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エロゲーとヤンキーと宇宙的な

作者: アヤリョウ

 長い物語も短い物語も存在しない。

 あるとすれば、長く見える物語と短く見える物語だけだ。長く見える物語は複数の物語が合わさったもの、あるいは手間をかけて語られた物語で、短く見える物語は物語の最小構成単位に近いもの、あるいは最小限の語りで済ませたものということになる。

 これはおれがエロゲーから学んだことだ。

 無数のエロゲー。無数の物語。無数とは言い条、その数600余り。

 同世代にしては多くをこなしているほうではないかと思う。まず上の兄がその界隈に手を染め、長兄が家を出たあとは下の兄に引き継がれ、下の兄も片付いたころ末弟たるおれのところへと自然と吹き溜まったのは、古典的名作から、最先端の萌え、奇作、怪作、問題作。そして一握りの神作品。

 おれはエロゲーが好きだ。

 まず何を措いても実用性、これがなければ話にならない。次いで愛らしいキャラクターたち。ゲームであるからにはもちろんゲーム性も重要で、それらが絡みあって見えてくるのが物語だ。

 18禁と銘打たれたパッケージは尻込みする気分とともに甘美な背徳感ももたらしてくれる。絵師諸兄の手になるエロCGは一枚絵でも鑑賞に堪えるものばかりだが、CGは手続きを踏んだ褒美として与えられるからこそ集める値打ちが生まれる。CG収集の手続きに当たるのがゲーム性となる。この仕組みを発明した者は天才だろう。CGコンプリートの達成感たるや説明が困難なほどだ。

 電脳紙芝居、商品未満、あるいは見えている地雷と称されるような作品ですらおれは愛している。この世に生れ落ち、めぐり会ったからには愛でてやるのが愛好家の道というものだ。スタッフロールを前に「次はがんばれよ」の念をそっと送る。

 作品の品質を担保するテクノロジーの進歩と、今や世界を相手取った萌え市場の拡大は、おれたちの欲望に対し、より精度の高いサーブを放ってくれる。

 いい時代に生まれたものだと思う。実にいい時代に生まれたものだ。と言いたいところだが、実はそうでもない。

 たとえばこんな物語があるとしよう。


  ◇ ◇ ◇


 1(舞台)


 おれの名は鈴木という。下の名前は明かさない。ありふれた名字のありふれっぷりにまぎれさせてもらいたい、ただの鈴木だ。

 ただの鈴木なので当然日本に住んでいる。

 狭い日本、小さな島国という言いまわしはよく聞くけれど、それでも日本はそれなりに広い。歩いて周れば一年はかかるという。これだけの広さがあるのなら、事故や犯罪に一切巻き込まれず一生を終えられる人間はかなりいるだろうし、工夫次第でトラブルと遭遇する確率を限りなく抑えることできるだろう。理屈の上では。

 そうもいかないのが学校生活というやつで、学校に通うからには定められた空間を行ったり来たりせねばらならん。おれの生活などは、自宅と一年六組の教室という自転車で往復40分の世界で、その八割が成り立っている。

 ならばせめて無用のトラブル回避のため、この国の教育制度はバカとおりこうを別々の箱で育て上げるべきだろうと、おれはつねづね思っている。

 義務教育の間ならばまだ我慢してやってもよい。おれは中学の三年間、バカどもから悲惨を絵に描いたような仕打ちを受け続けた。ここではその件に関しては涙を飲んで口を噤もう。わざわざ過ぎたことを蒸し返すようなことはしない。だが高校ともなれば話は別だ。なぜ受験という過酷な選別を受けてなお、とんでもないバカが身の周りに存在するのだろうか。

 バカどもがもたらす喧騒に包まれた朝の教室で、おれは今、三浦の話を聞いている。

 話題は昨晩テレビで放送された超常現象スペシャルだ。三浦の面相は目玉がふたつに鼻がひとつ、友人としてのひいき目で見ればジバニャンに似ている。眼鏡をかけた化け猫である。

 三浦もまた、なんらかの種類のバカである。詳述は避ける。とりあえずバカだ。

 たとえばこんな具合に。

「宇宙人ってリア充じゃね」

 超常現象スペシャルついての三浦の言である。

 その番組ならおれも観ていた。内容的にはきわめて退屈なしろものであった。カメラになにかおかしなものが映りました、さてこれはなんでしょう、宇宙人だ、UFOだ、たぶん、きっと。以下スタジオ出演者の意見とも感想ともつかぬコメント。それとくらべれば三浦の見解は斬新ではある。

「宇宙人のどこにリア充要素があるんだ」おれは言う。

「地球までやってくるってことはスゲー科学力あるわけじゃん、何光年も離れてんのにさ。1光年って何キロ?」

「10兆キロ弱」

「兆とかふざけた距離、出かけようと思うかフツー。無理だなって思うっしょフツー。しかも地球って太陽の周りまわってんじゃん、着いたころに地球が反対側にあったらどうすんの、Uターンすんの? ミスって大気圏ぶつかったら燃えちゃうだろ」

 全体的にまちがっているがつっこまない。話を戻す。

「で、どのへんがリア充なんだよ宇宙人の」

「そうそう、リア充な。リア充じゃなきゃそんな遠くに出かけようと思わないだろって話だよ」

「意味わかんねえよ」

「乗り物が好きなやつってのはリア充でDQNに決まってるだろ。おれもお前も乗り物好きか? バイクとか車に乗って遠くに出かけたいか? 出かけたくないだろ。家でゲームでもやってるほうが好きだろ。それはリア充じゃないからだよ」

 論理もへったくれもない。鉄オタという、乗り物をこよなく愛すオタク界の一大勢力を知らんのか。

「おれらがリア充ではないというところだけは合ってる」

「だろ?」

 三浦の視線の先には、教室の中央に陣取り、女子グループと楽しげに話す男どもがいた。ファッションヤンキーというのかマイルドヤンキーというのか知らんが、とにかくなにかそういうアレだ。そういうアレのメンバーに、鉄道車輌の写真をよりよい角度で撮ることに腐心するやからはたぶんおるまい。いや、いたらいたでなにか許せんものがある。三浦の横顔には、おれとまったく同じことを思っているにちがいない表情が浮かんでいた。

「爆発しろっ」三浦が小さく言う。

「爆発しろ」おれも言う。

 おれは学校ではいつもだいたいこいつとつるんでいるわけだが、三浦の人柄が無事伝わったところで話を先へ進めよう。もし、おれがサ行変格モル数因数分解と格闘するさまを見物したいという奇特な御仁があれば、挙手を願いたい。

 いないようなので先に進む。

 放課後、下校途上である。三浦といっしょに、まあだいたい毎日、益体もない話をしながら中古ゲームを取り扱う店を覗いたりしている。その日も実にフラフラと下校していた。ザ・モラトリアム。ザ・ボンクラ。天は高く日差しはあたたかく、春の日が終わろうとしているときのころ。

 ここで事件は起きる。

 今これをお読みのあなたは、テレビなりコンポなりの音量を最大限まで引き上げてみた経験はおありだろうか。おれは試みたことはあるが、ある程度音がでかくなったところでやめてしまう。でかい音というものは不快なうえ、なんだか恐ろしい。スピーカーが痛む気もするし、もちろん近所迷惑だ。

 おれと三浦が線路沿いの小路をだらだらと歩いていたときに聞こえた音は、ばりばりばりばりどどどどどばああんという響きを、恐怖を感じる音量にかけることの100、くらいのものだった。おれの身体は硬直し、押していた自転車は手から離れ、腰が抜けた。近くにお住まいのかたには窓を開けて外を確認する者もいた。交通事故か落雷か。いやそのどちらでもない。

 目の前の、さっきまでなにもなかった空間に人間が立っているのである。

 その人物は貧相な面立ちながら尊大な態度で歩み来て、おれたちふたりをゆっくり指差す。

「おいそこの地球人ども。おれは宇宙人だ。話がある」

 おれと同様に腰を抜かしていた三浦は、うろたえながらも「えっ、マジ? リア充?」と目の前の人物に言葉を放った。

「誰がリア充だ殺すぞ」

 宇宙人が言う。



 2(遭遇)


 自称宇宙人とのファーストコンタクトは、はたから見れば、知らんひとに怒られる高校生の図であったろう。

「はああ? 『日本語しゃべってて日本文化に詳しければ日本人』っておまえどこの田舎者だ。あーわかったわかった、おまえん家の周りの犬猫ゴキブリを、日本語をしゃべれるよう遺伝子改造しとくわ。おまえ、いきなりゴキブリがしゃべりだしても今みたいに言えよ『うわあ、日本人だあ』って。日本人同士仲良くおしゃべりしとれボケ」

 抜けた腰を所定の位置に納めた三浦が「あのう、日本人ですよね」と問うただけで宇宙野郎からはこの反応である。

 三浦は「いやだって姿形はどう見ても人間、それも日本人じゃないですか。それで宇宙とか草不可避」と反駁した。たしかに若い日本人男性にしか見えない。いっそゴキブリの姿をしててくれたほうが、ああ宇宙から来たんだな、という説得力はある。テラフォーマーズ的に。

「ああーぁ? 形だあ? 平行進化とか知らんのか。ググれカス。知的生命体がたまたまそっくりだなんて宇宙じゃよくあることだっつうの。あーヤダヤダ、わざわざこんなこと説明すんのめっちゃめんどくせえ。おまえとのこのやりとりなんぞ宇宙じゅうで毎秒8回は繰り返されとるわ」

 そうだとすると、宇宙には性格悪いやつしかいない気がする。

「困ってんだよ、おまえら助けれや」仁王立ちで自称宇宙人が言うのである。

 素直に「はい」と返しづらい言い回しをなぜ選ぶのか、宇宙のことはよくわからん。という皮肉を飲み込んでいたのは、宇宙的不審者が人間を小脇に抱えているのがさっきから見えているからだった。制服姿の女子高生。なぜ。

「おまえらこいつを家に送り届けろ。念のため言っておくがな、別におれがヒューマンをミューティレイトしたわけじゃないぞ」

 ミューティ……なに?

