10騎 訪問者
教会。別の一室。
会議用に使われていたであろうテーブルを簡易ベッドとして、クーネルがその上で横になっていた。
まんじりともせず、今の状況を分析してみる。
(アインツさんはああ言っていたけど、もしかしたら別のシチュエーションも考えられるんじゃないだろうか)
「もしかして……」
(アビスクロニクルは続いている。大型バージョンアップも噂されていた。
とすると、ここまでリアルに作られていたものも、実は立体映像だった、ということもあるのか。
質量を持った立体映像。今までの技術じゃありえない。
でも、そもそも空間投影の立体映像自体、ちょっと前までは考えもつかなかった技術だ。
だとすれば、究極のリアリズムを再現したゲームになっていたとしてもおかしくはない。
そうなのか? あの痛みも、あの出血も仮想のもの?
五感を刺激する技術? そんなものが……)
当然、深く考えようとも、答えは出てくるはずがない。
堂々巡りを繰り返すばかりで、思考の海から抜け出せなくなる。
深みにはまると、何が正しい答えか解らなくなってしまう。
(また情報を集めて、そこから考えよう。
先ずは、これからどうするか、だ)
もともとギルドのゲートウェイとして使っていた、聖スクイレル教会。
建物や様式、部屋割りなどは、地上行きエレベーターが暖炉になっていたことと、数十年の時間が経過したかのような様相を除けば、同じ教会であると言ってもいいだろう。
ただ、教会の周りは、まるっきり風景からして変わっている。
ゲームでの教会は、正面入り口の扉を出ると、街道に直結していた。
北に向かえば、スリード王国のイベータ城塞。
何度も訪れたことのある、第一階層の主要国家、スリード王国が誇る鉄壁の城塞都市。
人口40万は下らない、この地方最大の都市だ。
第一階層の中でも、この規模を超える街は、スリード王国の王都ケイティパレスと、ローエンダルク帝国の帝都ローグラムくらいだった。
第二階層、第三階層以降では、更に大きな街があるが、今はそこへ行く手段がないため、クーネルは考慮対象から除外する。
そもそも、今のこの地点が、第一階層であるかどうかすら不明だ。
それに、ここが、聖スクイレル教会であるという確証も無い。
似てはいるが、似ているだけかもしれない。
まだ、クーネルには、信じるに足る証拠がなかった。
それに、不死の怪物や襲ってくる甲虫などが教会の中にいたということは、セーフティエリアとしての機能は失われていると見た方がいい。
あの襲ってくる死体を思い出し、クーネルは多少身震いするが、深呼吸をして思考を落ち着ける。
(周辺の地図を作成する必要があるな。今持っている地図は、おそらく役には立たないだろうから、コンパスも正しい方位を示しているかは判らないけど、一つの基準にはなるかな。
狩りにでているアインツさんたちが戻ったら、辺りのことを聞いておこう。目立つものがあればいいんだが)
多少なりとも雨風を凌げるため、ここを拠点に周辺を探索しようと考える。
野営よりは、かなりマシなはずだ。
ただ、拠点とする目安としては、自給自足が成り立つかどうか。
助け、援軍は来るか。誰か他のパーティはいないか。人の痕跡はあるか。
あの死体は、町で暮らす人々と似たような服装だったように見える。
とすれば、他の人間が存在する可能性は高いように思えた。
村や、家の一件でもいい。近くに人の生活圏は無いか。
この世界の情報を持つ者はいないか。
生き残るために、やるべき事はいくらでもある。
クーネルは、起き上がり、自分のバックパックを漁る。
取り出したのは、何も書かれていない羊皮紙に、羽ペン。
そして、おもむろにその羊皮紙の中央へ、インクを付けた羽ペンを滑らせる。
「教会」
中央に建物の絵を描き、敢えて教会の名前を書かず、教会、とだけ書いた。
「ただいまっスー!」
努めて元気に振る舞うマイキーの声が、エントランスホールに響く。
そこには、アインツとマイキーの他に、もう一人、フードを被った人影があった。
「自己紹介をお願いします」
アインツが促す。
「うむ。私はクロノス。ギルド、ノイ・ブリュッケの魔術師だ」
集会室を閉鎖したため、だいぶ狭いが、会議室に一同が集まった。
外はとっぷりと日が暮れ、部屋にともされた魔法の光が、室内を照らしていた。
この魔法の光は、熱もガスも発生させず、ただ煌々と光を発するのみで、およそ4時間程度の永続期間を持つ、初級の簡易魔法だ。
その光に照らし出されたのは、鋭い眼光でアインツたちを値踏みするかのような視線を送る、やせぎすでくたびれたローブを纏っている男。
