(10)QB児玉のデビュー
<第27話>
春のオープン戦(第2戦)の試合の朝を迎えた。僕はまだプレッシャーを感じる立場ではないので、ぐっすりと眠ることが出来た。家を出る前に、ブラックコーヒーを飲む。NBAのスーパースターであるマイケル・ジョーダンが、試合前に必ずブラックコーヒーを飲むというのを真似てみた。ほろ苦い。たしか、集中力を高めるのと、程よい興奮状態になるためだったかな。忘れちまった。ゲン担ぎだから、何でもいい。気合いを入れて、僕は試合会場に向かった。
試合前の土曜日。練習前のミーティングで、スタメンが発表された。1年生からのスタメン出場は、朝長がDLで選ばれたのみだった。大きなサプライズはない。スタメン発表を行った主将の高橋が、続けてみんなに伝える。
「いよいよ明日が、春の最終戦だ。相手は昨年2位の強豪。昨年は35‐0で完敗した相手だ。あれから、どれだけ力の差が縮まったか楽しみだな。明日は、勝ち負けなんか気にしないで、思いっきり暴れよう。」主将の話は続く。
「この試合が終わったら、2か月後の北都大戦まで試合はない。最後の実戦だ。だから、勝ち負けなんかよりも、最大限の実戦経験を積むこと、そして現時点でどこまで戦えるかチームの現状を認識すること、この2点が最重要だ。秋に向けて全てのシステムを温存したいところだが、さすがに全てぶっつけ本番というわけにもいかない。いくつか経験しなければならないことがある。まず、オフェンスはQB2枚看板で行く。俺と児玉がそれぞれ半々だ。システムは、スロットI(SB1人とRB2人)。TEを置く意味がないので、今までのプロIは使わない。SBからのブロック、そしてパスコースへの出方について、実戦で経験してみて欲しい。ただし、フレックスボーンは温存する。プレーはシンプルに、バランス良くランとパスを織り交ぜる。QB児玉の走力は試すまでもないし、怪我のリスクもあるので、児玉のランプレーは使わない。パスは、実戦で試して感覚をつかんで欲しい。児玉のパス能力が高いのはスカウティングされてもしょうがない。むしろ、走れないパス専門のQBだと思ってもらっていた方がいい。そして、オフェンスでも、ディフェンスでも、キックチームでも、1年生はローテーションで試合に出てもらう。とりあえず、思い切りの良さだけは忘れずに、全力でアメフトを感じて欲しい。」
続いて、ディフェンスについて柏木リーダーが説明する。
「ディフェンスは、フロントメンは4-3と4-4を併用し、DBはカバー2とカバー3を併用する。それぞれ実戦で感覚をつかんで欲しい。チャージやブリッツ、ローテーション等は使わないで、シンプルに守る。前半は、シンプルに守って、個人でどこまで戦えているのか、チームでどこまで戦えているのかを試す。後半は、1年生を含めて多くの選手をローテーションで試合に出して経験を積む。システムで勝とうとはしないので、やられてもいいから個人の力で戦ってくれ。去年の俺達とは違うところを、自信を持って見せてやろうぜ。」
さあ、いよいよ試合モードが全開になってきた。
<第28話>
試合は、僕のチームのキックオフで開始した。前年度の成績(順列)が上のチームがホームカラ―のユニフォームを着るのが原則。よって、昨年度最下位の僕らは、今シーズンはビジターカラ―(ホワイト)のユニフォームしか着る機会がないのが残念だ。
相手の攻撃から始まるシリーズ。相手チームは予想どおりプロI体型。うちのチームの守備は4-3体型。最初のシリーズは、中の早いランで2ヤード、外のランで3ヤード、中の遅いランで3ヤードと10ヤードに届かず、3プレーで相手の攻撃をシャットダウン。全てのプレーはLB柏木がタックルし、フィールドを自由に駆け巡る。
「リーダーすげえ」僕がサイドラインで興奮する。
「宮脇、柏木じゃない、朝長が凄いんだ。わかるか、相手のラインに負けてない。」主将の高橋が、次の攻撃に備えてヘルメットをかぶりながら教えてくれる。
「去年はな、DLが相手OLに押されて後ろの柏木は身動きが取れなかったんだ。でも、朝長達DLが相手に負けていないから、柏木が自由に動けるんだ。朝長、末恐ろしいな。」相手チームのパントキックが終わり、「オフェンス行くぞ!」の掛け声で、高橋はフィールドに入って行った。
相手守備体型は4-4に近いフロント8メン。昨年と同じく、ランプレーに強い守備体型だ。スロットI体型から、中の早いランで2ヤード、外のランで4ヤード、中の遅いランで2ヤードと、相手守備陣が踏ん張り、10ヤードに届かないため新たな攻撃権は獲得ならず。最初のシリーズを見る限り、ラインの対決はほぼ互角か。昨シーズンから考えると、大幅な成長だ。