「そこの踏み切りで倒れ、電車に轢断されそうになっていたこの小娘を、おれさまが颯爽と駆けつけ助けてやったのだ。よろこべ、この件はいずれ地球とわれわれの友好にまつわるエピソードとして長く語り継がれるだろう」

 いやそんなこと言われても。宇宙人にものを頼まれた経験がないもんで、どうしたものか。反応の薄いわれわれに対し、宇宙人は続ける。

「おまえらなあ、外国人が地図を片手にまごついてたら道案内くらいしてやろうかなと思うだろフツー。思わんかこの薄情ゆとりピープルは。おれは外国どころか宇宙から来てんだ、もっとしっかり助けろ」

「知るか、警察に行けよ。おれらゆとり世代じゃねえし」

 三浦よく言った。しかし宇宙人は動じない。

「想像力ってもんはねえのか! 官憲とか当局とか、こっちぁそういう連中に関わるのはまずいんだよ! そのくらいわかれや糞ガキ!」宇宙人が語気を強める。「この小娘だって警察のご厄介になったりしたら親御さんが心配すんだろ!」

 宇宙人は抱えていた女子高生を路上に横たえた。

「じゃ、帰るわ。ちゃんとやれよ」

 宇宙人は、肌が服が徐々に赤くなったかと思うと、ばりばりどがごんぐわーっと恐怖の音量を発し消え失せた。またしても窓を開けて顔を覗かせた近隣住民がひとり、おれと三浦に非難がましい視線を向けすぐに窓を閉めた。

 と思ったらまたしてもばりばり音とともに宇宙人が現れ、「なおおれのことは全人類に伏せておくように。口外すればしかるべき処置も辞さない」と言い置き、赤く変色しながら四度目のばりばりどがごん。窓が開き、閉まった。

 相変わらず天は高く陽はあたたかく、残されたおれたちの足元にはくだんの女子が寝転がっている。

 この娘について語る前に、おれの持論を述べておきたい。

 美少女は二次元にしか存在しない。よって彼女は美少女などでは決して無い。証明終わり。

 ただ、おれにも世間知というものはある。世間が彼女を美醜どちらの箱に入れるかくらいは想像がつく。美のほうだ。美のほうではあるが……あるが、その、ヤンキーだ。アルプス一万尺ことヤンキードゥードゥルとは関係のないほうの、ヤンキーだ。いやギャルというのかも知れない。ギャルの定義はよくわからんが、ギャル的な要素がふんだんに散りばめられた人類である。

 美のほうということにしてやってもよい顔面の上に位置する頭髪は、今どき珍しいくらいのきんきらきんで、生まれつきであるか、あるいはなにか特殊な教義に基づいてその色合いに定められたのでなければ、不必要に染めていることになる。なんだかわからん装飾品も身につけている。つまりおつむの具合がよろしくない連中の一味であり、おれが避けたい人種である。たぶん三浦にとっても。文化のちがいすぎる連中と関わるのは小市民にとって不幸の始まりだ。しかもどういうわけか宇宙的トラブルの当事者である。

 できれば構わず放置したい。すでに三浦はかなり逃げの姿勢に入っている。わかる。ヤンキーは宇宙人より怖い。ふたりで顔を見合わせる。「逃げちゃう?」「逃げよう」を意味する卑屈なアイコンタクトが開始される。

 が、残念ながらそこで女子高生が目を覚ましてしまう。ううんとうなって上体を起こし、小動物系男子二匹をヤンキー眼光で睨めあげる。おれと三浦のアイコンタクトは「逃げられないね」「そうだね」を意味するものに変わった。

「あなたが電車に轢かれそうになってたのを助けたんですよ」しばしの沈黙ののち、目力に気圧された三浦が自称宇宙人の主張をなぞった。なぜか敬語に愛想笑いで。「助けたのはこいつです」そしておれに押し付けようとしている。待てコラ。

 ヤンキー女子は無言で、地べたに足を投げ出したまま、鋭い目線をいぶかしげにこちらに向けて下さっている。人によっては、ありがとうございますうちの業界ではごほうびです、となりそうだがおれには単に気まずく、怖い。これガン垂れってやつ?

「もしかして自殺とかじゃないですよね、世を儚んで死のうとしてたんなら邪魔しちゃってごめんなさい。でもそうでないんならこいつが助けてくれて良かったですね、こいつってのはこの鈴木くんのことですけど、いやもう、鈴木くんが助けてくれてほんと良かった」

 この野郎、あとで話がある。

「はぁー? バカじゃね? ただの偶然だし? おまえら意味わかんね。きも」

 ヤンキーさんの第一声はこうである。偶然とはなんなのか、なぜ罵倒されているのか、おれも意味がわからない。

 これはもう退散してよかろうと判断したおれは、一言も発さないままその場をあとにした。宇宙人は家まで送れと言っていたが無視無視。元気そうだし。三浦もすぐさまおれに続き、隣に並ぶなり愛想笑いを真顔に切り替えた。

 肩越しに振り向いたとき、まだ現場にはヤンキー娘の姿が見えた。座り込んだまま、視線は地面にそそがれているようだった。

 やべー、宇宙人に会っちまったー、スレ立てる!? 宇宙ヤバイまじヤバイ、宇宙人に会ったけどなんか質問ある? そんなことよりてめえおれにヤンキーを押しつけようとしやがったなゴルァ、といった平穏なやりとりののち三浦と別れ帰宅した。

 これにて「白昼の怪奇! 宇宙人とヤンキーの二大競演!」というビッグイベントは無事終了したのだった。

 だが残念ながら事件は続く。

 同日夕刻、ネットで「宇宙人」と検索しエリア51なる項目に辿り着いたころ、菓子折りを持ったヤンキーギャルがわが家を訪ねてきたのである。



 3(訪問)


 なぜこいつがおれの家に来たのか。

 インターホンで名乗られた「金内ですけど」の声にも名前にも覚えはなく、母の知り合いかと思い玄関戸を開けてみれば、そこには宵の暗がりに浮かび上がるきんきらきん。呆気にとられるおれに向けて、金内ヤン子さんは言う。

「ママがちゃんとお礼しに行けって。マジめんどくせ。なに見てんの。うわきも」

 きも、とはおれのことでしょうか。そのような発言をお礼とする文化はうちにはない。

「なんでおれん家知ってんの?」

「隣のクラスじゃん」

 えっ。

「あんたのクラスのやつにわざわざLINEで訊いてきてやったんだよ」

 そういえばジャージ忘れて隣のクラスにいる三浦の友達に借りに行ったとき、こんな金髪を見たような。そうか、同じ学校なのは制服でなんとなくわかっていたが、同学年だったのか。年上かと思った。ヤンキーの齢はわからん。

「うちの知り合い、誰もあんたとLINEつながってなかったし。マジめんどくせえ」

 おれはSNSにはいまいち縁がない。

「ああ、そうなんだありがとう」

 お礼に対しありがとうは変か? 別に変じゃないか? おれビビりすぎ? 差し出された菓子折りを素直に受け取る。これでおしまい。ミッションコンプリート。さようならもう会うことはないでしょう。

 とはならなかった。

「ここ寒くね? うち上げてくんない?」

 めんどくせを連発しているからにはすぐ帰るかと思えば図々しい。金内はわざとらしく自分の肩を抱き、寒い寒いのジェスチャーをして、くちんとひとつくしゃみをした。くしゃみだけはかわいい。NOと言えない日本人であるところのおれは、心の中で激しく抵抗しながらも、金内さんを二階の自室にご案内する仕儀と相成った。「お邪魔しまーす」ううう、本当にやだ。

「うちさー、オタクなやつの部屋って初めて来たけど、めっちゃイメージ通りだわ。つかテレビで見たやつまんまじゃね。うける。あんた萌えーとか言うのやっぱ。うける。きめえ。うちアウェー感ぱなくね?」

 いやいや、テレビ局がぜひともカメラを向けたいレベルのオタク部屋ではないだろう。書籍やゲームで雑然としてはいるが三浦の部屋よりはだいぶ片付いてるし。それに今どき萌えとか言わんし。

