67.父と母
マキシ様の手が離れた後も、私の手は差し出したままになっていた。
色々と気にかけていてくれたのも、私がアレフ様の婚約者だったから。
当然のことなのに。
私ったら動揺し過ぎだわ。
そっと、右手でサファイアに触れる。
ひんやりとした感触が手に伝わったのに、心まで落ち着かせることができない。
優しく微笑むマキシ様に、どうしてこんな気持ちになるのか、わからなかった。
「手強いですね」
ポツリと呟かれた。
「え? ごめんなさい。聞いていなかったみたいで、何がですの?」
「いいえ。こちらの話です。そろそろ風も出てまいりますので、お部屋に戻られませんか?」
日が傾き、空が少しずつ茜色に染まっていた。
ブラウスの上に何も着ていなかったので、少し肌寒い。
「ええ。そういたしますわ」
屋敷に戻り夕食前のドレスアップの為、マキシ様と一旦分かれ部屋に戻る。
「リリアーナお嬢様。お夕食に旦那様と奥様がご列席されます。こちらのドレスにお着替えくださいませ」
今朝、キッチンにいたメイドからパステルカラーのドレスを受け取った。
「わかりました。ところで、アレフ様やお兄様方は戻られたの?」
「いいえ。遅くなるというお話でしたし、ご連絡もありませんので、まだしばらくはお戻りにならないと思います」
話しながら手際良く着せ替えられ、そのままにしていた髪は高く結い上げられる。
「そう。お兄様方は冒険に行かれると、帰りは遅いの?」
「その時によって違いますわ。今日は遅くなるとおっしゃっていましたので、先にお休みになられたら良いかと存じます」
アクセサリーを付けてもらい、着替えは終わったらしい。
涙のしずくをあしらったピンクの宝石を囲むように並ぶ、これってダイヤかな?
この世界でジルコニアとか無しよね?
ふふ、キレイ。
親と家で食事をするだけなのに着替えが必要だなんて、貴族のお嬢様も大変ね。
「ええ。ありがとう」
着替えが終わると、私はそのまま部屋の外へと出た。
廊下で、マキシ様とゴメスさんが話をしながら私を待っていてくれたみたい。
部屋から出た私に気付くと、2人は会話をやめた。
「お待たせして申し訳ありません」
軽く頭を下げて言うと、
「女性が着飾るのを待つ時間と言うのは、楽しみなものですよ。とても、お綺麗です。リリアーナ様」
「あ、ありがとうございます」
微笑みながら差し出されたマキシ様の手に、私の手を乗せる。
マキシ様は、アレフ様の婚約者に対して話しているだけ。
君セナのイベントでもないんだから、誤解しちゃダメ。
そう何度も思っても、胸の高鳴りは中々治まらない。
誰とでもドキドキしていたらダメじゃない。
前を歩いていたゴメスさんが扉を開け、お辞儀をして入って行く。
部屋に入るとテーブルにイスが10程並んだ、こじんまりとした食堂だった。
先に座っている白髪の男性が父で、青く長い髪の女性が母ね。
中々の美形だ。
2人とも40代と聞いていたけれど、父は白い髪の所為か齢を取っているように見える。
向かいの席まで歩いて行くと、父から話しかけてきた。
「おかえり。リリアーナ」
「ごきげんよう、お父様、お母様」
私は軽く会釈する。
「リリアーナさん。お久しぶりですわね。お元気でしたか?」
「ええ。お父様もお母様もお元気そうですね」
ゴメスさんが引いたイスに、私とマキシ様はそれぞれ座る。
「昨日は驚いたよ。屋敷の中から姿を消したと言うのだから」
「リリアーナさん、怪我などはしていませんか?」
「はい。大丈夫ですわ。ご心配をお掛けいたしました」
「後から話を聞いたが、リリアーナがいた空間はエスタディオの邸宅にある妖精の輪だったようだ。覚えていないか? 5歳位まであの部屋で過ごしていたんだよ」
運ばれてきたポタージュスープを飲みながら父が話す。
当然だけれど、リリアーナの記憶は一切ない。
「いいえ。覚えがありませんわ。……いただきます」
私もポタージュスープを口に運ぶ。
濃厚なキノコの風味が広がる。
冷えた身体にクリーミーなスープの温かさがじんわりと伝わった。
「そうか。ルークも忘れていたらしいから仕方なかろう。簡単に説明するが」
私がスプーンをソーサーに戻すと、サラダが運ばれてきた。