次の相手の攻撃シリーズ。うちのチームの守備体型は、4-4体型へと変更。短いパス成功で4ヤード獲得、外のランで2ヤード、外のランフェイクのパスは失敗で、ここも守り切る。
自陣35ヤード付近からのうちのチームの攻撃、2シリーズ目。児玉のQBデビューであり、朝長もOL(攻撃陣)としてのデビューだ。高橋の背番号「1」に対して、児玉は背番号「18」。野球でいうエースナンバーを志願した。
「QB#18に変わったよ。#1はTB。」相手ディフェンスが確認し合う。
児玉のデビュープレーは、WRへのパス。相手は4-4のカバー3だ。CBが深めにパスを警戒しているので、CBの前のゾーンが狙い目だ。右スロットIから、広いサイドである左WRへの短いタイミングパス。練習通り、問題なく成功し、パスキャッチ後にもランで3ヤード進み、トータル8ヤードのゲイン。朝長も、左OTとして相手DE(4年生)とのマッチアップは一歩も譲らないパスプロテクション。そして2ndダウン2ヤード。RB高橋のオフタックル付近のランプレー。SBとUBのブロックのタイミングが良く、高橋のスピートを生かして10ヤードゲイン。新たな攻撃権獲得とともに、一気に敵陣に入り込む。サイドラインも盛り上がる。
順調な滑り出しだ。
<第29話>
オフェンスは、全てのプレーの作戦を伝えるのは主将高橋が担っている。
「よし。いい流れだ。ここで児玉の肩の強さとパスの精度を見せつけてやろう。」
高橋は、この流れのまま一気に押し切るプレーコールを選択した。右スロットIから、右WRがポスト、右SBがアウト、左WRがポストのコンビネーションパターンだ。成功すれば、ロングゲインが見込まれる。プレーが終わってレフリーが笛を吹いてから25秒以内に次のプレーを始めなければ反則だ。作戦会議の時間は短く、シチュエーションを理解し、最適なプレーを選択し、選手達に暗号で作戦を伝えなければならない。反則となればせっかく稼いだ陣地が、5ヤード罰退させられる。急いでハドルを解き、次のプレーを準備する。
「ロングパスだ。俺のパスを見せてやるぜ。」児玉は意気込む。ロングパスを成功させるためには、パスを投げるまでの時間、QBが相手ディフェンスにタックルされないように、ラインメン達がQBを守らなければならない。
「このパスを成功させるには、俺がこの対面の大型DEをしっかりブロックしなければならない。」朝長は集中する。
児玉はセンターからボールを受け、5歩ドロップバックで下がり、相手DBの3人の動きを見極める。朝長は相手DEが左側からすり抜けてQBにタックルに行こうとするのを全力で食い止める。パスの第1ターゲットは右WRのポスト。FSがカバーに行かなければ、右WRに投げる。FSが右WRをカバーした場合、第2ターゲットの左WRに投げる。FSが左WRをカバーしたが、右WRが右CBにカバーされていれば、第3ターゲットの右SBのアウトに投げる。シミュレーションもバッチリだ。
FSはまだ中央に残って両方を見ている。第1ターゲットの右WRは、少し後ろに右CBが見えるが、FSと右CBのゾーンの切れ目に投げれば、どちらも追いつかない。
「よし、見えた!」
児玉は、右WRが進むコース上でかつ相手DB陣がカバーできないポイントが見えた。児玉は、腕を振り上げ、いざ投げようと左足を踏み込もうとした瞬間、背中と腰に大きな衝撃を受け、地面に叩きつけられた。
相手LBに激しくタックルされた。QBサックだ。左OTである朝長が、対面のDEに気を取られている隙に、LBが朝長の内側からブリッツしたものだった。
相手守備陣、そして相手サイドラインが大きく盛り上がる。
<登場人物>
・宮脇拓哉/みやわきたくや
…主人公(僕)。1年生。LB(守備)。
・児玉悠斗/こだまはると
…1年生。アスリートで自信家。QB(攻撃)
・朝長幹男/ともながみきお
…1年生。巨漢。AKB好き。OL(攻撃)兼DL(守備)
・高橋湊斗/たかはしみなと
…アメフト部主将兼オフェンスリーダー。4年生。RB(攻撃)。
・柏木行雄/かしわぎゆきお
…アメフト部副将兼ディフェンスリーダー。4年生。LB(守備)
・前田奈津子/まえだなつこ
…4年生。主務兼女子マネージャー。
・大島陽子/おおしまようこ
…1年生。女子マネージャー。




