26.泣きすぎると涙は武器ではなく凶器になります
クラウディオ様とジョナス様の後に続いて、生徒会室に入る。
ジョナス様は続き部屋へ入って行き、私とクラウディオ様だけになった。
昨日も座ったソファーに座り、クラウディオ様は正面のソファーに座る。
クラウディオ様から話を切り出してくれた。
「さて、さっそくだが、話を聞こう。どうしたのだ?」
「はい。アレフ様の停学の件です。」
「ああ。そのことか。学園の規則に従って、アレフは5日間の停学処分と課している。先生がたの中では必要ないとの声も出たが、王族だからと言って免除はしないつもりだ」
「ですが、なぜアレフ様だけが停学なのですか? 私には何もないどころか、注意すら来ませんでした。おかしいですわ」
私の言葉に、ん?っと声を漏らす。
「リリアーナは被害者であろう。そう、アレフが言っておったが」
「違います! 私が転んだのです。アレフ様は何も悪くありません」
「転んだ? そんな話は一度も出ていないが。説明してくれるか?」
説明しようと口を開きかけたところで、一瞬、言葉に詰まる。
あの時は、転んでしまったことばかり考えていたけれど、アレフ様の鼓動が聞こえるくらい近くにいたのよね。
抱き合って見えたんだろと、言われたことを思い出し、急に恥ずかしくなった。
クラウディオ様を見つめると、怒ってはいないのだろうけど、感じるプレッシャーが少し強くなった気がする。
私は、プレッシャーと羞恥心に耐えられず、目を閉じて一語一語、ゆっくりと話す。
「階段で前を歩いていたアレフ様が、転んだ私に気付いて助けてくれたのです。前に倒れかけたのを、アレフ様が支えてくれました」
一度、言葉を止めて息を吐く。
短い言葉なのに、絞り出すような気分だわ。
再び、息を吸ってから言葉を繋ぐ。
「多分、ですが。私が転ぶところを見た方もいると、思います」
目を開けると、クラウディオ様は俯いていて、お顔が見えなかった。
心なしか、肩が震えているように見える。
「ふっ、くくっ。あっはっははは。ベンフィカ侯爵令嬢が階段で、転んだ、だとは、くくっ」
笑い声のする方を見れば、カップを乗せたお盆を持ちながら、笑っているジョナス様がいた。
「笑うでない、ジョナス。ククッ。リリアーナがかわいそうでは、ない、か」
「申し訳、ありません。くくっ、殿下」
ジョナス様は後ろを向いて、笑いを堪えようとしている。
クラウディオ様は笑いが収まった様子。
「そう言えば、小さい頃からリリーは、アレフの後ろを追い駆けては転んでおったな」
「小さい頃から……!! 侯爵令嬢の中でも麗しいと名高い、リリアーナが! 殿下、追い打ちを掛けるような発言はお止めください」
「すまぬ、ジョナス」
「リリアーナが転んで、アレフレッド殿下が停学。転んで停学、さすがの俺でも驚くな」
「反撃するとは卑怯だぞ、ック……」
しばらくして2人は笑いが収まったのだろう、私に言葉をかけてきた。
「経緯はわかった。そのことで、リリアーナはどうしたいのだ?」
「アレフ様の停学を止めてほしいのです」
「ふむ……。だが、そうすると、アレフの行為は無駄になってしまうだろう」
「えっ?」
アレフ様の行為?
「アレフはリリアーナが転んだことを隠そうとしたのだろう。しかし、リリアーナが抱き付いたとの噂を聞いて、自分から抱きしめたことにしたのだな。婚約者とは言え、女性から抱き付いたとなると醜聞が悪い。逆に、か弱いリリアーナが婚約者の行動に抵抗できなかったとしてもそれは致し方ないだろう。リリアーナの名誉は守られる。と、そんなところか」
「ですけど……」
「リリアーナの不名誉は、回りまわってアレフに行き着く。アレフなりに考えてのことだろう」
私が階段で転ぶのは、そんなに恥ずかしいことなの?
