35.それは違います
ソファーに座るアレフ様に続き、私も歩きだしてから、立ち止る。
入り口側から声が聞こえたのだ。
入り口に視線を向けると、ドアのところで困った表情をしているクラウディオ様がたがいた。
見られてたの?
口許を手で隠し驚いていると、舌うちをしながらクリフ様が入ってくる。
「アレフ、ドアが開けっ放しだったぞ。」
「閉めて良かったのかよ」
クリフ様がアレフ様の隣にドカッと腰を下ろす。
「良くは無いけど、場所と時間を考えろ。リリーがかわいそうだろ」
「……何、隣に座ってるんだよ」
「詰めて座るのは当然だろ」
「なっ!」
多分、アレフ様は私の方を見ているのは、何となくわかった。
けれど、周りの状況は認識できても、思考が追い付かない。
目の前には、困った表情のクラウディオ殿下といつもと変わらぬ表情のジョナス様が立っている。
「リリアーナ、いや、リリー。私たちも決して、覗こうと思っていたわけでは無いのだよ。ただ、入るに入れなくてだな。」
「フ。俺からは逃げるようにしていたのにな。さすがの俺でも、少し傷付くぜ」
「その、だな。何か悩みがあるのなら、兄として相談にも乗るぞ? 困っていることがあるなら言いなさい」
そこに、聞き覚えのある女性の声が響く。
「まぁまぁ、クラウディオ殿下、ジョナス様も。リリアーナ様が落ち着かれるまで、そっとしておいてさしあげませんと」
生徒会書記のティチェル・ファジアーノ様だ。
燃えるように赤い、深紅の髪をアップに纏め、シンプルなAラインの赤と黒のドレスを着ている。
彼女はゲームのお助けキャラ的存在で、攻略に困ったときに会いに行くと、アドバイスをくれる先輩。
但し、ジョナス様の時だけ、ちょっとライバルキャラに変わる2年生。
ライバルと言っても、ジョナス様のアドバイスだけ嘘を付かれる程度なのだけど、密かに『隠れライバル令嬢』と言われている、ティチェル様だ。
「ティチェル様」
私がつぶやくと、ティチェル様は目をほころばせて言う。
「こんにちは、リリアーナ様。お久しぶりでございます。今、紅茶を用意いたしますから、こちらへお掛けください」
そっか。
リリアーナとティチェル様は、知り合いだったのね。
「お久しぶりでございます。私も、お手伝いいたしますわ」
「よろしいのですか?」
「はい」
「ありがとうございます。では、こちらへ来ていただけるかしら?」
「ええ、ティチェル様」
私はティチェル様に続いて、壁の一角にある、戸棚へ行く。
人数分のカップを出し、ポットから4人分のコーヒーと、2人分の紅茶を淹れる。
ティチェル様はクラウディオ様と、ジョナス様へ、私はアレフ様とクリフ様に運んだ。
することがあると、変に考えすぎなくて済む。
少し落ち着いた私は、ティチェル様とカップを持って、アレフ様とクリフ様の正面にあるソファーに座った。
「お元気でしたか?」
「はい。ティチェル様はお元気でしたか?」
「ええ。生徒会に入ってからは、忙しくなりましたけれどね」
「先程も見てましたけれど、打合せやリハーサルなど、本格的ですのね。まるで、お城で行われる舞踏会のようですわ」
「本当は、ここまでしなくてもいいのよ。ただし、張り切ってる方がおられるだけなのですよ」
そう言って、ティチェル様はクラウディオ様を見る。
「まぁ。そうだったんですの?」
「ええ。よっぽど、アレフレッド殿下が入学されたのが嬉しかったのでしょう」
「クラウディオ殿下がご入学されてから、長期休暇以外でお城に戻られることはありませんでしたから。アレフ様も食堂でクラウディオ殿下を見付けると、嬉しそうに、側へ行ってしまわれたことがありましたわ」
「まぁ。ふふふ」
その後も、取り留めのない話に花を咲かせていると。
「そろそろ、時間です」
ジョナス様が皆に聞こえるように言った。
私たちはカップをお盆に乗せ、クラウディオ様を筆頭に応接室から出る。
ホールでは、ゲームで使われていた曲が、オーケストラ風に演奏されていた。
隣を歩くアレフ様を見ると、表情が少し硬い。
気になって、そっとアレフ様の手に触れると、驚いた顔で私を見た。
「どうした?」
「緊張、されているのですか?」
「ああ、少しな。俺はあまり、挨拶やスピーチをしたことがないから」
「アレフ様なら、大丈夫ですよ」
と言って、私は笑った。
「そうだな」
アレフ様も笑って、私の手を優しく握る。
ホールのステージまで行くと、私たちは、ステージの側で待機し、生徒会役員である、クラウディオ様、ジョナス様、ティチェル様は檀上に上がる。
ホールの照明が少し落とされ、ステージのライトが明るく光り、自然と静かになり始め、ステージに注目が集まった。
ジョナス様がマイクに向かい、開式の言葉を述べる。
続いて、学園長の挨拶、クラウディオ様の挨拶と進み、アレフ様の新入生代表の挨拶となった。
緊張していると話していたけれど、マイクにに向かって話すアレフ様は、とても堂々としていて、素敵な王子様に映る。
ぽーっと見惚れていると、挨拶を終えたアレフ様が戻ってきた。
慌てて視線を逸らしたけれど、バレバレだったみたいで、アレフ様の笑う声が聞こえた。
アレフ様の挨拶が終わると、ジョナス様がこれから演奏される曲目を発表し、ダンスパーティが始まった。
「リリー、もう少し中央に行くよ」
「はい」
私は早速アレフ様の腕に手を絡ませて、少しだけ中央に寄る。
あ、シャムエラだ。
一緒に来ていた、ウィサム様と踊るのね。
どうしよう? 近くにいたいわ。
「アレフ様、この辺りで踊りませんか?」
「あんなに踊りたがっていたのに、こんな端でいいのか?」
「はい。近くにシャムエラ様が見えましたから」
「そうか。じゃ、いいよ。ここで」
アレフ様は私と向き合うと、私の右手を伸ばして繋ぐ。
左手はどうすればいいの? と泳がせていたら、自然とアレフ様の右肩の少し下の腕に収まっていた。
そしてアレフ様の右手は当然のように、背に手を回す。
「きゃっ!」
「どうした? リリー」
思わず上げた私の声に、アレフ様が驚いたように言う。
驚いたのはこっちよ。
なんで突然、肩甲骨辺りに手を添えるの?
