122騎 ガルム砦の攻防
アインツたちは撤退戦の末、ガルム砦まであと少しというところまで戻ることができた。
「そろそろ森を抜けます。ガルム砦まで戻れればレグルスさんたちももう安心でしょう」
「そうだな。既に大陸に残っている魔族はいないということだからな。
今一度魔界で軍を立て直し、次元世界の者どもを迎え撃つ準備をしよう」
「いつ攻めよってくるか、判りませんからね」
撤退に際しての損失に加えこれからの事を考えると心中穏やかざるものがあるが、それでもレグルスは砦にカティアたちを連れて戻ることができることに安堵する。
「よし、ここを抜ければ……」
言いかけたアインツは、その光景に目を疑った。
翩翻とひるがえる人類救世戦線の旗、旗、旗。
ガルム砦を包囲する形で、人類救世戦線の軍隊が群がっている。
「もしや、森を迂回してオレたちはよりも先に辿り着いたということか」
「レグルス様、ここはなんとしてでも敵を撃退せねばなりませんね。
砦と呼応して挟撃してはいかがでしょう」
レグルスも砦を囲んでいる敵兵をにらむ。
「よし、敵の一番厚いところへ突撃をかけよう。
特にあの総督と見える豪華な旗印、あれを目標とする」
アインツたちもそれぞれが顔を見合わせ、戦うべき相手を見定める。
「どうも私たちは数で押すというより、敵本陣へ少数精鋭で斬り込んで敵将の首を挙げるパターンが多いですね」
アインツは既に慣れた戦い方を改めて確認するかのように呟いていた。
「アインツ様、敵陣を突破できるアインツ様であればこそできる戦い方であり、他の者が真似ようとしてもできない戦法です。
戦術の試験でもあれば、落第点ですよ」
「そうでしょうね。とはいえ、今の人数ではそれがベターな戦い方でしょうから。さて、行きますか」
アインツたちは、撤退している部隊とは思えない程堂々とした足取りで、包囲している敵軍へと向かっていった。
それを包囲している兵たちが見つける。
「おい、おまえたちどうした。森の魔族どもは片付けたのか」
フードを被ったレグルスがそれに答える。
「ああ、森の中の戦いは終わったよ。オレたちは援軍に来たんだ」
「そうか、だが援軍といってももう砦も落ちる。
おまえたちまでに回る手柄はなさそうだぜ」
兵は意地悪そうに笑う。
「そんなことはないだろう、オレたちだって活躍の場はまだ残っているさ」
レグルスの右手が一閃すると、ニタニタと笑っていた兵の首が転がり落ちる。
「なっ、おまえたち援軍じゃないのか!」
そばにいた他の兵たちが色めき立つ。
「援軍だよ。魔族軍のな!」
レグルスがフードをはねのけると、手当たり次第に敵兵へ襲いかかる。
アインツが突撃をかければ、そこには人をかき分けた道ができていく。
「ファイヤー・ボール!」
クロノスは魔法を唱えると、アインツの後ろを追いかける。
置き去りになった火球が、兵の集まっているところで大爆発を起こす。
「この様子だと、敵の守りは薄そうね。数ばかりで歯応えがないわ」
カティアが矢を放ちながら、敵の力量を測る。
「そうとも言えんだろう。勝ち戦で無駄に死にたくはないだろうからな。腰が引けるのも仕方のないことさ。
ましてや、戦うつもりもない本陣近くの兵だ。士気の高さを求める方が酷というものだよ」
クロノスは炎弾を放ちつつも、状況を分析する。
「本陣を守れ! 敵襲! 敵襲だーっ!」
敵兵が大慌てで周囲の味方に声をかける。
「やはり、こちらが本陣か」
敵兵の慌てふためくそぶりを見て、クロノスは本陣が近くにある可能性がより高くなったものだと判断した。
「アインツ!」
エレーナが疲労回復の魔法をアインツにかける。
「助かる!」
チャージ攻撃を続けているアインツの身体に蓄積された疲労がその矛先を鈍らせていたところへ、エレーナの疲労回復の魔法の効果でさらに攻撃の時間を長持ちさせることができる。
