64.誤解された朝
イベント空間から出た私たちは、ソルシティの冒険者掲示板の前にいた。
小さくなっていた私の身体は、閉じ込められていた部屋から出ると元の姿に戻ったけれど、リリアにそっくりな私は姿を隠すようにして車まで行った。
途中、みんなの説明や質問に答えていたけれど、極度の緊張と恐怖から解放された私は、家に着く頃にはすっかり眠ってしまっていたのだった。
「変な時間に目が覚めてしまったわね」
「私としては、もっと早くに起きていただきたかったのですが」
私の独り言に、ベッド脇にいたカナンが言葉を返す。
「カナン、いたの?」
「いましたよ。リリアーナお嬢様が戻られて、ずーっとお眠りになっている間、ずーっとでございます。働き詰めで過労死寸前です」
時計の針は3時を指していた。
「ごめんね。今まで寝てて。どうぞ、カナンは下がって休んでちょうだい。明日の夕方、寮に戻るまで休んでて」
「当然です。残業手当も深夜料金でキッチリいただきます」
「う、うん。わかったわ。」
私が頼んだわけでもないのだけれど。
朝食後にでもゴメスさんに頼んでおこう。
扉を開ける手前でカナンが振り返る。
まだ、何かあるわけ?
「リリアーナお嬢様。お風呂の準備ができております。入られるならどうぞ」
「え? ありがとう。さっそく入るわね」
珍しくカナンが笑顔を見せ、部屋を出て行った。
カナンでも笑うことがあるのね。
私は嬉しくなって服を脱ぎ、バスルームの扉を開けようとして、ふと足元で何かが光ったのが見える。
何これ?
鎖? シンプルなペンダント?
飾り気の無いチェーンが床に落ちていた。
鈍い輝きを放つ鎖は、自分のジュエリーボックスにあるアクセサリーとは趣が異なっている。
カナンのかな?
私は扉の近くに置いてあった、ウサギのぬいぐるみに鎖を掛けて扉を開けた。
軽く湯気が立ち込めたバスルームは暖かい。
私はシャワーを出して、すぐに髪を洗いだした。
「リリアーナ? どこにいる? バスルームか?」
体を洗いだした頃に、バスルームの外からルークお兄様の声がした。
「ええ、そうですわ。ご用がおありなら、後にしていただけますか?」
「そうか。いや。用があったわけじゃないから……うわ! 何だ!! 剣?」
なんだろう?
兄妹とは言っても、バスルームの前。早く出て行ってほしいな。
「ルークお兄様……」
「リリアーナ、そこは危険だ。早く出るんだ!」
曇りガラスの扉越しにお兄様の姿が見えた。
危険って、私の部屋のバスルームなんですけれど。
「お兄様がいる、そちらの方が危険極まりないですわ」
「そうじゃない! ああ、もう!」
扉を開けようとするが、ロックがかかっていて開かない。
私はシャワーを扉に向けて放った。
「何をするんだ!」
扉に当てているから濡れはしていないだろうけれど、驚いて怒った声で叫ぶ。
「それは、こっちのセリフです! 妹の入浴中に扉を開けようとするなんて! 早く出てってください!」
「違うんだ、リリアーナ! 覗こうとしているんじゃなくて、早くそこから出てくるんだ!」
「お兄様が出てって!」
「どうかされたのですか? ルーク様、リリアーナ様」
「ゴメス、リリアーナをバスルームから助け出せ!」
「それはどうして……? これは」
「ゴメスさん? ゴメスがいるの? お願いだから、ルークお兄様を部屋から連れ出して!」
向こうの様子はわからなかったけれど、すぐにゴメスさんが行動に移ってくれた。
「ルーク様、参りますよ」
「な、リリアーナを助けるのが先だろう!」
「リリアーナ様、お部屋の鍵はきちんとお掛けくださいませ。今は私がお掛けいたします」
「ええ。わかったわ。ありがとう、ゴメス」
妹のバスルームに入って来ようとするなんて、とんでもないわ。
2人が出て行ったようなので、扉に向けていたシャワーをくるりと回し、自分へと向ける。
「うわっ。っぷ」
ん? 誰?
「リリー、シャワーが直撃しているから、止めてくれ」
「すみません、アレフ様」
私はシャワーのお湯を止めて、壁に立てかける。
あれ? アレフ様って言ったわよね、私?
後ろを振り向くと、気まずそうな顔をしたアレフ様がいた。
「その、タイミングを逃しちゃって。悪い。俺、出るわ」
「はい。あ!」
ザバッーー。
立ち上がったアレフ様の身体が見え、私は手で顔を覆う。
あれ? 顔を隠したら、私の身体は?
「鍵、掛けていなくて、すまなかった」
鍵を開けて、アレフ様が出ていく。
「いやぁぁぁぁぁああああ」
今更なのに、私は身体を隠して悲鳴を上げた。
どうしよう?
どうする?
