51.疑似体験
4時間目の家庭科が終わり教室へ戻ると、クリフ様が工具箱を持ってやってきた。
「華組は今、終わりましたの?」
「いや、オレたちも科学室に行っていたんだよ。みんなはそのままカフェに行ったが、オレはコイツを取りに行っていたんだ」
工具箱を見えるように持ちながら言う。
「その中に、先程お話しされていたメカが入っていますの?」
「ああ。昨日、完成したばかりなんだぜ。見て、驚けよな! それより早く、飯行こうぜ」
「ええ」
クリフ様の後から教室を出る時、ふと、ロイク様が一緒じゃないことに気付いた。
話をしていた時、一緒にいたはずなのに。
カフェに着くと他の生徒たちと同じように注文を済ませ、壁際の空いてる席に座る。
「ここでいいよな?」
「はい、構いませんわ。……遅くなった所為か、混んでいますわね」
普段座っている席は既に埋まっていた。
「全校生徒が使っていたら、こんなもんだろ。混んでいても、ここはいつも空いてるぜ」
運ばれてきた水を飲みながら、クリフ様が言う。
「いつも? クリフ様は、専用のカフェを使っていないのですか?」
「ああ。階段上がってエレベータ乗ってって、遠いだろ」
乙女にとっては、ドキドキのシチュエーションなのに。
あっでも、途中でムービーをスキップしていたこともあったわね。
「確かに遠いですものね」
「オレだけじゃねーぞ。アレフもクラ兄との用事が無ければ、コッチで食ってるぜ。
「え? そうなんですか? 私はこちらで見かけた事は、ありませんわ」
「まぁ、アイツは食べ終わったらすぐ行くしな。お、来た来た。早く食って行こうぜ」
「ええ。……ありがとうございます。いただきます」
運んでくれたマキシ様にお礼を言って、私たちは食べ始める。
サンドイッチをかじりながら周りを見渡してみたけれど、アレフ様は見当たらなかった。
早々にカフェを出て大きな池に行くと、クリフ様は工具箱からメカを取り出す。
「ヘヘッ。コレが昨日完成した、3DVRメガネだぜ」
「3DVRメガネ? ですか? 何をするものですの?」
見た目は大きなゴーグルのような、小学校の理科で出てきた水中を覗く箱メガネみたい。
「VRだよ。このメガネを通して見た動画を、そこにいるかのように見えるんだ。見る角度を変えれば、360度、どこでも見れるぜ!」
「そうですの? すごいですわね」
どうしよう?
普通の動画を見るのと何が違うのか、全くわからないわ。
「言葉で聞いても、よくわからないだろ? まずは使ってみることだな」
そう言うと、3DVRメガネを私に取り付けられてしまった。
「結構、重いですわね」
「それは、課題点だな。左と右で画像が2つ見えるだろ? それを、このボタンで1つの絵に見えるようにするんだ」
「元々、1つの絵に見えますわ」
「そうか。じゃ、始めるぞ」
何かを操作した後で、画像が切り替わった。
花畑と家が見える。
「どうだ? すごいだろ?」
「ただの写真と何が違うのでしょうか?」
「動いてみたらわかる」
「動く? 真っ暗になりましたわ」
「はぁ? ちょっと貸せ」
クリフ様がメガネを取って自分に付け、周りをキョロキョロ見ている。
嘘、こんな間抜けな格好なの?
私は自分がしていた恰好を想像してショックを受けた。
こんな格好、誰にも見られたくないよ。
誰もいないわよね?
周りを確認すると、誰も近くにいなかった。
「なんだよ。スリープになっただけじゃねーか。今度はすぐに顔でも動かせ。普段しているように、目を動かすだけでも見える範囲が変わるからな」
「わかりましたわ」
私は渡されたメガネを再度、取り付ける。
さっきと同じ、花畑から見える家を見た。
確かに、画面の端にあった家が中心に来る。
ゆっくりと家が近づいてきて、目の前に家が来た。
「家の前に来ましたわ」
「おっ、いいところに目を付けたな。ドアを開けてみろよ」
「ドアを?」
「そうだ」
私はおもむろに手をドアノブにかける。
すると、触った感触はよくわからなかったけれど、ドアが開いた。
「開きましたわ! ドアが、 動画なのに? 私が開けましたの?」
「そうだ。リリーが開けたんだよ。スゲーだろ!」
私の驚きぶりに、満足そうな声でクリフ様は答える。
これって、実は偶然ドアが開くタイミングだったのかな?
普通ならここで家の中に入るわよね?
