5.楽しめないゲームはゲームじゃないわ!
可愛らしい鳥の鳴き声で目が覚める。
うん。
可愛くても大音量だと騒音なのね。
これなら毎日聞いて慣れ親しんだカラスの鳴き声の方がいいかもしれない。
目を開けて起き上がる。
最悪だ。
起きてもまだ、私はリリアーナ・ベンフィカらしい。
ベッドから降りてカーテンを開けると、私の心と相反するすがすがしい天気だ。
窓を開けて叫びたいところをグッと我慢し、走りだした勢いのままベッドへとダイブする。
「なんでまだリリアーナなの!? 私を元に戻してよー! 」
バフバフっと音を立てて暴れ、それでも気が収まらなかった私は叫ぼうと顔を上げる。
「っさいあ……くぅーー」
「素敵なお目覚めの仕方ですね。お嬢様」
怖い顔をしたミセスブラウンと目が合った。
身の危険を感じてか、慌ててベッドの上に正座をする。
「……おはようございます。ミセスブラウン。とてもいい朝ね」
必死に笑顔を浮かべる私に対し、
「おはようございます、お嬢様。まだ、お早い時間でございますから、お静かにお願い致します」
「はい。すいません」
ギロリっと睨まれながら言われると、まるで蛇に睨まれた蛙のようだわ。
君セナのばあやは優しかったのに。
怖いよ、お母さんみたい。
お母さん……。
ふと、元の世界ではどうなっているのだろう? と気になった。
私は行方不明になっているのだろうか?
それとも、リリアーナ・ベンフィカが私の代わりになってるのかな?
恐ろしすぎて考えたくないわ。
あ、でも主人公以外には悪いことはしないんだっけ?
「お茶をお持ちしますので、お待ちください」
そう言ってニコリともせずに、ミセスブラウンは行ってしまった。
何て言うか、距離があるなぁ。って思う。
それとも、メイドと令嬢の間柄はこういうものなのだろうか?
程なくして紅茶を持ったミセスブラウンがやってきた。
運ばれてきた紅茶は、とても良い香りだったけれど、それだけだ。
飲み慣れていないんだよね、紅茶って。
抹茶入り玄米茶か、せめてほうじ茶があればいいのに。
紅茶を一口飲み、サイドテーブルに置く。
今の私にできることは何か?
考えたところで答えは決まっている、何も無いだ。
主人公でもないから、誰かを攻略してゲームをクリアーすることもできないし、主人公が第2王子様を攻略して奪われるのを横で眺めることしかできないのだ。
「そういえば、お嬢様」
朝から暗い私を気遣ってか、ミセスブラウンが話しかけてきた。
「なあに?」
「来週に行われるダンスパーティのドレスが出来上がりましたので、今日届く予定になっておりますよ」
「ダンスパーティ?」
「左様でございます。お忘れでございますか?入学前からドレスや小物を選び、とてもお楽しみにされていたようでしたが」
少し驚いた風に話すミセスブラウンだが、表情は変わらないままだ。
なんか、ちょっと怖いな。
「ああ、そうだったわね。忘れていたわ。新入生歓迎ダンスパーティのことよね」
思い出した。
ゲーム開始早々、行われるダンスパーティだ。
主人公が同じクラスのアレフ様に申し込むんだけど、断られるのよね。
確か、婚約者がいるから。って。
ん?
婚約者って私のことよね。
いつかは取られるけれど、今はまだ私の婚約者、よね?
「さっそく、今日、ご試着されてはいかがですか?」
「ミセスブラウン」
「は、はい」
ミセスブラウンは言葉を遮られて驚いた顔をしていたが、気にしないで一気に尋ねた。
「私は、アレフ様の婚約者よね?!」
私の問いにあきれた表情を浮かべ、
「左様でございます。ソルーア王国第2王子、アレフレッド・ソルーア殿下のご婚約者でございますよ」
「って、ことは。私のエスコートはアレフ様よね?」
「『ってことは』、とは……。お嬢様、言葉使いが乱雑になっております」
あまりの言葉使いに絶句するミセスブラウンだが、すぐに持ち直すのはさすがだ。
でも、そんな事気にしていられないわ。
「いいから、答えてよ!」
今、すっごく重要な部分なんだから!
「当然でございます。ご婚約者がいる身でありながら他の方にエスコートを頼むなど、失礼に当たります。ましてや、それが王家の方へともなると大問題になりますゆえ」
不思議と、こめかみを押さえながら話すミセスブラウンが神々しく見えるわ。
今の私にできることは何も無い?
あるじゃない、あるじゃない。
アレフ様の婚約者として過ごすこと!
カレシいない歴=年齢のJKだけど、カレシがいたらしたいことって願望は沢山ある。
君セナでのアレフ様は、今、リリアーナ(私)が通っているエストレイラ学園のあるソルーア王国の第2王子様。
ゴールデン・ブラウニッシュ・ブロンドと言う茶色がかった金髪に、意志の強そうなラピスラズリ色の瞳。
眉目秀麗、身長173cmの高身長、細身でありながらも剣術で鍛えた身体。
自分に厳しく皆に優しい、知性を備えた完璧な王子様。
君は建国の女神のようだ。
僕の手を取って。ねぇ?女神様。
ッハ。いけないいけない。
取説丸暗記してるわ。
優しく微笑むアレフ様のなんと素敵なことか。
ふふふ。
今は、まだ婚約者なんだもの。
元の世界に戻るまで、もしくは主人公に奪われるまで、楽しんじゃってもいいよね?!
「ふふ。ふふふ」
「お、お嬢様……。」
何やら心配そうにしているミセスブラウンに、明るく話しかける。
「ミセスブラウン。こうしてはいられないわ。学校に行く準備をします。手伝ってください」
「はい。かしこまりました。では、こちらへ」
時間があるからなのか、いつもなのかバスルームに案内される。
甘いピーチの香りがするお風呂が準備されていた。
手伝おうとするミセスブラウンを追い出して、1人、朝風呂を堪能する。
ちょっとくらいリリアーナ・ベンフィカを演じてみようじゃない。
そうよ。
ゲームは楽しむものなんだから。
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