アレフ様が入っていたお風呂には、恥ずかしさのあまり入ることができなかった。
アレフ様が出てから、すぐに私もバスルームから出て、バスローブを身に付けた。
こっそりと部屋を覗いてみる。
1人掛け用のソファーでうたた寝をしているアレフ様の姿が見えた。
鍵の所為で戻らなかったのかな?
私はベッドに掛けてあったブランケットを取り、アレフ様に掛ける。
私と同じバスローブを着たアレフ様の胸元に、さっき見付けた鎖があった。
これ、アレフ様のだったんだ。
床に落としていたなんて。
笑っていると、アレフ様が目を覚ました。
「ん?」
「あ、起こしてしまいましたか? まだ早い時間ですので、ベッドでお休みになられたらいかがですか?」
「ああ。そうする」
アレフ様は立ち上がると、私のベッドに入ってすぐに寝てしまった。
ちょ!!
お部屋は用意されているんじゃなかったの?
それとも、寝ぼけているのかな?
もう、寝ないからいっか。
私は着替えるため、クローゼットに入った。
さすがにクローゼットに鍵は無い。
まぁ、寝てるし大丈夫よね。
ルークお兄様でもないし。
私はバスローブを脱いで、適当なブラウスとスカートに着替えた。
サファイアのチョーカーを付け、おかしいところはないか、くまなくチェックする。
あれだけ抵抗があった身支度の手伝いも、最近では素直に手伝ってもらうようになった。
今は、ミセスブラウンもカナンもケイティもいない。
ましてや、まだ日も登っていない時間に、誰かに手伝ってもらうことはできない。
ブラウスのリボンを外して、リボンのあったところにサファイアのチョーカーを付け直す。
チョーカーを弄りながら、ふと、アレフ様の胸元にあった鎖のことを思い出した。
あの鎖がアレフ様の物だと気付いて、ルークお兄様はバスルームから出るように言ったの?
ちゃんと話してくれたら、私だって素直に出たわ。
ゴメスさんは、私がアレフ様と一緒にいるとわかっていて、部屋に鍵を掛けるように言ったの?
それってつまり、そういうことだって、思われたって、こと、だよね?
嫌だ、誤解よ。
私は気付かなかっただけなんだもの。
そうよ、誤解なんだから。
それにゴメスさんだもの、大丈夫に決まっているわ。
本当に無くなってるわ。
ウサギの家があった場所は、ただの壁になっていた。
何だったの? あの家?
アレフ様が言うには、ウサギの女の子が鍵をくれたらしいけれど。
と、言うことは、ウサギのお母さんも倒れてきたのではなく、私を押して閉じ込めたの?
護ってくれたのかな?
昨日、イベント空間から出た場所は、MSGの冒険者掲示板と同じだった。
GWイベント第1弾の期間は明日まで。
私がいなくなった場合、あのイベントはどうなっているの?
第1弾なら、第2弾があるはずよね。
なぜかはわからないけれど、私はリリアーナであり、リリアでもあるみたい。
また私に関することなら、知る権利があると思う。
護られているばかりじゃダメだ。
今日、誰かに頼んであの掲示板のところまで連れて行ってもらおう。
こんなことなら、もっとMSGやっていれば良かったな。
クローゼットから出てベッドを見ると、アレフ様の寝相はあまり良くなかった。
いや、大分悪いわね。
苦笑いしながら、布団を掛け直してお茶の用意をする。
テーブルに用意されていた焼き菓子を食べながら紅茶を飲んでいると、扉をノックする音がする。
「はい?」
扉を開けると、若い執事が食事を載せたワゴンを部屋に押してきた。
「これは、何かしら?」
「カナンに頼まれたのでしょう? 朝の6時半に朝食を2人分運ぶようにと、連絡がございました」
「え? 頼んでいないわ」
「返事が無い場合は、部屋の前に置いておくように。と、ありましたよ」
「そうなの? 変ね」
「食事はこちらにセットしておきますね」
「ええ。お願いしますわ」
お腹が空いているから、助かると言えば助かる。
手際よく、テーブルに2人分の食事が準備されていく。
「リリー? 誰と話しているんだ?」
アレフさまが寝起きのかすれたような声で言い体を起こした。
それを聞いた執事が慌てたように謝罪を始める。
「で、殿下がいらっしゃるとは、申し訳ございません。大変失礼致しました」
執事は顔を真っ赤にして走り去って行った。
「なんだ、あれ?」
「さぁ?」
カナンが頼んだのよね?
しかも、アレフ様の分も。
「せっかくですし、いただきましょうか?」
「そうだな。冷えると悪いし」
重箱のようなお弁当に、お正月のおせち料理みたいなメニューが入っていた。
「昨日の残り物を詰め合わせたのかしら?」
「違うんじゃないか? 同じメニューは無いよ」
「お正月でも無いのに、おせち料理みたいですわね」
「確かに違和感あるな。いただきます」
「いただきます」
私たちが、カナンの意図したことに気付いたのは、ルークお兄様の絶望した表情と、家の執事とメイドの話を聞いてからだった。
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