53.目覚めると
「ディサパレセ マジア」
「レイサー ディ ルイス」
甲高い何かが割れる音が鳴り響いてる。
何も見えないけれど、音だけが聞こえるようになってきた。
次第に雷鳴や風雨の音も聞こえなくなり、誰かが話す声が聞こえる。
「これで終わったか。ティチェル、そっちの様子はどうだ?」
「今は、眠っているようです」
「そうか。ナザリト先生、お疲れ様でした」
「ああ。お前たちもご苦労であった。今は早急に、ここを何とかせねばならない。ジョナス・プライアとティチェル・ファジアーノは、リリアーナ・ベンフィカをシンクレアの所へ運び、指示を仰げ。クラウディオ・ソルーアは、私と学園長室へ」
「はい。行くぞ」
「ええ」
「待て。……フォルサ」
一瞬、全身が何かに優しく包まれるような感じがした。
「ジョナス、ティチェル、リリーを頼む」
「はい」
声は聞こえるのに、身体の感覚が全くわからない。
また、話し声も聞こえなくなった。
何の味だろう?
口の中で、チェリーのような甘酸っぱさが広がる。
私、さくらんぼを食べたかな?
ゆっくりと身体を起こし、周りを見渡す。
私のベッドルームだ。
朝にしては暗いな。
今、何時だろう?
カーテンを開けるため、ベッドから降りようとして私はベッドから落ちてしまった。
なぜだろう?
うまく体が動かせなかった。
身体を起こしていると、ドアが開き、ミセスブラウンがやってきた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ。なんだか、身体がうまく動かないの」
ミセスブラウンに手伝って貰い、私は立ち上がる。
心なしか、ミセスブラウンが大きく見える気がした。
「ケイティ、お嬢様をお連れするのを手伝いなさい」
「は、はい」
ベッドの反対側から、若いメイドが慌てたようにやってくる。
私は、ケイティに連れられてリビングのソファーに座ると、ミセスブラウンが紅茶を運んできてくれた。
甘いチェリーの香りがする紅茶を飲みながら、時計を見ると針は1時を指している。
もしかして、夜中なの?
そういえば今日は、何をしたんだっけ?
あれ? 私、いつ帰ってきたのだろう?
エイミーがお休みで、気付けば1人で……。
「ミセスブラウン、私はいつ、帰ってきたの?」
なぜか、記憶があいまいだった。
心配そうな表情を浮かべ、ミセスブラウンが教えてくれた。
「お嬢様は、クラウディオ殿下にと一緒にご帰宅されました」
「クラウディオ殿下と? 変ね。今日はお会いしなかったと思いますわ」
何故、アレフ様じゃなくてクラウディオ様なんだろう?
紅茶を一口飲む。
目覚めた時にした、甘酸っぱいチェリーと同じ香りの紅茶。
この味、前にもどこかで……そうだ、あのときのキスの味だ。
アレフ様は、薬って話していたよね。
そうよ。
アレフ様はシャムエラと一緒に帰っって行ったじゃない。
だからと言って、何故、クラウディオ様なの?
私は確か、1人で教室にいて。
胸が痛みだして、立っていられなくなって。
そうだ、私。
魔力を暴走させたんだ。
少しだけ記憶がある。
ナザリト先生の声がしたわ。
生徒会の3人の名前を言っていたから、クラウディオ様が送ってくださったのね。
学園はどうなったのだろう?
私はソファーから降りて窓へ行き、カーテンを開けた。
街灯のほのかな明かりでは、暗くてよく見ることはできない。
しかも、この窓からだと私の教室がある校舎は、見えないのね。
「お嬢様、こんな時間にカーテンを開けるのは、よくありません。お疲れでしょう、お茶をお飲みになって、今日はお休みください」
ミセスブラウンはカーテンを閉め、私をソファーへと戻す。
聞いて、答えてくれるのかな?
私は気になっていたことを聞いてみた。
「この紅茶、何の薬が入っているの?」
ミセスブラウンがハッとした表情を見せた。
「起きた時も、チェリーの味がしたの。この紅茶もチェリーの味がするわ」
「お嬢様をお運びになられた、クラウディオ殿下より頂戴いたしました。王家に伝わる薬で、エリクサーと言うそうです。精神を安定させて、魔力、体力を回復する効果があるのだとか。死の淵を彷徨っている状態からも回復できる反面、暫くは眠り続けてしまうそうでございます」
ゲームで言うところの、状態異常回復と回復がセットになったようなものかな?
