(8)ディフェンスシステム
<第22話>
北都大の試合観戦後、オフェンスは「新システムの完成」、ディフェンスは「オプション対策」という2つの大きな壁を乗り越えるべく、僕達はまた練習の日々が続いた。北都大のフレックスボーンの衝撃は大きかったが、そのおかげでもう一度原点に戻って自分達を見つめ直すことが出来た。自分達はどこが勝っていて、どこが劣っているか、冷静に考えてみた。
北都大には飛び抜けたスター選手が存在しない。その代わりに、昨年まで1部リーグで凌ぎを削った精鋭達が揃っており、技術も経験も能力も平均以上の選手ばかりだ。オプションプレーを中心に、プレーの完成度やシステムの浸透度はレベルが高い。一方、僕達のチームは、高橋・児玉の走力、児玉の投力、そして朝長のパワーは相手を上回るが、それ以外の選手は一部の者が互角で、大勢は個人の能力では劣っている状況だ。
やはり、高橋・児玉の走力を生かすゲームプランでしか活路は見出せない。それは相手も分かっている。相手は、ランを警戒する守備システムを用意するはずだ。だから相手の守備の意識をラン以外に分散させるため、フレックスボーンを見せ、パスで試合を組み立てる。パスを警戒してQB児玉にプレッシャーをかけてくれれば、スクリーンやドローなどすれ違いを狙ったRB高橋のランプレーで組み立てる。ランを警戒してくれば、プレーアクションなどのパスプレーで組み立てる。全てを警戒してバランスを重視すれば、個人能力で勝る児玉・高橋の能力で押し切る。相手ディフェンスに的を絞らせず、常に相手の裏をかくプレーを用意すれば勝てる自信がある。後はプレーの質を高めることと、試合中に冷静に適したプレーを選択出来るかどうかだけだ。
一方、守備は根本的なところから見直さなければならなくなった。北都大の伝統のオプション攻撃を守るには、8人のフロントメン(DL+LB)が必要であり、4(DL)-4(LB)-3(DB)をベースとするシステムを予定していた。しかし、フレックスボーンでセットされるとパスターゲットが4人になるため、パスを守るDBが3人では不足する。したがって、DBを4人とする4(DL)-3(LB)-4(DB)で守らなければならず、フロントメンは7人となる。ここから、プレーが始まる直前にどちらかのサイドにジェットモーションすることで攻撃陣が1人増えるため、その一瞬の動きの中で守備もフロントメンを8人にしなければ、おそらくオプション攻撃は止められない。最初からモーション後を前提にフロント8メンで守ると、パスプレーで1人足りないため、そうも出来ない。
相手がモーションしない場合に備えて守備の選手達がフロント7メンでアサイメント(役割)を持ち、モーションした場合はフロント8メンのアサイメント(役割)に変更するという、一瞬の動きの中で判断することが可能なのかどうか、経験則の乏しい僕達のチームでは、なかなか答えが出なかった。
<第23話>
練習後、北都大学の試合のビデオを見直すため、部室には数名の選手が残っていた。北都大は1部校を相手に互角の戦いを繰り広げた試合だ。1部校のディフェンスは、終始4-3-4体型。いわゆるフロント7メンでの守備だが、大型DLと積極的に前に上がって来るDB陣の活躍により、要所要所で北都大のオプション攻撃を止めていた。
「春の段階だからかもしれないが、守備はシステムで止めているというよりも、個人の能力で止めているという感じだな。あまり、参考にはならないな。」このビデオを既に何度も見ている主将が言う。
「このオプション攻撃とみせかけてのパスプレーは見分けがつきにくいな。パスかもしれないと頭にあると、中々思い切って前には上がれない。」ディフェンスリーダーの柏木行雄がため息をつく。柏木は、副将兼ディフェンスリーダーの4年生であり、宮脇と同じLBのポジションである。
「オプションとオプションフェイクのランはどうやって見分けるんですか?」僕は柏木リーダーに聞く。
「パスの時は、攻撃のラインメンはスクリメージラインを越えて前には出られない。ラインメンで判断しろ。しかしプレーアクションパスの場合はブロックに行くふりをするから、なおさら見分けにくい。まあ、慣れと経験だな。LBであればランプレー優先で間違えても構わないから、最初は思いっきり行け。」柏木リーダーが答える。
ひと通り試合を見たが、特段新しいアイデアは浮かばない。
