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エクリプス  作者: 元蔵
第2章 全身全霊をかけてあなたについていきます
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39.春風の中で貴方と

 食後のお茶をいただきながら寛いでいると、さっきまでの騒動で忘れていた、昨晩のことを急に思い出してしまった。

 せっかく忘れていたというのに、スイッチが入ったように意識してしまう。

 なんなの私?

 挙動不審過ぎるわよね。

 突然、高鳴り出した心臓を押さえつけるように、腕を胸の前に持ってくる。

 どうしよう?

 もう、上着はお返ししたし、朝食もいただいたんだから、自分の寮に帰ろうか?

 顔を上げると、ティーカップに手を伸ばしていたアレフ様と目が合った。

 柔らかい笑顔に、心臓は更に駆け足をするように早くなった。

 もうダメ。

 今日は帰ろう。

 そう思ったのに、中々言葉は出てこなかった。

 こんなに恥ずかしくて緊張してるのに、この緊張感を心地よく感じ、もっと一緒にいたいと思う自分がいる。

 どうしたらいいの?

 紅茶を飲んでも、落ち着くことはできなかった。



「さっきから、どうしたんだ?」



 突然の声に、ティーカップから顔を上げると、アレフ様が横から顔を覗き込んでいた。



 カッシャーン!



 思わず、手に持ってたティーカップを、ソーサーの上に落としてしまった。

 


「すみません」


「ああ、大丈夫か?」


「ええ。割れなくて良かったですわ」


「リリーが怪我をしてないか聞いたんだよ」


「私も大丈夫ですわ」


「そうか」


 頷くと、ホッとした表情でアレフ様が続けて話す。



「何ともないって医師は言ったけれど、もしかしたら、何らかの異変が起きる可能性もあるからな。先程から、様子もおかしかったし」



 様子がおかしかったのは、全然関係ないことで、ですけれど。



「大丈夫です。もう、眩しくありませんし、いつも通りですわ。そろそろ戻ろうかと考えておりましたの。起きてすぐ、朝食も食べずに部屋から出されてしまったのですもの」


「部屋から出されたって、何かやったのか?」



 メイドたちとのやり取りが脳裏に浮かんだけれど、笑ってごまかした。



「いえ。特には。ただ、アレフ様のタキシードを早く返した方がいいからと、朝早くから出されたのですわ」


「こんなに早く来る必要は無かった思うが」


「ご迷惑ですよね。ふふ」


「ハハハ。迷惑ではないよ。リリーが来たい時はいつでも歓迎するから。まぁ、急いでいる訳ではないのだろ? もう少し、ゆっくりしていけばいいじゃないか」



 そう言うと、私の返事も聞かずに手を引いて、ベッドルームへと歩いて行く。



「え? あの、アレフ様」



 私を連れてベッドルームに入ると、ドアをパタリと閉める。



「そろそろ戻らないと、ミセスブラウンが心配しますわ。大分遅くなりましたもの。すぐ戻ると思っていたハズですから」


「心配だったら、ここに連絡を入れているだろう。ルイスのことで連絡もしてあるから、遅くなっても問題はない」


「ですけど……!」



 私の反論は、途中で止まってしまった。

 突然、アレフ様の胸に押し付けられるように抱き締められていたから。

 襟足から髪を逆立てるように動く手と、背中に回された手が上下に動かされ、肌が粟立つような感覚を覚える。

 何これ?

 嫌! 怖い!

 突然のことに、抵抗することも何もできない。

 なされるがまま、腕の中で震えていた。



「怖い?」


 アレフ様の問いに、小さく頷く。

 すると、押さえつけるように回された腕の力が緩まった。



「残念、勘違いだったか」



 ポツリと呟く。



「え?」



 それって?

 アレフ様を見上げても、何も話してくれなかった。



「あの。そろそろ帰りますわ」


「ああ。送っていくよ」


「1人で帰れますから」



 アレフ様の頬が私の頬に当たる。



「もっと一緒にいたいんだよ。送るくらいなら、いいだろ?」


「……お願いします」



 耳元で囁かれる言葉に、私は頷く。



「ありがと」



 頬に軽くキスされた。

 君セナでは好感度が高くても、キスをするなんてほとんど無かったと思う。

 私たちは婚約者フィアンセだから?

