42.意外な関係
日が変わって、火曜日の2時間目。
チャイムが鳴り、しばらくしてナザリト先生が箱を持って教室に入ってきた。
「起立、礼、着席」
私たちが座ると、ナザリト先生が箱の中から小さい棒を取り出す。
木でできた、指揮者が持つ棒のような物。
「これからこの杖を全員に配る。授業で毎回使用するから、必ず持って来るように」
前の席から順番に回ってくる杖を受け取り、よく見てみると、生徒手帳に描かれているのと同じ星のイラストが描かれていた。
校章みたいなものかな?
「先生。この杖は、何て言う名前なんですか?」
クラス代表の男子が挙手をして質問していた。
「エストレイラ学園オリジナルの杖だ。今まで名前を聞かれたことが無かったため、名前は特に無い。……敢えて付けるのならば、スターロッドと呼ぼう」
スターロッド。
だから、どうして?
似合わない名前を付けるのよ。
クラスのみんなも思ったのか、あちこちで忍び笑う声が聞こえる。
変な名前よりはいいけれど。
ナザリト先生を見ると、ほんのりと頬が赤くなっている。
自分で言って、照れてるのね。
「そ、そこ。笑うな」
明らかに動揺しながら言うナザリト先生に、注意された女子は強気な様子だ。
「お言葉ですが、笑っているのは私くしだけではございませんわ。ねぇ? 皆さま」
立ってクラス全員に確かめるように言うと、一瞬で笑いの渦が巻き起こる。
「確かに」
「死の森からやってきた魔術師風の雰囲気で、『すたーろっど☆』とか言わないでください」
「死の森って言った奴誰だよ。せめて、実在するソルの森かルアーの森にしてやれ」
クスクス笑いながら口々に言う生徒たちに、
「授業中だ。静かにしろ」
と、ナザリト先生が言っても中々静まらない。
爆笑している生徒まで出始めた頃、教室のドアが音を立てて開く。
ルカ先生だ。
いつもの笑顔なのに、背負っている空気がとても禍々しく感じる。
「ナザリト? あなたは、授業中に何をやっているんですか?」
しんっ、と、静まり返った教室にルカ先生の声が響く。
素敵な声は変わらなかったけれど、いつもの優しさはなく、有無を言わさない迫力があった。
「申し訳ありません。ルカ先生」
頭を下げて謝るナザリト先生を見て、ルカ先生は私たちを見る。
「君たちも、授業中はお静かに願いますよ。よろしいですね?」
大半の生徒が無言で頷く中、クラス代表の男子生徒が立ち上がって言う。
「はい。以後、気を付けます」
その様子を見て、ルカ先生はドアを閉めた。
「杖は次回から使うことにして、今日はP40からノートに書き写しをする。準備ができた者から始めてくれ」
そう言うと、ナザリト先生は授業が終わるまで、教師用のイスに力なく座っていた。
ルカ先生とナザリト先生の力関係を目の当たりにした私たちは、静かに教科書を写したのだった。
「ええ? そんなことがあったの?」
「そうですわ。とても驚きましたのよ」
ランチタイムになり、私はシャムエラ、エイミー、メリッサの4人でカフェにいた。
話題は、2時間目に起きた出来事について。
あんなことがあったら当然よね。
「小さい虫も殺せなさそうな先生なのに? 本当なの?」
シャムエラは信じていないみたい。
「ルカ先生。授業の途中に『失礼しますよ』って言って、出て行きましたけど」
メリッサは半信半疑みたいね。
私も目の当たりにしなければ、信じられないもの。
「信じられないのは無理もありませんわ。わたくしも、とても驚きましたわ」
エイミーが熱弁を振るって説明するものの、やはり、あのルカ先生とナザリト先生の普段の違いは、信じてもらえない。
「そなたたちは、いつも楽しそうだな」
話に夢中になっていて気付かなかったわ。
なんと、クラウディオ様とジョナス様がいた。
「ごきげんよう。クラウディオ殿下、ジョナス様」
私が立ち上がって挨拶をすると、みんなも一緒になってお辞儀をする。
「ああ。堅苦しいことは必要無いと言ってあるだろう。リリアーナ」
「ですが」
「この学園の女子生徒の中で、一番近しい間柄になるリリアーナがその様子だと、皆が真似てしまう。私からのお願いだ。昔の様にそなたの兄たちと同じように、接してほしい」
でも、恐れ多いわよね。
それに、私の兄と同じようにって、リリアーナに兄がいることも知らないわ。
返事をできずに困っていたら、シャムエラがコソっと呟く。
「リリアーナ、第1王子様のお願いを聞かないなんて、その方が不敬に当たるわよ」
シャムエラの言葉に、嬉しそうに頷くクラウディオ様。
「その通りだ。私の頼みを聞けぬなら、私にも考えがあるぞ。気付かないフリをしていたが、今度からアレフの所に行く前には、私の部屋に挨拶をしに来るって言うのはどうだ?」
「え? クラウディオ殿下、気付いていて?」
「毎度毎度、あれだけ騒いでおいて、気付かぬはずがなかろう。ルイスの騒ぎを聞いた時には、本当に心配したのだぞ」
「申し訳ありません。クラ……兄様」
呼び名を変えただけなのに、嬉しそうな表情を浮かべるクラウディオ様。
「まぁ、後遺症もなく、本当に良かった」
私の頭を優しく触れるクラウディオ様。
なんだかとっても、こそばゆい。
「リリアーナが校則破りの常習犯とはな。今度は俺の部屋にも来てもらおうか?」
「絶対に行きません!」
思わず叫ぶように言うと、それまで黙っていたメリッサが初めて口を開いた。
「ジョナスは相変わらずですね」
え? 知り合いなの?
