83.心配
『何だか久し振りな気がするな』
「ええ、私もそうお思いますわ。アレフ様は今、どちらにいらっしゃるのですか?」
『今はエスタディオにある、冒険者ギルド本部』
「え? エスタディオに本部があるのですか?」
「そうだよ。冒険者が統治していた自由都市国家リスロアの首都だった名残で、今もギルド本部はエスタディオにある。運営もここにあるんだ』
「そうでしたの」
先祖は冒険者だったと聞いていたけれど、自由都市国家?
どういう経緯で領地になったのかな?
『実は、レイドボスが見付かっていない時間帯があって、その対応に意見が分かれているんだ』
「TVで聞きましたわ。その所為か、学園に戻って来ない生徒が多いのですよ」
『賢明な判断だろうな。運営によると、出現ポイントはソルシテイ街道で、人型のモンスターと予測されているんだが』
人型……。
壁に打ち付けられた打撲の痛みと一緒に、深夜に現れた紅い瞳に黒い唇の女性を思い出す。
王宮の奥にある、花宮にどうやって侵入したの?
――また来るわ――と言って消えた彼女は、もしかしたらモンスターだったのかも。
『リリー?』
ディスプレイには、心配そうな顔をするアレフ様が映し出されていた。
『大丈夫か? 何か気になることがあったのか?』
私は手を横に振り、否定する。
「いいえ。人型のモンスターとまでわかっているのに見付からなかったなんて、不思議ですわね」
『……出現予測場所も確認したけれど、移動したのか何も痕跡が無くて手掛かりが掴めていないんだ』
「それでは、何もわからないのですね」
『イベントは終了したと発表したけれど、捜索を続けるのか自動修復されなかった建物や街道の修復工事とか、予算は? 期間は? 財源の確保って、そんなことまで俺に聞いてくるし』
「ふふ。アレフ様が泣き言を言うなんて」
『悪い?』
「いいえ」
くすくす笑っていると、向こうで誰かと話しているようで。
『――ああ、わかった。リリー、悪いけれどもう時間が無くなった。兄上に、今日は寮に戻ると伝えておいてくれ』
「ええ。わかりましたわ」
『じゃ。また後で』
「ごきげんよう」
ブツリと電話が切れた。
明日になったら会えるのかな?
短かった電話に反して、クラウディオ様が戻ってきたのは1時間程、後のことだった。
「おはようございます。今日も出席したのは、私たちだけですのね」
「おはようございます、クリシュナ様。そうみたいですね。今日もまた自習になるのかしら?」
次の日、男子の出席者は増えたけれど、女子の出席者は相変わらず私とクリシュナだけ。
「これなら、寮でTVでも見ていれば良かったですわ」
「え? クリシュナ様のお部屋にはTVがありますの?」
「内緒で持ってきている方は沢山いらっしゃいますわ。リリアーナ様は持ってきていらっしゃらないのですか?」
「ええ。規則ですから」
元々リリアーナは用意していなかったみたいだし。
「まぁ。ホホホ。よろしければ、これから私のお部屋で何か見ませんか?」
「遠慮致しますわ。今日も自習と決まった訳でもありませんし」
結局この日も自習。
話していると、花宮で見たイケメンキャスターが偶然にもクリシュナの好きなグループの1人だったらしい。
「きっと明日も自習ですわ! 登校しないで、私のお部屋で一緒にライブを見ましょう。デビュー当時から全てありますの!」
「え! 本当ですか? ……けれど、欠席するわけにはいきませんわ。どうしましょう……」
「何、学園内で堂々とサボる相談してるんだ?」
「えっ?あ……」
声のする方を見ると、アレフ様が立っていた。
「あら? クラスの方々は既にお帰りになったようですわね」
クリシュナが言う通り、教室には私たちしかいない。
「中々出てこないから入れ違いになったのかと思ったんだが。サボろうとするなら、早く帰ればいいだろ」
「ホホ、その通りですわね」
クリシュナ様と一緒に立ち上がる。
「ふふ。遠慮なくお邪魔させていただきますわ。それではアレフ様」
「おい、ちょっと待てよ!」
「いたっ!!」
アレフ様に肩を掴まれていた。
「悪い、大丈夫か?」
すぐに手が離れたけれど、
「ええ」
「女性の肩に急に触れるなんて。本当に野蛮な方ですわね」
「クリシュナ様!! 髪が少し挟まっただけですわ。私は大丈夫ですから」
「そうだな、リラックスルームに行こう。行くぞ」
「え?」
右手を掴まれ、あっと言う間に引っ張られるように教室から出ていく。
「アレフ様? 急にどうなさったの?」
「昨日、手首が青くなっているのが見えた。もしかして、肩も怪我をしているんじゃないのか?」
「昨日? お電話での時ですか?」
「ああ。俺がいなかった時に、何かあった?」
色々あったことはあったけれど。
婚約の話も、国の方針なら仕方ないねって、あっさり言われそうで怖い。
あの女性の事だって、王宮にどうやって侵入したのかと大騒ぎになりそう。
魔力もなぜか感じられない。
全てを話して、忙しそうにしているアレフ様にこれ以上心配をかけることはしたくない。
リラックスルームは鍵が開いていたのに、シンクレア先生は不在だった。
イスに座ると、着ていたボレロを脱がされる。
「ほら、見せて」
「そんなにご心配されなくても、ベッドから落ちただけですわ」
「ベッド?」
「ええ。花宮のベッドから寝ぼけて落ちてしまったのです」
私はワンピースの袖口を止めているリボンを解く。
少し袖口を巻くって、青く変色した腕を見せた。
「花宮にいたのか。誰にも治療してもらわなかったの?」
「ベッドから落ちたなんて、恥ずかしくて言えませんもの」
「さっきの肩も?」
「ええ。寝ぼけていたので、どういう落ち方をしたかは説明できませんわ」
「そうか。寝相、悪いもんな」
「えっ?!」
「ゴロゴロごろごろと寝返りがすごいよ。たまに頭突きも入るしな」
「嘘……」
「ハハ。冗談だよ」
「もう! からかわないでください」
笑うアレフ様にムキになって叫ぶ。
更に笑いながら、アレフ様は右手を私に向けた。
「悪かったって。……レクラッサオ」
柔らかな光が私を包みこむ。
手首の痣がすぅっと消えていった。
「アレフ様は回復魔法を使えたのですか?」
「ああ。便利だから覚えてみたんだ。どうだ?」
「ありがとうございます。もう、触っても痛くありませんわ」
「そうか。じゃ、帰ろう」
「はい」
差し出された手を取り、2人並んで歩く。
もしかして、腕の痣に気付いて来てくれたの? って、そんなこと、ある訳ないよね。
隣を歩くアレフ様は、私が見ていることにも気付かず、真っ直ぐ前を見ていた。
お読みいただきありがとうございました。