アインツは無人の野を駆けるが如く、敵陣を突破していく。
「進軍の邪魔をする奴はオレが相手になるぞ!」
レグルスはアインツの後を追いながら、アインツが作った道の脇から襲いかかってくる敵兵を倒していった。
部隊は、アインツを先頭とした鋭い槍のような形で敵陣を斬り裂いていく。
「陣幕が見えたぞ!」
アインツが後方の味方へ声をかける。
突撃を続けるアインツたちの前から、凛と通る声が聞こえてきた。
「おいおい、本陣だからって暇を持て余していたら、存外楽しいことになっているじゃないか」
そこには若いが質の高そうな鎧に身を固めた女性が立ちはだかっていた。
「我に歯向かいしは何者だ!」
吠える女性に、アインツがその足を止める。
「私は白銀の守護者アインツ。あなたが総大将とお見受けしますが」
女性はアインツを見ながら剣を抜く。
「我はプルミエール・ブリムル。エクスパニアの総督にして人類救世戦線の一軍を預かる身。
そなた見たところ人間のようだが、何故魔族に加担するか」
「私は次元世界という異界ゲートから現れる者たちに対抗すべく、この世界を守る者と力を合わせています。
魔族に加担しているわけではありませんが、今は魔族も私の信頼する仲間です」
「ほほう、魔族の仲間とな。面白い」
プルミエールは抜き払った剣をアインツへ向ける。
「本陣まで突破できたその武、驚嘆に値する。
だが、我と刃を交えることになった己が身の不運を嘆くのだな」
「なるほどなかなかの自信をお持ちのようだ。
それが虚栄でないことを期待しましょう」
「いいよるわ。覚悟せいっ!」
プルミエールが剣を構えてアインツへ詰め寄る。
「長柄武器はそのリーチがメリットだが、懐に入ってしまえばこちらのものだぞ」
プルミエールが何か力を溜めるような仕草をすると、突撃する速度が急激に上がる。
「アインツ!」
エレーナが心配そうな声をかける。
プルミエールの剣を、アインツのランスが受け止める。
「ほう、懐に潜り込まれては私も不利になる。なるほど、仰る通りですね……」
ときには柄の部分でいなすなど、ランスを巧みに使いアインツはプルミエールと間合いを取るように牽制する。
「避けてばかりでは我を倒すことなど出来ぬぞ?」
プルミエールは突きを何度も繰り返す。
回数を重ねるたびに、その突きの速さが増していく。
「なかなかどうして。プルミエールさんといいましたか、あなたもやりますね」
アインツはランスでプルミエールの剣をさばきながら、感想を漏らす。
「それにあなたは、地下世界の兵ではありませんね」
「ほほう、なぜ判った?」
「スキルですよ。あなたは戦闘の際、精神を集中されましたね。
それからの剣の攻撃は、集中前のものとは段違いでした」
激しい打ち合いの中でも、アインツとプルミエールは互いに言葉を交わす。
「手の内をバラされた気分だね。そういうそなたこそ、地上世界の人間か」
「ええ。ローテフェザーに所属しています」
大きく打ち合って、その勢いで互いに一歩ずつ後ろへ下がる。
「なるほどそなたか! 万夫不当の聖騎士とはな!
ここでまみえる幸運、一度は手合わせをしてみたいと思っておったよ!」
プルミエールは、愛嬌のある顔で笑う。
アインツは困ったような顔をする。
「あなたのような力を持った方とは、久しぶりのような気がします」
「なればさ、この戦いやめられないねぇ!」
「いや、できたら戦いたくはないのです」
「ほう、怖気付いたかな」
プルミエールは、アインツを挑発するように剣を振り回す。
「あなたのような強い方だと、手加減できずに殺してしまうかもしれません。それは惜しい」
プルミエールの額に青筋が立つ。
「言うね。聖騎士の肩書きは伊達じゃないか、試させてもらうよ!」




