36.太陽と月
「おい、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。アレフ様は大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫だ」
そう言って、なぜか笑う。
「どうかしたのですか?」
「いや。足を踏まれる覚悟はしていたけれど、体当たりしてくるとは思わなかっただけだ」
「……反省してますわ」
アレフ様のリードするような動きがゆっくりと止まる。
曲が終わったんだ。
周りの女子がゆっくりとお辞儀をするのが見えたので、マネをして私もお辞儀だけは、と優雅にお辞儀をする。
君セナでも、
ダンスが終わったわ
▽ A:ありがとうございます。素晴らしかったですわ。とお辞儀をする。
B:楽しかったわ。またね。 別れる。
と選択肢があり、当然攻略中のキャラにはAを選ぶ。
すると続けて踊れたり、イベントが発生するのだ。
「ハハ。終わり良ければ、全て良しってな」
「まぁ。酷い言い方ですこと」
少し、頬を膨らませて言う。
「仕方ないだろう。踊りを忘れたなんて言い出したのは、どっちだ」
笑って言うアレフ様に、私は小さく反論する。
「それは、確かにその通りですけれど、そんな風に言わなくてもいいじゃありませんか」
「膨れるなよ。ハハハッ。さてと、どうする? 一旦、休憩にするか?」
「そうですわね。ここから離れましょうか」
「ああ。じゃ、行こうか」
アレフ様の腕に手を乗せ、歩いてその場を離れる。
遠ざかるシャムエラを見ると、既に始まった曲に合わせて、ロイク様と踊っていた。
「また、シャムエラ嬢か?」
「ええ。シャムエラ様の踊りは、とても優雅で美しいですわ」
軽やかに舞うシャムエラのダンスは、近くで踊る人の目を惹きつける。
これが、主人公補正と言うものかな?
「そうには見えないがな」
アレフ様の一言にビックリする。
「そうですか?」
「あ、ほら。今、足を踏んだか蹴ったかしたぞ」
「ええ? 本当ですか?」
「時々、ロイクの眉が上がっただろう? その時だ」
「わかりませんでしたわ」
「そうだろうな。さあ、行くぞ。ダンスをしないのに、こんなところで立ち止っていては、邪魔になるからな」
「はい。アレフ様」
私たちは踊っているカップルの邪魔にならないように、退場する。
窓際に行くと、テーブルには軽食や飲み物が並び、友達同士でおしゃべりをしている生徒が数人いた。
「何か、飲んだり食べたりするか?」
「いえ、少し風に当たりたいですわ。空調が入っているようですけれど、自然の風に当たりたいです」
「わかった。確かに少し暑いよな。」
私たちは、バルコニーからテラスへと進む。
パーティは始まったばかりだと言うのに、踊らない生徒は多いようだ。
用意された席は全て埋まっており、ライトアップされた庭を散策しているカップルもいる。
「結構、人が多いのですね」
「そうだな。ダンスが苦手な奴らが、考えることは同じなんだろう」
「そうですわね」
君セナのイベントみたいに、テラスに2人きりなんて言うシチュエーションは、夢のまた夢ね。
春の夜風は少し冷たくて、すぐに体が冷えてきた。
せっかくテラスに出てきたけれど、もう、戻ろうかな?
剥き出しになった肩を両手で抱くようにしていると、ふわり、と温かい物が掛かる。
黒いタキシードだ。
アレフ様を見ると、上着を着ていない。
「ありがとうございます。ですが、アレフ様は寒くないのですか?」
「ああ」
本当かな?
寒いのは私だけなのかな?
周りを見廻しても、誰も寒そうにはしていない。
もう一度、アレフ様を見る。
何となく、寒そうにしているように見えるのは、気のせいかな?
「俺のことは気にするな。リリーは薄着なんだから、寒いだろう?」
「ええ、少し」
「そうだろ? 俺は大丈夫だよ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ああ。その代り、もう少し歩いてもいいか?」
「はい」
私たちは、テラスから庭に下りる。
ライトアップされた花々が、可憐に咲き誇っていた。
温かい。
身長が177cm(公式設定)のアレフ様の上着は、デザイン自体も長めにできていたこともあり、身長150cm(公式では165cmのはずなのに)の私が着ると上着の裾が膝よりも長い。
黒いタキシードが、アレフ様に全身を包まれているような気がして、少し、恥ずかしかった。
照れ隠しに空を見上げると、大きな満月に、沢山の星たちが瞬いている。
こんなに、ライトアップされた庭なのに、影響されないで星が光り輝いて見えるなんて。
さすが、ご都合主義っぽいわね。
歩きながら、私が夜空を見上げていると、アレフ様も空を見上げていた。
「大きな満月だな」
「そうですわね」
まるで、イラストのような、丸い月だった。
「兄上たちは、子供の頃から太陽のようだと言われ、俺たちは月のようだと言われていたな」
「そうだったのですか?」
「ああ。特に、リリーの髪は青白く光り輝いている。まるで、月から遣わされた、月の姫のようだと」
アレフ様は私の髪に触れる。
優しく、慈しむような眼差しで。
「そんな。月の姫だなんて、初めて聞きましたわ」
「そうか? リリーの話は、大抵、月の姫と言う呼び名で交わされていたぞ」
「なんだか、恥ずかしいですわ。」
「そうかい? リリーに相応しい呼び名だと、俺も思っていたよ」
「本当ですか?」
「ああ。だから、時には月の姫の話を聞いて、不安になることもあった」
「アレフ様が、不安になられたのですか?」
不安になる、だなんて。
驚いて、アレフ様のお顔を見上げると、光りの陰になってしまい、暗くてよく見えない。
諦めて見上げるのを止めようとしたら、できなかった。
そっと顎をそのまま持ち上げられる。
気のせいか、アレフ様のお顔が大きくなったように見えた。
「いつか、かぐや姫のように月へ帰る、そんなことは無いよな?」
「月へ帰る……?」
私は月の姫ではないけれど、この世界の住人ではない。
けれど、月を『元の世界』に変更すると、パズルの最後のピースが嵌ったときのような感じがした。
私は元の世界に帰らなければならない。
お顔が大きくなったように見えたのは気のせいで、本当はアレフ様のお顔が近づいてきていた。
いいの?
私は、月の姫でも、使者でもない。
でも、ここの世界の住人でもない。
かぐや姫は、月へ帰るために全ての求婚を断った。
このままキスをしたら、元の世界に戻れなくなる?
そもそも、どうやったら帰れるの?
わからない、わからない。わからない!
ゆっくりと近づいて来るアレフ様の視線に耐えきれず、私は瞳を閉じる。
「そんなに怯えるなよ。」
抱き寄せられて、初めて、自分が震えていたことに気付く。
「自制できなくなるだろ?」
そして、ゆっくりと額にキスが降ってきた。
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