55.不安になってる場合じゃない
苦しい。
私は階段を上りながら、食べ過ぎたことを悔やんだ。
普段なら食べきれるどころか追加でデザートも食べられるのに、今日のAセットは全然無くならなかったのだ。
絶対に量が違ったわ、きっと。
私が食べ終えるまで、ナザリト先生が色々話しながら待っていてくれて、テェゼーナ師に師事したときの話や、アレフ様が初めての年下の弟子だったこと。
他の弟弟子はナザリト先生より年上で苦労したことや、その反動でアレフ様に悪戯をしていたことなど話してくれた。
あのアレフ様の態度は、ナザリト先生の悪戯の所為だったのね。
笑いながら階段を上っていると、3階に着いてすぐのところにアレフ様が立っていた。
「ここで何をされていらっしゃるのですか?」
私の声で初めて気付いた様子で、アレフ様が振り向く。
「リリーは、今までどこにいたんだ?」
「ナザリト先生とカフェにいましたけれど」
それがどうかしたの?
何故、そんなに怖い顔をしているの?
「こんな時間まで?」
「ええ。量が多かったのか、食べるのに時間がかかってしまって。結局、残してしまいましたわ。あの、何か、ご用がおありでしたか?」
「ああ。後でいいよ。放課後、残っててくれるか?」
「放課後は……。お約束はしておりませんが、生徒会の方々に用事がありますわ」
「今度は生徒会にか? さっきから、リリーの用事と言うのは何なんだ?」
少し呆れたような表情で、声にはムスッとした響きが入る。
「昨日のことでお詫びやお礼をしています。魔力が暴走していた時私は意識が無かったものですので、お話を聞かせていただこうと思っていますわ」
「魔力が暴走?」
驚くアレフ様の声を、かき消すように鐘が鳴った。
「ご存知では無かったのですか?」
私の事は常に報告されているはずだし、クラウディオ様がご存知なんだから、お話しされているんじゃないの?
「聞いてない。何やってんだよ……」
怒気交じりの声で呟き、手を握りしめ、アレフ様は怒りを露わにしていた。
「あの、ごめんなさい。私、自分のことしか考えておりませんでしたわ」
「いや、俺のことだよ。俺も生徒会に行くから、放課後待っていてくれ」
「わかりましたわ」
「授業が始まるから、また後でな」
「ええ。ごきげんよう」
既に鐘が鳴っているので、私たちはそれぞれの教室に入った。
席に戻ると、エイミーが待ってましたと言う勢いで話しかけてくる。
「リリアーナ様、アレフレッド殿下とすれ違いになられたのですか? 殿下が更衣室の前でお待ちになられていましたわ」
「そんな時間からお待ちになってたの? 今、階段の所でお会いしたから、おっしゃってくださればいいのに」
「今ですの? では、お約束されていた方は、殿下ではなかったのですか?」
「ええ。ナザリト先生に用事があったのよ」
あ、ヤバイ。
エイミーの目がキラリと光ったわ。
「ナザリト先生に、どんな用事がお有りでしたの?」
「昨日、迷惑をおかけしたから、謝りに行ったの! それだけよ!」
「……ナザリト先生は何を食べられましたの?」
「え? Aセットだったわ」
「お飲物は?」
「え、えーと。コーヒーのようだったけれど、注文をされているところは早過ぎて見えなかったから」
「アレフレッド様が探している中、リリアーナ様はナザリト先生とお食事デートをしていたと」
「ええー? なんでそうなるの? 食事したなんて一言も言ってないじゃない。それに、エイミー、口調まで違ってきているわよ」
「否定無しですわね。昨日の迷惑とは何だったのでしょう?」
「私の言葉を聞いてる? あ、え? 否定無し? で、デートでは無いわ!」
私が慌てふためいていると、サッと、どこからともなくメモがエイミーの元へと回されてくる。
そのメモはどこから!?