私は家には入らずに、ドアを閉めようと手を伸ばした。
「キャー! 今度はドアが閉まりましたわ! なんで? どうしてですの?」
「リリー、驚きすぎだ。閉めたんだから閉まるのが普通だろ? そういう風に作ったんだから」
笑いながら話すクリフ様を余所に、私は家とは逆の方向へと向きを変える。
目の前に広がる花畑を見ると、カメラが花畑へと移動する。
私は咲いている花の中で、アネモネに手を伸ばした。
「花が、アネモネが摘めましたわ」
カメラを通して見える私の手には、1輪の青紫色のアネモネがあった。
「だから、そう言うもんだって言っただろ。まぁ、いいや。リリー、まだ見るか?」
「いえ、お返しいたしますわ。ありがとうございました。すごい技術ですのね。その、3DVRカメラって。画像の花が摘めるなんて、大変驚きましたわ」
カメラを外して渡すと、クリフ様も笑って答える。
「まあな。面白いリアクションをありがとよ。ただし、重大な点が見つかったから、そこを何とかしないといけないぜ」
「重大な点ですか?」
「ああ。コレ付けてる姿がすっげー格好悪いんだよ。それを何とかしないと商品化はされねーな。ほら、見てみろ」
今まで気付いていなかったのね。
と、思いつつ出されたスマホのような物を覗くと、そこには、大きなゴーグルを付けて騒いでいる私が映っていた。
「なんで、動画にされてありますの? すぐに消してください」
「ん? 開発の参考にするためだよ」
「それなら、クリフ様を映せばよろしいではありませんか? 私のを消して、今すぐ撮って差し上げます!」
「わかったわかった。消せばいいんだろ?消せば」
画面を操作する様子に、私は一安心した。
「それにしても、今まで気付かなかったのですか? その姿のことを」
「まあな。自分の姿は見れねーんだから、仕方ないだろ。俺以外で、リリーが初めて使ったんだからな」
「アレフ様やクラ兄様に見せてはいなかったのですか?」
「ああ。アイツ等、国のゴタゴタで忙しそうだしな」
「何か、あったのですか?」
「リリーは知らされていねーのか? クラ兄がもうすぐ成人になるのに、婚約者がいないだろ? ここ2年の間に、婚約者のいない令嬢の家同士でトラブったり、一方的に婚約破棄される家が増えているんだぜ」
「そんなことがあったのですね」
親の権力争いに、振り回される人はかわいそうだわ。
「何、他人事のように言ってんだよ。リリーをクラ兄の婚約者に替えるって話や、婚約者を決めないクラ兄ではなく、アレフに王位を継承させろって話も出てきているんだぜ」
「えっ? 私?!」
「正式に婚約の儀を済ませているのは、リリーだけだ。王家に嫁ぐには、英霊たちに認められないといけねー。幼い時期なら認められやすいが、成人に近くなると認められにくいらしい。過去に認められずに、命を落とした令嬢もいるそうだ。それでリリーの名が出てきたんだろ。元々、ベンフィカ侯爵家は第1王子派だったしな」
命も落とす……。
英霊って、ご先祖様って意味かな?
姿はリリアーナ・ベンフィカだけれど、今の私は別人なのよ。
リリアーナが認められていたとしても、私も王家の英霊に認められるかどうかなんて誰にもわからないわ。
それとも着実にアレフ様との婚約解消へ、進められているのかな?
「私の家って、第1王子派だったのですね」
「知らなかったのかよ。同じ第1王子派の家である、オレと婚約するかもしれなかったんだぜ」
「クリフ様とですか?」
いつになく真剣な表情で話すクリフ様が、なんだか怖い。
何を、おっしゃりたいの?
「オレの家から申し込んだ話だけど、返事も内々でもらっていたんだ。それなのに入れ違いで王家から婚約の通達が着た所為で話は無かったことにされたが。それが無かったら、オレと婚約するハズだったんだ」
「そうだったのですね。私、知りませんでしたわ。あの、そろそろ教室に戻りませんか? そろそろ授業が始まってしまいますわ」
私はそう言って、返事を待たずに立ち上がる。
このまま話を続けていては、いけない気がした。
私が立ち上がると、クリフ様も無言で立ち上がる。
そして、何かを言いたげに私の手を掴んだ。
「私は、アレフ様の婚約者ですわ。大人の都合で、この身の置き場所を変えるつもりはありません。先に戻りますわ。失礼いたします」
私は一気に言い切ると、クリフ様の手を振りほどいて走った。
勘違いかもしれないけれど、私の思い込みかもしれないけれど。
クリフ様の手を振りほどいた時の、ショックを受けた表情が脳裏から離れなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。




