56.彼の人を思う
体の震えが治まってから、私たちは生徒会室に向かった。
アレフ様がノックをすると、出迎えてくれたのはティチェル様。
「まぁ。アレフレッド殿下、リリアーナ様、よくいらっしゃいました。どうぞ、お入りください」
ティチェル様に案内されて中に入ると、ジョナス様が席に座って、何かを書いている。
クラウディオ様はいない。
「兄上は、いないのですか?」
「ええ」
ティチェル様は、困った表情でジョナス様を見る。
「クラウディオ殿下は、学園を欠席されているんだ。リリアーナはもう、動いて大丈夫なのか?」
「はい。昨日はご迷惑をおかけいたしました。助けていただき、ありがとうございます」
「俺たちは何もできなかった。小さくなったリリアーナを、シンクレア先生の所へ運んだだけだ」
「ええ。ご無事で何よりですわ」
「お陰で助かりましたわ。あの、クラウディオ殿下はいかがなさったのですか?」
「俺も、今朝は会っていませんね」
「詳しいことは俺もわからないが、魔法を使った影響だと思う。かなり魔法を唱えていたからな」
「確かに、兄上は魔法があまり得意ではありませんが、休むなんて……」
そう言って、アレフ様は考え込んでいる様子だった。
「怪我はされていないのですよね?」
「ああ。俺達も、シンクレア先生に治療を受けたから、それは無いはずだ。クラウディオ殿下は時々休まれることがあるから、心配は無用だ」
「いつも次の日になったら、何事も無かったように登校されてきますわ。それと、リリアーナ様が元の姿に戻れて安心しました。お姿が小さくなって、肌も土気色に変わっていましたよ」
私の手を取ってティチェル様が話す。
もしかしたら、サンクチュアリが効いていなかったら、今の私は……。
クラウディオ様は大丈夫なのかな?
アレフ様が考え込んでいるのがとても気になる。
「お助けいただき、ありがとうございました。それでは、失礼いたしますわ」
私の言葉に、ティチェル様が残念そうな声で言う。
「あら、今お茶を淹れますわ。せっかくですからゆっくりしていってください」
「俺達も急ぎの仕事も無いしな」
「いえ、申し訳ありませんが、今日はこれで失礼いたします。また改めて、お邪魔させていただきますわ」
「そう? また来てね」
「ええ」
私は、考え込んでいるアレフ様の袖を引っ張ると、驚いたように私を見た。
いつもと違う、余裕の無い表情を見せるアレフ様に、私はとても不安になった。
もしかして、クラウディオ様に何かあったのでは? と。
「それでは、失礼いたしますわ」
「もう、いいのか?」
会話を聞いていなかったのね。
アレフ様が私に聞く。
「ええ」
「ジョナス、ティチェル嬢、それでは、また」
「ええ。良い休日をお過ごしください」
「ああ」
「ごきげんよう」
生徒会室を出て、学園を出てから私は黙り込むアレフ様に声をかけた。
「アレフ様。クラウディオ様のところへお見舞いに行きたいのですが、連れて行っていただけますか?」
「ああ。俺も行くから、一緒に行こう。多分、大丈夫だと思う」
「ありがとうございます。あの、サンクチュアリと言う魔法は、難しいのですか?」
MSGだと司祭系の職業のキャラが使える魔法で、使えるようにするには、取得条件がある魔法だった。
魔法の効果範囲にいれば、敵からの物理攻撃以外の攻撃を無効化できる。
その代り、回復魔法のレベルを上げることができなくなるので、魔法を覚えるか覚えないかで判断が分かれる魔法だった。
「難しいかと聞かれると、答えることが難しいな。どんな状況だったのかわからないし、俺は失敗したことが無いから」
そう言うと、呪文を唱え出す。
「サンクチュアリ」
私の周りが、淡い光の空間に包まれる。
「これが聖域だ。発動させるには条件があって、自分の立っている場所や、離れすぎた場所に掛けることができない。それと、闇属性のモノに直接掛けることはできない」
闇属性の者。
私が闇に傾いていたから、中々掛からなかったってことなの?
