(7)春の北都大学
<第19話>
6月最初の日曜日。今日は、試合のスカウティング。観戦相手は、2部リーグ優勝候補筆頭であり、秋のシーズンの初戦の相手である北都大学。北都大学(昨年1部6位、2部降格)が昨年1部リーグ4位のチームと対戦する。
「北都大学は、春のオープン戦は1部リーグとの試合しか組んでないね。目指すは1部リーグ復帰で、2部リーグなんて優勝して当然、眼中にないって感じなのかな?」僕が話しかける。
「ふん、なめやがって。シーズン初戦でいきなり俺たちにぶちのめされ、敗北を味わうのが楽しみだな。」児玉の闘争心に火がつく。
「まあ、現時点では向こうが格上だよ。とりあえず、1部常連校のお手並み拝見といこうか。」朝長が冷静に返す。
僕はこの試合、ディフェンスのメンバーとして、北都大学のオフェンスシステム、プレー傾向、キーマンを目に焼き付けるつもりだ。実際の分析はマネージャーのビデオで何度も確認するが、生での観戦での第一印象も重要だ。
そう言えば、朝から同期マネージャーの大島も緊張すると言っていた。試合のビデオ撮影の担当であるが、今日の試合の重要性はマネージャーも認識している。しっかりとビデオを撮らなければダメージは大きい。責任は重大だ。
通常、ビデオは3台用意する。バーチ、タイト、ワイドからの撮影。バーチは、ラインを中心にセットの位置や動きを見るため、全てのプレーを真後ろから撮影する。プレー毎に開始するボールの場所が変わるため、毎回真後ろの場所を確保しなければならない。他チームのスカウティング部隊との熾烈な場所取り合戦が繰り広げられる。タイトは、主にQBを中心とした狭い範囲を競技場のスタンドから撮影する。ワイドは、選手全員の動きがわかるように広い範囲を撮影する。2部リーグの試合は競技場ではなく大学グラウンドが多いので、スタンドはなく、小高い場所の確保等が難しく、同じく熾烈な場所取り合戦が繰り広げられる。
児玉は北都大学のディフェンスシステムの特徴を、朝長は同じく第一線でぶつかり合う北都大学のラインメンの体格や動きについて、それぞれのメンバーが自分とマッチアップする相手の戦いぶりに注目していた。
試合は、北都大学の攻撃で試合が開始された。ライバル校と言っても、現時点では一方的にライバルと思っているだけだが、目標達成の最大の壁となる北都大学がどのような戦い方をするのか、楽しみに思えるメンバーが多かった。しかし、北都大学の試合最初のプレーが始まる時に、主将の高橋を始め、全員が凍りついた。予想していなかった光景が目の前で起こっていた。
北都大学も、今年から「フレックスボーン」の攻撃システムを使い始めていた。
<第20話>
「主将、あれってフレックスボーンですよね・・・。」僕は聞いた。
「ああ、そうだな。驚いた。だが、他のチームも大勢いるので、ここではそれ以上は語るな。」主将から、僕を含めた全員にフレックスボーンについて話題にしないよう指示があった。
北都大学がフレックスボーン体型を用いるということは、その強みはもちろん弱みも認識しており、どう守れば良いかもわかっているということだ。秋のシーズン初戦で、北海道リーグではあまり普及していないため実戦で経験していないだろうフレックスボーンで意表をつき、相手ディフェンスを混乱するという意図もあった。しかし、実戦で経験していないだろうという点での効果は見込まれなくなった。おそらく、フレックスボーンは、毎日の練習で散々目にしていることだろう。
北都大学は、昨年まで1部リーグ所属。ここ数年は1部リーグ中堅に位置していたが、部員の減少等により戦力が低下し、昨年はついに2部リーグに降格。部員が減少とは言え、各学年10名弱ずつでプレーヤーは合計35人と2部リーグでは最大数の選手層である。北海道リーグの中では、ランプレーを中心としたグラウディングアタックが特徴。ここ数年はオプション攻撃を取り入れており、体格とパワーに依存したランプレーから、理論的な組み立てによるランプレーへと進化している途中のチームだった。
北都大学にとって格上の1部リーグ所属チームとの春の戦い。お互い手の内を見せないながらも、ハイレベルな戦いを繰り広げている。北都大学は、フレックスボーン体型からのオプション攻撃が主体。スタメン2年目の4年生QBのオプション攻撃は板についており、新しく入れ替わった今年の攻撃陣によるプレー感触を確かめるよう、1つ1つのプレーを確実に遂行している感じにも見える。最終スコアは17-17のドロー。1部相手に互角の戦い。やはり、自分達の目標を達成するために最大の壁として立ちはだかることは間違いなさそうだ。
