47.からかうのはやめてください!
寝返りを繰り返えすのは何度目だろうか?
身体は熱を帯びたような倦怠感を感じ、目を閉じれば眠ってしまいそうなはずなのに、眠れなかった。
何度、眠りの淵に行こうとも、
『リリーは気付いていないんだから』
と言う、アレフ様の言葉で呼び戻されてしまう。
シンクレア先生に頼んだ時間は1時間だけ。
次は剣術の時間だ。
男女、別れて行う剣術は、男子はほぼ実践で、試合形式になることも多い。
アレフ様はロイク様に魔法を掛けてもらえなかったら、2時間目の剣術の時間はどうするつもりだったのだろう?
痛み止めだけを飲んで治療もしてないなんて。
アレフ様の寮には医師が常駐しているのに、どうして?
もしかして、ハメスさんにも知らせていないのかな?
私はまた、寝返りを打つ。
コンコン。
「ベンフィカ嬢、少しよろしいですか?」
ノックされ、シンクレア先生が話しかけてきた。
もしかして、寝返りの音がうるさかったかな?
私はロックを外し、ドアを開ける。
「はい。もう、時間ですか?」
「いや、まだ後、10分程時間はありますよ。お茶を淹れるので、起きているのなら一緒にいかがですか?」
「ええ。ありがたくいただきますわ。でも、よろしいのかしら? 授業中ですわよね」
「いいんですよ。さぁ、こちらへどうぞ」
ベッドから降りて、私はシンクレア先生が案内してくれた席へと歩いて行く。
テーブルには、ティーポットと2客分のカップとソーサーが、用意されていた。
「カフェで飲むお茶と、比べないでくださいね」
そう言って注がれたお茶は、甘酸っぱい香りがする。
赤いお茶の色を見て、カフェで一緒に飲んだ、ハイビスカスとローズヒップのブレンドティーを思い出す。
「そんなことをしましたら、カフェ以外で何も飲めなくなってしまいますわ。この学園のカフェは、我が家よりも素晴らしいですもの」
言いながら、ごめんね、ミセスブラウン。
いつも淹れてくれる彼女に、心の中で謝る。
彼女が淹れてくれるお茶より、カフェの方がおいしいのは事実だし。
ティーカップを受け取り、香りを楽しむ。
「おやおや。ベンフィカ嬢は、カフェの信者なんだね」
「ふふふ。エイミーはもっとですわ。いただきます」
私はハーブティーに口を付ける。
香りも味も、カフェと遜色無かった。
「フォーセット嬢は、カフェと言うより、スタッフに、と言うところですね」
「ご存知なのですか?」
笑って言った私に反して、シンクレア先生は真剣な表情を見せる。
「ええ。彼女だけではありませんよ。この学園の生徒について、私も色々見ていますからね。入学式の時には、可愛らしい子供のような生徒たちが、ある日、突然開眼したように大人に変化していく。その変化に気付けるようにしているんですよ」
入学式。
私じゃなかった本人だった時のこと。
本当の彼女を知っているシンクレア先生から見たら、入れ替わった私はどのように映っているのだろう?
「私は、どうでしたか?」
務めて、明るく軽く聞く。
「そうですね。入学式のときに感じたことは、全てに愛された完璧なお嬢様、と言ったところでしょうか? 立ち居振る舞いからほんの少しの所作まで、全てが完璧でミスが無い。美しく微笑んだ、まるで絵画に描かれた人物のようでした」
「絵画の人物……」
「はい。あの日、フォーセット嬢に連れられて来た貴女を見て、驚きましたよ」
「あの日?」
「酷く、怯えた表情で、鏡をずっとご覧になっていた日です。まるで、絵画から呼び出され、初めて世界を歩き始めたような。悩みなんて、存在することすら知らなかったような貴女がね。授業を抜けてここに来てくれたことも、ありがたく思いますよ」
「今の私は、悩んで迷ってばかりですわ。沢山、迷惑もかけています。まるで、子供が描いた落書きのようですわね」
自嘲気味に話すと、
「そんなことありませんよ。私には絵画の様に描かれた、貴女の心に触れることはできませんでした。私の主観ですが、感情豊かで躍動感に溢れている、今の貴女を好ましく思います」
「シンクレア先生」
穏やかに微笑むシンクレア先生は、『大丈夫ですよ』と語りかけているようだ。
「ありがとうございます。自分に自信が持てそうですわ」
照れてしまう気持ちを、隠すようにハーブティーを飲む。
少し冷めたハーブティーは、火照りかけた身体に丁度良かった。
「さて、もう1時間目は終わりますが、いかがされますか? 眠れなかったのでしょう。次もお休みされますか?」
「授業に戻ります。確かに眠れませんでしたが、シンクレア先生のおかげで安らげましたわ。ありがとうございます」
ティーカップを置き、私はドアへと向かう。
「用事が無くても、いつでもいらっしゃってくださいね」
「ええ。お茶をごちそうになりに参りますわ。ごちそうさまでした」
シンクレア先生にお礼を言って廊下に出ると、丁度、鐘が鳴った。
3階に着くと、女子が着替えを持って更衣室に向かう生徒がいる。
不思議に思って教室に入ると、待ってましたとばかりにエイミーが駆け寄ってきた。
「おはよう。エイミー、どうかしたの?」
「おはようございます。リリアーナ様。今日の剣術は、実技を行うので着替えるようにと連絡が着たのですわ。体調がお悪いそうですが、休まれなくても大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。着替えるなら急がないといけないわね」
「そうですわね。早速参りましょう」
「ええ。でも、着替えて何をするのかしら?」
「11月に行われる剣術大会では、女子も試合があるそうですわ。その為の練習を始めるそうですわ」
「そうなの。ケガをしないように気を付けないといけないわね」
君セナで、剣術大会は男子だけだったはず。
この微妙な違いが、不安になるのよね。
更衣室に入ると、男子の剣術を近くで見れると言う話題で持ち切りだった。
アレフ様の練習は1度だけ見た事があるけれど、やっぱり、剣道みたいなのかな?
