2白 護衛任務
とある豪商の別邸。
「ガンツさん、メルさんからグループチャット来ましたね。例の上層の魔神が街道沿いに出たそうです」
「ああオレも聞いたよ。今回の任務はこれで終わったし階層抜ければここからもそう遠くないとこだから、間に合うようなら援軍に駆けつけるか」
「そうっすね、うちらで倒しちまうのもいいかもですね」
「レベルはそこそこでも上層だったから放っておいたが、禁止区域を出て街道までやってくるとなったら面倒なことになりそうだしな。連戦になるがひとまず行ってみっか。間に合わなかったらそんときゃそんときだ」
別動隊として第4階層で商隊の護衛任務に就いていたガンツたちも、普段はタケマルたちと同じパーティで冒険に出ているのだが短期イベントのポイント稼ぎのため隊を分けて活動し、先程ミッションを終えたばかりだった。
「こんなことなら、リーダーたちと一緒にいた方が面白かったのかもしれねぇな……」
ガンツは独り言を漏らし別邸を後にした。
スリード王国の街道。
午後の日差しが草木を照らす。
そこに、突如落雷が起きる。
さらに一撃。雷の槍が令嬢の馬車を襲う。
馬車に雷撃が突き刺さり、貫通して轍の間に焼け跡を付ける。
「キャーーっ!!」
馬車の中から悲鳴が上がる。声はメイドの一人のもの。
「お嬢様! ご無事ですか!!」
執事が馬を操りながら、目線を後ろの馬車に向ける。
「ちっ、やられたか! 中は!?」
タケマルが中の様子を尋ねる。
「わわ、わわ……」
メルクリウスが走りながら馬車の中を確認すると、言葉にもならない様子の令嬢がメイドの一人と馬車の座席の端に身を寄せて震えていた。
「わ、わたしは、大丈夫、です……」
気丈にも自身の無事を伝えることができたのは、王家とも縁のあると噂されている貴族令嬢としてのプライドか。
令嬢がなんとか言葉を絞り出す。
馬車の中は、赤。
その赤い中で、同席していたメイドの内、二人が物言わぬ塊となっていた。
一人は肩から胸にかけて、もう一人は頭部を雷の槍に穿たれていた。
弾け飛んだ肉片や脳漿が辺りに散らばっている。
傷口からはまだ新しい血が、かろうじて動いている心臓の鼓動に合わせて噴き出しており更に辺りを濡らしていく。
仮想現実立体映像ではあるが、あまりのリアリズムに馬車の中の雷撃の衝撃と熱で焦げた肉の匂いや、鉄錆のような血の匂いが充満しているかのような錯覚さえ感じる。
それは死の匂いを視覚化したものと言えよう。
アルコールを飲める年齢以上のプレイヤーだからこそ参加できるゲームならではである。
「っちゃーこりゃ酷い……。ご令嬢、今しばらくのご辛抱を! 執事さん敵にはもうバレた! 全速で逃げてくれ!」
レベルの高い貫通弾では低レベルキャラクターなどはひとたまりもなく、生き残った方に令嬢がいたというのは単なる偶然に過ぎなかった。
「タケマルさん、あと5キロもしたらモロボの町です!」
「町に逃げ込んでも逆に町に被害が出ちゃいますし、町の守備兵では援軍にもならないでしょう。どうしますか!?」
「ボクたちが、リバーモアをモロボの町に連れて行っちゃうのはまずいですね。さて……」
馬車の速度を上げたため、かろうじて落雷の射程以上の距離を保つことができた。
あれから馬車には悪意の雷が届いていない状態だが、リバーモアの探知能力圏外までには離れていない。
そのため、一度ターゲットとしてロックオンされた状態は解除されていないと見た方がいいだろう。
逃げても逃げてもリバーモアが追ってくる。
アインツたちが進むその先にモロボの町があった。
モロボは、階層テレポーターが設置されている町でアビスクロニクル内でも重要なポジションにあるが、規模としてはあまり大きくなく、王国内ではそれほど手厚く保護されている町でもなかった。
テレポーターといっても、実際にはエレベーターで上下の階層をつないでいるだけに過ぎないのだが、階層ごとに国や風景が異なり多種多様なフィールドを再現している。
