44.リリア
放課後。
しばらくすると、アレフ様がやってきた。
「今日のナザリトは、なんか調子が狂うんだよな」
「ナザリト先生は、今日はそっとしておいたほうがよろしいと思いますわ」
「ん? 何か知っているのか?」
私は、午前中のナザリト先生を思い出す。
「そうですわね。私からお話しするのは気が引けますわ。もし、違っていたら申し訳ありませんもの」
「そうか」
「2時間目に魔法学の授業があったのですが、その時のご様子を考えますと、今日、補習を行うとは思えませんでしたわ」
「言わないって言っておきながら、中途半端に言うなよ。余計、気になるじゃないか」
「あら、私ったら。申し訳ありません」
「ったく……」
アレフ様はその後、何か考え始めたらしく、黙ってしまった。
話が途切れ、暫くしてからナザリト先生がやってきた。
教室に入ってきたナザリト先生の様子を見ると、まだ、気落ちしているようだ。
「リリアーナ・ベンフィカ。今日、配ったロッドがあるだろう。そのロッドを使って、魔力の生成をしてみよう」
「はい」
私はスターロッドを手に取り、体を巡っているはずの魔力を探す。
スターロッドの先に力を集めようとしたけれど、何もわからなかった。
「前に、魔法が発動したときのことを思い出せ」
ナザリト先生の言葉に、小さい竜巻が発生した時のことを思い出す。
たしか、体中からごっそりと何かが奪われたような流れ。
あれが魔力だ。
私は瞳を閉じて、深呼吸をしながら、魔力を、力の奔流を探す。
何度目かの深呼吸で、落ち着いてきたのか、私の隣に、暖かい柔らかな春の日差しのような光に気付いた。
優しく包まれるようで、それでいて力強い、光の塊。
日曜日に見た、ルイスのよう。
次に、私の正面にある、大きな力にも気付いた。
まるで、風が吹くこともない。
何事にも動じない、地底湖のような水を湛えた静かな力。
深く広く、大きな存在感。
アレフ様とナザリト先生よね。
その、2つの力に近い、私自身に意識を近付いていく。
何も無い。
ううん、見えない何かがある。
壁?
薄いベールのような、何か。
その透明なベールのようなもので包まれているのが、私?
このベールみたいなもの、取れないかな?
ベールに意識を集中させても、どうすることもできない。私は、更に深く深呼吸をした。
そして、よくベールを見ていると、他と少し違った部分を見付けた。
薄くなったのか、綻びができたのか、そこからベールの奥を覗いて見ると、ベールの向こうに荒れ狂った嵐のような、竜巻がいくつも見える。
何、これ?
カタンッ。
私はスターロッドを落としてしまった。
「大丈夫か?」
「ええ。スターロッドを落としてしまっただけですわ」
アレフ様に答えつつ、私はナザリト先生に視線を向けた。
「自分自身の魔力に触れたか。プロテクトで押さえつけられていた魔力が大きくなりすぎて、内から破裂しかけている。それが、今の状況だ」
「ナザリト先生。破裂したら、どうなるのでしょうか?」
「見えたものが、そのまま具現するだろう」
「そんな!」
荒れ狂ったあの竜巻が、現れたらどうなるの?
私は、テレビで見た災害の映像を思い出す。
どうして?
ここは、乙女が恋愛を楽しむ、君セナの世界よね?
恋する乙女に、災害なんて必要無いよね?
私は口を、手で覆い隠すように押えた。
日本で見た災害の映像は、自然によるもの。
けれど、私の場合は?
故意かどうかはともかく、私が引き起こしたのなら、人災だ。
もし、あの竜巻が現れたら、建物も自然も破壊されてしまう。
もしかしたら、人も巻き込んでしまうかもしれない。
まるで、災害級のモンスターみたいじゃない。
……モンスター。
そこに、何かが引っかかった。
そうだ。
Magic SwordGateで、舞と一緒に行って全滅させられたボスに、そんなモンスターがいたんだった。
30分の間隔で湧く、人型モンスター。
雪女ならず、竜巻女。
名前は、確か、リリア……。
リリアーナと似てるのは、偶然なの?