体操着に着替え、私たちは剣道場に行った。
男子たちは1人1本ずつ剣を持って、既に練習をしている人たちもいて、アレフ様もその1人だ。
練習する男子に声援を送っている女子もいて、剣道場内はとてもにぎやかだった。
「リリアーナ、エイミー。こっち!」
入り口の近くで、シャムエラとメリッサが私たちに手を振っていた。
「おはようございます。シャムエラ様、メリッサ様」
「おはよう。今日の剣術は実技だなんて、楽しみね!」
「私は、剣を触ったことが無いから、怖くて仕方ありませんわ」
「わたくしも、得意というわけではありませんわ」
「え? そうなの? 実は、私も今日が初めてなんだ! だから楽しみなの」
「まぁ。初めてなのに、怖くありませんの?」
「うん。何事も、やってみないとわからないでしょ」
「確かに、そうですわね。メリッサ様は剣術はお得意ですの? ファジアーノ家では、騎士になられる方もいらっしゃいますわよね?」
「まあ、好きではないですが、やってできないものではないです」
「何か事情がお有りのようですわね」
エイミーが嬉しそうに言う。
本当に噂話が好きなのね。
「触れないで欲しいです」
「残念ですが、わかりましたわ」
言わなくても、ジョナス様が関わっているのだろうことは明白よね。
メリッサは、ジョナス様を毛嫌いしているからだ。
私、シャムエラ、エイミーは顔を見合わせて笑った。
授業開始を告げる鐘が鳴る。
入り口に人影が見えたので、先生かと見たら、クリフ様とロイク様だった。
「ん? 今日は女子も剣術は実技なのか? うるさそうだな」
「クリフ程ではありませんよ」
「ほう、どうやら今日は、俺と組みたいんだな?」
「殿下と組むよりは、クリフの方がマシですからね」
「まあな。アイツ、授業だって言うのに、手加減しねーもんな。よぉ。リリー」
「おはようございます。クリフ様、ロイク様」
「頼むから、リリーは俺たちから離れたところでやってくれよ。剣なんて持ったまま転ばれたらシャレにもならねーしな」
「なっ」
「確かに、昨日はスケッチブックとペンケースで押し倒されましたけれど、それが剣に変わったら恐ろしいですね」
「そんな、ロイク様まで、酷いですわ。私は、いつもいつも、転んでばかりではございませんのよ」
私の必死な言葉はどこ行く風のようで、皆にしかとされる。
「どうだかな。お前らも、リリーからは少し離れてやった方がいいぜ」
「そうします」
「はいです」
即、返事をするシャムエラにメリッサ。
エイミーは肩を震わせて笑っていた。
「皆さま、酷いですわ」
「リリー、これが現実だ。じゃあな、怪我するなよ」
クリフ様はすれ違い様に、私の頭をポンっと触れて歩いて行く。
まるで、子供扱いね。
「ロイク様」
クックッと笑いながら、クリフ様の後ろを歩いていたロイク様を呼び止める。
「何か?」
「あの。今朝は、アレフ様のケガを治していただいて、ありがとうございます」
「ああ。……転んだのですか?」
笑いながら話すロイク様に、思わず、ムキになって訂正する。
「ち、違います! あれは、アレフ様がわた……」
ここまで言いかけて、アレフ様とのキスや手の動きがまざまざと思い覚ます。
身体が痺れる感覚に耐えきれず、私は自分を抱きしめた。
「アレフ様がわたしの?」
「アレフ様がわたしを? かもしれませんわ」
ロイク様とエイミーの言葉に釣られて、私もまた
「アレフ様が私の……ふきゃあ! 何を言わせるんですか!」
恥ずかしくて、涙を浮かべながら叫んだ私をシャムエラに抱き寄せられる。
「もう! リリアーナが耳まで真っ赤になってるじゃない。ロイク様もエイミーも、やり過ぎよ」
「もう少しで、聞き出せたんですがね」
「そうですわ。あと、少しでしたのに。ここで切られてしまいますと、余計、気になりますわ」
エイミーとロイク様の言葉に、私はもう答えはしなかった。
「2人とも、全然、反省する気が無いようですね」
「ロイクには、この後、地獄が待ってるから、いいんじゃねーの」
クリフ様の言葉は数分後、現実になる。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




