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エクリプス  作者: 元蔵
第3章 全身全霊をかけてあなたを祝福します
89/98

89.誕生日

 立ち込める土煙の中、薄っすらとアレフ様の後ろ姿が見える。

 煙が消えても彼女の姿は見えなかった。



「大丈夫?」



 剣を背に仕舞い、アレフ様が振り返った。

 額の汗を無造作に拭うと、ゆっくりと私の所へ歩いて来る。



「はい。アレフ様は?」


「俺は平気。リリーに向かって行ったときは肝が冷えたよ」



 私は無言で頷いた。

 まさか、私に矛先を向けてくるとは思わなかったから。



「あの」


「ん?」


「さっきの女性は」



 そこで言葉が途切れてしまった。

 モンスターだったのか、それとも人、だったのか。

 見た目ではわからなかった。



「テラソルって言うモンスターだよ。」


「テラソル?」


「ああ。あまり強くないけど、レイドボスだ」



 モンスターは倒したら消える。

 彼女の姿が見えないのはその為ね。



「ありがとうございます」


「ん?」


「その、お守りいただきましたから」


「当然だろ。それにしても、侯爵は俺が一緒に行くことを想定していたのか? 行違っていたらどうするつもりだったんだろう?」


「モンスターが出るとは聞いておりません」


「そうか。もしかしたら、知らなかったのかもな。とりあえず、魔石を置いてこよう。またモンスターが現れたら面倒だ」


「はい」



 奥まで歩いて行くと、大きな鏡と緑色の魔石が沢山入ったお賽銭箱のような物が置かれている。

 私は、魔石を取り出してお賽銭箱へ入れた。



「これでいいのかしら?」


「いいと思う。他に何も言われていないんだろ?」


「ええ」

 

「じゃ、街に戻ろう。」



 遺跡の入り口まで戻り、台座のオーブに触れる。

 来た時と同じく、眩い光に包まれた。


 光が消えると、私たちは冒険者ギルドの掲示板に戻っていた。

 壁際に立っていたマキシ様が駆け寄って来るのをぼんやりと眺める。



「殿下!」


「マキシ、説明は後だ。休む場所と何か飲み物を」



 マキシ様が私を見る。



「……ギルドの横にカフェがございます」


「わかった。そこへ移動しよう」


「はっ」



 私は平気なのに、2人とも心配性ね……。

 2人の会話を聞きながら私はほんの少し、目を閉じた。


 

 次に目を開いた時、薄暗い部屋にいた。

 エスタディオの私の部屋だ。

 外からはクラシックが流れ、人々の楽し気な話し声が聞こえる。

 起き上がると、カナンと目が合った。



「お嬢様がお目覚めになられました」


「それでは、すぐに支度を始めます。ケイティは奥様にお伝えなさい。カナンは一緒に手伝ってください」


「かしこまりました」



 返事をすると、ケイティは私に手を振って部屋を出て行った。

 ミセスブラウンから受け取ったアイスティーを口に含む。



「私、眠っていたの? さっきまで冒険者ギルドにいたわよね?」



 祭壇に行ったのは夢だったの?

