82.新たな交友関係
「何かあった?」
静かな音楽が流れる車内。
前方を真っ直ぐ見つめ、ルークお兄様が言った。
「……何も、ありませんわ」
GWイベント終了から一夜明け、私は、ルークお兄様が運転する車で学園に向かっていた。
お見送りくださったのは国王陛下と王妃様、そしてマキシ様によく似た国王陛下の執事が1人。
「学園も無理に出席する必要が無い。屋敷に行こうか?」
「お母様はいらっしゃらないのでしょう? 学園に戻りますわ」
「エスタディオに連れて行ってもいいよ。イベントが終わったとは言え、ソルシティが安全とは必ずしも言い切れないんだ」
「勝手な振る舞いはできませんわ。私の行動で、王宮に迷惑がかかることもありますもの」
父と母に会って婚約について話がしたかったけれど、時間はある。
今すぐ話すよりも、私自身が落ち着いてから話したかった。
「学校を休むくらいで大袈裟だ。それに、些細な事なら迷惑をかける前に揉消すことだって可能だよ」
「お兄様、私はアレフ様の婚約者として正しくありたいのですわ」
「僕としてはそれも嫌なんだが」
じゃあ、アレフ様じゃなかったらいいの?
出かけた言葉を飲み込み、私は嘲笑うように笑うお兄様から視線を窓の外へ向けた。
――「次、会えるのは夏休みに入ってからかしら? 陛下の誕生パーティがありますから、その時ですわね」
「ああ。リリアーナ、楽しみにしているぞ」
「はい。失礼致します。国王様、王妃様」――
これは、クラウディオ様との返事のことをおっしゃっているの?
私の心は決まっている。
でも、
本人は、どうしたいのだろう?
私が決めていいの?
ねぇ、
「リリアーナ」
一瞬、私が呼ばれたことに気付けなかった。
髪を1房持ち上げられ、巻かれたドリルが伸びる。
私の髪を手に、お兄様は悪戯っぽい表情を浮かべていた。
「着いたよ。それともこのままドライブに行く?」
「え? きゃっ!」
バネが戻るように、ドリルが私の顔に直撃する。
気付くと車は学園の寮の前で、ドアを隔てて心配そうに見つめるミセスブラウンの姿があった。
「酷いですわ。降りますからドアを開けてください」
「あはは。わかった」
カチャっと音を立て、ドアが開く。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま戻りました。すぐ、制服に着替えて登校いたしますわ」
「……ルーク様」
困った表情でミセスブラウンが聞く。
「リリアーナの言う通りに」
「畏まりました」
なぜ、お兄様に確認するのよ。
「もう。心配なさらないで。少し考え事をしていただけですわ」
「ははは。リリアーナの様子も仕方無いか。僕も見送りに国王と王妃がいらっしゃるなんて聞いてなかったから驚いたよ」
「まぁ! 驚いていたようには見えませんでしたわ」
「そんなの当然だよ。僕を侮らないでくれ」
「申し訳ありません。ふふ」
車から私の鞄を降ろし、ルークお兄様が近付いてきた。
「リリアーナ、来週の迎えは僕じゃなくてロナウドになってしまったんだ。僕は一足先に行ってエスタディオで待ってるよ」
「来週はエスタディオに行きますの?」
私のおでこにキスしようとしていたお兄様の動きが止まる。
「もしかして忘れてたかい? 来週の土曜日はリリアーナの誕生日だろう? 16歳の誕生日はエスタディオで祝うって、入学前から話していたじゃないか。お袋がエスタディオにいるのも準備の為だよ」
「そうでしたの。忘れていましたわ」
リリアーナの誕生日かぁ。
やっぱりパーティでも開くのかな?
「もう、しっかりしてくれよ。それじゃ、名残惜しいけれど僕も多忙でね。今日はこれで戻るよ」
「ええ。送ってくださり、ありがとうございました」
「どういたしまして」
左のおでこにキスを貰う。
お兄様を見送って私は登校した。
教室に行くと出席者は数人だけで、エイミーも欠席。
授業も全て自習だった。
簡単な課題を前に、時間が過ぎるのを待つだけ。
「おはようございます。リリアーナ様」
「……おはようございます。クリシュナ様」
「今日、女子生徒の出席は私たちだけのようですね。こんなことなら私も休めば良かったわ」
「そうですわね。授業も自習なら寮にいても変わりませんわね」
何の用?
また、婚約についてかな?