「そう、不安そうな顔をするなよ。多分、魔力の使い過ぎで疲れたんだろう。兄上は大丈夫さ」
「ええ。鞄を置いてきますね」
「ああ。ここで待ってるよ」
私は女子寮の前にアレフ様を残し、1人部屋へ戻った。
鞄を置き、ミセスブラウンに頼んでクラウディオ様から頂いたと言う、エリクサーを持って戻る。
「お待たせいたしました」
「ん? リリー。何を持っているんだ?」
「エリクサーです。昨日、クラウディオ様から頂いた薬の残りですわ」
私は、手に持っていた瓶をアレフ様の目の前に差し出す。
「では、今、兄上はエリクサーを持っていないのか?」
「わかりません。これは貴重な薬なのですか?」
「貴重と言うのかな。在庫数が少ないんだ。作ろうと思えば簡単に作れるんだが、入手が困難なんだよ」
「簡単に作れるのに入手が困難だなんて、どういうことですの?」
「熟練の冒険者だったら、材料を集めて自分で作れる。市場に出ても冒険者仲間で売りさばかれてしまって、専門店で売られているのは極わずかだ。そのことを忘れて、俺は使い切ってしまったし」
「この前の薬と言うのは、エリクサーだったのですか?」
「ああ。よくわかったな」
「同じ味がしましたもの」
言ってから恥ずかしくなってしまい、視線を逸らした。
私の様子を見て、不思議そうな顔をするアレフ様に少しだけ怒りを覚える。
もう! どんな飲ませ方したと思っているのよ!
王族専用寮のアレフ様の部屋に着く。
「ハメス、兄上の部屋に行く。許可を取ってくれ」
「かしこまりました」
すぐに指示が飛び、私の元に紅茶が運ばれたころには、許可が下りたようだった。
「殿下。クラウディオ殿下は、只今体調が万全ではないとのことです。長居はされないようにお願い致します」
「わかった。行くよ、リリー」
「はい。ハメスさん、ごちそうさまでした」
「ありがとうございます。いってらっしゃいませ」
私は挨拶もそこそこに、先に行ってしまったアレフ様の後を追う。
廊下に出ると、すぐ向かいのドアの前にアレフ様が立っていた。
私が行くと、待ってましたとばかりにドアをノックする。
「ようこそおいでくださいました。アレフレッド殿下、リリアーナ様。どうぞ、お入りください」
アレフ様が頷き、私は小さく、失礼しますと言って入る。
部屋の造りは同じで、リビングを通ってベッドルームへと通された。
「失礼します」
アレフ様の声に、ベッドの上で身体を起こして座っていたクラウディオ様が、にこやかに話す。
「よく来てくれたな、2人とも。こんな格好で申し訳ないが、ゆっくりしていってくれ」
「ああ、そうするよ。兄上、昨日はリリーを助けてくれて、ありがとうございます」
アレフ様に先に言われたので、続くように私もお礼を言う。
「ありがとうございました。いただいたお薬のお陰で、身体も元に戻りましたわ。あの、クラ兄様は大丈夫なのでしょうか?」
「ああ。問題は無いのだが、今日は1日休むように言われてな。仕方なく、こうしているのだ」
どことなく、笑った顔にも疲労の色が見える。
「いただいた、エリクサーが余りましたのでお返しいたしますわ。クラ兄様も、早く良くなってください」
私がエリクサーを差し出すと、案内してくれた方が受け取った。
「そのまま、リリーが持っていて良かったのだぞ」
「とんでもございません。身に余る物でございますわ」
「兄上。こんな事を言うのは憚られますが、こんな危険を冒さずとも、俺を呼んでくだされば良かったのに。何かあったら、どうするつもりだったのですか?」
「うむ。様子を見に行った時には、私たちはリリーの魔法の範囲内にいて、リリーから離れると魔法や瓦礫が飛んできてしまってな。そこから動くことができなかったのだ。ティチェルだけは安全な所へ逃がしてやりたかったが、それも難しくて助けを呼ぶことはできなくてな」