「そういえば、ここ数年は甲子園ボウルを見てもショットガン体型主体のチームばかりですよね。北海道リーグでは敵なしの北海道大も昨年からショットガン体型を併用し始めていますし。」最近、疑問に思っていたので先輩達に聞いてみた。
「確か、北海道にオプション攻撃をいち早く導入したのも北海道大だったはず。なんで、オプション攻撃を止めたんだろうな。」柏木リーダーが話を膨らませる。
「オプション攻撃の守り方が存在するはずだ。だから、みんなオプションを捨ててショットガンに乗り換えている。フレックスボーンからのオプションと言えば、京都大学の通称ギャングボーン。ギャングボーンはどのように攻略されたのか、関西リーグのビデオを集めよう。」主将が大声で叫ぶ。
<第24話>
主将の高橋が1年生の時に所属していた社会人チーム等の協力で、関東や関西リーグを中心とした試合のビデオが何本か手に入った。時間もないことから、何人かずつ手分けして、オプション攻撃が出てくるシーンのディフェンスを探し出すこととなり、僕は柏木リーダーの補佐として、リーダーの家でビデオ観戦するチームになった。柏木リーダーとは同じポジションだから、ポジション毎の個別練習でもいつも一緒に汗を流しているが、2人だけとなる機会はあまりない。
「このLBの動き、神業だな。」柏木リーダーは、自分の気に入ったディフェンスプレーがあると、いちいち止めて何度も繰り返し見るので、全然進まない。勉強にはなるけど、全部のプレーを見終わるには、日付が変わるのを覚悟しなければならなそうだ。
「攻撃は、アサイメントの遂行が命だ。全員が自分の役割を果たして、ボールキャリア―が走るコースやパススペースを作り出す。しかし、守備はアサイメントも大事だけど、それ以上にリアクションが命。相手の一瞬の動きを見て相手のプレーを判断し、相手がデザインするプレーを崩すんだ。『作り出す側』と『壊す側』、このかけひきが堪らない。」
柏木リーダーも、それほど恵まれた体格や足の速さはないが、プレーリアクションの速さで相手に勝り、確実に相手をタックルする。僕の目指すべき選手だ。
「実は、俺も高橋も、オプションに対する守り方はだいだい決まっているんだ。ディフェンスには、全てのプレーを止められる完璧なシステムは存在しない。ただし、どんなプレーにも備えリスクを抑えたバランスの良い守り方がある。この守り方だと、どんなプレーでも大きなゲインを許さないが、小さなゲインは止められない。相手チームとの個人能力や総合力の差で、全てのプレーで許すゲインが平均3ヤード以内なら、ずっとバランス良く守るだけでいい。でも、許すゲインが平均3ヤードを超えるとズルズルと攻め込まれることとなる。この場合は、守備はリスクを取らなければならない。何もしなければただやられるだけなので、どこかの守りを捨ててでも、やられている所の守りを強くする。その繰り返しだ。だから、オプション攻撃も同じ。相手のブロックアサイメントを崩す意図として、DLやLBのポジションを動かしたり、プリッツやチャージなどでプレッシャーをかけたり、役割を交換したり。リスクを負うが、止めに行く術はある。なかったら、『優勝』なんて目標は掲げないよ。」柏木リーダーが僕に教えてくれる。
「そうなんですね。安心しました。今回のビデオを大量に見る意図はあるんですか?」
「うちのチームはな、経験不足が大きな弱さだけど、さらに2部リーグには完成度の高いオプションチームはなかったから、オプションに対する経験が圧倒的に足りない。もっとオプションを目で見てイメージしなければならないので、今回は完成度の高いプレーを探しているんだ。そして、俺もどこタイミングでどういうリスクを取ってプレー指示をしていかなければならないか、その当たりの経験も補わないとな。」
その日は空が明るくなり始めるまで、2人はビデオを観続けていた。
<登場人物>
・宮脇拓哉/みやわきたくや
…主人公(僕)。1年生。LB(守備)。
・児玉悠斗/こだまはると
…1年生。アスリートで自信家。QB(攻撃)
・朝長幹男/ともながみきお
…1年生。巨漢。AKB好き。OL(攻撃)兼DL(守備)
・高橋湊斗/たかはしみなと
…アメフト部主将兼オフェンスリーダー。4年生。RB(攻撃)。
・柏木行雄/かしわぎゆきお
…アメフト部副将兼ディフェンスリーダー。4年生。LB(守備)
・前田奈津子/まえだなつこ
…4年生。主務兼女子マネージャー。
・大島陽子/おおしまようこ
…1年生。女子マネージャー。