 金内が物珍しそうにあれこれ物色する。あんま触らないでほしい。

「なんか飲みもんないの」

 こいつ礼儀とかどうとか以前に自分が招かれざる客という自覚はないのか。

 不承不承、台所に降り立ちツー麦茶onお盆スタイルで戻ってみれば、驚くべき光景が目に入る。ちょっと待ってください、この女、ひとさまのデスクトップを勝手にいじってるじゃありませんか。なにしてくれやがりけつかりますのん。しかも、そうだ、まずい。いやらしいゲームを起動しっぱなしだ。つか、今まさにいやらしいゲームをプレイなさってませんかそこのかた。

 お盆を取り落としかねない勢いで自分なりに強めに咎めたが、金内はへらへら笑いでいいじゃんいいじゃんと連呼し、マウスをクリックしつづけた。あんた今、他人の肛門見るぐらい無礼なことしてるってわかってますかね!? センシティヴ! ふだんから音量を切ってプレイしているのが不幸中の幸いだ。はぁはぁ、らめえ、いくう、と響き渡ったならおれはこの場で自決せねばならぬ。

 皮肉と非難をいくら投げかけても微動だにしない金内への抵抗を諦めたおれは、開き直ってベッドに長くなった。もう知るか。マンガを手に取る。勝手にしてくれ。

 ふーん、へえ、うわきもっ、きもきもっ、とプライバシーをがしがし侵害する嘆息が聞こえ、いまいちマンガに集中できない。なにこの状況。彼女は麦茶のグラスを空けてようやく手を止めた。反応は以下のようなものだった。

 曰く汚猥である。

 曰く女性蔑視である。

 曰く同性愛者への偏見がある。

 曰く荒唐無稽である。

 曰くこのような物で遊ぶ人間は夢を見すぎである。

 うわー聞きたくない聞きたくない、なんとなくそんなこといわれるような気はしたけどはっきりいってくれやがんなこのアマ。ここは日本男児として断固遺憾の意を表明せねばならん。

「おまえPTAのまわしもんかよヤンキーのくせに。世の中のきまりごとを守ってから言え」

「なにさ、怒っちゃった系? 18歳以下が遊んじゃだめなゲームやんのも不良じゃね」

 一理ある。

 なお、上記の主張に費やされた「きもい」の数は39。「きも」も入れると58である。絵柄が気持ち悪いというような内容のことは特に執拗に言われた。

「じゃあどんな絵ならいいんだよ」

「気持ち悪くない絵に決まってんべ」

 水掛け論にすらなっていない。こちらが反論するたびにこぶしで威嚇するのもやめてほしい。

「そもそもさ、おかしくね? おかしっしょ」

「なにがだよ」

「あんた、女のなにがわかんの」

 いや、その、わかるだろそれなりに。同じ人類であるからには。

「童貞のくせに」

 どどん。

 ひとつ重要なお知らせがある。なぜおれが童貞であることがわかったか知らんが、おれは自分が童貞であることを露とも恥と思っていない。悪しき風習に惑わされ、一刻も早く陰茎を然るべき場所に納めようと隔靴掻痒するなどメディアに洗脳された愚民どの浅はかさ最たるものであり、そのような振る舞いは断固唾棄すべきである。おれは恋愛資本主義の陰謀に踊らされるくらいなら栄誉ある孤立を選ぶ。なぜおれが童貞であることがわかったか知らんが、童貞をバカにする者はせいぜい値打ちの無い女を孕ませたり、昆虫より頭の悪い男に孕まされ、後悔に泣き濡れるがいい。なぜおれが童貞であることがわかったか知らんが、二次元至高の論理はここでも優位性を発揮していると言える。なぜおれが童貞であることがわかったんですか。

 んもう早く帰れよこいつ。なんの用もねえんだよこっちは。この女による悪罵の連打には、二次元より三次元のほうが正しい、などというはなはだしい勘違いの匂いも感じ取れた。もしやこいつ自分のこと可愛いとか思ってやがんの、そうだ、そうにちがいない。どこがだフハハ、ブースブスブス金髪ブス。おまえこそ男のなにがわかんだよ。いやもしかしてわかるの? てことは処女じゃないってこと? ビッチ? ビッチならわかるってどんな理屈? おれが知らないだけでそういう決まりがあったの?

 おれの内心に気づくそぶりもなく「なんか食べるもんない」と、金内はまたしてもわざとらしく両手でお腹をおさえている。なに言ってんだこいつ。ここに背中で怒りと悲しみのデスメタルを奏でる男がいるのをご存知ないか。

「ハラ減っちゃったし」

 たし、ではない。

 炊飯器に残る冷や飯の存在を示唆すると、冷蔵庫開けていいかときたものだ。エマージェンシーエマジェンシー、こいつには空気を読む機能もなけりゃ常識もない。傍若無人ボージャックである。なんだそれ。

 このようなタイミングでうちの母が帰宅すればこやつを交えた本格的な晩餐となりかねないわけで、実際そうなった。母に対し金内が猫なで声でお邪魔してますと言い放ったのには驚倒した。誰だおまえ。自分のキャラ忘れた?


 そしておれは、自転車を押しながら、金内とふたりで夜道を歩いている。

 なぜおれがこいつといっしょに並んで歩いているのか。母に厳命されたのである。

「女の子なんだからちゃんと送ってあげなさい」

 慣習的にも道徳的にも納得できる指令だが、ちょっと待ってほしい。「女の子」だと……。もしここで不慮の事件事故に遭遇したなら、真っ先に死ぬのは屈強なヤンキー娘ではなく貧弱なボウヤであるあなたの息子のほうですぞお母さま。てかこいつを送ってけって、おふくろ宇宙人と同じこと言ってんじゃん。これはもしやうちの母は宇宙人である可能性が微レ存?

 バカな考えはさておき、道中にあっても、金内の口から放たれる「きもい」という単語は順調にカウントを増やし続けた。主におれとおれの部屋とおれが遊んでいるゲームについてである。金内は「やばい」「うける」も同じくらい言う。きもいやばいきもいうける。よくしゃべるなこいつ。おれは下校中の出来事を持ち出し、恩に着せることでしか不快な放言を止めることはできなかった。おれはおまえの命を助けてやったんだぞこの。嘘だけど。ほんとは宇宙人だけど。嘘でも卑怯でも、こちらにだってプライドくらいはある。

 そうなると話題は無難オブ無難な方面へシフトするわけだが、これがまたよくない。金内の担任であるMr.オクレ似の社会科教師に対する「ありえなくね?」くらいならまだ意図が酌めるが、乗り物大好きDQN集団によって夜な夜な開かれる集会の爆笑エピソードであったり、ナントカ先輩のバイト先に勤める誰それがアレしてマジうけると言われても、どう返せばよいものやら。話題が次々とコミュニケーションの断崖から滑落して砕けてゆく。それでもやや一方通行な会話は途切れることなく目的地に到着した。

 送るというのはどこぞの駅までかと思いきや、金内宅は余裕で徒歩圏内であった。

 おれはこの日まで、小説でよく見かける「木造モルタル」の意味がいまいちよくわかっていなかったが、金内宅であるというアパートに到着した瞬間、あっこれが木造モルタルなのだなと鋭く直感した。

「じゃねー」

 金内は小走りに一階の隅のドアを開け、暗い室内に見えなくなる。

「じゃ」

 遅れて返事をしたおれは自転車にまたがる。ぐいんぐいん漕いで、ささやかな達成感に夜気が心地よい。


 戻ったおれに、パックづらで謎の健康器具をこねくりまわしていた母が言った。

「わたし、あんたが生身の女の子に興味ないんじゃないかと心配してたわ」

 これにはふたつ反論したいことがある。

 ひとつめ、おれは生身の女にも興味はある。ふたつめ、ただしそれはあいつじゃない。

 しかしうちの親というものは息子がなにを主張したとしても決して理解せず、明後日の方向にカンチガイする生き物なのでほうっておく。

「あの子なんていうの」

「……金内さん」

「最近の若い子ってあんな感じなんだねえ、テレビで見たとおりだわ」

 どんな番組それ。



 4(デート)


 金内とは廊下ですれ違っても隣のクラスのやつにジャージを借りに行っても、別段会話もなく挨拶すらなく、一方はヤンキー活動に、一方はオタク活動に従事するという平穏な関係、もとい無関係に戻った。戻るもなにもたまたま一瞬関わったにすぎないわけで、当然の成り行きである。

 おれはようやくLINEを始めたけれど三浦との連絡以外に用途がない。三浦は以前から色々使いこなしていたようで、初心者に対するドヤ顔がたいへんムカつく。

「LINEはセキュリティホールが気になるけど便利っちゃ便利だからなあ。つか今どき使ってなかったのおまえくらいじゃね。よその学校だとクラス全員参加とかあるらしいぞ」