「フレックスボーンの体型は似ているというか見た目はうちのチームと同じ感じだけど、システムのコンセプトはうちとは全然違うな。予想通り、オプション攻撃をどう守るかが鍵で、そこは変わらない。しかし、それが1番難しい・・・。」主将がささやく。
今日の第2試合は、2部リーグ同士の戦い。昨年3位と昨年4位のチームの対戦が組まれている、どちらも秋のシーズンの対戦相手。優勝するためには負けられない相手だ。予定では2試合目も全員でスカウティングを予定していた。
「2年生以下とマネージャーにスカウティングは任せて、3年生以上は部室に戻ってミーティングだ。」
主将の高橋がみんなに告げる。対北都大学戦のプランについて、早急に練り直さなければならない事態となった。
<第21話>
僕達は、スカウティングのため引続き第2試合を観戦していたが、北都大学のフレックスボーン導入の衝撃が大きく、なかなか試合に集中出来なかった。試合に集中出来ていたのは、一生懸命にビデオを撮ってくれているマネージャー達だけだった。
試合の後は解散となったが、不安な気持ちのまま帰りたくない気持ちの僕達は、とりあえず1年生全員でご飯を食べて帰ることとなった。車に乗り合い、ハンバーグレストランに向かう。
「初めてのビデオ撮影はどうだった?難しかった?」児玉が、大島に聞く。
「うん。めっちゃ緊張したよ。だって重要な試合だもんね。とりあえずは、先輩がフォローしてくれたから大丈夫だと思うけど。」大島が続ける。
「プレー毎にね、『ホワイト、自陣35ydから、2ndダウン5ヤード』とかって、ビデオ撮りながら説明するんだよ。先輩が見本見せてくれたけど、覚えることがたくさんあって、混乱するー。」マネージャーの仕事も奥が深い。
「そっか。お疲れお疲れ。頑張ったね!今日はマネージャーの分は俺達が奢るから、いっぱい食べてください。」児玉がリーダーシップを発揮する。
「本当?ありがとー。遠慮なく、パフェまでいただきまーす。」大島が笑顔を見せる。
あれから数時間続いていた重苦しい雰囲気が、一気に揺るいでいった。やはり、同期で過ごす時間は大切だ。気分も持ち直し、ハンバーグからパフェと食後のコーヒーまで、終始和やかに時間を過ごす事が出来た。
解散後、僕の家に寄りたいと児玉が言い出し、児玉は初めて僕の実家に来ることとなった。僕も児玉も実家から大学に通っており、大学の近くに1人暮らしをしている朝長や高橋主将の家には行くことがあるが、大学から離れている実家にはお互い足を踏み入れたことがない。僕の部屋に入り、アメフトゲーム「マッデンNFL」の対戦をしながら、今日の出来事を振り返る。
「北都大のフレックスボーンは、最初のセットは1バック(RBが1人)だけど、ジェットモーション(※モーション=プレーが始まる直前に1人だけ選手が動かせる)で結局RBが2人になるから、通常のスロットIフォーメーションと一緒だよな。展開するパスも、ランも、昨年の北都大のプロIとコンセプトは変わらない。」児玉が分析する。
「そうだけどさ。最初のセットがバランス体型(左右対称)だから、守備も左右どちらも対応出来るようにバランスで守らなければならない。でも、攻撃陣はモーションで結局片方のサイドにマンパワー(人数)が偏るから、守備もモーションに合わせて体型と人数を片方のサイドにアジャスト(調整)しなければならない。それに合わせてオプション攻撃にも対応しなければならない。守備側から見ると、昨年と同じコンセプトながら、相当に守り難い。」僕の言葉で会話は途切れ、沈黙の中で「マッデンNFL」だけが僕の部屋で音を発していた。
<登場人物>
・宮脇拓哉/みやわきたくや
…主人公(僕)。1年生。LB(守備)。
・児玉悠斗/こだまはると
…1年生。アスリートで自信家。QB(攻撃)
・朝長幹男/ともながみきお
…1年生。巨漢。AKB好き。OL(攻撃)兼DL(守備)
・高橋湊斗/たかはしみなと
…アメフト部主将兼オフェンスリーダー。4年生。RB(攻撃)。
・前田奈津子/まえだなつこ
…4年生。主務兼女子マネージャー。
・大島陽子/おおしまようこ
…1年生。女子マネージャー。