 瞬きをしたつもりだったのに。



「覚えていらっしゃらないのですか? お嬢様は祭壇から戻られた後、アレフレッド殿下に凭れてイビキをかいて眠ってしまったのです」


「えっ? イビキですか!?」



 助けを求め、ミセスブラウンを見た。



「カナン、既にパーティが始まっているのですよ。いい加減になさい。お嬢様、お目覚めになられたばかりですが、今、申し上げた通りパーティのご支度をさせていただきます」


「ええ」



 支度を終えると、ロナウド兄様とルーク兄様が来ていた。

 2人ともフォーマルな礼服を卒なく着こなしている。



「聞いたよ。モンスターが現れたんだってね。もう、大丈夫かい?」


「はい。ご心配お掛けいたしました」


「慣れないWPで疲れてしまったようだ。かと言って、パーティーを中止にするわけにもゆかぬ。暫しの間、頑張るのだ」


「わかりました」


「では、参ろう」



 私の部屋がある棟から、扉で隔たれた来客用の部屋がある棟へ移動する。

 大きな扉をルーク兄様が開けると、大きな階段になっていた。

 階段は大広間に繋がっていて、沢山の人がダンスをしたり、食事を楽しんでいる。

 ロナウド兄様が私の手を取ってゆっくりと前へ進む。

 階段を半分降りた所で、ロナウド兄様は足を止めた。

 曲が止まり、一斉に私たちに注目が集まる。

 うっ。緊張する。



「皆様。本日は、リリアーナのバースディにお越しいただき、ありがとうございます。体調が優れぬ故、遅てしまいましたが、ここで一言、挨拶をさせていただきます」



 えっ? 挨拶なんて聞いてない!!

 驚く私を、不思議そうにロナウド兄様が見る。



「どうした?」


「挨拶だなんて、何も考えていませんわ」


「いつも通り言えば良い。そう、緊張するものでもなかろう」



 リリアーナ(本人)は慣れているのでしょうけれど、私は人前で話したことなんて無いんです!

 どうしよう?

 何て話せばいいの?

 困っていると、ルーク兄様がささやいてくれた。



「まずは名乗って、それから僕の後に続ければいい。遅くなってしまい、申し訳ありません。本日は、私のバースディにお越しいただき、ありがとうございます。16歳と言う節目を、皆さまにお祝いいただけること、大変嬉しく存じます。今夜は、心ゆくまでお楽しみください」


「リリアーナ・ベンフィカでございます……」



 ルーク兄様の後をそのまま言い、優雅にお辞儀をする。

 ダンスはまだ上手とは言えないけれど、淑女の礼だけはミセスブラウンからも高評価をもらっていた。

 顔を上げると、一斉に拍手が鳴り響く。

 拍手の中、ロナウド兄様のエスコートで階段を下りる。

 階段を下りた先には父と母、その後ろにアレフ様とマキシ様がいた。



「もう、大丈夫なのか?」


「はい。ご心配をお掛け致しました」


「アレフレッド殿下から話は聞いた。本当に無事で良かった。あの祭壇でモンスターが出たことは今まで無かったので忘れていた。祭壇も古代遺跡の1つだと。お守りくだっさった殿下に感謝しなさい。今もリリアーナがいない間、代わりを務めてくれていたのだよ」