 化け猫似のにやけづらを浮かべて、こうである。おれは不愉快の意思を顔芸で伝える。

「ぶふふ。そいや、宇宙人調べてたら詳しいやつとLINEで知り合ったんだけど、どうする鈴木もグループ入れとく?」

「いや結構」

「なんでよー宇宙人のこと色々聞けるじゃんよー」

「まだ使いかたよくわかんねえし」

「すぐ慣れるって。使わなきゃ慣れねって。気にならねえのかよ宇宙人がよ」

「なるけどさ」

「あっちのほうが気になるか」

「あっち?」

「ヤンキー」

「ならねえよ」

「金内さんっていったっけ、隣のクラスの。金内志穂。ちゃんと学校来てんな」

「へえ知らんかった」

 おれが知らなかったというのは志穂という名前のことであるので、べつに嘘はついていない。

 志穂ねえ、DQNネームじゃねえのかよあの成りで。三浦も女子の名前なんかよく覚えてんな。

 お察しの通り、三浦には金内がおれの家を訪ねてきたことは伏せてある。もちろん送り届けたことも。おかげでこいつの感心は宇宙人のほうにしか向いていない。世の中には知るべきことと知らずに済ますべきことがあって、もしおれの家に女子が訪れたという情報など与えようものなら、三浦は金内がヤンキーであることを光の速さで失念し、リア充討つべしとおれを断罪しかねん。ヤンキー娘に童貞のくせにとバカにされるリア充がどこにいるんだ。一刻も早くやつの話題から離れたい。

 そうだリア充といえば。

「あの宇宙人、おまえがリア充とか言ったらキレてたな」

「宇宙人つか自称宇宙人? 乗り物大好き宇宙DQNのくせにリア充じゃないとか大草原不可避。つか見た目からしてDQNぽくなかったけど」

「見た目はふつうだったな」

 おれたちにとってのふつうとは、おれらみたいな風貌、つまり一般よりややオタク系統ということを意味する。

「でもあいつの口の悪さはDQNより酷いだろ」三浦が言う。きもいやばいうけると口にする金内の姿が浮かぶ。

「そうだな。日本語を理解したうえであの態度なら頭おかしいな」

「狂った宇宙人だ」

「さっき言ってたさ、宇宙人に詳しいってやつ? 狂った宇宙人の目撃情報とか知ってねえかな。近場で」

「宇宙人の目撃情報は、目撃者のほうが狂ってるケースが多いんじゃね」

 そんな気もする。

「轟音とともに現れる宇宙人、で調べるべきかな」

「まあそいつに色々と訊いてみるわ」

「宇宙人のやつ、自分のことは伏せろって言ってたろ。変なこと教えんなよ」

「大丈夫大丈夫」

 もちろん、たかが高校生が伝手を辿って宇宙人情報を集めようにもたいしたなにかが得られるわけもなく、おれの身に降りかかる問題となれば、宇宙人じゃないほうになると相場が決まっている。


 日曜の昼下がりのことである。

 このようなよい天気の日こそ積みゲーを消化せねばならんという堅牢な意思のもと、モニターとにらめっこな休日を過ごしていたおれのもとに、またしても女子高生が訪ねてきたのである。名を金内という。

 金内? またかよ。なんの用だよ。

「鈴木くん今日いそがしい? ちょっと出てこれない?」インターホン越しにやつの声が聞こえる。

 はい当方鈴木はとても忙しいであります、所用があるのであります、FPSやってるだけだけど、をどう伝えたものかと玄関戸を開けてみれば、いやちょっと待ておかしい。なんだそのいでたちは。

 陽光に浮かび上がるのは、シャンプーのCMでも滅多にないさらさら黒髪ロングで、その黒さを一層際立たせるのは、目に痛いほど真っ白なワンピース。スカート部分がふんわりしていて、たとえばおれはスクール水着というものに現実世界でお目にかかったことがなく、白ワンピに関してはスク水以上に実在を疑っていたが、本当にあるですねそんな服。しかもいるんだ、着る人が。丸みが黒光りでつやつやした靴は、それがなんというのか知らないが、ヤンキー界に属する人間の履くものではないだろう。

 呆気にとられるおれを前に小首をかしげにっこり微笑むあなたはいったい誰ですの。

「こんにちは鈴木くん」

 何度見てもおれが金内を金内として認識していた記号はあらかた取り払われている。

 顔と声は金内だ。それ以外はなにかのテンプレートだ。テンプレート。なにかの。この造型についてはデスクトップ内に思い当たる節はあるが、ここで口にするのは憚られる。いやその、はっきり言うとなにかのキャラのようなのだこの金内は。仏頂面から放たれる嘲笑はどこへ行った。あと、あのきんきらきんは。

「どうしたの……似合わないかな」

 金内は鎖骨にかかった黒髪を指で挟み、毛先を見つめる。うつむいているとあの鋭い眼光が消え、ますます金内が金内ではないように見える。そこからおれの顔まで視線をめぐらせれば上目遣いが完成するわけで、それわざと!?

「変だったら変って言っていいよ」金内が眉根を寄せながらふてくれさて見せる。

 変もなにも、まず先日までの自分の格好と見比べてみて欲しい。間違い探しが成立しないレベルというかむしろ共通点を探すほうが難しい。なにもかもおかしい。

「お弁当も作ってきたんだけど。おでかけしない?」

 口調も変だ。発言内容も変だ。別人と考えるほうが自然だ。金内は無地だけどシャレオツなかばんから、うさぎかたぬきか判別しにくい微妙なキャラクター柄の包みを取り出してみせた。中には小型タッパー状の弁当箱が覗いている。お外に出たうえおれといっしょにこれを食すつもりですと? ワッツハプン!?

 ヤンキー界でこのようなファッションが急に流行りだしたのだろうか。あるいはおれのような童貞雑魚男子をからかう残酷な遊びかなにかか。後者はかなりありそうだ。ちょっと待て誰が雑魚だ。

「な、なに、今日は、なに」おれは狼狽の中からようやく言葉を搾り出す。

「鈴木くんとお話したくて」

 お話。宗教の勧誘が浮かぶ。未成年者に壺なり羽毛布団なりを売りつけるというのは考えにくいが、ないとは言い切れない。

 NOと言えない日本人の代表候補たるおれは、ああともうんともつかぬ返事をしながら陽光の中へ進み出る。顔も洗ってないが、そのまま手ぶらで金内についてゆく。とりあえず財布を持たねば有り金を巻き上げられることもないだろう。

 金内はうちから徒歩十分の場所にあるナントカ記念公園を目指しているようだった。国道を渡り、レンガ風に装飾されたゆるやかな坂道で3歩うしろを歩くおれ。

「いい天気ね。今日はいっしょに夕焼け見られるかしら」

 ね、とか、かしら、とかってなんだよ! ただでさえ色々おかしいのに、役割語が実際に口にされたときの違和感たるや、現実崩壊の恐怖すら感じる。こんなの絶対おかしいよ! それに……夕焼け? まだお昼すぎですよ? だいぶ時間ありますけどそれまでおれたちは一体なにをすればいいの。

 公園に到着する。このナントカ記念公園は遊具や水飲み場があるタイプのそれではなく、舗装された散歩コースとベンチと記念碑とあと芝生を除けばすべて木という、面積的にはほとんど単なる丘である。

 金内は敷き物を取り出し芝生に広げ、わざわざ靴を脱いで座り込んだ。おれはどうぞとうながされて、その隅っこに腰だけ下ろす。さきほどチラ見せされた弁当箱が配置されると、この図は小学校の運動会か遠足以来か。

 しばし無言の時間が訪れる。

 金内を盗み見れば、眼下の町並みを眺めているようである。その中にはおれの通った中学校もある。悪夢の三年間が記憶の蓋から染み出しそうなので思考をよそへ。そういえば金内の家は意外と近かったが、学区的には隣だろうか。どこ中とか訊くべきか? いや、なんだ、そんな話をしてどうする。やっぱり変だよこの状況。

 思い出したように金内が弁当箱を開ける。

「ほら、いっしょに食べよ」

 はあと、と括弧書きが付きそうな声音。

 差し出されたプラスチックの箸を手に、からあげらしきものを口へ運ぶ。マカロニらしきものを運ぶ。炊き込みご飯を運ぶ。シートに登ってきた蟻を手で払う。コールスローを運ぶ。水筒のお茶をもらって流し込む。プチトマトを運ぶ。ナスの煮浸しを運ぶ。直射日光が首筋にじりじり痛い。昆布の佃煮を運ぶ。アルミホイルを運ぶ。吐き出す。笑われる。わらびと油揚げの炒め物を運ぶ。炊き込みご飯に入ったタコに気づく。黒豆を運ぶ。からあげに戻る。

 金内はやたらゆっくり食べている。おれが早すぎるのか。なにを焦っているのかおれは。

 インドア人間としては、わざわざおんもでメシを食うのはものの味をわからなくする愚行に思えて仕方ないのだが、まさかここでそんな物言いはできない。おれの頭はとにかくこのなんだかわからない時間を耐えるのにうってつけの話題を探している。

