59.完璧なライバル令嬢のお部屋にはウサギがいるものですわ
ゴメスさんがドアを開け、ルークお兄様を先頭に屋敷へと入った。
20人位のメイドや執事が立ち並ぶ中を、お兄様が歩いて行く。
その堂々とした姿を見ていると、先程の出来事はまるで嘘だったかのように見える。
時折り、
「おかえりさなさいませ」
と、声を掛けられる。
さすがにメイドや執事のことまでは聞いていない。
「ただいま」と返しながらも、不自然に思われないか気になってしまう。
ルークお兄様は、私の中身が別人であることに気付いていないのかな?
ゴメスさんと話すお兄様は、やはり、先程のイメージはなかった。
私たちは、エントランス横のお部屋に通された。
応接室のようで、花器には青いバラが飾られ、様々な調度品やソファーが置かれている。
「ようこそ、ベンフィカ邸へ。父に代わってルークが歓迎いたします」
ルークお兄様の挨拶の後、丁度お茶が運ばれてくる。
「お疲れでしょう。こちらで、しばらくおくつろぎください」
言い終わると、ルークお兄様は私を見る。
「リリアーナ、こちらへ」
「はい」
なんだろう?
ルークお兄様の前まで行くと、さりげなく肩に手を添えられて一緒に部屋から出る。
エントランスに戻ると、階段を上り始めた。
「お兄様? 何か、こちらで準備でもありますの?」
「そうだね。準備はできているから、後は行くだけだよ」
肩に添えられた手に力が込められ、引き寄せられる。
え?
「お兄様?」
私の呟くような小さい声に、ルークお兄様は階段の途中で足を止めた。
「気付いていたよ」
まさか、私が本人じゃないってバレてるの?
「君の熱い視線。僕はもう、撃ち抜かれてしまうのかと思ったよ。客人のもてなしも済んだことだし、これからはゆっくりと2人の時間を過ごそうじゃないか」
日の光をシャンデリアが乱反射する中、爽やかな笑顔でルークお兄様が言った。
そうだった。
この人は変態さんだったんだ。
肩はがっしりと掴まれ、離れることはできない。
ましてや、階段。
絶対に落ちる。
「お兄様、ご冗談はお止めになってくださいませ」
「冗談なんて、言うハズ無いじゃないか」
私はまた、階段を上り始めた。
離れてはくれなかったが、ルークお兄様も一緒になって階段を上る。
階段を上り切った所で、私は大きな声で言う。
「お兄様、放してください!」
誰もいない。
さっきまで沢山いたメイドたちは、ドコに行ったのよ!
「誰か! 誰か来て!」
「リリアーナ、ここはロナウドの部屋の前だ。騒ぐと怒られるぞ」
「わかっているなら静かにしろ」
ドアが開き、暗い締め切った部屋から暗い雰囲気の男性が出てきた。
暗い部屋の所為か、背中まである長いプラチナブロンドは黒真珠のように黒い。
まるで新月の夜の色だ
寝ているところを起こしてしまったのか、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「ロナウドお兄様」
ロナウドお兄様は私の肩を見て、ルークお兄様に話す。
「ルーク、リリアーナを放せ。お前がそういうことをするから、リリアーナが帰って来ないのだろう」
「……」
無言で、ルークお兄様の手が離れた。
ルークお兄様の行動は、いつものことなの?
ちょっと怖いな。
「リリアーナ。よく帰ってきたな」
「はい。帰宅早々、大騒ぎして申し訳ございません」
「それは構わぬ。久々で油断していたのだろうが、次からは気を付けろ」
「わかりました。ロナウドお兄様は、眠っていらっしゃったのですか?」
「ああ。徹夜で仕事をする予定だったのだが、いつの間にか眠っていたらしい。仕事に戻るから、静かにしてくれ」
「はい。お助けいただき、ありがとうございます」
「リリー」
「はい?」
「アレフレッド殿下は、既にお見えになられているのか?」
「ええ。私のお部屋にお通しするつもりです」
「そうか。昼食には私も顔を出す」
「ありがとうございます。お伝えしておきますわ」
「ああ。それでは後でな」
「はい」
「ルーク、お前は少し手伝え」
「はいはい。わかりましたよ」
ルークお兄様が部屋に入り、ドアが閉まる。
私は1番奥にある自分の部屋まで行き、ドアを開けた。
部屋は青で統一された、落ち着いた部屋だった。
私がいなくても、定期的に掃除がされていたらしくカーテンが開けられ、入り口には青いバラをメインにアレンジされた花が飾られている。
一度、アレフ様をこちらにお通ししよう。
それから、エリクサー探しに行っているアレフ様をここにいる、と皆に思わせればいいのよね。
部屋はソファーにテーブル、大きな天蓋付きのベッドにはテディベアのぬいぐるみが5体程飾られていた。
まるでゲーム開始時の何もない主人公の部屋みたいな、寮の部屋を思い出す。
寮の殺風景な部屋とは大違いね。
壁には月に向かってジャンプするドルフィンの絵が飾られ、棚には雑貨や本がズラリと並んでいた。
クローゼットは、元の私の部屋位の広さがある。
さすが、お嬢様。
ドレスやチェストの中を確認しながら歩いていると、人目から隠すように置かれたものを見付けた。
クローゼットの一角に、ぬいぐるみ用の家があったのだ。
さすがに、高校生だし隠したくなるわよね。
シルバニアファミリーを実寸大のサイズにしたような感じで、幼児なら一緒に中で遊べそうな大きさだ。
いや、今の私でも座っていれば入れるわ。
「おじゃましまーす」
ところ狭しと置かれた、家具の隙間に入って行く。
ダイニングセットやキッチンを置くと、1階はすごく狭くなっちゃうのよね。
懐かしく思いながら、イスに座ったウサギのお父さんを撫でながら奥へと入る。
こんなに立派だと、捨てられない気持ちもわかるな。
私も小さい頃、『私のおうち』に入って遊びたかったのよね!
