1白 アビスクロニクル(表紙絵)
広がる畑に雷が落ちる。
「な、なんだあ」
畑仕事をしていた周囲の農夫たちが、雷の落下地点に恐る恐る近づく。
「こんなに晴れた日に、雷なんて」
そこまで言葉にした農夫の頭が、熟れたスイカのように弾け飛ぶ。
「ど、どうした……」
その脇にいた農夫も自分が目にした状況を理解できないまま、上半身と下半身が別々の方向に吹き飛ばされる。
その農夫の最期に見たものは、自分の足とその向こうに立つ半牛半魔の魔神が吠えている姿であった。
スリード王国に激震が走る。
王都ケイティパレスの南にある村が、魔神に襲われ壊滅。
死傷者多数に上り被害も甚大であった。
アインツがスリード王国の王都ケイティパレスの酒場で、討伐依頼の張り紙を見る。
聖騎士の鎧に身を包み、肩からロングスピアをかけている。
王国内でもその実力を認められた者だけが与えられるクラスの一つが、聖騎士であった。
「タケマルさん、ついに討伐依頼が出ましたね」
アインツはメンバーのいるテーブルに向かって声をかけた。
それ程大きくはなかったが、よく通る声であることと聖騎士から発せられたものだったため、酒場の客が一斉にアインツの方を振り向く。
「アインツさん、リバーモアですか?」
アインツに呼ばれた男は、格闘家の身なりをしていた。
素早く動けそうな服装に引き締まった身体つき。
「ええ。場所は出現位置からそう離れていないようで、王都から南に1日程度行ったところみたいですね。
魔神のレベルは70近辺という調査結果が出ていますが、これはあまりあてにならないでしょう」
「まあ、ボクたちのレベルなら大丈夫そうですけどね。
最近のイベントは、高レベルの敵モンスターも出てくるようになりましたか」
「そうですね、ベータテストですから配置やレベルはかなりブレがあると思いますし」
「高遠、いやアインツさんのレベルなら70前後でも楽勝ですよね」
話に加わったのは、もう一人の騎士で、名前はメルクリウスといった。
高遠は聖騎士の男の本名であるが、ゲーム中はキャラクターネームのアインツを名乗っている。
「ええ、多分大丈夫ですよ。メルクリウスさんはベータテストに参加されたばかりなのであまり慣れていないと思いますが、ゲームですからね、気楽に行きましょう」
この体感型RPGアビスクロニクルは、地下に設置された広大なフィールドを使い、リアルプレイのVRMMORPGが体験できるゲームだ。
その体感型ゲームを実現するに至ったものが、仮想現実立体映像、通称リアビューシステムと呼ばれる装置である。
この酒場もフィールドも、すべて仮想現実立体映像で映し出されたものであるが、その映像と自らの身体を動かすプレイが、ビデオゲームとは異なる現実味をプレイヤーに与えたのであった。
チームのリーダーであるタケマルは、現在の戦力を確認する。
格闘家のタケマルの他、聖騎士アインツと騎士メルクリウスに、ヒーラーのエレーナがテーブルを囲んでいる。
それぞれ、タケマルがレベル88、アインツが83、メルクリウスが45、エレーナが30。
情報が確かであれば、リバーモアより上位のランクが二人もいるため戦闘に勝利すること自体は不可能ではない。
タケマルが自分のステータスを、サブスクリーンで確認する。
個体名 タケマル(タケマル・カグヤ・ルナティック)
レベル 88
種族 人間
ギルド ローテフェザー
パーティ 白の護衛隊
階級 格闘家
身長 181センチ
HP 14,977(極大クラス)
MP 4,210(中クラス)
SP 10,094(極大クラス)
攻撃力 12,602(極大クラス)
防御力 9,820(大クラス)
敏捷力 10,652(極大クラス)
属性 なし
特殊能力 打撃強化、回避、身体硬化、格闘術。
パーティの白の護衛隊というものはアインツの所属しているチームであり、護衛任務を主にミッションとして行っていたパーティだった。
「今はモロボの町まで貴族の令嬢を護衛するという任務があるので、それが終わってからクエスト開始としましょうか」
タケマルは張り紙を見ながら、アインツたちに相談する。
「そうですね、モロボの町にも同じ張り紙が出ているでしょうし、護衛任務を終えた後にガンツさんたちと合流してもいいでしょうからね」
「ええ。そうしましょう」
アインツは他のメンバーの顔を見つつ、タケマルの案を了承する。
アインツたちは貴族令嬢を護衛しつつ、王都ケイティパレスを出発する。
街道沿いに南へ進みモロボの町を目指す。
アインツたち4名体制に、NPCの貴族令嬢と執事、メイド3人で総勢9名の集団だった。
「アインツさん、運が無かったですね……」
タケマルの声に、アインツは同意する。
馬車を護衛しつつ進むこと、ゲーム内時間で4時間。
遠いところにいるとはいえ、サーチの範囲内にリバーモアの姿を確認した。
アインツたちがサーチした結果、判明した範囲では次のようなものだった。
個体名 リバーモア
レベル 76
種族 魔神
召喚者 エリミダート(詳細不明)
階級 悪魔戦士
全長 210センチ
HP 極大(詳細不明)
MP 大(詳細不明)
SP 大(詳細不明)
攻撃力 極大(詳細不明)
防御力 大(詳細不明)
敏捷力 中(詳細不明)
属性 雷
特殊攻撃 角による打ち払い、雷撃槍、雷雲。
「なんでこんな街道で、遭遇するかなぁ」
アインツが独り言を漏らす。
貴族令嬢は、華美ではないにしろある程度の装飾を施された屋根付きの馬車にメイドたちと引き籠っており、御者も務める執事が手綱を握ってリバーモアから離れようと馬を操っている。
アインツたちは、馬車の前後に分かれて徒歩で付き従う。
リバーモアと戦うといった場合には、NPCの戦力はほとんど当てにならず、最高でも執事のレベル12というものであったため、アインツたちは如何に戦うかというより、令嬢たちを傷つけずに守りきるかということに主眼を置いていた。
NPCの執事にとっては、リバーモアはランクが違いすぎた。
いざ戦闘ともなれば、秒殺されるのは目に見えている。
令嬢を守り切れなかった時には、ミッションが失敗するだけではなく貴族イベントにもマイナスポイントとなってしまうため、それだけは何としてでも阻止しなくてはならなかった。
「倒せるかもしれないですけど、どうしますタケマルさん」
「ガンツさんたちがいればリバーモア討伐に切り替えられたのかもしれないですが、ご令嬢たちを守りながら無傷でっていう訳にはいかないでしょうね。基本、逃げで行きましょうか」
「そうですね、奴に気付かれる前に立ち去るが良策でしょう。
一応ガンツさんたちにも、グループチャットでリバーモアの出現ポイントを共有しておきましょうか」
「じゃあそれは、メルクリウスさんお願いします」
「アイサー」
リバーモアからの視線を外しつつ、アインツたち一行は街道をひた走る。
ついに書き始めました。初投稿作品です。
ご意見、ご感想ございましたら、お気軽にお寄せください<m(__)m>