「金内さんてさ、料理、上手なんだね。うち親父単身赴任でおふくろも働いてっけど、未だにひとりだとチャーハンくらいしか作れないよ」お世辞を自然に盛り込んだ世間話。上出来だ。

「こないだは鈴木くんの家でごちそうになったでしょ。だからわたしもごちそうしないとな、って」

 姿を変えてお礼に来るとなれば、思い浮かぶのは鶴の恩返しである。ならば障子は開けるまい。うざいきもいうけるなヤンキーが姿を現すことになる。でも正体を見破られた鶴はすぐ去ってったっけ? この場合、障子がなにを指すかは不明だが。

「ごちそうったって、作ったのはおふくろだし、お礼に来たときのメシにお礼するってのも変じゃない?」

「そうだね、おかしいね」

 金内は口に手を当てうふふと笑う。その笑いかたも謎である。崩した足がスカートから、ちっちゃい靴下だけを覗かせている。

「金内さん、名前、志穂っていうんだっけ」

「どうして知ってるの」

「えええあああ名簿で見た」三浦という名の名簿。

「わざわざ調べてくれたんだ、嬉しい」

 金内が微笑みを深める。おれもにやけていただろうか。

 つい三浦を相手にする際のノリが出てしまう。

「名簿ってなんの略か知ってる?」金内が首をふる。「『名』探偵コロン『ボ』」

 にこ顔が曇る。

「え、なに?」

「BSとかで見たことないコロンボ? つかコロンボは名探偵じゃなくて刑事なんだけど。刑事コロンボ。名探偵じゃないだろとか名簿関係ないだろとか、なにかそういうツッコミ的なものがあると、いや、ごめ、なんでもない」

「ごめんねわからなくて」

 露骨に落ち込んでいるふうである。そっちが謝るようなことじゃないだろ。

「ちがうちがう、金内さんこないだは冗談も言いにくい雰囲気だったけど、今日は言えそうだから言ってみたけど思いっきり滑っただけだって」

 金内の顔面に花が芽吹くように笑顔が戻る。

 おお神よ、このわたしの、ジョークの解説などという罪深い所業を赦したまへ。

「格好だいぶちがうのも、お礼のため? それとも休日はいつもこう過ごしてるとか?」

「ううん、なんかもう怖いのヤメーって思って。怖いわたしヤメーって」

「ヤメーって」

「うふふ、うんそう。ヤメヤメーって」

 ヤメヤメのメのところのイントネーションに不覚にも萌えた。ふざけてくしゃっとさせた表情もポイントが高い。二次元で再現するには高水準の絵師が必要であろう。

「鈴木くん的にはどう? 今日のわたし。感想聞きたいな」

「別人みたいだよほんと。話し言葉もぜんぜんちがうし。金内さん演劇とかやってた?」

「演技っぽく見える?」

「いやそういう意味じゃなくって」どう考えてもそういう意味で言ったので話を逸らしたい「つうか、なんであんとき轢かれそうになってたわけ?」

 金内のにこ顔がまたしても曇る。「だから偶然だって言ったでしょう!」さきほど咲いた笑顔はマッハで散った。

 前も言ってたな「偶然」。なんだ偶然って。金内を助けたのは本当は自称宇宙人なので、おれにはいまいち意味が掴めないが、宇宙人のことを明かす気もないし、明かしても信じてはもらえないだろうし。

 金内はすくなくとも見た目はヤンキーではなくなったが、にこにこが止めば眼光の鋭さはおれを怯ませるにじゅうぶんだ。ストレートに怖い。障子が開いて鶴の鉄拳が飛んできそうである。

 なんとかこの空気を変える方法はないか。またしてもジョークですよ主張するべきか。いやさすがに無理がある。逸れた先がデッドゾーンとは、ネプリーグのアレのようだ。こういうときに自分のコミュ障っぷりを思い知らされる。

「大声出してごめん。せっかくだから散歩しよ」金内が立ち上がった。

 空になった弁当箱が仕舞われ、敷物が畳まれ、金内が林道に足を向ける。またしても3歩うしろで芝生を歩くおれ。

 散歩? 怒ったか。怒ってないかな。大丈夫?

 林道からは手つなぎカップルが出てくるところだった。カップルつなぎとかいうやつだ。自分で両手を組むときのようにふたりの人物が指を絡めあう手のつなぎかた。三浦の姉ちゃんが所持する少女マンガにはそうあった。

 金内も同じカップルとその手を目にしたのだろう、はたと立ち止まると3歩あとを歩むおれを待ち、おれに手のひらを差し出す。まごつくおれの手を引き、今しがたのカップルと同じスタイルの特殊な握手をながら林道に踏み入った。

 三次元の女体が持つなんらかのエネルギーが温もりとともに伝わる。

 直射日光であぶられていた身体が、林道の木漏れ日とそよ風でぐっと体温を落とす。落としている。はずなのだが。手のひらから全身に熱波がひろがってゆくのがわかる。

 熱波。

 それを意識したときには、おれの中ではすでに得体の知れないホルモンがぽこじゃか分泌していた。脳内では蓑をまとった髭のおじさんたちが蛮刀を手に手に草原を駆け回っている。おじさんたちが彼方の稜線に向け「ホウ!」と叫べば、おれの股間に困った変化が発生した。

 なにがとはいわんがコチンコチンなのである。

 この脳と睾丸のホルモン暗号通信をジャミングせねば、おれの身に未曾有の事態が発生してしまう気がする。それがなにかはわからないが見解によってはもうすでにたいへんなことになっているともいえる。

 まずい。ホルモンの支配するこのおかしな現実から早急に離脱したい。

「きょっ、今日の用件を教えてくれない? そろそろ、あの、うん」

 それさえわかれば気兼ねなくおさらばできる。

「ううん、用はないの。本当に、ただ、お話ししたかっただけ」

 金内が握る手に力をこめる。

「おれと?」

「うん、鈴木くんと」

 お話しがしたい。おれと。

 金内は頬を赤らめ、またしても自分の鎖骨あたりの毛先をつまみ、見つめている。真っ白な肌に静脈が透けている。こんなに白いのに日焼けとか気にならないのかな。その肌はうっすらと汗ばんでいて、見ているだけでくらくらしてくり。こういうのを色気と呼ぶのだろうか。そうだ。きっとそうだ。

 確信を深める間にも、三次元の女体が持つなんらかのエネルギーが視覚からもホルモン分泌を促す。股間の変化はすでに限界を迎えており、髭のおじさんたちからは矢継ぎ早にゴーサインが発令される。そのゴーはいったいなんのゴーなの。コワイ。

 いつの間にか歩みは止まっていて、ふたりして押し黙り見つめ合っている。よく見れば金内は顔も以前と微妙にちがうような気がして、これは化粧? メイク? 化粧とメイクって同じ意味ですよね? というレベルでおれは女子界について無知蒙昧曖昧モコモコだ。そういえばクラスの女子たちが化粧しているかどうかなんて一瞬も考えたことなかった。

 目の前の女子はなにを考えている? まったくわからない。

 周囲に人の気配はなく、木々までざわめきをさぼっている。それがわかるのはおれが周囲の気配を探っているからで、おれはどうしてそんなもんを探っているのか。なにをする気だおれ。虫だけがせわしく鳴いている。虫の音は求愛行動で、などと余計なことは考えないでよろしい。

 金内が、握っていた手に空いていたほうの手を重ねてきた。おれに伝わるぬくもりが増える。ホルモン追加注文入りまたァーッ! あいよッ!

 だだ大丈夫、まままだあわてるような時間じゃない。だがこのまま流れに身を任せてしまえばおれは、おれという男にあるまじきクリティカルな行動を起こし、日常を粉砕してしまう気がしてならない。金内の口元は、なんだか、ほわん、として、ふよん、として、そういや人間のくちびるってこんな形してたっけ、へえ、胸元にも静脈が見えますね、きれいなお肌ですこと、あっ、そんなところにほくろが、ちょっと触ってみてもいいですか。

 ……いやだめだろうそれは。

 おれがおれのホルモンと仲良く肩を組み合い眺めるべきはディスプレイに映し出された二次元パンツ、ないしその中身にとどめるべきであって、意味不明コスプレヤンキーの口元でも胸元でもない。ましてや触るだなんて頭おかしいだろ常識的に考えて。そうだ、一刻も早く心置きなく見られるパンツを見るべきだ。おれはパンツに関してはうるさい。三浦とはよく淑女のお召し物にふさわしいのは縞パンか紐パンかで争っている。シマパニアンとヒモパニアンは不倶戴天の敵同士。金内は今日どんなパンツだろう。ここまで激烈な変貌を遂げたのなら、パンツも相応のブツになって然るべきだ。ふよほわさん、きみのパンツはどんなだね。

 ……ちがうちがうちがう、よくない流れだ。そう、流れ。流れを変えろ。このままではまたネプリーグのトロッコが落ちるぞ。パンツ以外、パンツ以外に。次に言うべき台詞はなんだ。

「金内さんって処女?」

 処女じゃないなら男のことがわかっているので童貞をバカにしていい、というような理屈が気になり眠れぬ夜をすごしたおれにとって、これは是非とも確認しておきたい案件であった。髭のおじさんたちも深く頷いている。最重要タスクである。

 ……最重要タスクである、じゃねえ! なに訊いてやがんだおれは。ちょっと待って今のなし! 手違いです重大なエラーです! 将棋なら待ったは反則だけどこれは将棋じゃないよね? あれもしかして男女の仲って将棋に喩えられてたりしましたっけ? おれ反則負け? 負けたらいったいどうなるの?