驚いて2人を交互に見ると。
「ん? チビ、いつからここにいるんだ?」
「最初からです。それに、チビって言うのは止めるです! お姉ちゃんに言いつけますよ」
「おーおー。怖い怖い。ティチェルに言ったところで、俺は困らないがな」
ニヤリと笑うジョナス様に、メリッサは睨むように言う。
「なんでお姉ちゃんはこんな男がいいのか、理解できないです」
「俺には、俺の良さがわからない、チビがよくわからないぜ」
「今度こそお姉ちゃんに、ジョナスの本当の姿を知ってもらうんですから!」
「いいかげん、無駄だと言うことを覚えたらいいぜ、チビ」
突然の言い争いにどうしていいかわからず、2人のやり取りがリフレインされる。
お姉ちゃんに言いつけますよ。
おーおー。怖い怖い。ティチェルに言ったところで、俺は困らないがな。
お姉ちゃん、ティチェル……。
クラウディオ様が私の頭を撫でる手を止め、呆れたように言った。
「ジョナス、2人をからかうのはやめたまえ。それに敢えて言うならば、あの寮は緊急時には王宮として機能するため、校則は適用されていない。元々この学園は、王族の男子が王宮以外で視野を広める為に造ったのが始まりだからな。良い機会だから、この際話しておく。リリー、ありえないとは思うが、もし、王宮に不測の事態が起きたとき、アレフの婚約者のリリアーナには、女主人としての役目を担ってもらう。それができるのは、今はリリアーナしかいないからな」
「わかりました。肝に銘じておきますわ」
「母上を見ていると、大変ではないとは言いにくいが、リリーなら大丈夫だ。それに万が一の場合だから、それ程、深く捉えなくて良いぞ」
「ええ」
笑って返事をすると、クラウディオ様も笑って、また私の頭を撫でる。
そろそろ、髪型の崩れが気になってくるので止めてほしいですわ。
「そう言えば、アレフがリリーを探していたぞ」
「アレフ様が、ですか?」
なんだろう?
考えたら、日曜日から会っていないわ。
「ああ、まだカフェにいると思うが」
カフェってことは3階かな?
クラウディオ様がチラッと見ただけで、マキシ様が素早くやって来た。
「悪いが、アレフに言付けを頼まれてくれるか?リリアーナがカフェの1階にいると」
「かしこまりました」
マキシ様が足早に去り、ジョナス様とメリッサの攻防は一時休戦した様子だった。
「それではな、リリー。皆、これからもリリアーナをよろしく頼む」
「またな。そこのチビは口が悪いから気を付けろよ」
「ごきげんよう」
クラウディオ様とジョナス様が行ってしまわれると、私たちは一気に力が抜けたように緊張の糸を解いた。
「メリッサって、お姉ちゃんがいたの?知らなかったわ」
「ええ。1つ違いのお姉ちゃんがいます。なぜか、お姉ちゃんはあのジョナスが好きなんですよ。間違いであってほしいのですが」
「ジョナス様はとてもかっこいいですし、剣術の成績も学園で1番だと聞いておりますわ」
「先程のリリアーナ様へのセリフを聞いていないんですか? あんなのは序の口で、いつも会う人会う人、全ての女性に言っているんですよ? そんな男なんて不誠実です!」
「でも、かっこいいわよね?」
「ダメです! 不幸になります!!」
頭をブンブン振り回して否定するメリッサ。
困って私たちは顔を見廻す。
「そう言えば、メリッサ様にはお姉さまがいらっしゃるそうですが、その方は、生徒会書記をされているティチェル・ファジアーノ様ですか?」
「はい。そうです。お姉ちゃんをご存じですか?」
やっぱり。
同じセカンドネームだったことに、全く気付かなかったわ。
あまつさえ、聞いたことが無いだなんて、私のおバカ―!
「ええ。新入生歓迎ダンスパーティの時にも、始まる前までご一緒に、お茶をいただいていましたの。ごめんなさい。全然気が付かなくて」
「かまわないですよ。私はお姉ちゃんと違って、あまり社交界にも参加したことが無かったですから。知らないのは当然です」
「そうでしたの」
そっか。
リリアーナとメリッサは初対面で間違いなかったのね。
少しだけ安心したわ。
そこへ、マキシ様が戻ってきた。
「リリアーナ様、アレフレッド殿下がお呼びでございます。ご案内いたしますので、来ていただけますか?」
「わかりましたわ。案内をよろしくお願いいたします。では、皆さんまた後で」
「いってらっしゃいませ」
「またね。リリアーナ」
「リリアーナ様、またです」
私は3人に軽く手を振って、マキシ様の後ろを付いて歩いて行った。
お読みいただきまして、ありがとうございます。




