140騎 死神の応援
『アインツさん、聞こえるっスか』
アインツの思念に、聞き覚えのある音が飛び込んできた。
「ええ、聞こえますよマイキー」
周囲の探索中にアインツの喋る声が聞こえたため、エレーナたちは歩くことを止めてアインツの方へ振り替える。
「マイキーからの念話か?」
エレーナの質問に、アインツはうなずいて答える。
「どうしました、今はどこです?」
『もうすぐそちらへ行けそうっスよ。人手が足りないと思ったもんスからね』
「え、とすると、ローテフェザーには」
『行ったっスよ。ギルドのマスターもタケマルさんも、びっくりしてたっス』
「そうか、それは助かります。なんだかんだ言って、白銀の村には戻っていませんでしたから。
クーネルさんたちは大丈夫でしたか」
『う~ん、まあ大丈夫そうっスよ。てろてろちゃんとの間に子供ができたらしいっスから、よろしくやってンじゃないっスかね~』
大変動からかなりの日数が経っていた。
新しい命が生まれることについても、なんら驚くべきことではなかったであろう。
「うん、それはよかった。よかったですね」
『ちゃんと話を聞いてなかったっスからなんなんスけど、アインツさん、王様ってことになってるンすよね』
白銀の村には、クロノスから伝令という形で連絡が行っていた。
人間と魔族による国家間の争いへ介入するため、仲立ちの国家として成立させたものであったが、アインツたちが次元世界へと飛ばされている間に、クロノスがもろもろの手配をしてくれていたらしい。
『んじゃ、ルシェンドラと話をするのも、前のあれやこれやを置いといて、できそうっスかね』
「ルシェンドラって、今はスリード王国の宰相になっている人ですよね」
『そうっス。あの帝国のエレベータのところでアインツさんたちと離れ離れになったときに、増援で来てくれたンすけどね。それからいろいろと厄介になったンすよ』
「そうでしたか……。確かにいろいろありましたよね。三人だけで敵陣を突破したり」
『したっスね~』
少し間が空く。
『あ』
「どうしました」
「見つけたっスよ、アインツさん」
突如念話ではなく、アインツの耳に声が届く。
マイキーの横には、エルフの姿をしたクエスもいた。
「マイキー、それにクエスも」
「久しぶりな感じじゃの」
「エレちゃんも元気だったっスか~?」
「相変わらず軽そうな奴じゃ」
アインツはクエスを見つめる。
クエスは元々プレイヤーの履歴から生み出された転生者と呼ばれる人型のデータ集積体だ。
NPCとしてのプレイデータの蓄積であるため、生成されてから地下世界しか見たことはなかった。
「地上世界とはこのような廃墟になってしまったのだな。
マキナの断片的なデータからでは、もっときらびやかで楽しげな話だったようだが」
「クエス……。今はもう、おまえのプレイヤーだったマキナさんがいた頃の地上とは違う。
かけ離れた世界になってしまっている」
「うむ、残念だな」
「済まない」
「なに、おまえさんが謝ることもあるまいて」
クエスはアインツの頭を撫でるようにして落ち着かせる。
アインツがクエスの肩越しに後ろを見ると、そこにはスケルトンの大群がひしめきあっていた。
「マイキー、危ない! 後ろ、スケルトン!」
アインツがランスを構え、戦闘態勢に移行する。
「待って、待ってくれっス、アインツさんっ!」
マイキーがアインツの腕にしがみつくかのようにして、ランスの動きを止めようとする。
「危ない、マイキーは下がっていて」
「いや、大丈夫っス、クエスっ!」
「判った判った」
クエスが手にした錫杖を地面に突くと、シャランと大きな音が広がる。
その場にいたスケルトンが、一斉に片膝を突いて畏まった姿勢を取る。
「なっ……」
「アインツ君、これは王立魔術学園で造った錫杖でね。低レベルのアンデッドを使役するロジックを組み込んでいるのだよ」
「使役……、ロジック……」
「ああ。元は人類救世戦線の者が、魔族と戦った際に奪ったという杖があってな、その杖を王立魔術学園で研究してその方式を解き明かしたアイテムなのだよ」
