(3)今年の目標
<第7話>
春の合宿も、折り返し地点である中日を迎えた。普段は午前と午後の二部練習だが、この日は午前のみの練習となっており、ハードワークで疲労した身体を少し休めるために昼食後は昼寝をし、15時から時間をかけたミーティングが行われる。
1年生は基礎中心の別メニューとは言え、肉体的な疲労は相当蓄積されている。いくらアメフトが「大学から始めるみんなが同じスタート」のスポーツだとしても、高校時代に体育会系の部活で鍛えた者と、僕のように高校時代に帰宅部だった者の差は大きい。勧誘されて今年入部した部員15人のうち、高校での部活経験者は10人で、帰宅部は5人。やはり高校での部活経験者は体力的には強く、時にラグビー部、サッカー部、野球部などの出身者は、即戦力と期待されていた。一方、帰宅部出身者は体力的に練習についていくのがやっとだったが、中学時代までは何らかのスポーツを経験した者ばかりであり、高校時代に部活をやっていなかった先輩達がグラウンドで激しくプレーをしているのを見ると、体力さえ戻れば俺も活躍出来るはずだと勇気付けられた。しかしながら、帰宅部出身の5人のうち、入部1ヶ月で3人が辞めた。やはり、体力的についていけないのが理由だった。帰宅部出身で残っているのは、僕(宮脇)と朝長の2人のみとなった。
僕は、「とりあえずやると決めたからには1年間は絶対に続ける。もし体力的に、または能力的にどうしてもついていけない場合は、1年経った段階で考える。でも、最低1年間は根性見せてやる。」そう決めていた。アメフトの楽しさとか魅力とかは、たぶんそれなりに苦しい思いを乗り越えないと味わえないだろうということは、容易に想像できた。少しでもアメフトの魅力を味わえないまま、負け犬のように去ることだけはしたくなかった。しかし、合宿もまだ半分終わっただけの段階で、全身の筋肉痛は普段想像していた限界値を超えており、正直「1年も持つだろうか」と不安が芽生え始めていた。
朝長は、中学時代の柔道部での経験では、主に顧問の先生からのみ期待され、ただ逆らえずに厳しい練習に耐えるものだった。先生は恐ろしく、自分から辞めるなんて言い出せるわけなどなく、卒業までその苦痛は続くこととなった。肉体的な成長以上に、根性を初めとする精神的な成長を得られることが出来たが、「もう二度と柔道なんか、スポーツなんかやるものか」と、中学卒業の時に堅く心に決めた。しかし、今や先輩を含めてもアメフト部内No.1の体格を有していることからも、非常に厳しい練習に耐えなければならないのは昔と同じであったが、高橋主将を初めとする先輩部員達からも、そして前田奈津子先輩を初めとする先輩マネからも、真に必要とされ、真に期待されることで、味わったことのない高いモチベーションを得られる日々だった。高校時代は、部屋で一人AKBを観るのが自分の唯一の居場所かと内に籠ってしまう時間もあった。
しかし、彼は今、本当の自分の居場所を見つけることが出来たのだった。
<第8話>
春合宿中日、午後の全体ミーティング。部員30人(4年生5人、3年生5人、2年生8人、1年生12人)とマネージャー5人(4年生1人、2年生2人、1年生2人)が揃う中で、主将の高橋が全員の前で伝える。
「1年も含めて全員揃ったので、改めてこの機会に再認識して欲しい。昨シーズンは、『初勝利』という目標を掲げたが、目標は達成出来なかった。2年以上は、その悔しさを痛いぐらい感じたはずだ。それを踏まえて、今年の目標は『2部優勝』。さらに高い目標を掲げた。客観的に見て、今のチームの戦力はおそらく2部リーグ6チームのうち最下位を争うところに位置している。しかし、どこのチームにも負けていない強みが2つある。1つは、卒業生がいないので、昨年からの戦力ダウンがなく、あの悔しさを味わった2年生以上の者全員に雪辱を果たすチャンスが与えられてること。もう1つは、新たに12人の新戦力が加入し、選手層が厚くなったことだ。2年生以上は、昨年の借りを返すために昨年以上の努力をしなければならないし、1年生は秋のシーズンには戦力となるよう努力をしなければならない。マネージャーには部の運営や練習のサポートだけではなく、戦術面での協力もしてもらうこととなる。まさしく、ここにいる全員の力が必要だ。」
この場にいる全員が、主将の言葉を噛みしめる。
