68.恋の歌
お風呂から出た私は、マキシ様に髪を乾かしてもらっていた。
最近ではケイティに乾かしたり巻いてもらっていたから、やってもらうことには慣れている。
とは言え、マキシ様にやっていただくのは少し恥ずかしかった。
「あら? もう、眠るだけなのですから、巻く必要はありませんのよ」
ドライヤーとブラシだけで綺麗に巻かれた毛先を見て言った。
「とても、お似合いでございますから」
ドライヤーを片付けながら、ごく自然に言うマキシ様。
なんでそんなセリフがサラっと言えちゃうの?
「あ、ありがとうございます。」
鏡に映るマキシ様にお礼を言うと、鏡に映るマキシ様が笑顔を見せる。
私の顔が少し赤いのは、湯上りの所為かドライヤーの熱の所為よね。
そういうことにしておこう。
会話が途切れ、ドライヤーの音だけが響く。
「何でもできますのね」
マキシ様の手によって、私の髪は次々と巻かれていく。
まるでプロの美容師みたい。
「初めからできたわけではありませんよ。特に私は不器用でしたので、何度も練習をしたものです」
「不器用ですって? 信じられませんわ。いただくお茶はとてもおいしいですし、所作も洗練されてるもの」
「リリアーナ様にお褒めいただけるとは、努力の甲斐があったと言うものですよ」
「本当のことですわ。茶化さないでください」
気恥ずかしくなった私は、鏡に映るマキシ様から視線をそらした。
「茶化してなどいませんよ。お褒めいただいたことが無いのです。私どもはできて当然でございますから」
「そうでしたの」
できて当然。
求められる基準が違うのね。
髪のセットが終わり、マキシ様はオイルを手に取って首から胸元、うなじから背中へマッサージを始めた。
ミセスブラウンもしてくれることだけれど、どうしても、マキシ様の手の動きが気になってしまう。
「マキシ様。マッサージはその、結構ですわ」
「遠慮なさらず。もうすぐ終わりますから」
「いえ、遠慮など」
「すぐに済みますから、もうしばらくお待ちくださいませ」
結局、マッサージは続けられる。
緊張して逆に肩が凝りそうよ。
「アレフ様とお兄様は、まだお帰りにならないの?」
「はい。街の中心部を移動されているようでございます」
時計は夜の10時を回ったところ。
マキシ様も、心配して時々PTチャットを確認していた。
「昨日の戦闘で、怪我などはされなかったのですか?」
大怪我をしたまま来た冒険者たちが多い中、アレフ様方は怪我をしているようには見えなかった。
私の前に戦うBOSSはかなりの強敵だと言う話だったのに。
「ルーク様とロナウド様は攻撃を受けている様子はありませんでしたが、私はレベルが低かったので攻撃を受ける度に最初は失神していたようです」
「失神!? 大丈夫だったのですか?」
失神とは、即ち戦闘不能状態のこと。
MSGではHPとSPがあり、他のRPGと同じく、HPが0になったら失神する。
SPはスキルを使うときに使用するポイントで、クラスと呼ばれる冒険者の職業によって使用できるスキルが異なる。
魔法もスキルの種類の1つ。
一撃で死ぬ。
そんな場所にマキシ様は行っていたことになる。
「はい。ロナウド様がプリーストでしたので、回復していただきましたから。お恥ずかしながら、お守りすべき殿下に護られていました。私の未熟さが不甲斐無かったです。……リリアーナ様、大丈夫ですか?」
「え?」
マッサージをしていたはずのマキシ様が、心配そうな顔で私を見ていた。
「顔色が優れないようです。申し訳ございません。私の話は配慮を怠りました」
マキシ様が頭を下げた。