教室を見渡すと、今朝、エイミーと一緒にいた男子の内の1人が得意気にガッツポーズをしていた。
回ってきたメモを見たエイミーは、フッと笑ってメモをしまった。
「え? え? 今のメモに、何て書いてあったの?」
「リリアーナ様。そろそろ先生がいらっしゃいますわ。落ち着いてくださいませ」
クラスメートが忍び笑いをする中。
晴々とした笑顔を見せるエイミーとは裏腹に、私は涙目になっていた。
エイミーのおうちは諜報官とかなの?
家に帰ったら、聞いてこなくっちゃ。
ノエル爺こと、 おじいちゃん先生の国語が終わり、そのままHRとなった。
まだ、5時間目も終わっていないのに。
「明日から3連休じゃな。その後すぐにGWがあるぞい。楽しむのはいいが、怪我はせんようにな。それでは解散じゃ。ほっほっほ」
そう言っておじいちゃん先生が教室を出ると、授業終了の鐘が鳴った。
また、アレフ様が来るまで待ち惚けね。
「リリアーナ様は、週末いかがなさいますの?」
「今週末は3日もあるから、自宅に戻るつもりよ。エイミーは?」
「わたくしも屋敷に戻りますわ。それにしても、殿下は苦難の連続ですわね」
「私が家に帰るのと、アレフ様に何の関係があるの?」
「あ。いえいえ、独り言ですわ、お忘れくださいませ。それではわたくし、車を呼んでおりますのでお先に失礼いたしますわ」
「う、うん。また来週」
「ごきげんよう、リリアーナ様」
「ごきげんよう」
殿下は苦難の連続かぁ。
私が迷惑かけっ放しだもんね。そう言われても仕方ないわ。
今日は珍しく、私以外にも教室に残っているクラスメートがいる。
あの女子2人は、ほとんど話したことがない人たちだわ。
ん?
さっきエイミーにメモを渡したヤツがいる。
なんで、残っているの?
私の監視じゃないわよね?
HRの鐘は鳴ったばかりで、時間はまだある。
よし!
「あの。今、少しお時間よろしいかしら?」
私はメモに声をかけた。
話しかけられるとは思っていなかったのね。
とても驚いた表情で、メモが振り向く。
「ベンフィカ様!? 俺に何か御用ですか?」
「ええ。ご存知とは思いますが、私はリリアーナ・ベンフィカと申します。同じクラスのよしみですわ。どうぞ、リリアーナとお呼びくださいませ」
「ヨハン・ボルシアです。俺の事は、ヨハンとお呼びください、リリアーナ嬢。」
メモが立ち上がって話す。
「ありがとうございます。ヨハン様」
できる限り、品良く微笑んだ。
「それで、リリアーナ嬢。俺に用事とは一体、何ですか?」
メモが自分の席に座り、どうぞと合図された前の席に私も座る。
「ええ。5時間目に、私の親友の、エイミーに回ってきたメモのことでございます。どのような内容が書かれていたのか、ヨハン様はご存知ありませんか?」
私の言葉に動揺するものの、メモはしらばっくれる。
「さ、さぁ? 俺は席も離れておりますし、何のことだか、わかりかねます」
「そうでしたか。残念ですわ」
「お役に立てず、申し訳ありません」
やっぱり話してくれないか。
エイミーだったら聞き出すこと、動作も無いんだろうけれど。
「いいえ。こちらこそ突然、申し訳ありませんでしたわ。ところで、今日は何かございますの? 普段でしたらお帰りになられていらっしゃると思いましたが」
「ええ。その、この3連休に家に戻るのですが、兄と一緒に乗り合わせるので待っているのですよ」
「そうでしたの。では、もうそろそろお時間なのかしら? 本来でしたら、HRが終わるころですわね」
「左様ですね。では、そろそろ俺は行きますね。兄を待たせると車でうるさいですから」
そう言うと、メモが立ち上がる。
私も立ち上がってメモを見送る。
「ごきげんよう、ヨハン様。良い週末を」
「ごきげんよう。良い週末をお過ごしください、リリアーナ嬢」
お互い会釈をして、メモが歩き出しすれ違う時、小声で呟いた。
「悪いことは書かれていない。安心してください」
「独り言ですよ」
振り向かずに、メモはそのまま歩いて行く。
「感謝いたしますわ」
私の声に軽く頷いてメモは教室から出て行った。
悪い事は、ね。
結局のところ、何が書かれていたのかはわからないままだわ。
しかも、彼は本当にお兄さんを待っていただけだったのかも。
そうよね。
元々地味なJKに、何ができるって言うのよ。
私が自分の席に戻ると同時に、アレフ様が雪組の教室に入ってきた。
「待たせたね。リリー、行くよ」
言うが早いが、アレフ様は私の鞄を持つと私の手を引いてドアに向かう。
よろけながらも付いて行く。
まだ、怒ってるの?