「秘密」

 金内は動じることなく、人差し指をふよんほわんな口元に運んで、またもやにっこり微笑んだ。仕草のわざとらしさだけはヤンキーだったときと依然変わりない。



 5(陥穽)


 あの日。

 おれと金内は夕焼けを眺めることなどなかった。おれはほぼゲル状になった理性が粉末になる前に散会を促し、なんだかわからん異空間を脱出することに成功した。かくしてなんらかの危機はまぬがれた。栄誉ある孤立である。誉める者がいないのが悲しい。

 金内は学校へも黒髪ロングにふよんほわんな姿で現れた。私服ではないのでふよんほわん度は控えめだが、制服というのは着こなしひとつでだいぶちがうものだと知った。

 本当に金内は今後そのスタイルで生きていく方針ということなんだろう。怖いのヤメヤメー、ヤメーって。初めて会ったときからそうならよかったのに。

 金内の変化には多くの生徒がおれと同じように度肝を抜かれ、学内のいたるところで話題として取り上げられた、らしい。触れ幅の大きすぎるイメチェンはトラブルやアクシデント、ひいては人生設計における諸々のサムシングを周囲に感じさせずにはいられないんだろう。

 三浦もそのひとりだ。

「めっちゃ可愛くなったよな、ちょっとわざとらしすぎるくらい。こないだのあれか。あれ、あの、電車。臨死体験によって眠っていた殊勝な人格が目覚めた的な」との見解である。

 それに対しおれは、ヤンキーのヤンク活動には体制に逆らうことであったり若者らしさの発露であったりといった文化的側面があるはずで、ヤンキー界における人付き合いもあろうに、このような変節は許されるのだろうかと、思ってもないことを意見した。

 三浦理論によればそのような考えはとっくの昔、オザキとかいう歌手とともに死んだのだそうだ。オザキが誰かは知らんが、またしても三浦理論の登場だ。

「ヤンキーとはあくまでファッションの一種であり、(DQN度+乗り物の階級)×ファッション=リア充度、というリア充方程式に則れば、ファッションの項目にはヤンキー系やギャル系を代入するのがもっとも経済的であり、ファッションにオタク系やマジメ系を代入した場合、符号はマイナスとなる。マイナスリア充とはつまり非モテのことに他ならない。清楚系ファッションは生きかたの変更を意味するとしても、決して符号はマイナスにならない。つまり金内は今でもリア充サイドの人間である」

 相変わらずの謎っぷりである。

 これはリア充と呼ばれてキレる宇宙人に遭遇したことにより強化されたものだそうで、

「人類以外にも当て嵌まんの、その理論?」

「ちゃんと平行進化でググッたからな!」

 まったくもって意味がわからん。

 金内のあれを清楚系と呼ぶのもなんだかちがう気がするが、おれはファッション関係の語彙が小学生レベルかそれ以下なので、適当な表現が見つからない。強いて言えば「それなんてエロゲ系」になってしまう。そう、萌えアニメギャルゲーエロゲーでいえば誰それとなれば、メインヒロインかサブか、ツンデレヤンデレクーデレ、オギャリティが、バブみが、正妻力がと盛り上がるであろうことは間違いないが、おれとしては話題がそっちに向くのも困る。

「金内さんっておまえに気があるんでないの」三浦がぽつりと言う。「あの日さ、おまえに助けられたと思い込んで、おまえの好みになろうとしてんじゃね」

 三浦くん、それはないよ。どこの世におたくの部屋でエロゲーやって恋に落ちる人間がいるんだい。

 とは言えないし、金内とデートに出かけたこともやはり言えない。

 デートか。デート。

 あの日帰宅したおれは心臓の鼓動が平常運転を取り戻すなり『デート』と検索するという、かなり間抜けな行いに手を染めた。結果、あれはデートであったにちがいないとの確信を得た。うん、そうだ、金内さんはヤンキーやめておれとデートしました。あれれ、三浦くん、もしかして案外いい線ついてるんでないの。

「なににやけてやがんだ。ネタにマジレスか? あんな可愛い女子がおまえなんか相手にするか」

 ふふふん、するんだな、それが。

 なおもにやけていたであろうおれに対し、三浦は冷酷な常套句を用いた。

「ただしイケメンに限る」

 ただしイケメンに限る。

 じゃあおれがイケメンであったとしたらどうだろう。このおれが。たとえば、金内にとって。「お話ししたい」なんてイケメン以外に言うかフツー。言わんだろフツー。しかもお弁当食べて手を取り合って散歩して、なんかちょっといい感じになって、そんなイベントが日常的にあるかねきみの周りで。ああん?

 勝ったな、おれは勝った。なにに勝ったのかは知らんが勝った。脈絡不明の勝利宣言。無性に手足をばたばたさせたい。実際すでにいくらかばたばたさせていた。


 無論、浮ついたポジティヴ思考などは長続きしないもので、おれは相変わらず金内のLINEもメアドも知らず、したがって向こうにもおれとの連絡方法はなく、方法があったとしても連絡を取る気があるかは知りようもなく、住まいを結ぶ道は記憶にあっても訪う理由が見当たらなかった。

 つまりまたしても両者は無関係性を構築しているわけで、そこに思い至ればにやけづらはとうとう真顔となる。

 いやいや、そのうちすぐまたこのイケメン様とお話ししたくなるでしょう。

 おれがそのように無関係性の海原を優雅にたゆたっているうちに、金内は、風貌はゴリラでサッカー部かつアニオタの荒井という男子との付き合いを始めた。この情報が三浦経由でもたらされたのは、金内の大変化から2週間と経たぬころだった。イケてるメンに戦慄走る。

 マッスルの世界に住むアニオタゴリラ荒井は、校内の誰よりも黒髪美人との交際を希求する人士であり、休み時間のたびに金内の教室を訪れ、熱心に口説いていたらしい。行動力のあるオタクである。そのような希少種が身近に存在するとは知らなかった。

「おれの理論によれば、荒井はアニオタとしてにわかであるかサッカー部としてにわかであるかのどちらかだ」

 当初はそのように主張していた三浦は、荒井がそのどちらでもないと判明すると、アニオタでサッカー部でリア充が成立する条件を含めた新理論の体系化に取り掛かった。三浦理論は幾多の反証を経て進化を続けているらしい。なにをもって進化というのか、今どきよくわからんところがある。

 ウホウホゴリラ荒井は金内がアニメにもサッカーにも興味を持たぬ元ヤンであると知るや、ゴリラパワーを用いて手近なものを次々握りつぶすというデモンストレーションで想い人のハートを射止めたという。プリミティブな求愛行動だが、野生味だけはすこぶる感じさせる。くるみ、リンゴ、缶コーヒー、パイプ椅子、しまいには自らのスマホをハンドパワー(物理)で粉砕してみせたそうだ。これが愛か。そのうちのどれが決め手であったか余人の知るところではないが、いずれかが金内の心の琴線に触れ、ふたりの交際条約は締結されたと伝えられる。

 ただしイケメンに限るな話がゴリリングパワーショーに変わってしまったところで、おれはといえば、ケンカはからっきしなことで有名な小坊主よりも力が弱く、ついでにとんちの持ち合わせもない。それでも自分にはなにかあるのではと思ってはみても、そんなうぬぼれを明かせる相手は三浦ひとりで、でも三浦には金内の話はできないわけで、つまり詰んだ。チェックメイト。

 詰み。なにが? おれと金内が。

 いや詰むもなにも最初からそんなバナナのとりあいには参加してなかったし、おれとしては不可解な女子からのお宅訪問を受ける懸念もなくなったわけで、誰も不幸になってはいない。これでよかったのだ。

 たぶん。



 6(フォード・プリーフェクト)


 三浦に押し切られる形でLINE上での付き合いができた「宇宙人詳しいやつ」は、豊田と名乗っていた。豊田山葉。隣町に住む学生だそうだ。

 豊田の主張する宇宙人論は、『エリア51』『マジェスティック12』『すべての答えは42』だのといったネットで見かけるたぐいの話とはだいぶ毛色がちがっていたが、その知識量はすさまじく、問いかければ必ずなにかしらの答えがあった。UFOの定義に始まり、宇宙人の目撃例とその歴史や分布などは、当然のごとく引き出しからあふれんばかりに引き出された。問いを発したのはほぼ三浦だったが。

