96騎 酒場へ
国道だった広い道路は、アスファルトも剥げ、あちらこちらでヒビが入っていた。
歩くには適していなかったが、どうにかつまずかないで進んでいく。
そのアインツたちが向かう先で、爆発が起こる。
「アインツ様、前方、何か起きているようです。いかがなさいますか」
「動きがあるということは、誰か困っているかもしれません。急ぎ、駆け付けましょう」
「了解しました」
3人は、爆発のあった方へ駆ける。
そこには、数体の魔神と、それに対峙する1人の男。
その男は素手で魔神と戦闘を繰り広げていた。
『グギャァッ!』
その男の拳が、山羊のような魔神の身体を貫く。
「ふうっ」
男の呼気が、まるで塊であるかのように、辺りの土埃を巻き上げる。
山羊の魔神の身体が、スローモーションのように倒れ、地面に叩きつけられると同時に、霧のようにして消えた。
「おや、こんなところに、まだ人が……」
アインツとその男の目が合う。
「ついに来ましたね、アインツさん」
言葉に詰まるアインツに、クロノスが戸惑いの声を上げる。
「アインツ様、あの方は、もしや……」
「はい。そうです。白銀の守護者、初代リーダー。格闘家のタケマルさんです」
「やはり。ギルドバトルでのご活躍、今でも目に焼き付いていますよ」
クロノスは、ライバルギルドでもあったローテフェザーの、トップクラスプレイヤーが2人もここにいることに、喜びのあまり身震いする。
「久しぶりだね、アインツさん、エレーナさんも」
「お久しぶりです。タケマルさん」
「生きておったか。しぶといものじゃの」
「ははっ、相変わらずだねぇ、エレーナさんは」
会話だけであれば、旧交を温め合っているようにも見えるが、その間、包囲している魔神たちに対し、アインツがランスを向け、タケマルが拳を構えて、臨戦態勢を整える。
『グルルル……』
魔神たちは、新たに増えたアインツたちに向かっても、牙をむく。
「まあ、助かったよ。ボクがこっちの2体をやるから、アインツさんは、あっちの5体を任せていいですか。魔法使いくんのフォローは、アインツさんに付けていいから」
「相変わらずの丸投げっぷりですね」
「もう7体も潰したんだから、そろそろ交代してもらいたかったくらいですよ」
タケマルは、自身の受け持つ3メートル級の大型魔神2体に向かって走り出す。
アインツも、ランスを構えてチャージ攻撃を、小型魔神5体に行う。
「拘束!」
クロノスは、小型魔神に、下位の精神魔法をぶつける。
抵抗しなければ、四肢が硬直し、身動きが取れなくなり、抵抗したとしても、余程頑強な精神力の持ち主でなければ、一瞬動きを止めざるを得ない。
アインツが、その一瞬を見逃すはずもなく、抵抗しようがしまいが、突進したランスからは逃れられない。
一瞬の攻撃で、小型の魔神3体がランスに貫かれ、そのランスのまとった風の渦にとらわれ、爆散する。
『ギキィッ』
避けたというより、一直線上にいなかったために、一撃を食らわなかった2体の魔神は、ターゲットをクロノスに切り替えて襲おうとする。
「ゆけい、ストレングス!」
『任せるでござるよ、マスター』
エレーナがクロノスの前に、3メートルの魔神を出現させる。
小型の魔神たちは、自分の3倍近いその魔神に度肝を抜かし、足が止まる。
『ほうれ。いくでござるよ』
ストレングスが、こぶしを振り下ろすと、1体の小型魔神が、破れた水袋のような音を立てて潰される。
丸太のような太い腕が、もう1体の魔神を横殴りに吹き飛ばすと、魔神が破裂し、破片を跳び散らす。
「ほう、あの魔神、前の傷は回復したようだな」
「少し休ませれば、エネルギー次第で復元できるようじゃからな」
「それは便利だ」
「人間も、回復魔法があれば、腕の1本や2本は、どうとでもなるのじゃがな」
「確かにな。それは心強いよ」
アインツがランスを収め、エレーナたちのところへ戻ってくる。
