87.妖精の輪
行き交う人達の姿は、ほとんどが冒険者みたい。
車よりもドラゴンや大きな鳥のモンスターを乗り物にしている人が多い。
モザイクタイルが敷き詰められた道の端には、怪しげな薬を売っていたり、モンスターからの戦利品なのか、武器防具を並べて露店をしている冒険者もいる。
リスロアがソルーア王国になって200年は経つと言うのに、未だ昔の面影を色濃く残していると言うエスタディオ。
ソルシティは現代の日本とさほど変わらないのに対し、エスタディオには近代的な高層ビルが無く、中世ヨーロッパ時代のメルヘンな街並みが広がっていた。
冒険者ギルドが建つ、街の中心部から少し離れた場所にベンフィカ侯爵家はあった。
街を統治していた時代から建つ家は、グループの拠点でもあったらしく、とても大きい。
私の部屋は、ソルシティにある部屋と内装はほぼ同じ。
唯一、違うのは、バルコニーがあるくらいかな。
ガラス扉を開けてバルコニーへ出る。
綺麗な街並みを眺めていると、部屋に誰かが入ってきた。
この家にいたメイドがミセスブラウンと話をしている。
メイドが立ち去ると、ミセスブラウンがバルコニーへやってきた。
「どうかしましたの?」
「はい、旦那様がお嬢様をお呼びでございます」
「わかりました」
ミセスブラウンの後を付いて、1階の奥まった部屋へと行く。
ここが父の書斎か、執務室なのね。
話は、国王陛下から話された婚約の事についてかな?
あの両親は、何て言うのだろう。
「失礼致します」
「おかえり、リリアーナ。そこに座りなさい。明日の事を今の内に説明しておこう」
父が指示したソファーに座る。
「早速だが、明日、祭壇に行ってこの魔晶石を置いてきなさい」
そう言って、父は緑色の魔石をテーブルに置いた。
祭壇?
聞いたことが無いわ。
「祭壇へは、どうやって行けばよろしいのでしょうか?」
「冒険者ギルドにある掲示板のゲートを使って行きなさい。祭壇は、リスロアにある古代遺跡の1つで、16歳の誕生日に魔晶石を奉納する決まりだ。ああ、安心しなさい。冒険者でなくても、このオーブがあれば祭壇へ行ける」
父は魔石の隣に、乳白色の石を置いた。
光を反射して虹色に輝いている。
オーブを手に取ると、ズシリと重かった。
マジックアイテムは軽くなっていることが多いのに、珍しい。
「こちらの魔晶石を置いて来ればいいのですね?」
「そうだ。置いて来るだけだから行けばわかるだろう。」
置いて来るだけなら大丈夫よね。
私は頷いた。
「お父様、魔晶石とおっしゃられましたが、この石は緑色をしていますわね。本来なら、魔晶石は赤ではございませんの?」
「魔晶石と呼ばれる宝石は7色ある。その中でも、赤い色の魔晶石は、数が多く価格が安定している。故に、赤い魔晶石が一般的なのだ。リスロアでは7色の内、6色が採掘できることは街の子供達でも知っている。領主の娘がそんなことを言っていたら、笑われるぞ」
「何故、緑色なのか疑問に思っただけですわ」
魔石が7色あるなんて知らないもの。
7色あったとしても、赤い魔石でもいいじゃない。
「魔晶石にも属性があるのだよ。赤は火、青は水、橙は木、黄色は土、透明は光と癒し、闇は黒。そして、緑が風属性だ。リリアーナの属性である風属性の魔晶石を奉納してくるのだ。エスタディオのマジックショップでは、他の色の魔晶石も売られているし、武器や防具に加工されている物もあるから、明日、ついでに見てくるといい」
「え? よろしいのですか?」
「うむ。リリアーナは、妖精の輪で過ごした記憶しかないだろう。実家の領地の事を知るのもいいことだ」
「ショッピングができるなんて楽しみですわ」
エスタディオと言う街は君セナに出てこない。
どんな物が売っているのかな?
