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目を奪われる物語

作者: てこ/ひかり

 もう嫌だ。何もかもブッ壊れてしまえばいい。


 学校の帰り道、私は滲んだ目で前を睨み続けていた。何の理由もない唐突なレギュラーの剥奪。顧問から告げられた時、最初意味が分からなかった。入部の時から必死に努力して、この秋ようやく手に入れたリベロのポジション。背の低かった私が、バレーで見出した唯一の光だった。


 決して輝かしいだけの光ではなかった。一年でレギュラーを獲った私は、妬みで先輩や同期から陰湿ないじめにもあった。激しい練習で呼吸困難になり、担架で運ばれたこともあった。それでも居場所を奪わせるつもりはなく、一所懸命食らいついてきた。それがどうしたことだろう、私が見たあの光は、あっという間に水泡に帰してしまった。


 「チームワークを乱すのは頂けない」

顧問に問いただすと、返ってきた返事はそれだった。チームワークを乱す?私を目の敵にし、執拗に嫌がらせを繰り返していたのは先輩の方だ。

「実力ももちろんだが、普段の態度とかな。お前、最近目つき悪くなってるぞ」

そう言って顧問は話を切り上げた。私は愕然とした。確かに練習に必死になりすぎて、部活中言葉がきつくなったこともある。だが私だけが部の空気を悪くしていると言われるのは心外だった。あとに残された私は、しばらく呆然と顧問が去っていった方を見送っていた。そして気がつくと、私は一人部活をサボり、予定外の帰路に立っていたのだった。


「もうやめよっかな…」

 私は軋む自転車を押しながら思わず弱音を吐いた。普段より明るい空のせいか、何となくいつもの道が違って見える。だけど心の中は真っ黒だ。目の前の景色も、まるで毒々しい。道行く人も近所の野良猫も、みんな補欠落ちの私を嘲笑ってるんじゃないか。そう思えてならなかった。お気に入りだった坂の途中から見る田園の爽やかな景観も、今日は潰れた蛙の色にしか見えなかった。私はふとオレンジのミラーの横に自転車を止め、しばらく潰れた蛙の塊を真っ黒な心の目で見下ろした。


もう嫌だ。何もかもブッ壊れてしまえばいい。

…いっそ死んでしまえば楽になるだろうか。そうだ、そうしよう。


「もしもし、お嬢サン」

 私が向こうの世界に想いを馳せていると、急に後ろから声をかけられた。ぎょっとして驚いて振り返ると、道路の端にサングラスをかけたガタイの良い外人が跪いていた。自転車競技でもするような格好で、傍らにはクロスバイクが止めてある。メッセンジャーと名乗った彼は、短く整えられた金髪をなびかせながら私に笑いかけた。


「お嬢サン。お願いがありマス。私、今ここで目を無くしちゃいマシタ。良かったら貴方のその美しい目を貸してくれまセンカ?」

「は?はぁ…」

カタコトで話しかけてきた外人の話が理解できず、私は曖昧に頷いた。

「アリガトウゴザイマス」


メッセンジャーは大げさにジェスチャーを交えながら喜んだ。そして急にその大きな右手で私の両目を塞いできた。

「ちょ…!?」

 突然の出来事に私は混乱した。もしかしたら新手の痴漢かもしれない。パニックになり必死に手をどけようとするけれども、不思議なことに彼の手はいくら力を入れても微動だにしなかった。真っ暗に覆われた視界の向こうで、メッセンジャーが高く声を張り上げた。

「静かに。大丈夫、ちょっと借リルだけ。スグ終わりマス。…ほら見えてキタ。ワーォ!Beautiful! とても綺麗なグリーンが見えるヨ!」

「何!?何なの??」

「グリーンダヨ!グリーンの畑ダヨ!ウップス…私の目は何処かな?…オウ、空が綺麗ダヨ…」


 一体何を言っているのだろうか。彼の話についていけず、私は暗闇の中でますます混乱した。頭のネジをこじらせたアメリカンジョークか何かだろうか。ただ、悪い人ではなさそうだった。


「アッタヨ!私の目玉ダヨ!HAHAHA、まさか野良猫が咥えていたとはね…。これでもう大丈夫。よぉし良い子だ…」


 何が大丈夫なのかわからないが、そう言ってメッセンジャーは私の両目を覆っていた右手を離した。急に明るくなった目の前に、メッセンジャーの顔が飛び込んできた。逆光に照らされた彼はサングラスを外し、その青い瞳で私の目を覗き込んだ。

「Thank you。お嬢サン。おかげで助かったよ。君はいつもBeautifulな世界を見ているんだね」


 HAHAHA、と大げさにジェスチャーを交えながら笑い、彼はクロスバイクに跨って坂の向こうへと消えていった。あとに残された私は、しばらく呆然とその方角を見つめていた。いつの間にか寄ってきた野良猫が私の足を優しく撫でた。ふと、振り向いて田園を見下ろす。


 グリーンだ。いつもの田園だった。見慣れた田園は特別美しくもないし、特別真っ黒でもない。私はメッセンジャーに覆われていた部分を腕でこすった。そしてゆっくり、また自転車を押して坂を登り始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルはそういった意味だったんですね。 成程と思いました。しかし、外人の男が何者なのか気になります。
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