「ごくろうじゃったな、ストレングス」
『あり難きお言葉。では、またお呼び下され』
「うむ」
ストレングスが消え、石に吸い込まれていく。
「さて、タケマルはどうじゃな?」
エレーナが、タケマルと2体の大型魔神の方を見る。
「あ、終わった? だったら、こっちも」
タケマルが、魔神たちに細かな打撃を与えていたが、大型魔神は特段反応が見られない。
『ゴガァ!』
大型魔神が、手にした斧を振り下ろす。
「そこっ!」
タケマルが、その腕を駆け上がると、魔神の頭に膝蹴りを食らわす。
魔神の1体の首が、あらぬ方向へねじ曲がったかと思うと、膝の勢いそのままに、頭部が身体から引きちぎられる。
もう1体の魔神がタケマルを捕まえようと手を出すが、首の無い魔神の身体を足場にしたタケマルが、最後の1体の魔神に、飛び込みながら正拳突きを見舞う。
着地したタケマルの後ろには、胸に大きな空洞ができた魔神が立っていた。
「しいっ」
タケマルが、溜めていた息を吐くと、それを合図にしたかのように、大型魔神たちが、その場でくずおれ、倒れる頃には、霧と化して消えた。
「相変わらず、タケマルさんの攻撃は、アクロバティックですね」
「アインツさんだって、突撃に磨きがかかったようですよ」
男たち2人が、笑いあっているところに、エレーナとクロノスも加わる。
多少の身支度を整え、アインツたちはタケマルを加えて歩き出す。
「そうなんだ、アインツさんたちは、ローテフェザーの酒場に向かっているんですね」
「ええ、もう一度、マスターに会って、話をしたいと思いまして」
「そっかぁ。今、地上はこんなでしょ? ボクも、こうなるちょっと前に帰国していたから、応援に駆け付けられたけど、タイミングがずれたら危なかったですよ~」
タケマルは、格闘技のインストラクターとして、世界の裏側の国に行って指導をしていたため、アビスクロニクルのゲームからは離れていた。
「それでも、やっぱりびっくりでしたね。格闘技の腕が上がったのかと思っていましたけど、実際に拳が硬くなったり、ジャンプ力が上がったり、ゲームでやっていたことが、試合でも使えたりしていましたからね」
「そうなんですか。それはすごい」
「新しい呼吸法なのかな、とか思いましたけどね。まぁ、ゲームでやったことが潜在能力の開花につながって、強くなったなんて、ギルドマスターが言っていましたけど」
タケマルが力こぶを作って、笑顔を見せる。
タケマルは、格闘家らしい引き締まった身体で、軽快なステップで相手を翻弄する攻撃を得意としていた。
筋骨隆々のガンツとはまた違う、武闘派である。
「そうですか。ガンツさんとは、そのようなことが」
アインツが、ガンツとの戦いのことをタケマルに話すと、タケマルは少し寂しそうな顔を空に向けた。
「根はいい奴だったんですけどね。向上心もあって」
「そう、ですね。少し、力に過信してしまったというか、力に溺れてしまったようにも思えます」
「確かにね、この力が使えるとなったら、俺強え、な感じしますからね……」
歩きながらも、シャドーボクシングのように、拳を突き出す。
「力の使い方、考えなくてはなりませんよね」
「ええ。本当に」
「そう思えば、アインツさんが白銀の守護者を引き継いでくれたのは、よかったですよ」
「いえ、そんな」
謙遜するアインツの背中を、エレーナがひっぱたく。
「自信を持つのじゃよ。それだけのことは、してきておるのじゃから」
「はははっ。アインツさんがエレーナさんの尻に敷かれっぱなしなのも、相変わらずですねぇ」
(すごい! オレは今、伝説を見ているようだ……。アインツ様とタケマルさん、このパーティにいられるなんて、嬉しすぎる!)
アインツたちの姿を後ろから眺めつつ、クロノスは感激していた。
「さてと、お目当てのローテフェザーは、もうすぐですよ」
アインツたちの前には、廃墟となってはいるが、見知った商店街の姿が見えてきた。




