3.鏡よ鏡、貴女は誰?
3話目にして、ようやくルビが付けれました。
衝立を挟んで置かれたベッド、ゆったりとしたソファー。
そして、ゲーム画面でも見かけた養護教諭の女の先生。
全てが君セナと同じだった。
養護教諭に会釈だけして、私は部屋の奥にある大きな姿見の前へ行く。
鏡には
日光に当たったことがないような、白い艶やかな真珠を思わせるような肌。
長い睫に縁どられた大きなエメラルドグリーンの瞳。
品よく整った鼻に、薄く小さめの唇。
銀色に光る淡いプラチナブルーの髪を縦ロールにし、高い位置で青いリボンで結んだツインテール。
ロリータファッションのようなレースとフリル満載の青いワンピースとボレロの制服に、5cm程度のパンプス。
少し青ざめた、不安そうな表情をした少女が映っていた。
私が顔を上に向けると、鏡の中の少女も同じように顔を上に向ける。
右手で髪のドリルを触ると、対称に鏡の中では左手で髪のドリルを触る。
鏡に両手を着けると、鏡の少女と手を繋ぎ合っているよう。
やっぱり。
鏡に映っていたのは、君セナに登場するリリアーナ・ベンフィカ、その人であった。
もしかしたら違うかも? と言う思いは粉々に崩れた。
小さくため息が漏れる。
コツンと頭を着け、何も考えられずにぼーっとしていると、
「リリアーナ様。そろそろランチの時間になりますが、どういたしますか?」
茶色い髪の女子が養護教諭と一緒にやってきた。
「私はランチに行くので暫く離れますが、ここを好きに使用しても構いませんよ」
優しげに微笑む養護教諭の先生。
彼女も君セナで名前が出ることは無かった。
「あ……。えっと……」
何かを言わなければ、と思う反面、何も言葉が浮かんでこない。
視線を彷徨わせることしかできない。
「リリアーナ様、ランチに行きましょう。今日はわたくしもダイエットはお休みして、沢山食べようと思いますの」
ね? って笑いながら私の右手を取る茶色い髪の女子に続き、
「では、私もたまには生徒と交流を深めようとしますか。参りましょう、フォーセット嬢」
優しく微笑みながら、ガシっと私の左手を握る養護教諭の先生。
そして私を引きずるようにして歩き出す。
「ええ。シンクレア先生と一緒にランチができるなんて光栄ですわ」
「ふふ。そう言ってもらえるのは、とても嬉しいですよ」
「そう言えばこの学園には、先生がた専用のカフェテリアがあると聞いたことがありますわ。どんな所でしょう。行ってみたいですわ」
「ソレは無理☆」
「うぅ~ん。イケズゥですわ」
「ふふ。よくそんな言葉を知っていますね」
「これでもわたくし、本を沢山読んでいますのよ」
「ソレは本と言うのでしょうかね?」
「形は本ですもの。本で間違いございませんわ」
「確かに、違いないですね」
ゲームでは名前の無い2人にも名前があるんだなぁ。
ぼんやりと2人の話しを聞きながら、為すがままに歩いていた。
カフェに着くと、養護教諭改め、シンクレア先生がスタッフに何かを伝え、茶色い髪の女子改めフォーセット嬢があれこれと何かを注文し、それぞれ、生徒手帳や教員証を機械にピッと翳して席に着いた。
テーブルにも同じ読み取る機械があり、それにもピッと翳す。
君セナではこういう操作は無かったな。
カフェの内装などはゲームとほぼ一緒。
中庭に面した大きな窓からは優しく日差しが入り、とても明るい。
1階の半分が吹き抜けになっていて、緩やかな螺旋階段を上り2階にも席が用意されている。
私たちがいる1階からは見えないが、君セナと同じなら3階に上がる隠し階段と、予約すれば誰でも使える個室が5部屋あるのだろう。
カフェはランチ時間以外でも利用可能で、イベントが起こりやすい場所だった。
君セナでは1週間に1度、ルーレットを回してお小遣いが貰えるので、よくカフェでお茶を飲んだりしていた。
季節限定メニューを一緒に食べるイベントもあり、高いから節約して頑張ったんだよなぁ。
今は隠しキャラを攻略するために、出会いイベントを発生させる条件や場所探しをしていたから、特にカフェに来ていたのよね。
席に着くと、氷とペパーミントが入った水のグラスが運ばれてくる。
水を運んでくれたボーイを見ると、ゲームで登場するボーイとは違う人だった。
ここは君セナの、ゲームの世界と割り切ったらいいのだろうか?
ゲームなら。
ゲームをクリアすれば、元の世界に戻れるのかな?
置かれたグラスを手に取り、一口含む。
爽やかなペパーミントとレモンか何か柑橘系の清涼感が口の中に広がる。
どうやったって説明付かないし、誰かに答えてもらうこともできないのだから。
グラスをテーブルに戻す時に一瞬、フォーセット嬢が酷く不安気な表情をしているように見えたので、不思議に思い彼女を見ると、そんな表情はしてなかったようなにこやかな笑顔になった。
気の所為だったかな?
「喉が渇きましたわね」
「そうね。お水もいいけど、早くお茶がこないかしら」
そう2人が話していると、紅茶が運ばれてきた。
続いて紅茶を運んできてくれたボーイは、ゲームに登場する彼だ。
白地にピンク色のバラが描かれたティーポットとティーカップは可愛らしく、高級感漂う逸品と言うよりは親しみやすく見える。
注がれる紅茶は想像していたよりも紅く、カップに良く映える。
蜂蜜が入った小さいボトルもセットだ。
「ローズヒップとハイビスカスのブレンドティーでございます。お好みで蜂蜜をお入れいたしますが、いかがなさいますか」
「そうですわね。入れてくださいな」
「かしこまりました」
蜂蜜が入ったブレンドティーは、バラの香りがふくよかに広がり、ほんのりと甘い。
自然と笑みが零れてくる。
甘い紅茶は久しぶりだった。
どこか懐かしくて鬱屈した気持ちが、まるで日食のように隠れた太陽が顔を出したような明るい気持ちになってきた。
そうよ。
悩んだって仕方がないじゃないの。
何が起こったのかわからないけれど、せっかく大好きな君セナの世界なんだし、楽しめばいいじゃない。
高校受験が終わった私へのプレゼントなのよ。
例え嫌いなキャラだったとしても、私は私なんだから。
お読みいただき、ありがとうございます。