訝しがっているのが伝わったのだろう、クリシュナが溜息雑じりで言う。
「そう、警戒しないでくださいませ。誰もいなくて暇だから、普通にお話がしたいだけですわ。この前の事もおじい様には報告済みです。第2王子様から名誉棄損行為と訴えられてしまったら、伯爵家である我が家を庇ってくれる家もいないでしょう。」
「本当になさるおつもりはなかったと思いますわ」
「そう願いますわ。ねぇ、リリアーナ様、よろしければカフェに行ってお話しませんこと?」
「え? まだ、授業中ですのに?」
「ほほ。今日、一日、自習でしてよ? どこにいても、問題ありませんわ」
そう言われてみたらその通りね。
「そうですわね。参りましょう」
カフェには、私たちの他にも雑談している生徒たちがいた。
私たちは紅茶を注文して席に着く。
「こんなことなら、お休みすれば良かったですわ。リリアーナ様はモンスターが出たこと、ご存知では無かったのですか?」
「存じてはいたのですが、王宮にいましたので直接、寮に戻ってきましたの」
「王宮? 王宮に呼ばれていましたの!?」
「え、ええ、用事がありましたので」
「羨ましいですわ。私はお城にも行ったことがありません。どんなところでしたか? 贅沢で荘厳華麗なのでしょう?」
「綺麗なところでしたが、詳しくはわかりませんわ。私もアレフレッド殿下の宮と花の宮しか行っていませんの」
国王陛下と食事をしたなんて、言わない方がいいわよね。
ティーカップを持ち上げる。
ダージリンの香りは、王宮で飲んだ紅茶と同じだった。
「第2王子様の……あの方、虫も殺せぬ優しい方と言われていましたのに、レイドボスと戦っている姿はまるで修羅のようでしたわ。全ての戦闘に参加されていたと聞きましてよ。リリアーナ様はよろしいのですか? あんな野蛮な殿下の婚約者で。」
「そんな、野蛮だなんて」
「戦闘を楽しんでいるようでしたわ。本当に野蛮。今なら、第1王子様の婚約者に変更できるチャンスですわ。お考え直されたらいかが?」
国の為にと、戦闘に対策会議にと積極的に行われたことが、そのように伝わっているなんてアレフ様がかわいそうだわ。
急に黙り込んでしまった私を見て、
「申し訳ございません。もう、婚約の事で私から進言することはしないつもりでいたのですが。どうか、お許しくださいませ」
と、クリシュナ様が頭を下げた。
「え? 違いますわ。頭をお上げください。婚約の事は構いませんわ。私一人で決められることではありませんもの。お気になさらないでください」
「ありがとうございます。……私はリリアーナ様が羨ましいですわ。私がどんなに希望してもなれない王妃の座を、簡単に射止めることができますのよ。それがどんなに幸運なことか、わかっていただきたいわ」
私からしたら幸運ではないけれど。
冷めた紅茶から、少し渋みが感じられた。
「あら、あちらに第1王子様がいらっしゃいますわ」
クリシュナ様が見つめる先に、カフェに入って来る生徒会3人の姿が見える。
ティチェル様と目が合い、会釈する。
「もう、ランチタイムなのですね。私たちも何か食べませんか?」
「そういたしましょう。まぁ、リリアーナ様」
クラウディオ様がこちらに歩いてきた。
「リリー。元気そうで何よりだ。変わりはないか?」
「ごきげんよう、クラ兄様。ご覧の通りですわ」
「うむ。そうだ。今日の放課後、図書室へ付き合ってくれぬか?」
「私でよろしければご一緒致しますわ」
「ああ。では放課後、玄関で落ち合おう」
「はい」
「それでは、後でな」
「ごきげんよう」
クラ兄様が歩いて行かれると、クリシュナ様は興奮したご様子でクラ兄様との婚約を勧めてきた。
「勿体ないですわ! リリアーナ様!」
勿体ないって、何だかとっても失礼じゃない?
放課後。
玄関に向かうと、既にクラウディオ様が待っていた。
「お待たせして、申し訳ありません」
「走らずとも良い。それでは、行くぞ」
「はい」
クラウディオ様の一歩後ろを歩く。
やはり隣に並んで歩くのは恐れ多い。
ただ、話をする度に後ろを振り返ってもらうのも悪い気もした。
「クラ兄様。図書室で何をなさいますの? 調べ物でしょうか?」
「うむ。いや、着いてからのお楽しみとしよう」
笑顔で答えたクラ兄様の表情が一瞬、固まった。
私の後ろを見ているの?
振り返って見たけれど、特に何もない。
「クラ兄様? どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない。ほら、行くぞ」
「ええ」
その後、クラウディオ様は考えごとをされているのか、図書室に着いてからも、暫く無言だった。
2階に上がり、ある個室の前でクラウディオ様は生徒手帳を取り出して翳す。
すぐにロックが解け、ドアが開いた。
「準備をするから、リリーは座って待っていろ」
「わかりました」
邪魔にならないよう部屋の隅に座っていると、部屋にあったパソコンにIDやPWを入力している。
これだけ本があるのに、ネットで調べものをするの?
不思議に思って見ていると、画面に『Call・・・』と表示され、アレフ様が映し出された。
『兄上、何かあったのですか?』
「いや、何もないが?」
『約束の時間から1時間も遅れたら心配するのは当然でしょう。何も無かったのなら、なぜ連絡をしていただけなかったのですか?』
「すまなかった。学年が違うと下校時間が違うことを失念していてな」
クラウディオ様が席を立ち、手招きされるまま空いた席に座る。
『学年? 兄上、どこに行かれるのでって、あれ? リリー?』
「え、えっとぉ。ご、ごきげんよう、アレフ様」
『……っぷ。クッ、ハハハ! 何、そんなに緊張しているんだよ!』
「えっ? それはその、TV電話は慣れていなくて」
着いてからのお楽しみって、こういうことだったのね。
クラウディオ様は、私たちの様子を見て笑っている。
「私は30分程、下で調べものをしてくる。」
『お心遣い感謝致します』
クラウディオ様は、頷いて部屋から出て行った。
お読みいただきありがとうございました。




