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1王 蒼の王子

 始めは不期遭遇戦であった。


 少人数のぶつかり合いが、済し崩しに戦線を拡大させ、全軍を巻き込む戦闘になった。


 本来であれば、互いに陣を敷き、戦力と戦力のぶつかり合いで雌雄を決するものだ。

 だが、今回の戦闘は、結果的に双方とも思いもよらないタイミングで開始されたのだった。


「突撃ーー!」

「うぉーー!!」

 鉄と鉄のぶつかり合う音が、いたるところで起こる。

 戦う者たちの雄叫びが、それを掻き消し、混ざり合う。

 怒号と悲鳴、肉を断ち骨を割る音。

 

 戦場の喧騒が、そこにはあった。

 

「まさかオレたちの始めた戦いが、全軍に波及するなんてな」

 剣を振るいながら、王国軍の兵士、メッシーナが呟いた。


 

 スリード王国の北に位置するイベータ城塞。

 ローエンダルク帝国との国境にほど近いところの城塞である。

 

 この城塞から北へ10キロ程行くと、広大な平野が広がる。

 

 ルガール平野。

 国境に位置する平野のため、開発するにも敵の攻勢が激しく、双方の国も拠点すら築くことができていない場所だ。

 

 小競り合いが起こるとすれば、ルガール平野か、イベータ城塞、またはローエンダルク帝国のルフヴァルト砦のどこかになることが多い。

 

 

 今回は、ローエンダルク帝国がイベータ城塞を陥落させようと、ルフヴァルト砦から出陣したという報を受け、スリード王国もイベータ城塞から打って出たのである。

 

 両軍にらみ合っているルガール平野は、冬も近い季節柄、手入れもされない平野部の草が伸びるに任せた状態となっており、3メートルを超えるイネ科の植物なども生い茂っていた。

 

 小高い丘でもあれば平野部全体を見渡すこともできようが、高低差の無い土地であるがため、敵陣の把握も思うに任せないところであった。

 

 そのため、両軍とも小規模の斥候を出し、あわよくば敵陣の偵察、そこまで行かずとも敵兵の捕捉ができれば、情報が得られるものと考えていた。

 

 

 その中で、王国軍兵士のメッシーナとタヴェルナが、自身3回目の哨戒任務にあたっていた。

 陣から離れ、敵の斥候を探ろうとする。

 

 草をかき分け歩く。

 草の音も、風なのか、自分たちが出している音なのか、それとも敵兵がいるのか、耳をそばだてながら慎重に歩を進める。

 今この場所は、メッシーナとタヴェルナの2人の担当であった。

 

 2人でいることには意味がある。戦闘にあたっては、ツーマンセルでお互いのフォローをしつ対処するよう訓練されているのだ。

 そのおかげで、戦場に出ても生還率が高く、敵兵1人に対しては、2対1で対処できるため、無類の強さを誇った。

 

 近くには味方の斥候もいるはずだが、草がうっそうとしており、平野を吹く風のせいで音もかき回され、気配が紛れて判然としない。

 必然、進む速度も遅くなっていく。

 

 

 不意に、前方の草が不自然な形で揺れた。

 

 メッシーナたちは、その場で身をすくめ、動きを止める。

 

「ピリリリ……、ピリリリ……」

 タヴェルナがモモイロバッタの鳴き真似をする。数にして2回。

 

 相手が王国の、味方の斥候であれば、同じようにモモイロバッタの鳴き真似を1回増やして返すことになっている。

 同士討ちを避けるための約束事だ。

 

「……」

 返事を待つが、何も鳴らない。

 沈黙が続く。

 

 メッシーナが腰の剣を音も立てずに抜き払う。

 斥候の時は鞘から剣を抜くときの音がしないよう、油を多めに塗っておいたのだ。

 タヴェルナは、投擲用のナイフを脚のホルダーから取って、振りかぶる。

 

 一閃。

 メッシーナが横薙ぎに剣を払うと、目の前の草が1メートルほどの高さで切り揃えられる。

 同時にタヴェルナがナイフを草むらに投げ入れる。

 

「っぐ!」

 草むらから声がし、間を置かず重量のある塊が地面に落ちる音。

 

「行くぞ!」

「応っ!」

 

 メッシーナが前方に突進する。

 タヴェルナも抜剣し、後に続く。

 