中年に差し掛かる前程の年齢と見えるが、土気色の肌は年齢のせいではないものも含めて、いくつかのしわが刻まれている。
背はそれなりにあるものの、枯れ枝のような手からすると、それ程体重があるようには見えない。
「こちらは先程紹介した通りのパーティですが、クロノスさんは単独ですか」
アインツが問いかける。
「いや、今日の大変動、私たちはあの暗黒の時間をそう呼んでいるが、その大変動後、一緒にいたパーティのメンバーは私含めて3名だった」
話しながら、ちらり、ちらりと見せる舌の病的な赤さが、違和感のあるコントラストとなって、見る者を不安にさせる。
「オークの集団に襲われた私たちは、散り散りになって逃げたのだが、私だけ途中の川で流れに足を取られて、そのまま流されてしまったのだ」
「見ての通り、体力には自信がなくてね」
(あー)
(だろうなぁ)
アインツたちは、こればかりは納得の視線を交わす。
「仲間は助けてくれようとしたが、オークどもに邪魔されて、見る間に遠くへ見えなくなり、私は意識を失った」
「気が付けば、川岸に打ち上げられていたという訳だ」
「当てもなく歩いていたところで、アインツさんたちに出会ったというところだよ」
「なるほど、とすると、私たち以外にもここに飛ばされた人がいたんですね」
「そういうことになるな。私も、メンバー以外の人には初めて会ったよ」
「この世界について、何か知っていることはありますか」
クーネルが質問する。
「それが、驚いたことに、オークの攻撃が痛いんだよ。解るか?」
「それ、解るっスよー。オレっちたちも、ゴブリンが本物だったっスからね」
「だとすると、私の思い違いではなかったのか……」
「と、いうと?」
少しクロノスが言いよどんだが、意を決したのか、話し始める。
「今回、プレイ前にギルドのマスターから、何かあったら東のスリード王国を頼れ、と言われていたんだ」
「スリード王国?」
「ノイ・ブリュッケのエレベーターは、ローエンダルク帝国領内に設置されているのだが、そのスリードとやらにはあまり接点が無くてな。私たちのパーティは、一度も行ったことが無いので、どこがどこやら」
「スリード王国と言ったら、私たちのギルドとつながっている国です。私たち白銀の守護者は、スリード王国のクリング三世から称号を賜ったこともあるパーティですから」
「おお」
クロノスの病的な目が大きく見開かれる。
「とすると、ローテフェザーのトップランカーパーティ、白銀の守護者だったんですか!」
「サーチが出来なくなってから、この手の情報が入ってこなくて、いや、失礼しました!」
「ギルドバトルでは、うちのギルドのパーティがかなりやられてましたからねー。アインツさんのチャージ攻撃は、白の旋風としてうちのギルドでも恐れられていましたから。いやー、アインツさんがあのアインツさんだったとは、まさかとは思ったけど、こんな有名人とご一緒できるなんて、望外の喜びです!」
一気にまくし立てるクロノスを、アインツがなだめる。
「それも昔の事です。今は私も、何をどうすればよいのか暗中模索ですから」
「これも何かのご縁、ギルドの壁を越え、アインツさんに協力させてください。ぜひ!」
鳥の足のようなクロノスの手が、アインツの手を握って、熱い視線を送る。
てろてろがクーネルに小声で尋ねる。
「アインツさんって、そんなにすごい人なの?」
「そうだよ、ローテフェザーだけじゃなくて全国でも有名で、アインツさんに憧れてギルドをこっちに移す人もいるくらいだし」
二人でいる時は、幼なじみの会話に戻るのか、親し気な口調でクーネルも答える。
「へ~、そうなんだー」
アインツがクロノスに聞く。
「ともかくも、東にスリードがあるという話ですが」
「もともとの地図では、確かにスリードは東にあって、ローエンダルク帝国は、かなり北にありますね」
クロノスが肯定する。
「はい、帝国で売っている地図でも、北にローエンダルク、東にスリードとなっていました」
「まぁ、荷物は川に流された時に無くしてしまいましたけどね」
クーネルが続ける。
「今がどこか、そもそもこの地図が当てになるのかは判りませんが、東を一つの目標にしてみるのもアリですね」
アインツがまとめに入る。
「そうですね」
「では、ひとまず今夜は休んで、明日方針を再度検討しましょう」
「で、狩りの結果はどうじゃった?」
エレーナの問いに、ドヤ顔のマイキーが獲物を差し出す。
野ネズミが、1匹。
「大山鳴動して鼠一匹じゃな」




