52.暴走
べしゃっ。
もうすぐ森を抜けると言うところで、私は勢いよく転んだ。
なんで、こんなときに転ぶかな。
いたた。
立ち上がって、制服に付いた土を落とす。
「大丈夫かよ?」
後ろからクリフ様の声がした。
私はどんな顔をしていいかわからず、振り向かずに頷く。
「ええ。転んだだけですわ」
「先に走って行ったはずなのに、歩いて追いつくって、どんだけ遅いんだよ」
「仕方ないじゃありませんか」
ヒールを履いて走ることに慣れていないんだから。
止まっていても仕方ないので、クリフ様を見ずに私は歩きだした。
追いつかれたのなら、走っても意味が無いもの。
「知らなかったんだな」
「当然ですわ。婚約は親が決めることですもの」
「そうだよな」
落胆したようなホッとしたような声で、クリフ様が呟くように言った。
校舎が見えてくる頃には、2人並んで歩いていた。
「リリー」
「はい」
いつの間にか、少し先を歩いていたクリフ様が私を見ていた。
「嫌になったらでいい。辛くなったらでもいい、オレの所に来い。危なっかしくてほっとけねーんだよ。リリーのこと。……返事はその時でいい」
「その時って。そんな卑怯なこと、できませんわ」
「オレがいいって言ってんだよ!」
「よく、ありませんわ」
「いいんだよ。ずっと、知らないままでいられるよりは」
「そんな。そんなこと、できない」
ちゃんと断らないといけないのに、他に言葉が出てこない。
まるで、告白イベントみたいじゃない。
主人公じゃないのに、どうして?
こんなとき、どうしたらいいの?
便利なリセットボタンなんて無い。
誰か教えてよ。
どちらともなく、視線を逸らす。
お互い何も話さず、歩く。
気まずい雰囲気の中、教室に着いた。
「じゃな」
「ええ。ごきげんよう」
振り向いたクリフ様を恐る恐る見上げると、デコピンが飛んできた。
「いた! 何をしますの?」
おでこを押えながら言うと、クリフ様が笑っていた。
「泣くのか笑うのか、どっちかにしろよ。すっげー変な顔してたぞ」
「色々突然すぎて、思考回路がショートしましたのよ」
「それは、悪かったな。次は、ルカの授業だろ? 子守歌聞いて寝てれば、スッキリするんじゃねーの?」
「授業中に眠ったりしませんわ」
「ああ、そうかよ。じゃあな」
「ええ。ごきげんよう」
クリフ様が教室に入るのを見届けて、私は教室に戻る。
エイミーがいない教室は、時間が過ぎるのが遅い気がするわ。
鐘が鳴り、ルカ先生がやってきた。
眠りはしなかったけれど、ルカ先生の素敵な声は珍しく右から左へと流れていってしまった。
ぼけっとしている間にHRも終わったらしく、気が付けば教室には誰もいなかった。
窓側に行き外を見ると、生徒たちが沢山歩いている。
クラスメートの姿が見えることから、終わってからそれ程経っていないみたいね。
そのまま暫く外を眺めていると、アレフ様が歩いているのが見えた。
すぐ、シャムエラが走って行き、アレフ様と並んで歩きだす。
今日はアレフ様とシャムエラが、一緒にいるところをよく見るわね。
同じクラスだし、選択科目も同じものが多いんだから当然と言えば当然か。
私なんて、国が幼い頃に決めただけの婚約者で、趣味も合わないから選択科目も別。
更に迷惑ばかりかけている存在で。
可愛くて料理もダンスも何でもできる主人公が近くにいたら、誰だって恋に落ちるわよね。
楽しそうに話す2人を、複雑な思いで私は見つめる。
心なしか胸が痛む。
2人の姿が見えなくなっても、私は外を眺め続けていた。
ほとんどの生徒が帰ったのか、外を歩く生徒も時折り数えるだけだ。
ふと、森での話を思い出す。
トクッ。
小さく胸が痛んだ。
第1王子に婚約者がいないのに、第2王子には私がいるせいで、国のバランスが崩れているの?
娘に婚約破棄をさせてまで、大人は権力がほしいものなの?
トクン。
また、胸が痛んだ。
私を第1王子の婚約者に、ですって?
第1王子ではなく、第2王子に王位を継がせるって普通のことなの?
確か、第1王子が王位を継ぐことになっているはずなのに。
それって、クラウディオ様やアレフ様の意志じゃないわよね?
恋する乙女ゲームなのに、政争なんて起きるものなの?
ドクン。
なんだろう?
さっきから胸が痛い。
ドクンッ。
しかも、痛みの間隔が短くなってきているような?
音が聞こえそうなくらい痛みが大きくなり、私は立っていることができずに座り込む。
「うっ」
何かが弾けそうな痛みに、思わずうめき声が漏れた。
弾ける?
もしかして、私の魔力が暴走し始めたの?
私が気付いたことが引き金になったのか、全身に痛みが走り、教室中に竜巻が現れた。
嘘。
私の指先から竜巻が次から次へと現れる。
大小様々な竜巻が、イスや机を巻き上げていく。
窓ガラスが割れる音、竜巻同士がぶつかり合って、その衝撃で壁や天井が吹き飛び崩れ落ちる。
耳をつんざくような凄まじい音をたて、校舎が揺らぐ。
轟音が鳴り響いた。
晴れていた空は雨雲を呼び寄せ、雷雨となって空いた天井から降り注ぐ。
どうしよう? 止まって! 止まってよ!!
胸の痛みは治まらず、魔力の流れも感知することができない。
せめて、スターロッドがあれば。
胸を押えて周りを見渡しても瓦礫だらけで、私の机も鞄も見つけられそうにはなかった。
不思議ね。
これだけの雷雨の中、私は少しも濡れていないなんて。
机が飛んできたけれど、私にぶつかる直前で何かに弾かれたように飛ぶ方向を変えた。
竜巻同士がぶつかり合い、数が減っていくと比例するかのように、私から新しい竜巻が現れる。
止まって!
治まってよ!
私の魔力なんじゃないの?
これじゃ。
まるで、リリアそのものじゃない!!
私は、胸の痛みを堪えながら両手を前に出した。
魔力どころか、プロテクトの印の部分も見付けることはできなかった。
竜巻が消滅し、私の両の手から新たな竜巻が生まれる。
天井を覆う雨雲の所為か、目の前がだんだん暗くなっていく。
嫌だよ。
モンスターだなんて……。
助けて。
誰かに名前を呼ばれたような気がしたけれど、確認する前に私は意識を手放した。
お読みいただき、ありがとうございました。