「ああ、食べながら聞きなさい」
私が頷くのを見て、父は話し始めた。
「我が家は代々強い魔力を持つ者が生まれる傾向が強く、そなたも生まれた時から魔力が突き抜けていた。妖精の輪は、そういう子供を護る結界のような部屋だ。いつからあるかは知らないが、時の妖精王からもらったと伝わっている。リスロア内にあるソシオの森は妖精の世界に繋がると言われているし、昔は懇意にされていたのだろう。
通常なら3年も妖精の輪で過ごせば魔力が馴染み、普通に過ごせるようになる。しかし、リリアーナは身体が弱くて、3年を過ぎても妖精の輪から出ることができなかった。
生まれたときに、強すぎる魔力に身体が持たず3年位で体が朽ち果てるか、強い魔力に引かれて集まってくるモンスターに食べられるかのどちらかだと言われていたから仕方ないと思っていたのだが、ルークは違ったようだ。呼ばれた茶会の席でリリアーナの話を積極的に話していた。ルーク自身も2年程妖精の輪で過ごしていたから、何か思うことがあったのだろう。ルークの話がどこをどう伝わったのか、ナシオナル家から王族に伝わる方法を教えてもらい、1年後に妖精の輪から出ても平気になった」
父がグラスを取り、水を飲んだ。
リリアーナの幼い頃を思い出しているのだろうか?
「ロナウドたちが言うには、冒険者のイベントにリリアーナが巻き込まれたのだと話していたが、おそらくは、モンスターの動きを察知した冒険者ギルドシステムがイベントルームを用意したにすぎぬ。期間が定められていたのは、それまでの間はどのような状態であれ助けられるタイムリミットだったのだろう。殿下方が聞いたと言われるタイムリミットの時間は、妖精の輪が壊れる時間か、リリアーナがリリアーナとして無事でいられた時間と言うところか」
突然、大けがをした冒険者の姿が脳裏に浮かぶ。
何故か、白い私がいる空間に血まみれの大男たちが入ってくる。
カシャーーン!
私の手からフォークが落ち、甲高い音が響いた。
「大丈夫ですか?」
隣からかけられた声が、冒険者たちの声と重なった。
ドアの開く音、冒険者たちの声が一斉に私の元へやって来る様が次々と浮かぶ。
悲鳴を上げないように両手で口を押え、立ち上がった。
イスにぶつかりよろめいた私は、あっと言う間に男たちに捕まってしまう。
身体を強張らせ、きつく瞳を閉じた。
「リリアーナ様、リリアーナ様!」
恐る恐る瞳を開ける。
「……マキシ様」
よろけた私をマキシ様が支えてくれていたのね。
周りを見ると、両親が心配そうに私を見ていた。
「申し訳ありません。もう、大丈夫ですわ」
イスに座り、振るえる手でグラスの水を口に含む。
あの部屋に入ってきたのは、アレフ様とルークお兄様よ。
大男たちは入ってこなかったのよ。
私は家にいるのよ。
自分に言い聞かせるように何度も繰り返す。
「リリアーナお嬢様。こちらをお飲みください」
ゴメスさんが差し出したグラスには、薄桃色の飲み物が入っている。
「こちらは?」
「アルコールの低いコケモモ酒を、炭酸で割ったものでございます。少し、飲まれたらよろしいかと存じます」
「お酒は……」
「リリアーナ様が飲まれても大丈夫ですよ。ご安心してお飲みください」
特別室での醜態を思い出し迷っていると、強引に持たされてしまった。
ゴメスさんの笑顔に勝てず、一口飲む。
炭酸の刺激が乾いた喉を通り抜けていった。
「ありがとう。お父様、お話を続けてください」
父は少し困ったような表情をしたが、母が何かささやくと意を決したように話し始めた。
「冒険者ギルドシステムは『運営』と呼ばれるシステムが世界の出来事を察知し、冒険者掲示板に反映されるようになっている。噂では、『GM』と呼ばれる10名でシステムを管理しているそうだ。モンスターの動きを察知したのか、運営についても、妖精の輪がエスタディオからソルシティにどうやって移動したのかも不明だ」
エスタディオは領地、リスロアの中にある一番大きな街の名前。
そして、同じ名前の街がMSGにも存在した。
竜巻女こと、リリアが出没する地点の近くにある街として。