 豊田の語る宇宙人論、宇宙人観はこんな具合だ。

『宇宙人は宇宙のいたるところで神を探している』

『今のところ神は死骸しか見つかっていない』

『無であるとされてきた神は死骸により存在が確認された』

『生きた神を見つけることで宇宙の謎が解けると考えられている』

『神は地球にも寄ったことがあるらしいが詳細は不明』

『太陽系でも神の死骸は見つかっている』

『死骸が見つかったのは木星の大赤斑』

『宇宙人が地球に来る目的は神の痕跡を採集すること』

『痕跡から神を記述する言語が作れるかも知れない』

『宇宙人は神にしか興味がないためおおっぴらに姿を現すことはない』

 なんと役に立たん情報だろう。真顔で言うには電波レベルが高すぎるし、信じる根拠も見当たらない。壮大ではあるし、地球のどこかに宇宙人がと思えばわくわくするけど、おれたちボンクラには、宇宙にも宗教ってあるんですね、と素朴な応答くらいしかできない。

 豊田は轟音とともに現れれたり消えたりする宇宙人についても見識を示した。地球くんだりに出張れる宇宙人はある程度時間をコントロールできるので、その技術を用いて高速移動しているとのこと。おれには時間をコントロールするとどうしてでかい音がしたり姿が赤く見えるのかわからないが、下手に訊いて勘繰られても困る。豊田データベースによればここいらでのUFOならびに宇宙人の目撃情報は極めてまれ、近年に至っては皆無であることも判明し、仮に宇宙人に緘口令を敷かれずとも、目立つ事例として名乗りを挙げるのは気がひける。

 ここまでなら無害な物知り電波野郎、くらいの印象の豊田だが、彼には悪癖があった。おれたちに説教を垂れるのである。

『きみらはもっとモテようと思わなきゃダメだ』

『恋愛してない人間は成熟しないよ』

『おっぱいに触れると健康と幸福が得られる』

『童貞とはいつまでも濡れたTシャツを着ているようなものだと聞くぞ』

 宇宙人講義の末尾には必ずこんな余計なお世話がついてくるのである。一言多いってレベルじゃねえぞ。

『豊田さんはどうなんですか』

 ムッとしてこのような問いを発せば敵の思うつぼ、豊田は己の華麗なる恋愛遍歴を語りだし、こちらはしこたまうんざりさせられた。小学生のとき5人から同時に告白されたとか、中学の学祭のとき部室でヤったとか、胸の悪くなる話ばかりなので詳しくは語らない。

 おれは、モテなくとも生きていけるくらには日本は豊かだと思う。いや別にモテたくないわけじゃないんだけどというか本当はモテたいんだけど、なんなんだこいつは。神とか宇宙人とか言ってっし、やばいやつなんでないのやっぱり。文化のちがいすぎる人間と関わるのは小市民にとって不幸の始まりだと口を酸っぱくしてあれほど、つうか、なんでおれらが童貞だってわかったんですか。ビッチと同じ謎の能力か。

 などとはもちろん言えない。ただでさえSNSに疎いおれは、既読スルーとやらにならぬようただひたすら相槌的な返信をするのみだ。この点については、説教をてきとうに流しつつ教室でおれに愚痴るという三浦スタイルを見習い、互いにおおいに不満をぶつけ合った。たいした情報も得られないし、もうあいつ切っちゃうか。まあおまえがそう思うならいいんじゃね。あの宇宙人のこともべつにもうどうでもいい気がしてきたし。そっか。そだよ。そだな。そうしよっか。

 そのような談合があった矢先。

 金内の変貌やゴリラとの交際もすっかり話題に上らなくなったある晩のこと。

 豊田からおれ個人宛てのLINEが入った。三浦を交えないやりとりは初めてだ。

 こんな文面で始まった。

『長い物語も短い物語も存在しない』

 なんだこれ。

 飯を食いながらだらしなく、なんですか、と返す。

 すぐさま次のメッセージが表示される。

『たとえばこんな物語だ』

 物語? 今日の説教は寓話形式でやる気だろうか。

 どんな、と返す。

『電車に轢断されそうになっている女子高生がいたとする』

 どこかで聞いたような話だ。

 いたとします、と返す。

『ふつう、助けるだろう』

 自分が轢かれないなら助けますね、と返す。返すが、なんだこいつ、なにが言いたい。なにを知っている豊田山葉。

 電車に轢かれそうな女子高生。ありふれた話題ではない。三浦のバカがなにか余計なことを教えたのだろうか。明日学校で、いや今すぐメールで問いただすべきか。

『助けられた女の子はどう思ったろうか』

 わかりません、ひとによるのでは、と返す。

 確実にあの件を知ってるなこれは。三浦の野郎め。

『鈴木くんはセカイ系って知ってるか』

 ありゃなんか話がとんだな。

 なんとなく、と返す。

『誰かと誰かが狭い領域で青春したらセカイがなんとかなりましたというお話のことだ』

 はあ、と返す。

『それをやる気はないか』

 やる、ってどういう状況?

 だんだんムカついてきて、まったく意味がわかりません、とすこしトゲをつける。

『YES/NOで答えてくれ』

 意味がわからないのに答えられるか。

『きみは宇宙人と戦えるか』

 もっと意味がわからない。

『もうすぐ攻撃が始まる』

 もうこれは既読スルーを気にしたら負けだ。意味不明すぎる。まごうことなき電波野郎。やっぱやべーやつじゃねえか豊田山葉。だいたいこいつの主張してた宇宙人論によれば、宇宙人には地球人と関わる理由がないんじゃなかったか?

 お行儀に対する母の咎めもあって、ケータイを充電器に放置する。

 床に就く前に確かめると、メッセージは『もうすぐ攻撃が始まる』が最後のものになっていた。


 翌日教室で三浦の姿をみとめるなり、おれは怒りの形相を演出し机にかばんを放った。

「おまえ豊田に宇宙人のことバラしたろ」

 詰め寄られた三浦は、眼鏡をくいっと上げて「ああしゃべった」と悪びれることなく自白した。

 よし、8時25分、自供。容疑者確保。おまえには弁護士を呼ぶ権利がある。

 おふざけを交えつつ糾弾すれば「だってもうどうでもよくね? あの宇宙人に会うこともないべ」と開き直る三浦被告。

 たしかにそれもそうだ。現に三浦がしゃべっていながら音沙汰ないし。そもそもバレるはずもない。

 それでも独断専行は気に食わないので、地球の平和を脅かした罪により、三浦にはいやらしいマンガの貸与を命じることで手打ちとした。化け猫の控訴は却下する。

 よし、じゃあ豊田との縁はフェードアウトではなくカットアウトの方向で考えよう。レッツガン無視。さらば電波、さらば宇宙。いつかNASAがどうにかしてくれる。

『宇宙人と戦えるか』

『もうすぐ攻撃が始まる』

 ないないないない。

 仮にそんなことがあったとしても、三浦が豊田に余計なことをしゃべったのが原因だろう。責任の所在はどう考えても三浦にある。三浦が戦うべきだ。存分に戦ってくれ。骨は拾ってやる。

 おれは、金内ごときとは無関係な、宇宙人なんぞとも無関係な、おれの日常を勝ち取った。そういうことにした。そうとなれば自称宇宙人が宇宙人である根拠もすくなく思える。ただ赤くなって消える、それだけだ。

 一度だけ母に「あの金内さんて子は元気?」と訊かれ、知らんと答えた。実際知らんのだから仕方がない。母はなにもかもお見通しであるというような顔をしてから「そう」と言った。またしても激しく勘違いをしているに相違ないが、関係ないことの関係のなさを表現するのは難しい。荒井と金内のツーショットこそ見かけないが、別段目にしたいものでもない。

 平穏はつづき木々の緑は濃くなり夏は夏を深めてゆく。LINEはおれにその存在を忘れられ、豊田山葉もその存在を忘れられ、おれの生活にとって重要なことはy=で始まる判別式のほう、あるいはmade fromとmade ofの区別のほうとなった。

 しかし当然のように『攻撃』は始まる。ただし攻撃対象はおれでも三浦でもなく、サッカー部一年、ゴリラ荒井なのであった。



 7(侵略)


「鈴木くん、ちょっといい?」

 放課後の下駄箱で、おれは金内に呼び止められた。ふよんほわんな姿にも目が慣れて、今やああ金内だなって感じである。

「なに」

 ひと月ぶりの会話だ。

 だるんとしたあたたかさがいよいよ猛攻の暑気となり、季節が変わったことがわかるほどの時間が経って、今さら類人猿の連れ合いがおれになんの用なのか。

「今日荒井くん、お休みなの」金内がうつむきながら言う。「休むの珍しいんだ」

 それがなにか。彼氏がいなくてひまつぶしにお声をかけてくださったんですかお嬢様。お話ししたいのー、ってか。そいつはありがとうございます。迷惑です。

「そいでさっきケータイで話きいたら、昨日、誰かに襲われたんだって、荒井くん」

 襲われた? ゴリラを襲撃するとは密猟のたぐいか。ワシントン条約的なアレか。

「鈴木くんじゃないよね?」

 ん?