後ろ姿からじゃ、わからない。
「お待ちください。リリアーナ様」
声の方を振り向くと、残っていた2人の女子だ。
「どうか、いたしましたか?」
私が立ち止って尋ねると、1人が前に出る。
「ええ、リリアーナ様。よろしいでしょうか?」
彼女は、そう言いながら私たちの前に来る。
私の前と言うよりは、アレフ様の前に。
私の頭上から、ため息が漏れた。
「構いませんわ。なに……」
「アレフレッド殿下、ずっとお慕い申しておりました。どうか、私をお選びください」
えっ?
私の了承を得ると、言葉を被せる勢いで彼女は告白を始めた。
なんで? 私がいるのに……。
「ベンフィカ家とのご婚約は存じ上げておりますわ。ですが、2回目の婚約の儀までに婚約者が替わることもございました。今一度、改めて選考をお願いいたします」
婚約者が替わること?
そんなことがあったの?
「私、先に行ってますわね」
私がその場を離れようとしたけれど、できなかった。
アレフ様の手が私を掴んで離さない。
「私が聞いていてはいけませんわ。お放しください」
掴まれた手を引っ張っても、アレフ様は手を握ったままだ。
逆に引っ張られ、アレフ様の胸の中へと収められてしまう。
嫌よ。
聞きたくない。
「君の気持は嬉しいが、応えることはできない。俺の婚約者はここにいる、リリアーナ・ベンフィカだ。俺の婚約者は、俺が他の女と話をしているだけで学校を壊すくらいのやきもち焼きなんだ。危険だから、もう、止めてくれるよね?」
「いいえ。父に言って、もう一度婚約者の選考するように、王宮に提言いたしますわ!」
「その、父に言われて始めた茶番劇だろう。王宮に提言するならすればいい。俺としたら、君自身や君の家を、罪に問わせやすくするだけだ」
「私はただ、殿下をお慕いしているだけですわ。その想いが罪に問われるなんて」
アレフ様の冷たい声色と相反して、クラスメイトは笑うように話していた。
「国の決定に異議申し立てをするんだ。それなりの覚悟を、してもらおうか」
「そんな大げさではありませんか。殿下へ私は告白をしているだけなのに」
「君がやっていることは、俺とリリアーナに対する名誉棄損行為だ。大方、モンテディア伯からの指示だろう。君の告白とやらも、手段の1つなだけ。それでも、まだ、続ける?」
返事は無く、ヒールの音が響く。
2人が教室を出て行ったのね。
アレフ様が私の頭を優しく撫ではじめた。
「泣いてるの?」
私は首を振った。
「さっきから、ずっと震えているよ」
「震えてなど、いませんわ」
とは言ったものの、体の震えは治まらなかった。
「そっか」
「そうですわ」
「さっきは俺を置いて、どこに行こうとしたんだ?」
「申した通り生徒会室の前まで、ですわ」
「リリーに聞かせて良いものか、一瞬迷ったよ。だけどそれ以上に、クリフの所に行ってしまうんじゃないかと不安になった」
「ご存知なのですね」
「ああ。聞いたばかりだけどな」
大げさにため息をつくと、自嘲気味にアレフ様は呟く。
「格好悪いな、俺」
「そんなことありませんわ。それに、私はクリフ様のところへはいけません」
私はクリフ様は好きだけど、それは友達として。
それは、愛じゃ、ない。
行けるハズが無かった。
「私には、行く資格がありませんもの」
お読みいただきありがとうございます。