魔力が強かったため、死んでもなお、時間と共に蘇り、竜巻を起こすモンスターになってしまった、元貴族のお姫様。
リリア。
「おい。リリー! どうした!」
気が付けば、アレフ様に肩を揺すられていた。
「アレフ様」
「どうしたんだ? 急に黙って。震えていたぞ?」
「いえ、少し、動揺してしまっただけですわ」
「動揺?」
「ええ」
心配そうなアレフ様に、無理やりでも笑顔を見せる。
「ナザリト。リリーの様子が変だ。今日は、もう辞めよう」
アレフ様の言葉に、ナザリト先生は首を振る。
「今日、やりたくないのは私も同じだ。しかし、あまりゆっくりとしていられないのが、現状だ。急激な魔力の変化が起きている。プロテクトが壊れる前に、今の状態で魔力を押える術を身に付けなくてはならん」
「私は大丈夫ですわ」
「リリー? 顔色がとても悪いぞ? 本当に、大丈夫なのか?」
「ご心配、ありがとうございます。慣れないことをしているのですから、仕方がありませんわ。プロテクトを外しても大丈夫なように、早く始めましょう」
「無理をしたら、止めるからな」
「そのときは、お願い致します」
まだ納得していない様子のアレフ様だったが、反対は、もうしなかった。
「では、始めるぞ」
ナザリト先生の言葉に、無言で頷くアレフ様。
「お願い致します」
「まずは、魔力を安定させることだ。小さい殻に押さえつけられて、嵐のような魔力を平定させる。先程、見付けたプロテクトの印から中の魔力に働きかけろ。魔力に意識を乗せて働きかけるのだ」
「わかりました」
私はスターロッドを、胸の前で構えた。
不思議だわ。
少し前まで、魔力を感じることもできなかった。
それが今、自分の魔力を認識して、働きかけようとしているなんて。
私は瞳を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。
心を落ち着かせ、さっき見付けたプロテクトの場所を探る。
ナザリト先生が印と言った通り、そこは綻びではなく、プロテクトを掛け、魔力を封じた場所だったようだ。
綻びに見えたのは、鍵穴のような働きがあるからなのね。
ここから、魔力に働きかける。
意識を乗せて?
どう乗せればいいのだろう?
お願い。静まって!
呼びかけてみても、当然の様に何も変化は起きなかった。
何度、試しても私の中で荒れ狂う嵐や竜巻は治まらない。
身体はじっとりと汗ばみ、なんだか気持ちが悪い。
意識を戻し目を開けると、アレフ様とナザリト先生までもが、心配そうに私を見つめていた。
「え? どうかされたのですか?」
「リリー。 君が始めてから、2時間くらい経つよ。心配もするだろう」
「2時間も、ですか?」
驚く私に、ナザリト先生が答える。
「左様。さすがに、何が起こるかわからぬ故、途中で止めることもできずにいたのだ。今日はここで、終了にしよう」
「わかりましたわ」
「くれぐれも、1人の時には行うな。必ず守るように」
「はい」
寮の部屋でもやろうと思ったのに、先手を打たれてしまったわ。
「私も風魔法について、もう少し調べておく。それでは、気を付けて帰れ」
「はい。ありがとうございました」
ナザリト先生が教室を出て行くのを見届けてから、私たちも教室を出た。
「大丈夫? 歩けるか?」
いつになく、心配そうなアレフ様に苦笑する。
「大丈夫、歩けますわ。今日は心配し過ぎですよ」
疲労感はあったけれど、それほどでもない。
並んで歩いても、アレフ様に置いて行かれることもなかった。
「心配し過ぎって、ことはないだろう。2時間もの間、ピクリとも動かなかったんだぜ? 当然のことだよ」
「そうでしたか。夢中になっていたので、気付かなかったですわ」
「それほど、プロテクトを何とかしたいのか?」
「ええ」
一瞬、MSGのリリアが浮かぶ。
違う。
私はリリアではない、リリアーナ・ベンフィカよ。
寮への帰り道。
アレフ様と並んで歩く、帰り道。
けれど、不安は一向に晴れなかった。
少しずつ、ファンタジー色が強くなっていきます。
気に入っていただけると嬉しいのですが……。
お読みいただき、ありがとうございました。