「誕生日だ。好きな物を買いなさい。ミセスブラウンに伝えておこう」
「ありがとうございます」
そうだ。
妖精の輪の事もあったんだ。
「お父様。妖精の輪はエスタディオにあると聞きましたが、行くことはできますか?」
「行くことも何も、この向かいの部屋がそうだ。どれ、今、案内しよう」
「はい」
書斎の向かいには、小さい木製の扉があった。
父が扉を開けると、一面真っ白な部屋だった。
「他の部屋と違うだろう。この部屋だけはリフォームをしていないから、500年以上変わっていないんだよ」
「500年も……」
父が部屋に入って、私を振り返る。
入り口に立ち尽くす私を不思議そうに見ていた。
「どうした? 入らないのか?」
「ソルシティでは、この部屋に入ったら閉じ込められたのです。また、扉が消えてしまったらと思うと恐ろしいですわ」
「安心しなさい。ここは、ずっと変わらない。私が過ごした頃からね」
「お父様も?」
父は頷くと、私に手を差し出した。
父の手を取り、私は部屋に足を踏み入れた。
扉を見ると開いたままだ。
閉めても扉は消えず、閉じ込められていない。
真っ白な部屋は同じだけれど、小さい窓がある。
あの時感じた、激しい吐き気と頭痛もしない。
「安心したか?」
「ええ」
「あれから調べたのだが、この部屋は妖精界に通じていると言われていた。リスロアには他にも、ソシオの森が妖精界と繋がっているそうだ。エスタディオには、自ら妖精だと自称する者もいる。ソルシティは、異世界に住む女神が降り立ったと言われる地。エスタディオもソルシティも異世界に通じやすいのだろう。異世界を通して、2つの地にこの部屋が出現したとしても、何ら不思議なことでは無いそうだ」
「部屋が移動するなんて考えにくいことですが、この部屋は私が閉じ込められた部屋とほとんど同じですわ」
「そうか。ほとんど同じか」
小さい部屋を見まわしても、違いは窓の有無位しか見付からなかった。
「お父様。お話があります」
「なんだね?」
改まって話した私に、背を向けていた父が振り返った。
「……婚約の事です」
「陛下から何か言われたのか?」
「第2王子様との婚約を破棄し、第1王子様と婚約を要請すると……」
「そうか。貴族の間で話されていたことが、陛下の耳にも入ったのか」
「お父様もご存じでしたの?」
「当然だろう。モーガン侯爵令嬢が亡くなってから、言われてきたことだ」
「それでは……」
私はクラウディオ様と婚約するの?
途中から言葉は出なかった。
「リリアーナの好きにしていい。王妃を希望するなら、反対する貴族たちも説き伏せてやろう。私は領主の仕事以外に魔法省にも所属しているし、ロナウドは教会に勤めているからそれぞれに顔が利く。王国軍元帥の妻はセリアの従妹だ。姉妹のように仲が良かったから、上手く取り計らってくれるだろう。陛下も望んでいるとならば、反対する国民もいない」
「えっ? 違いますわ! 私は王妃様になることを希望してません!」
「フ。冗談だ。今まで通り、アレフレッド殿下との婚約を維持したいのだろう」
冗談?
からかっただけ?
おかしそうに笑う父を睨んだ。
「そう、怖い顔をするな。エストレイア学園でのことは全て報告を受けている。王妃と言う地位に目が眩み、第1王子との婚約を希望しなくて良かったと思うぞ。そんな恥知らずな娘に育てた覚えは無いからな」
「よろしいのでしょうか? 国王陛下からのお話をお断りして」
「構わぬさ」
「ベンフィカ家は、第1王子派だと聞きましたわ。その経緯も」
「全ての第1王子派の家の娘が、第1王子と結婚できるはずがなかろう。政治の事は気にしなくても良い。先程言った通り、魔法省・教会・王国軍にもつながりがある。まして、当人同士が望んでいないことを推し進めるべきでは無い」
その通りよ。
私は大きく頷いた。
「家の事を気にしたのだろう。安心しなさい。リスロアは、魔晶石の産出地として経済的にも豊かな地だ。断ったからと言って、何も変わらない。陛下には、私からお断りしておこう」
「ありがとうございます。お父様」
「さあ、もう行きなさい。明日はリスロア中からお祝いを受ける。朝から晩まで休む時間は無いぞ」
リスロア中から?
祭壇に行く事といい、16歳の誕生日は何か特別なの?
扉を開け、妖精の輪から出ていく父の後を付いて、私も妖精の輪を後にした。
お読みいただきありがとうございます。