 メッシーナが剣を振るうと、硬い金属に当たる感触があり、火花が散った。

「そこっ!」

 同じ辺りを、今度は剣で突く。

「ぎゃぁっ」

 断末魔と吹き出す血飛沫が、自分の勝利と、相手の敗北を意味していた。

 

 剣で切られ、踏みつけられた草が増えるにつれ、徐々に視界が開けるようになる。

 まばらになった草の隙間から、相手の姿がちらちらと見える。

 

 地面には既に戦闘から外れた2人が倒れていた。

 着ている鎧は、帝国のものだ。

 

 メッシーナが確認しただけでも、立っている敵は4人。

 他にいなければ、初手の一撃で2人を葬ったことになる。

 

 敵もメッシーナたちを認識したと見えて、お互いが、じりじりと間合いを測る。

 抜き身の剣が、触れるか触れないかの距離だ。

 

 4人いる帝国兵の後ろに、遠ざかる草の音が聞こえる。

 

(もう1人いたか。真っ直ぐ本隊に向かったとすれば、敵陣はあっちだな)

(となると、長居は無用か。増援が来る前に撤退した方がよさそうだ)

 

 メッシーナは、剣先を相手に向けゆっくりと距離を取ろうとする。

 帝国兵はそれを許さず、じわりと間を詰める。

 

 数度それを繰り返したところで、横合いから気合いと共に飛び出してきた塊があった。

「どらぁ!」

 

「ガッサータ!」

「助けに来たぜぃ!!」

 

 ガッサータと呼ばれた大柄な戦士は、手にしたバトルアックスで帝国兵に躍りかかる。

 不意を突かれた帝国兵の身体が、肩口から胸にかけて縦に叩き潰される。

 また1人倒れるのを見て、帝国兵はホイッスルを口にする。

 

「ピイイイイーー!」

 

 一帯に甲高い音が鳴り響く。

 

 ガッサータに遅れて、ツーマンセルのバディであるパーゴが続いて現れる。

 

 王国兵4人に対し、ガッサータに1人倒されたため、帝国兵は3人になっている。

 

「敵はもう1人、陣へ向かった。方向はあっちだ!」

 メッシーナがガッサータたちに情報を連携する。

 

「この笛といい、敵の援軍は近いな」

「でもよ、戦闘が始まってる音を聞きつけて、見方もこっちに来るんじゃねぇ?」

 ガッサータの言葉に、パーゴが反応する。

 

 草の陰で判らなかったが、増援同士が接触したのか、そこここで剣戟の音が聞こえる。

 

「まずは目の前の奴らをやっちまおうぜ!」

 ガッサータが声をかけ、残った3人の帝国兵に向かってバトルアックスを振る。

 

 

「始まりましたな」

「遭遇戦からの乱戦か。そちはどう見る、マーハラーン」

 

 マーハラーンと呼ばれた老齢の剣士は、白髭を蓄えた日に焼けた浅黒い顔を、戦いの音がする平野から、己の主へ向け直した。

「詳細は判りませんが、今回は我がイベータ城塞を落とそうと息巻いている程の数。乱戦に持ち込まれては、数に劣る我らが不利と存じます」

 キッ、と、鋭い眼光が、蒼い鎧で身を包んだ戦士に向けられる。

「ジイのいう事ももっともだ」

 蒼の王子、ルシェンドラが答える。

 

 ルシェンドラ・レムルス・デ・オーティス第7王子。

 

 スリード国王、クリング三世の弟、エルフェス大公の次男であり、現王国の第7王位継承権を持つため、7番目の王子という意味で、第7王子と呼ばれている。

 全身を蒼く輝く鎧装飾で包み、蒼白く仄かな魔法の光を発するブロードソードを携えていた。

 

 まだ壮年と呼ぶには若さが残る面差しは、ややもすれば柔弱にも取れるような美丈夫であるが、強い意志を秘めたライトブルーの瞳が、見る者に畏敬の念を抱かせるのであった。

 剣の扱いにも長けており、引き締まった肉体は日々の鍛錬の賜物であるとも言えた。

 薄く蒼みがかったストレートの黒髪が兜の下から流れ出ており、背中まで達している。

 

 騎乗してその黒髪が風に流れる姿は、一幅の絵画のようでもあった。

 

 今回のローエンダルク帝国の侵攻は、そのルシェンドラがイベータ城塞へ視察で来ている時を狙ってものと疑いたくなる程、あまりにもタイミングが合いすぎていた。

 