 私の誕生日に、主役そっちのけで盛り上がっていたのはその為なのね。

 アレフ様に視線を向けると、微笑んでいた。


「当然の事をしたまでです」


「テラソルごときに苦戦してよく言うよ。僕ならノーダメージだ」


「その場にいなかった奴が、デカい口叩くな」



 ルーク兄様の売り言葉に、それまで品良く話していたアレフ様の言葉がガラリと変わる。



「僕のリリアーナに怖い思いをさせて、しかも倒すのに随分と時間が掛かったんだって?」


「仕方ないだろ。俺は魔法抵抗が低いんだから」



 ルーク兄様とアレフ様のやり取りに、周りから笑い声が聞こえてきたけれど、本人たちは気付いていない。



「殿下」



 マキシ様の声にアレフ様が言葉を止めた。



「ルーク。殿下が一緒でなければ、リリアーナは今ここにいない。オーブもなく、迎えに行くこともできなかっただろう。」



 父の言葉にルーク兄様は顔を背ける。



「……どうやって、一緒にワープしたんだ?」


「誰が教えるか」



「2人は本当に、仲がよろしいですわね」



 顔を背けながら話す2人を見て、ニコニコと笑顔で言う母。

 普通に仲が悪いように見えるんですけれど。



「殿下、申し訳ありません」



 父が畏まって非礼を詫びる。



「いえ、私も時と場所を弁えず、失礼致しました」


「では先程、お話しいたしました件、お願いできますか?」


「わかりました。リリー、一緒に来てくれるか?」


「ええ」


「いってらっしゃい」



 笑顔で見送る母に頷き、アレフ様の後を付いて行く。

 誰かとすれ違う度に会釈をし、ゆっくりとテラスへ向かっているみたい。



「アレフ様は、冒険者の格好ですけれど、お着替えなさらなかったのですか?」



 マキシ様は王家の執事たちが着る礼服を見に纏っているのに、アレフ様は祭壇に行った時と同じ鎧姿だった。

 帯剣はしていないようだけれど、胸元にはマジックアイテムの鎖のネックレスが見える。



「ん? いや、この為に旅装束で来るように言われたんだ」


「この為?」


「ああ」



 テラスに出ると、ひんやりとした夜風が頬を撫でる。



「寒くない?」


「大丈夫ですわ」



 ライトに照らされた美しい中庭には、沢山の人達が陽気に音楽に合わせて踊ったり歌ったりしていた。

 テラスの中央へ歩いて行く私たちに気付いた人々が、私たちの名前を呼び始めた。


 ここにいる人たちは街の人たち?

 冒険者風の格好の人もいて、姿はバラバラだ。

 アレフ様が片手を上げると、歓声が消え、静かになった。



「今宵は、私たちの為にお集まりいただき、ありがとうございます」



 静かな闇夜にアレフ様の言葉が響く。

 優し気で、一本芯の通った力強い声でゆっくりと話している。

 私は隣にいるだけでいいのよね?

 また、話や挨拶をすることにならなければいいけれど。



「リリアーナ」


「リリー?」


「え? あ、はい」


 いけない。

 呼ばれていたのね。



「こんな時にぼうっとしているなんて」


「ごめんなさい」


「仕方ないかな。ベンフィカ候爵が行事を詰め込み過ぎなんだ。リリー、右手を出して」


「はい」



 差し出した私の手を取ると、手袋の上から口付ける。


 わぁぁぁー!!


 中庭から歓声が上がる。



「な、なにを……」



 キスされた右手を左手で隠す私を、アレフ様は笑った。



「話を全く聞いてなかったんだな。今、非公式ながらも2度目の婚約の儀を終えたことを報告したんだよ。そのパフォーマンスだったのに」


「えっ? そうだったのですか?」


「そう。だからやり直し」



 ぎゅっと抱き寄せられ、そのままキス。


 中庭のざわめきが、段々と私たちの名前へと変わる。

 長いキスに身体がグラつき、アレフ様の背にしがみつくように腕を回すと、冷やかすような歓声と拍手に変わった。



「大丈夫?」



 少し唇を離し、アレフ様に聞かれた。

 至近距離からの問いかけに、ただただ頷く。

 こんなの、全然大丈夫じゃない!

 まともに答えられるわけがない。



「そうか。良かった」



 再び唇が重ねられる。

 更に……。



「んーんー!」



 私は声にならない叫びを上げる。


 テラスは2階の高さ。

 私たちの姿がはっきりと見えるのだろう。


――いいぞー! もっとやれー!!


――きゃー! リリアーナ様がぁ!!


――ボン!


 うるさかった歓声が、突然響いた爆発音で一瞬で静まり返った。



「……ロナウド?」



 剣を片手にアレフ様が呟く。

 振り返るとロナウド兄様が恐ろしい形相で魔法を唱え、ルーク兄様が必死で止めようとしている。



「ロナウド兄様?」



 私の声に、ロナウド兄様は魔法の詠唱を止めた。



「チッ!」



 ロナウド兄様は何も言わず、屋敷の中へ戻って行く。

 ルーク兄様は仕方なさそうに私たちの前へ出る。



「リスロアの皆様。今夜はリリアーナのバースディ。多少の事は多めに見計らいいただければ幸いです」



 ルーク兄様はにこやかに会釈をし、屋敷へ戻って行った。



「全く。ロナウドが先にキレたら、僕はいつ怒りをぶつければいいんだ」


お読みいただきありがとうございます。

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