「ですが!」
「私だけ逃げろとでも言いたいのか?」
クラウディオ様の声にハッキリとわかるくらい怒気が混じる。
けれど、アレフ様も怯むことなく言い放つ。
「当然でしょう! 兄上は、この国の未来を第一に考えなければならない立場だ。一時の感情で、その身を危険に晒すことはあってはならない!それにナザリトがいたんだ。ナザリトはどうしたらいいか、テェゼーナ師から聞いて知っている。」
「アレフまでも、私にそう言うのか?」
「はい。俺達は王族としての務めを果たさねばならない。常日頃、兄上が言っている言葉ですよ。それが、どんな結果になろうとも」
アレフ様手を固く握りしめ、言葉の最後は絞り出したかのように震えていた。
クラウディオ様はそんなアレフ様の様子を見て、静かに話し出す。
「学園長にも言われ、ナザリト先生にはその場でも言われた。私もそうしなければいけないことは、わかっていた。しかし、できるわけがなかろう。国を考えると言うのなら、リリーだって守るべき国民の1人だ。闇に急速に変化していく姿を止められる可能性があるのは、私しかいなかった」
クラウディオ様の瞳に悲し気な影がよぎり、深く息を吐いた。
心を落ち着けるかのように。
「そして何より、アレフに私のような思いはさせたくなかった。あんな思いは、私だけでいい」
「……申し訳ありません。出過ぎたことを言いました」
「いや、単なる私の我儘に過ぎぬ」
クラウディオ様は笑ってアレフ様の腕を叩く。
「皆、心配し過ぎなのだ。結果的に全員が助かったのだから、それに越したことはなかろう。それに、リリーの魔法に負けてしまう王では、国を治めることもできない。そうだろう?」
「フッ。そうですね。どんくさいリリーに後れを取る訳にはいきませんね」
2人して笑い出す。
私をおもちゃにするのは、止めていただきたいわ。
「何だか、とっても理不尽な扱いを受けてる気がしますわ」
「怒るなよ、リリー」
「すまないな、リリー」
また、2人して笑い出す。
ケンカしてるよりはいいけれど、釈然としないわ。
ひとしきり笑った後、アレフ様が改まって話した。
「兄上、リリーを、リリアーナを助けていただき、ありがとうございました。お早い回復を祈っております」
「ああ。この連休中にゆっくりと治す。心配は不要だ」
「わかりました。それでは失礼いたします」
「ああ。リリー、少しいいか?」
「は、はい」
一緒に部屋から出ようとしていた私は、クラウディオ様から呼び止められる。
「俺は先に行きますね」
「うむ」
クラウディオ様が返事をし、アレフ様は部屋から出て行く。
「リリー、先程のアレフの言葉だが、リリーがどうなってもよいと言う意味では無いからな」
先程、クラウディオ様だけなら、逃げることもできたとか言ってたことね。
私は頷く。
「アレフは、自分が行っても間に合ったと思っているのだろう。何でも自分の思い通りにできると思い込んでいる。裏付ける実力があることは確かだが、過信しているのだ。リリーや皆を、失う覚悟があったとは思えない」
そうかな?
本当にそう思っていても、いいの?
「はい。ご心配ありがとうございます」
「……そうか。私の言葉では不安は取り除けぬか」
「そんなこと、ありませんわ」
「それなら、悲しげな顔で笑うな。逆効果だぞ」
「笑顔はアレフ様にしか見せられないのですわ」
「フ。減らず口を叩くとは。……アレフのこと、よろしく頼むぞ」
「かしこまりました。助けてくださり、ありがとうございます。早く良くなってくださいね、クラ兄様」
「うむ。リリーも気を付けるのだぞ」
「はい。それでは、私も失礼いたします」
「ああ」
私は静かにクラウディオ様のベッドルームから退室した。
お読みいただきありがとうございます。