「確認したところ、エスタディオの邸宅に妖精の輪は戻っているそうだ。来週、プロテクトを外すと連絡を受けている。王宮でも対応されるだろうが、万が一でも何かあれば、エスタディオに戻れば良い。何も心配はいらないから、安心して処置を受けるように」
父はゴメスさんから新しいグラスを受け取ると、一息に飲んだ。
「お父様。プロテクトは何の為に掛けたのですか? 話を聞きましたがよくわからないのです。私を守るために掛けたと聞きましたが、このままだとプロテクトがある所為で魔力が暴走する恐れがあると言うお話でした」
「……アレフレッド殿下の婚約者候補に選ばれた頃から、リリアーナの魔力が更に増え始めたのだ。
必然的に王宮に行くことが増えた為、王族の光属性の魔力に感化されたのだろう。体の不調を理由に婚約者候補を何度も辞退したのだが、リリアーナが選ばれてしまった。
そして、婚約の儀にアレフレッド殿下のそばで魔法が暴発する騒ぎが起きた。処刑されてもおかしくない。私たちは、そなたを死んだものとして一生をエスタディオで過ごさせると、辞退を申し上げた。その時、殿下がおっしゃった。
『今までもずっと閉じ込められて過ごしてきたのでしょう? また閉じ込めるなんて、リリーがかわいそうです。私は平気でしたし、大本の原因は私の光属性の魔力。辞退はしないでください。他に、良い方法が無いか探しましょう』
それで決まったのが、プロテクトだ。成長すれば、身体も丈夫になるだろう。その頃に外せば良いと」
お父様は言葉を止めて、グラスを傾ける。
お酒だったのか、ほんのりと頬が赤く染まっていた。
私も釣られるように一口飲む。
「倒れることもなく、王都で過ごせたのはプロテクトのお陰だ。7歳の時に来ていた服を今着たら破けてしまう。プロテクトも古く小さくなって魔力が漏れだした。壊れる前にプロテクトを外そう。そう、考えておれば良い」
古くなって身体に合わなくなっただけ。
プロテクトを外しても妖精の輪に居れば、魔法が発動することもない。
心配なことは特にない。
「わかりました。お話しくださり、ありがとうございます」
結局、誰も食事を進めていなかったので、私の学園での話や、お母様が庭園に咲くお花の話をしながら食事を再開した。
私が本当のリリアーナでは無いことには、誰も気付かなかったようだった。
「まだ、戻られないのかしら?」
階段から玄関を見下ろした。
「今は、街の中にいるようですね」
マキシ様が空中を見ながら言う。
「何を確認されていらっしゃいますの?」
「PT情報です。一緒にいなくてもPTを組んでいる者同士の位置を確認したりチャットで会話をすることが可能です」
そう言えば、そんな機能があったわね。
「街のどこにいらっしゃるのかしら?」
「……そこまではさすがにわかりませんね」
おかしい。
街の中なら、店や建物の名前に座標軸まで表示されたはず。
何か隠しているのかしら?
「ゴメスに頼んで、探していただきましょう」
「リリアーナ様。こちらに向かっているようです。車で移動されていらっしゃいますから、そうだと思います。そろそろお部屋に戻られて、お着替えされてはいかがでしょうか?」
「え? あの、マキシ様!」
私は強引に部屋へ押し込まれてしまった。
「差支えなければ、お手伝いさせていただきます」
「け、結構ですわ!」
逃げ込むようにパウダールームの扉を閉める。
バスルームを確認すると、既にバスタブにはお湯が張ってあり、バスローブの他に着替えも用意されているようだ。
「マキシ様」
私はパウダールームから顔を出すようにして呼びかけた。
部屋の隅にいたマキシ様が近くに来る。
「どうかされましたか?」
「時間がかかりますので、どうぞ、お部屋に戻られてください」
「アレフレッド殿下の命に背くわけには参りません。私のことは気にせず、ごゆっくり入られてください。それに、湯上りの姫君を鑑賞する機会は早々ございませんから」
「変なこと、言わないでください!」
にやりと笑うマキシ様に、狼狽えて言う私。
「わかりました! では、2時間程、ご自由にお寛ぎください」
言い放って扉を閉める。
「2時間!?」
扉の向こうでマキシ様が驚く声が聞こえた。
お読みいただきありがとうございます。