 それとは関係なく、私たちの関係が築けている証拠なの?

 嬉しいような、でも、今はまだ恥ずかしさが勝ってしまう。

 ううん、恥ずかしいだけじゃない。

 心臓が飛び出してしまうんじゃないかって思うくらい緊張するし、何も考えられなくてどうしていいのかわからなくなってしまうし。

 私は、自分がどうしたらいいのかわからなくて、とてももどかしかった。



 アレフ様の背中を見続けながら、無言で歩く道程は、とても遠く感じる。

 王族専用の寮を出てからは、あまり話もできずに、ただ歩いていた。

 寮が見えてきたころで、アレフ様が振り返って言う。



「魔法のことだけど、また近いうちに行うよ。ナザリトから早くするべきだと、連絡が入っているんだ」


「そうだったんですね。私のことですのに、お手数をおかけしますわ」


「好きでやっているんだから、リリーは気にしないで」


「では、お礼だけ言わせてください。ありがとうございます」



 気を使ってくれたのよね。

 気まずい空気が消えて2人、笑い合う。



 そうしていると、ふと思う。

 送ってもらっておいて、このままお別れしていいのかな?

 でも、寮は異性の立ち入りが禁止されているのよね?

 考えていることが顔に出ていたのか、軽くおでこにコツンときた。

 少し触れられただけで、ドキドキしてくる。



「アレフ様?」


「今、何か悩んでいただろ?」


「ええ。送っていただきましたし、何かお飲物でもと思ったのですが、女子寮ですので男子は立ち入り禁止なのですよね」


「それなら、気にしなくてもいいよ。喉も渇いていないから」


「そうでしたか。……なんだか、私のことは全てお見通しのようですわね」


「ん? そんなことは無いと思うが」



 心地良い春風が2人の間を通り抜ける。

 その心地良さに、私は絶対に後悔することを言い始めてしまった。



「いえ、本当ですわ。先程だって、アレフ様の、……勘違いでは、ありませんもの」


「え?」



 驚いた表情のアレフ様を見て、私は自分が何を言ってしまったのかに気付く。

 一気に体温が上昇していく感じがする。

 うわー! うわー! 何を言い出すの? 私ったら!!



「あの、私もその……。嫌って訳ではないんです。ただ、とても恥ずかしくて、緊張しますし。それに、まだ、早いような気がして」


「リリー」



 取り繕うとして、更に墓穴を掘っているようだわ。

 名前を呼ばれても、恥ずかしくて目を合わせることができない。



「それに、初めての事ばかりで怖いですし。怖いって言っても、アレフ様が怖いと言うわけでは無くて、その」



 何を言っていいのか、どんどんわからなくなってきた。



 「あの、送っていただきまして、ありがとうございます。それでは!」


 早口で言い、目を合わせることもできずに、その場から逃げ出すように走りだした。

 しかし、すぐに体が止まってしまう。    

 知らないうちに、左腕を掴まれていたのだ。



「あ、アレフ様?」



「その、多分、周りを見ないで走り出しかねないと思って。近くに木が生えているし、危ないから」



 いつの間に腕を掴まれていたのか、全然気付かなかった。

 決して強くはなく、振り払おうと思えば簡単に振り払うこともできる、そんな強さだ。

 振り返らずに、私は言う。



「本当に、何もかもお見通しみたいですわね」


「そんなことはないよ。話してくれなかったら、わからなかった。リリーに嫌われたかと思っていたところだ」




 ふわっと、包まれるように抱き締められ、体がビクッと震えた。



「これもまだ、ダメなのか?」


「全身が心臓になったようで、耐えられませんわ」


「それは、俺も同じだよ」



 意識してみると、背中から少し早い鼓動の音が伝わってくる。



「余計、恥ずかしくなるような事、言わないでください」


「悪いな。だが、少しは慣れてくれたら助かるよ」


「慣れるなんて無理ですわ」


「頼むよ」



 返答に困っていると、抱き寄せられる。



「キスは挨拶だから。慣れないなんて言わせないよ、いいね?」


お読みいただきましてありがとうございます。

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