まるで小さい頃の夢が叶ったような気分だ。
すると、後ろから声がかかる。
「リリアーナお嬢様? お呼びだったようなので参りましたが……。婚約者を待たせておいて、お茶のご用命でしょうか? それとも、アレフレッド殿下をこちらにご案内いたしましょうか?」
「あ、カナン。違うの! さっき呼んだのはルークお兄様が、けれど、ロナウドお兄様が助けてくださったのよ。それで、今は。あの、つい。……忘れていましたわ」
やっぱり貴族の令嬢だと、子供っぽい趣味は恥ずかしいわよね。
私は急いでぬいぐるみの家から出る。
「もう手遅れでございます」
「え?」
低い天井のぬいぐるみの家から出ると、笑いをかみ殺しているアレフ様とマキシ様が、その奥には頭を抱えるゴメスさんが見えた。
「その、勝手に入って悪かった」
笑いながらアレフ様が言う。
私だって、ぬいぐるみの家があるとわかっていたら、こんなことはしなかったわ。
そうよ。
しなかったんだからね!
私は、ウサギのお父さんの前に置かれたティーカップを手に取った。
「アレフ様、紅茶はいかが?」
「いや、お茶はもう結構だよ」
吹き出すのを堪えて答える。
ティーカップをウサギのお父さんの前に戻し、今度はウサギの男の子の前にあるコップを手に取る。
「コーラもありましてよ?」
「本、当に、悪か、った」
そう言うと、アレフ様はクローゼットから出て行った。
コーラのグラスを握りしめ、私はガッツポーズを取る。
そうよ。
こうなりゃヤケよ。
このことをフルに利用しましょう。
「カナン。私とウサギさんが一緒にいる間、アレフ様方がくつろげるように、お部屋を別に用意して差し上げて」
「お嬢様。お部屋のご用意は既にできております。ルーク様とお嬢様が出て行かれた後に、殿下よりご説明いただきました。旦那様にも直接お願いされるとも。ですので、お嬢様はご安心してそこで休暇をお過ごしください」
さらりと酷いこと言ったわよね、今。
そんなことよりも。
「アレフ様が、話したの?」
何を、とは言わないし、聞かれなかった。
「左様でございます」
周りにバレないようにするんじゃかなったの?
私はおもちゃのコーラを握りしめ、クローゼットから出る。
アレフ様は、ドルフィンの絵を見ていた。
「アレフ様」
「リリー。だから、そのコーラはいらないって」
苦笑いを浮かべながらアレフ様が言って、私はコーラを背に隠す。
「これは、持ってきてしまっただけですわ。それよりも、ゴメスたちに話したそうですね。よろしかったのですか? 内緒にするお話でしたのに」
「ああ。ハメスに気付かれずに寮を出れたからな。王宮にバレなければ問題無いよ。後は理由を付けて、滞在を伸ばすだけだ」
「理由、ですか?」
「ああ。俺とリリーがその、離れたくないと言っているので俺が休暇をここで過ごす、とベンフィカ侯爵の名で連絡してもらえれば、宿泊しても反対はしないだろう。俺1人の我儘ならともかく、婚約者の親が許可したのなら尚の事。婚約者の家に俺がいても、表立って咎めることをできる者はいないからな」
「私だけじゃ、心もとないからで」
「違うよ」
間髪入れずに否定される。
「どこからかバレてしまうのではないですか?」
「俺にとって、ベンフィカ侯爵を敵に回すのは得策じゃない。隠すより、巻き込んで庇護してもらう。それにリリーには、今後もハメスに黙っていてもらう必要があるよ。まぁ、ハメスが聞いて来るとは思わないし、話そうとしたら塞ぐだけ。問題無いだろう」
「そうですか」
「ああ」
ふっと笑って、アレフ様の腕が背中に回される。
「話したのも、ゴメスさんとカナンさんだけだ。」
「でも」
「ありがとう、大丈夫だよ」
ゴメスさんはここの執事長で、ベンフィカ侯爵家では一番信頼の厚い人だと思う。
カナンも私に対する行動はどうであれ、得体の知れない薬の毒見を買って出てくれる程の忠義があるのは確かよね。
黙ってしまった私にアレフ様が言葉を続けた。
「2人だけの秘密じゃなくて悪かったな。頼りにしているよ」
「そ、そんなつもりじゃ」
抱き寄せられ、漠然とキスされる、そう思った私は瞳を閉じた。
そして、ふと気づく。
「塞ぐって、もしかして?」
目を開けると、眼前に驚いた表情が飛び込んできた。
そうだ! キスする寸前だったんだ。
驚きからスローモーションのように、ゆっくりとほほ笑みに変わる。
目が離せられない。
「あ、あの……」
「気付くの遅いよ」
コーヒーのほろ苦さが口中に広がる。
おもちゃのコーラが落ちた、軽い音がした。
お読みいただき、ありがとうございます