「アンデッドを使役できるって」
「そう。死者活動化と、死者使役の機能を付与したアイテムってことだ」
「そんなことが……あ。クエス、それって魔神の精神エネルギー補給に転用できないだろうか」
「魔神との契約を、人がするのではなく、か?」
「そうだ。次元世界が次元崩壊して、そこから引き揚げてきた魔神たちが1000万人いるんだ。
彼らの活動元となる精神エネルギーを、地上のノラ魔神たちは捕らえた人間から吸い取るようにしていた。
だが、地下世界でも同じようにさせるわけにもいかないし」
「そこで、アンデッドの使役できるシステム、か」
「そのままというわけにはいかないと思うけれど、近い考えで使えないだろうかな」
クエスはひとしきり考えた様子だったが、アインツに笑顔を向ける。
「いいね、面白そうだ。何体か魔神いるのだろう? 出してもらえないかね」
アインツが念じると、嵐の魔神ストーリアが均整の取れた肢体を惜しみなくさらけ出して顕現する。
『お呼びでございますか、主殿』
「少し聞きたいことがあるのだが」
『なんなりと』
「あそこにいるスケルトンたちだが、魔神が活動を維持するためのエネルギーとして、スケルトンから吸収することは可能か」
『可能です』
「そうか! スケルトンたちは魔力をアンデッド使役の力に変えて意のままに動かしているようなのだが、できそうか」
『はい。吸えとお命じあれば、今にでも行うことはできましょう』
「なるほど。精神エネルギーである魔力というものがそもそもどういった種類の力なのかは判らないが、アンデッドはそれぞれで精神エネルギーを発生させることはない。だが、蓄えておくことはできる、ということか」
「アインツ、これで魔神たちの補給難は」
「うん、少しは解決させられるかもしれない。
クエス、会って早々で悪いのですがガルム砦を拠点としてこちらの次元へ逃げてきた魔神たちがいるので、彼らの補給についての対策をお願いできませんか」
クエスはうなずく。
「判った。戻ってその辺りのことを調整しよう。
スリードの王立魔術学園と連携を取ってのことになると思うが、構わないかね」
「はい、お願いします。
クロノスさん、契約面や政治的手配の考慮をお願いできますか」
「畏まりました、陛下」
クロノスも恭しく礼をする。
「マイキー、村のクーネルさんとギルドのタケマルさんたちと連携を取って、この繭化した人たちの救出を頼めるかな」
「うわっ、これって中に人が入ってるンすか。うわあ、キツイっスね~。
判ったっス、でも、どうやったら助けられそうっスか」
「今、この繭のようなもので生命維持ができている様子です。
ですが、このままでは精神エネルギーを搾取され、魔神への供給が行われている状態のようです。
このまま繭を破壊すると、中の人への影響が大きすぎるため、エネルギー抽出を止めて回復できる栄養を送り込んでいく必要があると思います」
「点滴みたいなもんっスかね」
「そうですね。私は搾取しているこの辺りの魔神を一掃するか、可能であればこちらの陣営に取り込めるようにします」
「なるほど、了解したっス。早速念話でタケマルさんとクーネルさんたちに伝えるっス」
「頼みます」
アインツはレグルスとプルミエールに話しかける。
「お二人には自国に戻っていただき、人員のご協力をお願いしたいのです」
「人道的措置からの、多国籍協力部隊といったところか」
プルミエールは考えながらも心は決まっていた。
「どこまでできるか判らんが、かけあってみるとしよう」
「お願いします。正式な手続きは、クロノスさんお願いできますか」
「はい、そのようなことであれば、こちらにて対処いたします」
「レグルスさん、魔族の方は」
「ああ、問題ない。いや、元々は次元世界の者たちの起こした問題だ。
こう言っては何だが、協力は惜しまないよ」
「ありがとうございます、助かります」
こうして、それぞれがそれぞれの任について活動を始める。




