49.伝えるって、とても大事なことだよね
「知らないなら、知らないと最初に言っておいてくれよ」
後ろを振り向きもせずに発せられた声に、私は反論する。
「私は、図書室に行ったことが無いと最初に申しましたわ」
「なら、先に行くなよ」
「それは、……申し訳ありません」
図書室は、教室がある校舎から少し離れた、三階建ての建物らしい。
君セナの移動マップだと、教室のある校舎の右側にカフェのマーク、カフェの下に図書室のマークがあった。
教室のある校舎から右側かと思って進んだ道は、違う場所へ行く道だったらしい。
5分程歩いて、君セナと同じ図書室のマークが付いた、建物が見えてくる。
まだ蕾も付いていないけれど、壁にバラのつるが巻き付いて、出てきたばかりの葉が青々として、とても綺麗。
花が咲いたら可愛いだろうな。
「素敵な建物ですわね」
「そうか? 古いだけのような気もするが。入るぞ」
「ええ」
重厚感がある扉を開いてもらって、中に入る。
入ってすぐのエントランスには、このソルーア王国に伝わる神話がステンドグラスで描かれ、幻想的な空間醸し出していた。
「中も、素敵ですわね」
「そうか? まぁ、ステンドグラスは中々だと思うが」
「中々って、もう少し感動してもよろしいかと思いますわ」
「見慣れてしまうと、感動は薄れるだろ」
「それは、そうですけれど」
神話は、何もない大地に建国の女神が太陽より下りてきたところから始まっている。
女神が大地を愛し、慈しんでいく様子や、動物たちに囲まれた姿。
そして、1人の若者と恋に落ち、子供が生まれ、国が出来、女神が太陽に戻って行く様子が描かれている。
女神と若者との間に生まれた子供が、初代の王様だとルカ先生の歴史で習ったばかりだ。
「そんなにステンドグラスが気に入ったのなら、今度、王宮のを見に来ればいい」
「いいのですか?」
「ああ。それで、今日はどうするんだ? 魔法について調べるんだろ?」
言われて、はたと思い出す。
「そうでしたわ。初めて見る図書室に心を奪われてしまっていました。結構な時間が過ぎていますのね」
「ああ。閉館時間自体は大丈夫だが、あまり遅くなると、ミセスブラウンが心配するだろう」
「ええ、そうですわね。昨日もシャワーを長く浴びていただけで、あれほど心配させてしまうとは思いもしませんでしたわ」
「長くって、原因はそれだけではなかっただろう」
「真っ先にシャワーを浴びただけですわ」
私の言葉に、1つ溜息をつくと、真剣な表情でアレフ様が言った。
「言いたくないなら聞かないが、周りは心配するからな。」
「……わかりましたわ」
私が答えると、なぜか寂し気な表情をして、第1図書室と書かれたドアをくぐって行った。
そんなに心配をされる行動をしていたかな?
私にはわからなかった。
慌てて、同じく第1図書室のドアを通ると、アレフ様は普段と同じ穏やかな微笑みを浮かべていた。
寂し気に見えたのは、私の気の所為かな?
ドアを開けてくれたことにお礼を言うと、おでこにキスで返される。
「魔法書はこっちだ」
恥ずかしさに固まってしまった私を置いて、本棚が並んだ一角へと歩いて行ってしまった。
もう、誰かに見られたらどうするのよ。
周りを見渡してみたが、誰もいない。
受付カウンターはあるけれど、カフェと同じ生徒手帳を読み取る機械が5台くらいあるだけで、無人だった。
司書もいない。
窓は無いけれど、電気が点いているからとても明るかったが、エントランスのような幻想的な雰囲気は無かった。
周りに誰もいないことを確認してから、そっとアレフ様が触れたおでこに触れる。
そこだけ、熱を持っているみたいに熱かった。
慣れる訳ないじゃない。
1人ごちると、私はアレフ様が向かった本棚の並びに行った。
「やっと来たか。俺が勉強したときに使った本と同じ著者の本があったから、取っておいたぞ」
「ありがとうございます。それと、全ての呪文が書かれている本はありますか? 詳しく書いていると言うよりは、一覧みたいなものでいいのですが」
「全部が載っているのは難しいな。一般的な呪文でいいなら、これが妥当なところだろう」
アレフ様は、装丁が少し古い本から、新しい本まで10冊くらい持っていた。
「誰もいないみたいだし、そこの席に座って読んでみよう。それとも、2階の自習室に行くか?確か、個室もあるぞ」