「いいえ、違いますわ。ごめんなさい。時折、イベントに参加されていた冒険者様の姿が目に浮かぶのです。命に関わりそうな大怪我をしたままの姿の方が多かったの。助けに来たと言われても、怖かったんです。実際には映画のスクリーン越しの様なものでしたが、思い出す時は、私がいた場所まで入って来られるの。助け出されたと思うよりは、助けてくださった冒険者様に殺されるような感覚に捉われてしまって」
瞳を閉じると、一番最初にやってきた冒険者PTの姿がすぐに思い浮かぶ。
目に焼き付いてしまって、当分の間は忘れられそうになかった。
頬を触れらて、私は瞳を開けた。
マキシ様が私の頬から顎に沿って手を滑らせていた。
愁いを帯びたマキシ様の様子に、言葉が出ない。
「怖い思いをされていたのですね。私が冒険者でなかったばかりに、リリアーナ様をお助けするまでに時間がかかりました。申し訳ございません」
「そんな! 私がこんなことにならなければ、マキシ様は冒険者になる必要もありませんでしたわ。蘇生が間に合わなければ、命を落としていたかもしれませんのよ」
HPが0になり失神すると、エンカウントが始まる。
MSGでは、このカウントが0になるまでの間に蘇生呪文かアイテムを使うとその場で生き返る。
0になればデスペナルティーを受けて街に戻る。
でも、ここはゲームではなく現実の世界なので、復活は存在しない。
エンカウントが過ぎてしまった冒険者は生き返らせることができないらしく、死んでしまった仲間を抱えた冒険者の姿も何度か目にした。
当然のごとく、スプラッター映画のような状態の遺体だった。
「それでも、あなたが心に傷を負うことは抑えられたでしょう」
「実際には起こらなかったことです。私が勝手に思っただけですわ」
「リリアーナ様。身体の怪我は魔法や治療で治せますが、心の傷は見えない分、治すことが難しいものです。御身を労わりくださいませ」
「ありがとうございます。マキシ様も、無理をしないでくださいね」
顎に触れていた手が、偶然か私の唇に一瞬掠れてから離れた。
「はい」
マキシ様は短く答え、後ろへと下がった。
複雑な気分だわ。
マキシ様は、アレフ様の警護をする為に付いてきたに過ぎない。
私は付随する警護対象でしかない。
今日だって、アレフ様の命令で私の側にいるだけ。
それなのに、マキシ様の言葉や行動に誤解しそうになる。
「マキシ様。私はそろそろ休みますので、お部屋に戻られていただけますか? マキシ様もお疲れでしょう。さすがに、警護はもうよろしいと思いますわ」
「どうぞ、カモミールティーでございます」
私の言葉には答えず、ティーカップを差し出される。
「ありがとうございます」
淡い色をしたカモミールティーを受け取った。
爽やかな甘酸っぱい香りが部屋を漂う。
一口飲むと、咳払いが聞こえた。
「失礼致します」
マキシ様が珍しく少し照れた様子で断ると、突然、静かに歌いだした。
低いバリトンが優しく響く。
ティーカップをテーブルに置き、マキシ様の歌を聞き入った。
伴奏も無く最初は硬い様子で歌っていたけれど、段々柔らかく感情が込められていく。
打ち明けられない想い
ひっそりと月夜に歌う
好きだと伝えられない
愛してると伝わらない
あなたに逢いたい
愛されなくてもいいから
いつか この想いに気付いてほしい
そんな切ない恋の歌を聴きながら、私はウトウトし始めた。
今朝は変な時間に起きたから?
急な眠気に耐えられず、瞳を閉じる。
しばらくして歌が止まり、マキシ様が何かおっしゃったみたいだったけれど、聞き取ることはできなかった。
ガクッと椅子から落ちた身体が持ち上げられ、静かにベッドに下される。
かすかに残る意識を総動員しても、身体はぐったりとして動かない。
まるで魔法に掛けられたかのように私は眠り落ちていく。
「良い夢を。おやすみなさいませ」
部屋の明かりが消え、静かに扉が閉まる音が聞こえた。
お読みいただきありがとうございました