「そして、今年のスローガンは『トータルフットボール』だ。文字通り、全員で攻撃し、全員で守備を行うだけではなく、全員がどのポジションでも機能するチームを目指す。アメフトは、それぞれの特徴を生かしたポジションでの専門性を発揮するスポーツであり、1人が複数のポジションを出来るようにするには練習量や練習時間が必要であり、非効率でもある。しかし、アメフトはハードでありシーズンを乗り切るにはまさしく総力戦となる。スタメン全員が全てのプレーに参加出来ることは想定し難い。誰かがけがをしても、誰かがいなくても、システムとして機能し力を発揮し続けることが重要だ。そのためには、体力が必要であり、システムへの理解力とアメフトへの知識力が必要であり、何より高い意識が持たなければならない。今シーズン、最後のプレーが終わり、レフリーの最後の笛が鳴り止んだ時、笑って終われるシーズンにしよう!」全員の、大きな拍手が鳴り響いた。
「いや、笑って終われるシーズンなんかじゃなくて、歓喜の涙で男泣きさせるシーズンにしようぜ!」というのが、僕達1年生の間では影のスローガンとなった。
主将の頭の中では、「2部優勝」という目標に対し、目標設定に必要な3要素のうち、最初から充分に要件を満たしていた「具体的であること」及び「魅力的であること」に加え、一番の難関である「達成可能であること」についても、新入生の入部により充分に要件を満たすことになったものと確信していた。もちろん、この高い目標については、主務である前田とも事前に相談し、彼女の意向も充分に踏まえたものであった。
<第9話>
合宿中、1年生だけを集めたアメフトの理解度テストが行われる。部員も、マネージャーも参加しなければならない。テストは、主将の指示のもと、マネージャーの前田奈津子が作成した。
「はい、それではアメフト理解度テストを行います。赤点取ったら、補修だけではなく、ペナルティが待っているから、諦めないで頑張ってね!」明るい声で話す前田の目は、全然笑っていない。
「えっ、ペナルティって何!聞いてないけど。」ざわつく1年生14人。僕は、アメフト自体にも興味を持ち始め、自分でもアメフトの本を買って勉強した。体力で劣る分、知識でカバーしなければならないと思っていた。だから、ちょっと自信はある。
第1問「アメフトの三大精神を答えなさい」
これは簡単だ。入部して一番最初に教えてもらったやつだ。「闘争、協調、犠牲」。楽勝、楽勝。
第2問「アメフトで得点が入るパターンと点数を書きなさい」
①TD→6点。②FG→3点、
③PAT→プレー2点、キック1点。
あれ、これだけだったかちょっと自信ない。
第3問「攻撃権の獲得と攻撃権の放棄について説明しなさい」
だんだん難しくなってきた・・・。
「攻撃チームは、4回の攻撃権が与えられる。4回の攻撃で10ヤード進むことが出来れば、新たに4回の攻撃権が与えられる(これを1stダウン獲得と呼ぶ)。4回の攻撃権で10ヤード進むことが出来なければ、攻守交代となり、相手チームに攻撃権が移る。3回の攻撃で10ヤード進めそうにない場合は、攻撃権を放棄して陣地を獲得するためにボールをキックすることが出来(パントと呼ぶ)、点数を獲得するためにボールをキックすることも出来る(フィールドゴールと呼ぶ)。」
そして、第9問目までを回答した。なんとか及第点が取れそうだ。
第10問「あなたは、どのポジションをやりたいですか。理由も含めて書きなさい。」
これは、僕たちのポジションの希望。そういえば、春合宿が終わったらそれぞれの個性や特性を見極めて、ポジションを決めるって主将が言っていた。これはアピールチャンスだ。
「自分は、身体は特別大きくないけど、ボールキャリアに対して勇気を持ってタックルし、フィールドの中央からランプレーでもパスプレーでも粘り強くタックルに向かう、LBがやりたいです。」
<第10話>
1年生達がテストと格闘している頃、4年生は今期の戦術面について議論を交わしていた。本来であれば、昨シーズンが終わった段階で明確なビジョンを掲げるべきだが、少人数のチームであるため、新入生の入部状況によって導入するシステムの選択肢が変わることから、新入生が入部し、春の合宿でそれぞれの個性や特性を見たうえで、システム決定することとしていた。
昨年の攻撃システム「プロI」では勝てない。それは誰もがわかっている。プロI体型はどんなプレーも展開出来るバランスの良い体型だが、バランスが良いからこそ、各個の集結である総合力の差がそのまま出てしまう。全てのポジションにバランスよく戦力を分散させ、総合力で相手に勝るほど、知識もパワーも経験も技術も持ち合わせていない。特に最大の壁である北都大学は、昨年まで1部常連校であり、昨年は僅差で2部落ちしたものの部員数、経験、スピードとパワーいずれも2部リーグでは飛び抜けた総合力を誇る。バランス良く、オーソドックスに戦っても勝てる相手ではない。それは、昨シーズン痛いくらい身に染みている。
