(4)春の合宿最終日
<第12話>
そして合宿も最後日を迎えた。合宿最後の練習。練習場の隣にある小高い山を走るメニューだ。アメフトには、持久力よりも、瞬発力と回復力が必要だ。だから、山の上まで長距離を走る練習はない。簡単だ。笛が鳴ったら全力で走り、笛が鳴ったら走るのを止める。その繰り返し。上り坂を、5秒全力でダッシュして、10秒休んで、5秒ダッシュしてのインターバル。この厳しさは、合宿最後の練習メニューに相応しい。
最初の数本こそダッシュに勢いがあったが、すぐにスピードは落ちていく。体力の限界だ。先輩達にドンドン離されていく。遅れながら、何とかゴール地点まで走り抜いた。
感じたのは、最後まで走りきった達成感と、先輩達との大きな距離間。足りないのは、体力だけではなく、きっと精神力や根性も全然足りていないのだろう。大きな力不足を感じながら、練習が終わった。
練習場から戻る途中、1年生マネージャーの大島陽子が練習用の道具を持って歩いていた。
「いよいよ合宿も終わりだね。どうだった?身体は大丈夫?」大島が心配して僕に話しかける。
「身体はもう限界だけど、それよりも自分の弱さと未熟さを身に染みて感じているよ。」僕が応じる。
「なんかさ、私もだけどさ、軽い気持ちというかアメフトは良く分からないけど、勢いだけでアメフト部に入ったじゃない。たぶん、1年生はみんなそうだよね。児玉君以外は。」
「たしかに、児玉以外はアメフトなんて知らないけど、主将の熱さとか部の雰囲気とかに魅せられて、勢いで入部したよね。」僕もそう思う。
「もう辞めちゃった人もいるけど、残っている1年生は、みんなこの合宿ですごく頑張っているよね。見ていて強く感じる。勢いだけで入部しただけなのにさ。みんな、こんなにアメフトに熱くなれるなんて驚き。その中でも、特に宮脇君と朝長君の2人は本当に一生懸命で、一番頑張りが伝わってくる。成長しているなって素人でもわかる。」
「本当?嬉しい。でも、ついていくのに、いっぱいいっぱいなだけだし、全然ついてもいけてないんだけどね。」と言い、僕は深くため息をついた。
「それでもこんなに熱くなれて、こんなに頑張れて。かっこいいよ。私も、こんなにみんなが一生懸命な部活に入れて、凄く嬉しい。私も、チームのために頑張ろうって思う。ここで、私も成長したいって前向きに思える。」大島の本音を聞くのは初めてだ。
「そう思ってもらえて嬉しいよ。俺ももっと頑張らないとな。一緒に努力して、チームのために頑張って、お互い大きく成長しようぜ!」僕のモチベーションは少し高まり、一歩一歩頑張り続けるしかないという事実を再認識した。
<第13話>
アメフトの世界では、秋のリーグ戦が最大の決戦の場。大学日本一を決める12月の甲子園ボウルに向け、1年間かけてチームを作り上げる。そして北海道リーグは、9月頭の開幕から10月末までの開催。各チームは、5月の連休の春合宿でチームを鍛え、5月中旬から7月中旬までの春のオープン戦でチームを強化し、8月の夏の合宿でチームを仕上げ、9月の秋シーズンを迎える。通常は、3月までにはチームの方向性、4月の時点では具体的な戦術やシステムが固まっており、春の合宿は、短期間で集中して戦術やシステムを理解し、その質を高め始めていく位置づけだ。そして5月中旬からのオープン戦でそのシステムを試すことにより、課題や反省点、改善策などの検討を重ね、システムを発展させていく。この流れが一般である。
春合宿も最終日の練習が終わり、最後のミーティングを迎えた。2週間後には、春のオープン戦が始まるが、まだこのチームは具体的な戦術やシステムは決まっていない。そんな状況で、合宿最後のミーティングが行われた。
「合宿、お疲れ様。この合宿で得たものは大きく、チームとしての可能性は高まった。まだ具体的な戦術は示していないが、何も心配しなくて良い。みんなも感じていると思うが、2年生以上の成長ぶりは大きく、1年生のポテンシャルは高く、秋までには強いチームが出来上がる。明日から2日間のオフの間に、幹部(4年生が主体)で話し合い、この合宿の内容を踏まえた最終的な戦術とシステムを作り上げ、3日後のミーティングで説明する。それまでゆっくり身体と頭を休めて欲しい。」主将の高橋が、さらに続ける。
「今後の方針だが、春のオープン戦は、2試合を予定している。初戦は5月3週に、昨年5位(2部)のチームと対戦する。昨シーズンの最終戦を戦った相手だ。この試合は、昨年のリベンジだから、昨年と同じメンバー、昨年と同じシステムだけで戦う。新しい事は何もしない。ただ、個人が経験を重ね成長した分だけ相手を上回り、そして勝つ。それで勝てなければ、優勝など不可能だ。そして、2戦目は6月最終週に、昨年2位(2部)のチームと対戦する。昨年は35-0で負けた相手だ。この試合でも、昨年と同じシステムだけで戦う。この試合は、勝ち負けは問わない。その時点での戦力の差を確認する。昨年2位のチームとの差はまだあるのかを確かめる。そして、最後の実戦になるので、スタメンがケガをした場合を想定し、いくつかのポジションで試合に出てもらう。さらに1年生も身体が出来た者は試合を経験させる。楽しみにして欲しい。新システムは、9月頭のリーグ初戦まで温存する。初戦の相手は、昨年の順列的に昨年1部から降格してきた北都大学。新システムのお披露目相手に不足はない。ここで必ず勝利し、優勝を成し遂げる。しかし・・・」
「優勝は絶対に成し遂げる。しかし、現時点ではシステムの完成度及び浸透度については、うちが1番遅れており、秋のシーズンまでに間に合うかどうかは、みんな一人一人の意識の持ち方にかかっているので、それだけは忘れないでほしい。」
この言葉で、春の合宿は幕を閉じた。
<登場人物>
・宮脇拓哉/みやわきたくや
…主人公(僕)。1年生。LB(守備)。
・児玉悠斗/こだまはると
…1年生。アスリートで自信家。QB(攻撃)
・朝長幹男/ともながみきお
…1年生。巨漢。AKB好き。OL(攻撃)兼DL(守備)
・高橋湊斗/たかはしみなと
…アメフト部主将兼オフェンスリーダー。4年生。RB(攻撃)。
・前田奈津子/まえだなつこ
…4年生。主務兼女子マネージャー。
・大島陽子/おおしまようこ
…1年生。女子マネージャー。