 ルシェンドラも、国を代表する一族の1人である。

 敵が攻めてきたとして、尻尾を巻いて王都へ逃げ帰るようなことはしたくなかった。

 

 それが敵の狙いだとしても、だ。

 

 

 マーハラーンが戦場の様子を伝える。

「未だ視界の悪い、背よりも高い草の生えた場所においては、隊の連携もままならないかと」

「目よりも耳で指揮を執るようにせよ。日頃の調練はそのためのものぞ」

「はっ」

 

 太鼓や鳴り物で指示を行うことは、視野が確保できない戦場では役に立つものであるが、敵にも指揮所の位置を知らせることになるため、捨て身の戦術でもある。

 

 事前の情報として、彼我の戦力は、王国軍2000に対し、帝国軍5000といったところだろうか。

 イベータ城塞の守備兵力は1万を超える数のため、攻め落とそうとすれば3、4万は欲しいところである。

 それを5000の兵力という事は、その後に本隊が控えているのか、橋頭保を構築するための前線部隊なのか、判断するには情報が足りないところであったが、直接この戦力が砦まで乗り込むという事では無いように思われた。

 

 

 斥候含め、前線の部隊100が、敵の前線と接触した。

 戦いの音に合わせて、草の海のところどころで土煙が上がっている。

 

「ゲルッシェ隊300が戦線に加わりました」

「前線の規模としては、帝国の方が若干多いか」

「オーレン隊を向かわせましょうか」

 マーハラーンが提案する。

 

「いや、戦力の逐次投入では消耗戦になってこちらに勝ち目が無くなろう。オーレンの300は、本陣指揮所の300と共に守備するよう伝えよ。その後の指示はこれにしたためておる。残る本隊の全兵力は、これより突撃を敢行する」

 

 ルシェンドラの考えに、マーハラーンが意見を挟む。

「しかし、それでは殿下御自ら戦場に立たれると」

「決まっておろう。そうでもしなければ、何が一軍の将よ」

 

 ニヤリと、ルシェンドラは不敵な笑みを浮かべる。 

(また始まった。殿下はもう少し、御身の重要さをお考えになられて欲しいものだが)

 そう思うマーハラーンだが、自身、老いて益々盛んである。

 

 ルシェンドラは剣の腕も確かなものだ。

 それは幼い頃から鍛えた自分がよく知っている。

 自分がそのルシェンドラの背中を守れば、心配はなかった。

 

 

 銅鑼が規則的なリズムを繰り返す。

 

 前線の兵士たちは草むらの中で善戦するも、400程度の戦力では抗えないか、倍する敵の圧力に、徐々にではあるが押され始めていた。

 草むらで視界が悪いという事も手伝って、双方とも決め手に欠けている点はあるが、それでも同等以上の戦いを繰り広げられているのは、指揮官たるルシェンドラが前線にいることによる士気の高さも影響している。

 

 すぐ後ろには、あの王子がいてくれている。

 その心強さは、王国の兵士たちに力を与えていた。

 

「この銅鑼は、オレたちへの指示か」

 ガッサータが、帝国兵をバトルアックスで薙ぎ倒しながら、メッシーナに確認する。

「このまま戦線を維持、守勢に回れ、だ。教練でやったろ?」

 メッシーナは、帝国兵の剣を躱し、相手の盾に蹴りを入れながら答える。

 

「そういうのはお前らに任せた! オレは頭脳労働専門なんだ」

「まぁ、給金は一緒だけどな」

「ちげぇねぇ!」

 

 辛い中でも冗談を交えて会話することで、少し疲労を忘れることができた気がする。

 

 

「よし、前線は何とか維持できているな」

 銅鑼の指示に合わせて、中央の土煙がさらに大きく膨れ上がる。

 ルシェンドラが、蒼く光っている魔法のブロードソードを天に突き上げ、兵たちを鼓舞する。

「これより本隊は、平原東を迂回し、敵側面を急襲する! 者ども、続けぇっ!!」

 騎乗したルシェンドラが、精兵1000人の先頭に立ち、戦場をぐるりと回りこむために、東へ走る。

 

 

「ええい、まだ前線は突破できんのか!」

 帝国陣内では、指揮官のバルバウ将軍が、苛立ちの声を上げていた。

 

「将軍、なにぶん敵の防衛線も固く、見通しも悪いために、思うように進軍できない様子。ここは一度斥候部隊を引き上げ、本隊総力を挙げて前進なされてはいかがでしょうか」

 補佐官のメビウスが、バルバウをなだめる。

 

