためだ。

 そのためか、スーツや普段着の客の他にも、剣や鎧を身にまとったり、妖精のような衣装を着た者もちらほら見られた。


 一応、許可を取れば写真撮影もできるので、奥にある特設ステージには撮影会が催されることもある。

 

 飲食には会員である必要は無く、一般の客もいるのだが、フィットネスクラブを利用するには会員登録が必要となる。

 アインツとはフィットネスクラブを利用する際の会員名であり、フィットネスのサービス内であるアビスクロニクルでは、その通り名であるプレイヤー名で会話することになっている。

 

「今日はパーティのみんな、来てますか」

「ええ、いつものテーブルにお集まりのようですよ」

 マスターが店の奥を示す。


「そうですか、じゃあ行ってみますね」

「楽しんできてください」


 アインツが普段冒険を共にするメンバーの集まるテーブルに視線を移すと、そこにも様々なコスプレをした面々が座っていた。

 

 一見して人のよさそうな魔法使いの青年、軽装の皮鎧のイケメンに、清楚な服装の金髪美女。それと、戦士風の少々不安げな面持ちの女性。


(あれ? この女戦士、初めてかな)


 始めて会う女戦士に意識を向けていた時、まだ顔に若さを残す魔法使いの恰好をした青年が、アインツに声をかける。


「アインツさん、どもっすー」


 そのいでたちは、童話の絵本から飛び出してきたかのような姿。

 とんがり帽子をかぶり、グレーのローブに身を包み、いびつにひねくれ曲がった木の杖を持った、まさに魔法使い。

 見るからに鉄板ともテンプレともいえる衣装だが、絵本と異なるといえば顔にはシワやヒゲがないくらいか。


「クーネルさん、どもですー」

「今日は、新人さんも入れてもらっていいですかね。仕事の取引先の方なんですけど……」


 女戦士が椅子から立ち上がり、アインツに会釈する。

「はじめまして、てろてろって言います。」

 

「全然問題ないですよ、むしろ大歓迎です!」

 アインツの返答に安堵したのか、女戦士が自己紹介を始める。


「最近ちょっと、運動不足な感じがして、ちょっと他とは違うフィットネスって面白そうだから、やってみようかな~って」


「そうなんですかー。私も同じようなきっかけでしたからね。肩こり持ちなんですよ」

「解りますー。仕事のストレスとかも、ちょっとありますよね~」

 

 アインツが席に着くと、てろてろも同じく椅子に座る。

 

「気晴らしにもいいですよ。大声出しても、迷惑かけませんからね。

 最初は剣を振るだけでも結構楽しめますし、重い鎧を着て歩くのでいい運動になってると思います。

 素振りって、肩こりにいいらしいですよ」


「へぇ、そうなんですか?」

「肩甲骨を動かすことがいいって、ネットで見ました。

 おかげで肩こりもだいぶ楽になりましたよ。

 じゃあ、今日はよろしくお願いします」


「ややっ、さっすがはアインツさん~!」

 軽い口調で会話に割り込んできたのは、レンジャーのマイク・マイキー。

「無敵の聖騎士の活躍も、肩こり解消のためなンすから、他はたまんないっスよ~。

 オレっちなんか、アインツさんのおこぼれにあずかるためにパーティへ入れてもらってるようなもんっスからね!」


 マイキーは、安全な場所にいる時ほどおしゃべりになるお調子者で、しゃべる危険度計測器とも言われるくらいの男だ。

 背は高く黙っていればそれなりに端正な顔立ちなのに、そのおしゃべりっぷりが軽薄な印象を与えてしまう。


 残念なイケメン、残メン。


「じゃあ、パーティリーダーのアインツさんも来たので改めて紹介しますね」


 クーネルがパーティメンバーを紹介し始めた。

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