「近くの席で構いませんわ」
「そうか。じゃぁ、行くぞ」
歩き出したアレフ様に慌てて付いて行きながら、声をかける。
「本、私が持ちますわ」
「そんなこと、いちいち気にするな」
「私が読む本ですもの。自分で持ちますわ」
「わかったわかった。ほれ」
私の手に1冊の本が落とされる。
軽そうに渡されたのに、意外と重い。
「今、重いって思っただろ?」
「思っていませんわ。まだ持てますもの」
「無理するな。今日、スモールの素振りでもフラフラしていたじゃないか」
「見ていたんですか?」
「まあな。思いっきり曲がっていたぞ」
「曲がって? 何が曲がっていたのでしょうか?」
「剣筋がだよ。あれじゃ、相手の剣に当たったらはじき返されるぞ」
「剣筋ですか? 難しいものですわね。あの、恥ずかしいから、あまり見ないでください」
「それは、無理だ。気になるからな。そもそも、剣術なんて、できなくても構わないだろう」
「そうもいきませんわ。落第するわけにはいきませんもの」
なぜか剣術は週に3回ある必修科目だ。
落とせば、2年に進級できなくなるから、それだけは避けたい。
「俺と一緒に、特訓でもするか?」
笑って言うアレフ様に、私は遠慮したい気持ちを隠さずに言った。
「ロイク様と行っていたことみたいにですか? それは、ちょっと」
「見ていたのかよ」
「それはもう。女子は全員、見ていたと思います。アレフ様、いじめっこみたいでしたわ」
「いじめっこってなんだよ。そりゃ、ちょっとはむしゃくしゃしてたが。……リリーは、ロイクに泣かされてたんじゃないのかよ?」
「? 私、泣いていませんよ?」
「授業が始まる前、ロイクと話していただろ。顔を真っ赤にして泣いていたじゃないか」
「お話はしましたけれど、それは、アレフ様のことで」
「俺のこと?」
「ええ。ですので、泣かされたように見えたのでしたら、それはアレフ様に、ですわ」
「なんだよ、それ」
「いいじゃありませんか。まぁ。これだけ沢山の席があるのに、誰もいませんのね」
図書室の中央に、大人数で座れる席や、2~4人位で利用できる席、壁側におひとり様用の席もある。
私たちは一番近い、大人数で座れる席に並んで座った。
さっそく自分で持っていた、風魔法について書かれている本を開いて見る。
風属性についての説明から、魔法として確立したときのこと、風魔法の使い手で有名な人物名などが並ぶ。
違う。
私が知りたいのは、風魔法に『テンペスタージュ』があるかどうか。
そして、もしかしたら、他のMSGに出てくる同じ魔法があるのか。
読んでいた本には、魔法の呪文一覧のようなものは無かった。
私は本を置き、アレフ様が運んでくれた本に手を伸ばす。
アレフ様は何をしているのかと見てみたら、同じく本を読んでいた。
「アレフ様は、何をお読みになっていますの?」
「ん? 呪文の一覧みたいなものかな? 属性ごとに名前が並んでいるだけなんだけれど、知っている呪文ばかりだから面白くてな」
「ご一緒に見てもよろしいですか?」
「ああ。別に俺は他のを読むからいいぞ」
「ありがとうございます」
白い装丁に『新 五属性魔法』と書かれている。
ページをめくると、木属性から順番に書かれていて、風属性は4番目になっていた。
どの属性のページも同じような表になっており、魔法のマーク、魔法の名前、効果範囲、射程距離から攻撃力、追加効果等がわかりやすく記載されている。
なんとなく、ゲームの攻略サイトのようだわ。
スキルのスロットに入れる呪文のマークみたい。
私はMSGで知っている、舞が使っていた火属性のページを開く。
フォーグ、ファイヤーボール、ファイヤーボールは一般的よね?
フォーグは一般的なのかな?
3日くらいしかやっていないゲームのことなんて、そもそもあまり覚えていないのよね。
続いて、風属性の魔法を調べてみる。
攻撃魔法だけかと思っていたのに、補助的な魔法もあるのね。
ほとんど、知らない魔法が並んでいて、もしかして無いかな?って思い始めた頃、最後の方に、テンペスタージュと書かれている欄があった。
風属性の魔法なのに、嵐、雨、雷、竜巻を起こす魔法。
魔法のマークはMSGの攻略サイトに出ていたマークと同じに見える。
魔法の名前が似ていることや、私の名前がモンスターの名前に似ているからって、ここがMSGの世界かもって決めつけるのは、時期尚早?