「クラウディオ殿下は、他に何かお話していかれたの?」
「はい。お嬢様の姿も、起きた時には元に戻られているだろうと。 ケイティ、鏡を持ってきてください」
「いいえ。ケイティ、鏡はいらないわ。私が鏡の前に行けばいいことだもの」
ソファーから降りて、姿見に向かう。
「私が帰って来た時は、どれ位の大きさだったのかしら?」
「……7歳頃のお姿でございました」
「今もまだ、完全には戻っていないのね」
鏡の中に、12歳くらいの幼い顔をした私がいた。
「お嬢様のお目覚めが、予想よりも早かったのでございます。不謹慎ではありますが、エリクサーを試したカナンはまだ、眠っているのです」
カナン。
この前、私を寮の部屋から追い出したメイドね。
「殿下がお持ちになった薬を毒見するなんて、とんでもないことだわ」
「申し訳ございません」
「……カナンは、本当に眠っているだけなの?」
「左様でございます」
ミセスブラウンがとあるドアを開けると、規則正しい呼吸音が聞こえる。
「入っても、構わないかしら?」
「カナンですから、構わないでしょう。どうぞ、こちらへ」
ベッドには、カナンが穏やかな顔で眠っていた。
時折り、ニヤッと笑っているから大丈夫そうね。
部屋から出てドアを閉め、ソファーに戻った私にミセスブラウンが困った顔をして言う。
「お嬢様、カナンの心配をされるのは、ありがたく思います。ですが、お嬢様も王家の薬を信用していないように聞こえますので、ご注意いただきとうございます」
「ふふ、そうね。気を付けるわ」
2人で苦笑いを浮かべる。
冷めた紅茶を一口飲むと、温かかった時より甘みが強く感じた。
「ねぇ、クラウディオ殿下は、校舎のことを何かおっしゃらなかった?」
「校舎について、でございますか? 何もお話されてはいらっしゃいませんでしたが、どうかなさったのですか?」
天井や壁が崩れていたのに、何も言わないの? 魔法で直すことができたとか?
「いえ、少し気になっただけなの。あと、このエリクサーはまだあるの?」
「はい。ございますが、あまり飲み過ぎても体に負担がかかるので、今日はお止めしたらよろしいかと」
「そう。わかったわ。今日は遅くまでありがとう。2人とも、早めに休んでちょうだい」
「勿体無いお言葉でございます」
ミセスブラウンと壁の側にいたカナンが、うやうやしくお辞儀をする。
そっか、私が部屋から出ないとダメよね。
私はベッドルームのドアまで歩いて行くと、振り返る。
「朝まで、もう一度休みますわ。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
私はベッドルームのドアを閉めると、ベッドに腰を掛けた。
校舎はどうなったんだろう?
気になって仕方が無かったけれど、強い眠気に襲われて私はそのまま眠りについた。
朝起きると、カナンはまだ眠っているようだった。
朝食のトーストを食べながら、ミセスブラウンに尋ねる。
「カナンは、毒見で沢山飲んだの?」
「いえ、一さじ舐めたくらいでございました」
「そう。大丈夫かしら?」
「カナンの倍以上、お飲みになられているお嬢様が平気でございますから、大丈夫でしょう」
「ふふ。そうよね」
笑って、オムレツを口に放り込む。
豪快にグラスに入った牛乳を一気に飲み干した。
ミセスブラウンの眉が上がった気がするけれど、気付かないフリをする。
「突然だけど、今週末は家に行こうと思うの。いいかしら?」
「では、奥様にご連絡いたします。お迎えの車は、いつにいたしますか?」
「明日の午前中に頼めるかしら?」
「かしこまりました」
「ごちそうさまでした」
今回のことで、家にも迷惑をかけるかもしれない。
莫大な改修費を請求されるかも。
自分の家かぁ。
お兄ちゃんがいるんだっけ?
元通りの姿か姿見で確認し、私は登校した。
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