具体的にどう戦えば良いのかイメージはまだ固まっていないが、まず何をしなければいけないのかは、4年生全員が理解していた。それは、「期待の新人2人を秋のシーズンまでに戦力として育てなければならない」ということ。そして、それが出来なければ、優勝など絶対に手が届かないということを。
朝長は、その体格とパワーを生かし、OLのエースとして、ランプレーで相手守備陣を打ち負かし、パスプレーではQBを守り抜き、またDLのエースとして、相手の攻撃を食い止める存在となることが求められている。彼が、スクリメージ(フィールド)を支配し、試合をコントロールしている姿を想像するのは難しくない。
さらに児玉は、その高い身体能力を生かし、チームNo.1の得点力を発揮することが求められている。彼がボールをエンドゾーン(相手ゴール)に運び、チームを勝利に導く姿を想像するのは難しくない。
しかし、児玉の高い身体能力を最大限生かせるポジションは、どこなのか。システムはどれなのか。早い段階で決定しなければ、秋のシーズンには間に合わない。スピードを兼ね備えた力強い走力に加えて、野球で鍛えた投力を生かすには、QBとして育てるべきか。または、ボールを持つ回数が最も多く、エースランナーとして常に前に向かって道を切り開く、RBとして育てるべきか。さらには、パスに特化したチーム作りをするのであれば、スピードと球際の強さを生かせるWRとして育てるべきか。
そしてもう1つの問題がある。現エースQBの主将高橋が、QBであり続けるべきかどうか。たしかに、チームで誰にも負けない知識と情熱と経験とリーダーシップを兼ね備えた高橋をQBにこそ相応しい。しかし、さらに高い壁を越えていくために、児玉をQBに抜擢した方が、チームが成長し可能性が広がるのかどうか。その選択が未来を変える。
<第11話>
春合宿の後半日程が始まった。練習後、僕と児玉が2人グラウンドに残って、先輩達が練習していたプレーの内容について確認していた。
「勉強熱心だな。」振り向くと、主将の高橋が近づいてきた。
「お疲れ様です。主将。」僕と児玉が揃って声をかける。
「宮脇は、LB志望だったな。LBは守備の要だから、戦術とプレーに対する知識が必要だ。そして全てのプレーに向かっていく熱い気持ち。宮脇は、勉強熱心だし、熱いハートを持っているから、LBに向いているかもな。しっかりと身体を作れば、良いLBになれるぞ。頑張れよ!」
「はい。ありがとうございます。」主将がしっかりと僕の希望を理解してくれていて、僕のことを見てくれていることが、僕はとても嬉しかった。
「児玉、お前はQBで気持ちは揺るがないか?」高橋は次に児玉に話しかける。
「もちろんです。俺はQBがやりたいです。」児玉が即答する。
「QBとして、チームの全責任を負えるか?その覚悟は出来ているか?」高橋は、鋭い眼差しでさらに児玉に詰め寄る。
「アメフトの知識と経験はこれからですが、俺の心と身体と大学生活は、全てアメフトに捧げる覚悟は出来ています!」児玉も鋭い眼差しで応える。
「2人とも、1年生とは思えない熱さだな。チームとしては嬉しいけど、先は長いから気負い過ぎず、無理し過ぎるなよ。」高橋は、一瞬笑顔を見せるも、また一段と厳しい顔つきでさらに2人に語りかける。
「でも、アメフトはチームスポーツだ。闘争心だけではなく、協調しなければならない時も、犠牲にならなければならない時もある。もし、希望のポジションが与えられなかった時はどうだ?頑張れるか?」
「もちろん、どんなポジションも大切だし、そんなポジションもやりがいがあるはずなので、僕は頑張れます。やります!」僕は正直な気持ちを伝えた。
児玉は、少し沈黙が続いた後で、口を開いた。
「俺は、QBがやりたいです。もし今年QBが出来ないなら、それは自分の実力不足だから、与えられたポジションで精一杯頑張ります。でも、来年はQBやります。QBに相応しい実力を身につけます。絶対に。」
今年、どう戦うべきか、高橋は答えを見つけ始めていた。
<登場人物>
・宮脇拓哉/みやわきたくや
…主人公(僕)。1年生。LB(守備)。
・児玉悠斗/こだまはると
…1年生。アスリートで自信家。QB(攻撃)
・朝長幹男/ともながみきお
…1年生。巨漢。AKB好き。OL(攻撃)兼DL(守備)
・高橋湊斗/たかはしみなと
…アメフト部主将兼オフェンスリーダー。4年生。RB(攻撃)。
・前田奈津子/まえだなつこ
…4年生。主務兼女子マネージャー。
・大島陽子/おおしまようこ
…1年生。女子マネージャー。