けれど、同じ魔法が沢山あることは事実だわ。
「どうした? 眠くなったのか?」
「違います。気になる魔法があっただけですわ」
「どの魔法?」
「こちらですわ。テンペスタージュと言う魔法です。私の魔力がプロテクトの中で、この魔法のような状態を起こしているのです。もし、魔力の制御に失敗してプロテクトが壊れてしまったら、この嵐が具現してしまうと、ナザリト先生がおっしゃっていましたもの。実際には、この魔法が発動されるのだと思いますわ」
「テンペスタージュ。……リリア……か」
考え込む様子でアレフ様が呟いた。
気の所為?
今、リリアって聞こえたような。
「アレフ様。今、何ておっしゃいましたか?」
「悪い、独り言だ。それで、リリーは様子がおかしかったのかと思ってね」
「この魔力が具現したら、建物や人にも被害を出してしまいそうですから。そうなったら、私はモンスターみたいじゃありませんか。それが、恐ろしかったのですわ」
「大丈夫だ。俺が必ず護るから、リリーは心配しなくてもいいよ」
「……はい」
アレフ様が大丈夫と言うなら、大丈夫な気がする。
私って、単純かな?
無人の受付で本を借りて、図書室を出る。
カフェの注文方法と同じ要領だ。
思ったよりも時間が過ぎていて、外は夕暮れ時になっていた。
「そう言えば、今日。魔法学の時間に、初級魔法が発動しましたのよ」
「へぇ。プロテクトが掛かっているのに魔力をコントロールできたんだな」
「ええ。ナザリト先生がおっしゃるには、光属性の魔法の残滓があったこと、もしくは何か薬を飲んだ影響だろう、とのことですけれど」
「光魔法の残滓? どういうことだ?」
「昨日、ロイク様にぶつかったときに、癒魔法を掛けていただいていましたの。考えたら、それまで感じることが無かった自分の魔力にも気付くことができましたし、何か関係あるのかもしれませんわ。薬は飲んだ記憶がありませんし」
「ん、ああ。そうだな」
「どうかしましたの?」
何だか、アレフ様の様子がおかしい。
何か私に隠しごとをしているのかな?
してるわよね。
怪我のことだって、私に内緒にしているんだもの。
「アレフ様、何か心当たりがあるのですか?」
「あの時、薬を飲ませている」
「あの時、ですか?」
いつのことだろう?
アレフ様は少し照れたようで、私に視線を合わせてくれない。
「昨日、ベッドルームでキスをしただろ? その時だよ」
「え? あ……」
そう言われたら、何かを飲み込んだけれど、てっきり私は……大人なキスだとばかり思っていたわ。
ううん。
そもそも平静でいられない状態で、そんなことわからないよ!
「そうか、だからか」
アレフ様が、1人で何か納得したように頷く。
何を思ったのか、私も気が付いた。
今朝、ロイク様が言っていた言葉で気になっていたことがあったから。
「だから、私のパンチに魔力が籠っていたのですね」
「なんで、それを? ロイクか?」
驚くアレフ様に、私は首を振る。
「私、あの時、リラックスルームにいたんです」
アレフ様の表情が変わる。
やっぱり、私に知られるのが、そんなに嫌なの?
「今朝、どうしても眠かったので、一番端のベッドを使わせていただいていましたの。そうしたら、アレフ様たちがリラックスルームにやってきたのですわ」
「そうか。じゃ、全部聞いていたのか?」
「はい。申し訳ありません」
「いや、リリーの所為じゃない。薬の副作用で本当なら、今日一日、眠っていても仕方ないんだから。なんだよ。俺カッコ悪いな」
「そんなこと、無いです。ですが、もう、嘘は止めてくださいね。私も1人で悩まずに相談しますから」
「ああ」
お互い、顔を見合わせて笑う。
私たちの関係も、前よりも少し近付いた気がする。
「ところで、どうして帰った後に、治療をしなかったのですか? 王族専用の寮には、お医者様が常勤されていらっしゃるでしょう?」
私がルイスの魔法を見てしまったときは、すぐに駆けつけてくれたのに。
「ああ。リリーに殴られたと話したら、ハメスが自業自得だって言って、医者にも放置されたんだよ。みんな、リリーにそんな力があるとは思わなかっただろうから」
「もう、大丈夫ですか?」
「まあな。また、明日な」
おでこにキスをして、アレフ様は足早に行ってしまった。
気付けば、寮に着いていた。
「今日はありがとう」
私は、アレフ様の後ろ姿に、そっとつぶやいた。
お読みいただきましてありがとうございました。