アレフ様と一緒に歩いていたら、何の変哲もない廊下ですら転びそうになるのに。
「私が転ぶたびに、アレフ様を停学にするおつもりですか? 」
「ジョナス!」
「す、すみま、ククっせん。殿下」
ジョナス様は笑いのツボに入ったのか、また笑い出す。
ため息をつき、クラウディオ様は諭すように話しかける。
「そうではない。リリアーナ。此度の処罰は、学園内で2人が抱き合っていたと言うことに対するものだ。偶々、転んだリリーを庇おうとしてうまく立ち回らなかったのはアレフのミスだ。故にアレフはリリアーナに内緒にしたのだろう。」
「クラ兄様!」
卑怯かな?
小さいときに呼んでいた呼び方でクラウディオ様を見つめる。
驚かれた表情で私を見ているクラウディオ様が見えた。
目を閉じると、自然に涙が、一粒零れ落ちる。
「リリー。必ずしもと言うわけではないが、一度、下した処罰を変更するにはそれなりの理由がいる。」
「私の所為で、アレフ様が停学になるなんて耐えられません」
「しかし、だな」
目を開けると、とても困った様子のクラウディオ様。
「では、私を停学にしてください」
再び、目を閉じるとポロリポロリと涙が流れてくる。
涙ってこんな簡単に出るものだったかな?
2人を見ると、顔を見合わせている。
何もできない、不甲斐ない自分。
泣いているうちに、この世界に来た戸惑いや、帰れない不安な気持ち、元の世界にいる友達や親に会えない寂しさが胸に募ってくる。
次第に堰を切って溢れ出した涙を、私は手で隠すようにして顔を覆って泣いた。
どれだけ泣いただろうか?
涙はいつまでも止まることなく、零れてくる。
「リリー」
クラウディオ様の声に顔を上げると、正面のソファーにはいなかった。
「ぐすっ、子共扱いしないでください」
隣から頭を撫でつけられる感触がこそばゆい。
「子供みたいに泣いているのは、リリーであろう」
「殿下。女性の涙を止める方法は違います。俺に任せてください。さぁ、リリアーナ。俺の元へ」
手を差し出してくるジョナス様。
驚いた私は慌てて叫ぶ。
「結構です!」
「遠慮なんて、しなくてもいいんだぜ?」
「遠慮なんてしていませんから!」
ジョナス様から隠れるように、クラウディオ様の影に隠れて言う。
昨日言われた、『ベンフィカ嬢から飛び込んでくるのには拒まないぜ?』が頭を過った。
百戦錬磨のジョナス様からしたら、私なんて赤子の手を捻るように簡単に連れて行かれそうだわ。
「ジョナス、リリーをからかうのは止せ。」
肩をすくめるジョナス様に、やれやれとした様子のクラウディオ様。
そして、私に向き直ると、頭を撫でてくれていた手を止める。
「リリアーナがアレフの停学に心を痛めていることはわかった。リリアーナに状況を聞かなかった我々にも落ち度がある。だから、こうしよう。アレフの停学は今日までとする。それでいいか?」
「はい。ありがとうございます。クラ兄様」
最後に一粒、零れた涙をクラウディオ様が指で拭ってくれた。
「今日はもう、寮に戻るといい。瞼が赤い。先生には私から伝えておくから」
優しく笑って、クラウディオ様はまた私の頭を撫ではじめる。
まるで、いつもそうしてきたかのように。
授業が始まる前に、クラウディオ様とジョナス様は教室へ戻り、私は授業が始まってから寮に戻る。
ミセスブラウンは、早く帰ってきた私に驚き、更に私の顔を見て酷く驚いていた。
よっぽど泣いた所為なのか、リリアーナの肌が弱いからなのか、真珠のような肌が目の周りだけ、真っ赤に腫れていたらしい。
私も鏡を見て、思わず悲鳴をあげてしまった。
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