世界が一変するところからテレポーターと称しているのである。
階層テレポーターは別の階層へ移動するアビスクロニクル内設備である。
設備の周辺には冒険に役立つ施設が配置され、ゲームの為の施設の集合体ではあるが維持管理のこともあり、一応町という体裁にはなっている。
特に生産性があるわけでもないので王国内では重要視されている町ではなく、駐留している戦力としても保安官レベルが数人いる程度であくまで警察として機能しているに過ぎなかった。
モロボの町の階層テレポーターは、この第1階層と第2階層であるレブランの町の階層テレポーターとつながっている。
「ガンツさんからチャットです。今、第2階層にいてもうすぐレブランの町に着くそうです」
「そこから階層テレポーターで、モロボの町まで来てくれると助かるな」
「テレポーターチケットが手持ちわずかなので、後で頂戴って言ってますよ」
「それくらいなら、お安いもんだ。全速力で来てくれって、伝えといて!」
「アイサー!」
「さてっと、そうなると、どうやってこの魔神を退治するかってとこですけど」
「ガンツさんが来てくれるのであれば、ご令嬢はメルクリウスさんにお任せしてリーダーと私でリバーモアに当たり、エレーナさんが支援ってとこでしょうか」
「メルクリウスさんがモロボの町に到着してミッションを達成し次第、取って返してもらってその頃にはガンツさんも合流出来ているかと思うので一気に叩くと」
「んー、それで行きましょう! じゃ、メルクリウスさん馬車のご令嬢はよろしくです!」
「アイサー! 皆さんご武運を!」
タケマルとアインツが歩みを止め、その後ろにエレーナが付く。
三人を残し、メルクリウスが馬車とともに町へ向かう。
タケマルが攻撃、アインツが牽制しつつ防御、エレーナがヒーリングと戦闘補助の魔法を使う。
リバーモアはまだ遠く黒い点のようなものだが、タケマルが拳を握りアインツがロングスピアを構える。
「ウォーターウォール!」
エレーナが呪文を唱えると同時に3人の周りに水のドームが現れ、身体の周りにベールとなって留まる。
空中に発生した魔力の塊が雷属性を帯びていく。
轟音と共に三人に向けて稲妻が襲いかかる。が、水のベールが避雷針となりベールの表面を電撃が滑り、地面へと流れだす。
ベールは身体に接触していないため雷撃は3人の身体には届かない。
「これで敵の雷攻撃は無力化できます!」
「了解!」
タケマルたち前衛が、大きくなってきた黒い点に向かって走り出す。
身に纏う水のベールが、時折襲ってくる落雷を無力化する。
リバーモアとの距離が詰まる。
「初手はボクが行きます!」
タケマルがさらに飛び出す。
握り拳に力を込めると、その右手に装備した籠手からほのかなオレンジ色の光が滲み出す。
堅化の術式が込められた籠手で、拳での攻撃力が倍増する効果がある。この籠手は防御のための装備ではなく攻撃のための手段として装備しているものだ。
「撃襲!!」
タケマルの拳がリバーモアの腹部に当たり、リバーモアがのけぞる。
リバーモアが今までの討伐隊からは受けたことがない強力な一撃だった。
「よしっ、イケるっ!」
タケマルが連撃を叩き込み、リバーモアがひるむ。
苦痛に顔をゆがめたリバーモアが、手にした棍棒を振り下ろす。
タケマルはバックステップでこれを躱す。
間髪を入れずリバーモアが蹴りを繰り出すが、更に横に飛び退いたタケマルには当たらない。
駆け付けたアインツがロングスピアでチャージ攻撃を行い、リバーモアへ突撃を行う。
リバーモアはかろうじて避けるが、スピアの穂先が腰のあたりをかすめる。
「ガアアアッ!!」
リバーモアが咆哮を上げ枝分かれした角を振り回す。
角に帯電している雷属性の攻撃は無効化されるも角自体の物理攻撃は有効で、鎧の防御力を超えた分がHPから引かれていく。
「キュアーウーンズ」
エレーナが治癒魔法を唱えると減らされたHPのゲージが回復する。
「サンキュー、エレさん」
「多少の傷は任せるがよい」
「頼んだ!」