「アレフ様、その、どこに手を……」
「え? 背中。って、言うか、リリー。離れすぎ。これじゃ踊れないだろう」
そう言って、アレフ様が一歩前に出て、更に私はそっと引き寄せられる。
「アレフ様。人前で何をなさるのですか! 恥ずかしいですわ」
「恥ずかしいって、何を言っているんだ? 変なこと言うなよ。みんなやっているだろう? ダンスの基本のホールドじゃないか」
戸惑ったように言うアレフ様。
みんなやってるの?
周りを見ると、私たちよりもピッタリと寄り添うカップルもいる。
「ええ? ダンスは、向かい合ってから男性は、女性の後ろに立って踊るんじゃないのですか?」
「ワルツでそんな踊り方は、無いと思うぞ?」
「ワルツ? ダンスですよね?」
「リリーの言うダンスが、俺には何なのか、わからないよ」
「こ、こうですよ」
私は向かい合ってから、アレフ様の手を取り、アレフ様の前に回り込み、と動いて行く。
最初は、不思議そうに見ていたアレフ様だったが、ポツリと言う。
「リリーが言ってるのは、オクラホマミキサーのことか?」
「そうですわ。そう言う名前だったと思います」
私が笑って言うと、苦笑いを浮かべながらアレフ様が言う。
「何言ってるんだよ? ここでフォークダンスとか、訳わからねーよ」
「どうかしたのですか?」
アレフ様の顔を覗き込むと、アレフ様は私の右手を取る。
「アレフ様?」
「普通に踊る」
「ええ? 普通にっておっしゃいますけれど、私、このダンスは知りませんよ」
「え? よく一緒に踊っただろう」
驚くアレフ様の表情を見て、私は大事なことを思い出す。
そっか。
私には、リリアーナの記憶が無いから、ダンスの知識も無いんだわ。
ダンス=フォークダンスだって思っていたけれど、社交ダンスのことだったんだ。
君セナでは、どうだっただろう?
ダメ。
お顔のアップに身悶えしてて、踊ってる様子なんて記憶に無かったわ。
もしかして、私、ダンスを踊れない?
体は覚えてて、自然と踊れる……なんてないわよね。
どうしよう?
「あんなに、ダンス、ダンスと騒いでおいて、踊り方を忘れたのか?」
呆れたように言うと、さっきと同じく、私の左手をアレフ様の右肩近くの腕に乗せ、私の右手を握る。
ゆっくりと、私の右手を真っ直ぐになるように伸ばす。
「言っておくけど、これが普通なんだからな。変な声、出すんじゃないぞ」
無言で頷く私。
私の背中に、露出した素肌に、右手が添えられる。
ビクッとしたものの、悲鳴は我慢することができた。
そっと引き寄せられる。
近いよ。
近すぎるよ。
「ステップは思い出せそうか?」
思わず、首を振る。
「きれいに忘れてしまいましたわ」
「小さい頃から一緒に、踊っていたはずなんだがな。逆に、オクラホマなんて踊ったことが無いのに、よく知ってたよ。とりあえず、ワルツのステップだ。3つか、せめて2つ位はすぐに覚えてくれよ。
ある程度は組み合わせないと、綺麗じゃないからな。リリーからだと、後ろ、左、3歩目で足を揃える。次、前、右、3歩目で両足を揃える。スクエアの形を意識して動くんだ。慣れるまで繰り返すぞ」
「は、はい」
「あと、左に重心を傾けてくれると、リードしやすい。俺の右手に体重を掛けていいから」
「それはちょっと……」
「恥ずかしがられると、俺だって恥ずかしくなるからやめてくれ」
「わかりましたわ」
一度、ホールドを解かれる。
「曲が始まったら、両腕を真横に広げてくれよ」
「はい」
恥ずかしさと申し訳なさとで、俯きがちでいると、おでこに軽くコツンとアレフ様の手が当たる。
「そんな顔、するなよ。忘れてしまったのは、仕方ないだろう。ただの学園行事だ。楽しもうぜ」
「アレフ様」
「ほら、始まるぞ。両手を広げてくれ」
「はい」
生演奏が始まり、周囲がゆっくりと動き出す。
私の広げた手を優雅に掴むと、アレフ様は微笑んだ。
私もつられるように微笑む。
「行くぞ。後ろ」
グッと押されるように後ろへ下がる。
「次は左、3ですぐに足を揃えて」
「は、はい」
「もう一度行くぞ。焦らなくていいからな。後ろ、左、3、前、右、3」
こうして、簡単なステップで踊る私たちのダンスが始まり、あまり優雅とは言えない私たちの近くで、シャムエラとウィサム様が華麗に舞っていた。
これじゃ、どっちがライバルなのかわからないわね。
余所見をしていると、後ろに下がるところで前に行ってしまい、前に出たアレフ様とぶつかってしまった。
突然のアクセス数増に、驚いています。
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