46.エスプレッソ
「それで結局、アレフ様は何時に帰られたの?」
話してる最中に欠伸が出てしまい、ミセスブラウンに睨まれながら話す。
男子立ち入り禁止の女子寮にやって来たアレフ様は、中々帰ろうとしなかった。
何でも、『寮の周りには警備員の見回りがいて、捕まると面倒だから』と、言うことらしい。
どうやって、入ってきたのだろう?
「お嬢様がお休みになられて、暫くしてから帰られました」
「そう。結局、眠ってしまいましたのに、寝不足ですわ」
「今日は、学園をお休みされますか?」
「いえ、ただの寝不足ですもの。シンクレア先生に頼んで、1時間だけ休ませていただくことにしますわ」
朝食にエスプレッソを出してもらっても、苦かっただけで眠気は一向に冷めなかった。
「失礼致します」
リラックスルームのドアを開け、中に入るとシンクレア先生が笑顔で迎えてくれる。
「おはようございます、ベンフィカ嬢。今朝は、どうしたのですか?」
「おはようございます。シンクレア先生。お願いです。1時間だけ休ませていただけますか?」
「ああ。それは構わないですよ。どこか、お悪いのですか?」
「いいえ。お恥ずかしながら、ただの寝不足なのですわ」
「ふふ。そうですか。それでしたら、心配は要りませんね。私は朝の会議があるので暫く不在になりますが、この時間帯は滅多に人が来ないから、安心してお休みください」
「ありがとうございます」
私は1番奥のベッドへと向かう。
学校の保健室の様なカーテンではなく、トイレの個室のように上の部分が空いていて、周りは壁で囲まれた個室になっている。
ドアを閉じて、ロックをかければ『使用中』と表示される仕組みだ。
「ベンフィカ嬢、後で夜更かしをした原因を聞かせてもらいますよ」
「そ、それは、ご遠慮させていただきたいですわ」
苦笑いを浮かべて答えると、シンクレア先生が立ち上がる。
「フォーセット嬢が来たら、そう言ってはいられないと思いますがね。では、私はこれで。おやすみさない」
「はい。おやすみなさい。あの、いってらっしゃいませ」
「いってきます。いい夢を」
シンクレア先生を見送って、私は個室のロックをかけてベッドに横たわる。
ウトウトしてきたところで、ドアの開く音に気付いた。
誰か来たの?
「着きましたよ。さあ、見せてください」
この声はロイク様?
「俺は、男と密会する趣味は無いんだが」
アレフ様? どうして、リラックスルームへ?
「安心してください。私にもありません。それとも、殿下は教室の方がよろしかったでしょうか?」
「いや、冗談だ。気遣い、ありがたく思う」
なぜ、2人がここにいるの?
私がいることに気付いていないのか、2人の会話は続く。
「そうでしょう。それでは診せていただきますよ」
「ああ。それにしても、よくわかったな」
「魔力の流れが、明らかにおかしかったですからね。うわっ! この状態で歩いていたのですか?」
「さすがに、暫くは動けなかった」
「暫くって、治療もされていないようですが、放置しておくと変な形でくっついてしまいますよ? 内臓にも少しダメージが行っていますね。吐き気などはありませんか?」
「いや、さすがに痛み止めは服用している。吐き気は、今は無いな」
「今は、ですか。よく、今まで我慢しましたね。呆れを通り越して、尊敬しますよ」
「褒め言葉として取っておくよ」
「褒めてはいません。じゃあ、始めますよ」
「悪いな」
「お安い御用ですよ」
ロイク様が、歌うように呪文の詠唱を始める。
昨日、私が掛けてもらった治癒魔法と似ている。
私の時は短い詠唱だったのに対し、今日の詠唱は長い。
もしかして昨日、中々帰らなかったのは、本当は動けなかったから?
「レクラッサオ!」
ロイク様の声が響くと同時に、リラックスルームに優しい光が溢れる。
「どうですか?」
「おお。すごいな。急に治ると違和感ハンパ無いが、痛みが嘘のように消えたよ。ありがとう、ロイク」
「私にかかれば、これくらい、動作も無いことです」
「治癒魔法、使えたら便利だな」
「そもそも、こんな怪我をしなければいいだけです。それにしても、何故こんなことになったのですか?」
「ん? そんなことはどうでもいいだろ」
「殿下、あなたはこの国の王族なのですよ。王族に怪我を与えた場合、法律で罰せねばなりません。司法を担っている立場としては、うやむやにする殿下も罰する対象にしないといけません」
「学園内では、王族と言えども、生徒の1人として特別扱いはしない。よって、セーフだ」
「殿下がそこまで隠すとなると、誰が危害を加えたのかは一目瞭然ですよ。それに、ダメージに魔力が感じられます。彼女のね」
「誰にも言うなよ。リリーは気付いていないんだから」
「私は言いませんが。……昼間でも太陽の光で見えないだけで、月はあるのですよね」
「月? 急になんなんだ? さっきから何が言いたい?」
「もしかしたら、月の姫には、月が内密に教えているかもしれませんよ」
「何を言い出すんだ。そんなこと、ある訳がないだろう」
「さあね。さて、シンクレア先生がそろそろ戻られるでしょう。私たちも、教室に戻るとしましょう」
「ああ。悪いなロイク、迷惑を掛けて」
「とんでもありません。骨折や、怪我の状態もそうですが、特徴のある魔力はわかりやすいですからね。……私に隠し事は通じませんよ」
「ああ。肝に銘じておくよ。ところで、この手の痕は消えないのか?」
「わざと残したんですよ。男のと違って、小さくてかわいいですし」
「おい、消せるなら消してくれよ。恥ずかしいだろ」
「まぁ、いいじゃありませんか。残すのも難しかったんですよ。それに1週間もすれば、自然に消えます」
ドアの閉まる音がして、2人は出て行ったようだ。
私はほっと、胸を撫でおろす。
アレフ様は気付いていないようだったけれど、ロイク様は私がいることに気付いていたのかな?
魔力でわかると言う、ロイク様の言葉は、私に対する言葉にも聞こえる。
知ってしまった私は、知らないフリをするべき?
『リリーは気付いていないんだから』
アレフ様の言葉がリフレインした。
もしかして、ミセスブラウンたちはアレフ様の様子に気付いていたの?
みんなして、私の為に一芝居打っていたと言うことなのかな?
違和感を覚えるほど、落ち着き払ったミセスブラウンの態度も、アレフ様の指示だったのなら納得できる。
私に隠すためにお医者様も呼ばなかったなんて、どうかしてるわ。
婚約者なんでしょ?
なぜそこまでして、隠す必要があるの?
寝返りを打つ。
守られてばかりの自分に、嫌気がさした。
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