「ふむ。敵は少数と思ったが、侮れんな。よし、メビウス、そちの案を採ろう。進軍の陣触れを出せ!」

「はっ」

 メビウスが指令を出すため陣内から退出しようとした時、入れ替わりに伝令が駆け込んできた。

 

「申し上げます! 突如、敵兵が東の方向から現れ、本陣へ向かってきております! その勢い凄まじく、左翼の部隊は被害甚大であるとの報告にございます!!」

「なんと!」


「しまった、先手を打たれたか! 本陣の兵は将軍をお守りしろ!」

 メビウスが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

「その他の部隊は、東の軍勢に当たれ! 突撃をかけてくる相手だ、この本陣を目指して来るであろうが、兵力ではこちらが上! 一切本陣に寄せ付けるでないぞ!!」

「右翼部隊は、正面の敵防衛線に突撃をかけろ! しかる後、本陣の護衛に回れ。敵の本陣には構うな!」

 

「申し上げます! 右翼アグリール隊、敵襲を受けたとの由、ただいま交戦中につき、本隊に援軍を請うとのこと!」

「ばかな! どこから湧いた!!」

 メビウスが疑問の声を上げるが、それに答えられる者は陣内にはいなかった。

「こちらも奇襲を受けているところだ、余剰な戦力など無いわ! 現有戦力にて敵を滅すべし、戻ってアグリールにそう伝えろ!」

 伝令は一瞬困ったような顔をしたが、指令を伝えるべく右翼の部隊へ戻っていった。

 

「先程、西側からの突撃も始まったようですな」

 事前に渡した指示書通り、本陣には指揮所を守る100だけ残し、オーレン隊300と、指揮所の兵200が、敵本陣を挟撃すべく、敵右翼に咬みつき始めたのだ。

 

「敵本陣が見えてきましたな」

「大将首を上げて、凱旋と行くか!」

 ルシェンドラが帝国兵を切り伏せ、愛馬を駆る。

 

「将軍、ここはもう危険です! 撤退のご下知を!」

「うぬぬ、寡兵とはいえ、流石は蒼の王子といったところか。致し方ない。ここは一度軍を退くぞ」

 バルバウが撤退の意思を固めたところで、聞き慣れない声が自分を呼ぶ。

 

「貴様がバルバウか! 覚悟しろ、その首貰い受ける!」

 全身蒼い鎧で武装している戦士が、馬に乗ったままバルバウの元へ駆け寄る。

「ひいっ!」

 バルバウが目を見開き、硬直する。

 魔法を帯びた剣が閃き、バルバウの喉元を捉えようとした時、間にメビウスが割って入る。

 

「!!」

 天高く血が吹き上がり、辺りを濡らす。

 

 メビウスが盾を持ってルシェンドラの斬撃を受け止めたが、その盾ごと左腕を切り飛ばされていたのであった。

 

「ちっ、その卑しい首は、まだ貴様の肩に預けておいてやろう! それが嫌なら、ベッドの上で毛布にくるまってガタガタ震えておるがよいわ!」

 ルシェンドラが掛け抜けざまに、バルバウへ侮蔑の言葉を投げる。

 

 メビウスが肘の下から無くなった左腕の傷を抑えながら、憎悪に満ちた眼で小さくなっていくルシェンドラの背中を睨み付けていた。

 

 敵本陣を切り裂き、撤退に追いやったルシェンドラが、退却する帝国の兵たちを見て、剣を掲げる。

「こたびの戦いは、我がスリードの勝利に終わった! 王国に栄光あれ!」

「スリード王国に栄光あれ! ルシェンドラ王子万歳!」

 兵たちの歓声がそれに答える。

 

「殿下、以降は掃討戦に移りますが」

 マーハラーンが確認を入れる。

「やめておけ。それよりも動ける者は負傷者の手当てを優先しろ。支度が整い次第、砦に戻るぞ」

「かしこまりました」

 

 戦果を挙げたとはいえ防衛戦であるために、何も得られるところも無くただ消耗したに過ぎなかったが、それでも勝利は、砦の兵たちにとって大きな喜びであった。


 この戦いで、王国軍は死者106人、負傷者425人を数えたが、対する帝国軍は、死者955人、負傷者2680人を出すに至った。


 ルシェンドラ率いる王国軍の、圧倒的な勝利であった。

 次回、アインツたちの所に戻って、レオロ村に行くお話です。

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