「襲ったの、鈴木くんじゃないよね?」

「どういうこと」

「荒井くんを襲ったかって訊いてんの」

 金内は顔を上げ、例の鋭いまなざしをおれに向ける。

 意味がわからない。

 荒井くんを襲ったかって訊いてんの? おれに? おれが襲う。荒井くんを。襲うってなに。

 嫌な汗が出る。つまりあれか、「わたしがオタ受けファッションにチェンジしてまでゲットした愛する彼氏を、以前ちょっと関わっただけの勘違いオタク小僧が生意気にも襲撃しやがった」ってことになっているのかこのクソ女の中では。

 金内はにこりともせず、なおもおれを見つめている。

 疑われてる。おれが疑われている。なんだそれ。なんだそれ。知るか。誰がやるかそんなこと。

「やるわけねえだろばあか」

 自分でも驚くほどかすれた早口でそうつぶやき、急ぎ足に玄関を抜ける。自分が怒りに震えているのがわかる。こいつ最悪だ。ゴミだ。ゴミゴミ、マジゴミ。

「ちょ、待てよ」

 三浦に呼び止められて、そういえばいっしょだったことを思い出す。

 今のやりとりは三浦にはどう映ったろう。ハートフルなコミュニケーションには見えないだろうが、おれとあのクソ女との接点は感じとったろうか。いや知るか。もうどうでもいい。待たない。顔も向けず駐輪場へと足を速める。三浦が追ってきても振り切ってやる。

 チェーンをはずし自転車にまたがる。力の限りペダルを漕ぐ。飛ばせ飛ばせ。信号なんぞ無視。跳ねてみやがれクソ車。いっそ跳ねろ。

 嫌な汗は運動の汗に洗い流され、それでも震えが止まらない。手がしびれる。空がクソ晴れている。こういうときは雨が降るべきなんじゃないのかクソ天気。

 振り向いても誰も追ってはこなかった。

 通りをゆく車の騒音だけがなぜかやたらはっきり聴こえた。


 自室に到着しても胸にひしめく最悪の気分は分裂と増殖を繰り返した。

 スマホに三浦からの着信をみとめる。5件。メールも1件来ている。金内からだ。

『ごめんなさい。』

 題はなく、本文にはただそうあった。ベッドに倒れ込む。

 金内がおれのメアドを知っているということは三浦のやつが教えたんだろうか。三浦もマジクソだな。豊田の件にしろ、あいつはなんでもべらべらしゃべりやがる。クソ。クソクソ。超クソ。バカとおりこうどころかバカとクソしかいない学校。バカとクソだらけの施設でおれの友達は三浦しかいないとなると、もうやだ、学校行きたくない。いっそ死ぬか。死んじゃうか。練炭自殺ってどうやるんだ。あれって車でやるんだっけ。

 検索。

 風呂場でもできんじゃん、なんだ楽勝っぽい。今死んだら嫉妬に狂った勘違いクソオタクは悪事がバレて現世から逃避しましたってことになんのかな。嫉妬? なにが嫉妬だよ。シット! する要素ねえじゃん。あんな女に。クソ女。クソゲロ女。

 ごめんなさいなどとメールしてきたってことは、疑いは晴れたのか?

 ならいいか、とはならない。疑われた。おれは疑われたんだよ。まっさきにおれを疑ったんだよ。はい無理。ごめんなさいじゃねえよ誰が赦すか。

 涙が出てくる。拭くのも面倒だ。顔がぐしょぐしょになる。

 金内が部屋に来たときプレイしていたゲームの存在に思い至り、ああクソ、あああああクソ、と口にしながら起き上がってデスクトップのスリープモード解除、速攻アンインストール。ROMのほうも山と積まれたゲームたちの中から探し出し素手でへし折る。ぐんにゃり曲がるがなかなか割れない。一息に力をこめるとようやく粉砕できたが破片でざっくり手を切った。生命線の終点あたりの皮が裂け、めくれて血が出る。痛みに顔をしかめ一階に下りる。洗面台で破片を洗い落とす。水に混じった赤い筋が排水溝に消える。

 惨めだ。

 鏡に映る自分はいつもどおりにも見えるがこんな貧相な面構えをしていたのかと愕然とする。ああこれは泣いた人の顔だ。金内にとってはイケメンかも、などと思った自分を呪う。呪いで人が死ねばいいのに。そうなったら誰を殺そうか。真っ先にゴリラ荒井が浮かぶ。ゴリ井、なに襲われてんだテメー。なんのためのゴリラパワーだ無能ゴリラ。

 そうだ、どうせ疑われるなら殺ってしまおう。ゴリラを亡き者にして怒りと悲しみに泣き濡れる金内におれは言うのだ。

「ざまあああぁ!」

 性格が悪い? 人様を疑ったりするからこんなことになるんだろうが。そしてそのあとおれも死のう。そうだそうしよう。

 チャイムが鳴った。

 金内かなと思う。三浦だろうか。いや宅配便かNHKの集金だろう。誰でもいい。放っといてください世間様。おれに残された選択肢は引きこもりオアDEATHなのです。おれはもう、ゴリラ抹殺の使命にしか人生の使い道がない少年なのです。どうか止めないで。関わらないで。

 なおもチャイムは鳴る。五回。六回。

 金内か。三浦か。集金か。諦めろよムカつくなあ。根負けしたおれは、お客が誰であろうと全霊をこめて八つ当たりをかます決意とともに、勢いよく玄関に降り立った。

「おまえが鈴木か」

 陽光に浮かび上がるのはきんきらきんでも黒髪でも化け猫でもなく、筋肉の国の住人、ゴリリン荒井であった。



 8(敵対)


 いざ荒井を前にすれば殺意も八つ当たりの意思もたちまち萎え果て、おれの内面は当惑一色に染まった。

 『きさまおれを襲いやがったな!』荒井がこうきたらどうだろう。それは誤解だが類人猿にアリバイを証明するのは不可能に思われる。あるいは『おれの女を困らせやがったな!』とくる気か。言いがかりはなはだしいが、これまた怒りを解除する方法が見当たらない。本日二度目の嫌な汗が出る。

「ちょっといいか。話がある」

 まごつくおれに荒井が口を開く。

 思ったより穏やかな口調だが、おれには話すことなどなにもない。ナッシング。

 見れば荒井は私服である。学校休んだっつってたもんな。極彩色のランニングにハーフパンツ、アニオタとはいえ体育会系ともなればこんな感じか。襲われたというがどこにも怪我は見当たらない。顔はよく見ればゴリラよりはオランウータンに似ている気がする。ゴリラとオランウータンはどっちが握力強いんだっけ。サッカーに握力は必要ないか。いやそんなことはどうでもいい。無難なお断りワードを探さねばならん。

 が、そんな言葉は例によって浮かばない。NOと言えない日本人をこさえた両親を恨み、荒井につづく。着替えもしてないおれは制服のまま、家の裏手にある公園に連れてかれる。ナントカ記念公園とは逆に、変わり映えのない遊具と水飲み場と、ベンチに屋根のあるなしが選べる程度の公園だ。今どき子どもですらこんなところで遊ばないたぐいの。

 ウータン荒井が屋根のないほうのベンチを示す。並んで座る形になる。これからなにが起こるんです? 今はおとなしいが、こいつにぶん殴られた場合、おれなどは最短2秒で天に召される自信がある。その2秒を有効に使ってダイイングメッセージを記さねばならん。ゴ・リ・ラだと長いか。「G」と一文字でじゅうぶんかも知れん。

 荒井が遠くを見据えながら話し出す。

「酷かったよな、あれ」

 あれとはなんなのか。

「艦これ。アニメ」

 なんの話だ急に。

「ゲームのほうもやってんの?」おれもなにを聞いているのか。

「やってる」

 提督かこいつ。

「おれもやってる。わりと初期から」

「鈴木は誰推し?」

「最近はキャラ萌えってあんまり重視してないんだけど、個人的には榛名かな」

「榛名人気あるよな。おれはぜかまし」

「島風をぜかましって呼ぶとかめっちゃオタ丸出しじゃん」

「オタっぽさ出すとかえってにわかとか言われるけどな」

「でもにわかじゃないんだろ」三浦によれば。

「島風のプラモ作った」

「プラモってことはフィギュアじゃないっしょ? 軍艦のほうっしょ?」

「軍艦のほう。フィギュアもほしいけどな」

「ガチ勢じゃん。おれも榛名買おっかな」

「鈴木は塗装とかやったことある?」

「ない」

「練習しとけ。おれ先に吹雪買って練習したから」

「すげ」

「来期どれ観る?」

「アニメなら一話だけはぜんぶチェックする派だよ」

「ぜんぶってことは違法視聴?」

「地上波で流さんテレビ局が悪い」

「アニメ過疎地だもんなあ」

「いやいや、サイレントヒル静岡のみなさまとくらべりゃ恵まれてるらしいよ」

「まあ、ご当地アニメもやってたしな」

「あれ観てたの?」

「一応最後まで」

「あはは、ドヤ顔で言うことじゃないっしょ」

「鈴木は?」

「一話で切った」

「おめえこそドヤ顔じゃねえか」

「キリッ」

「キリッて」

 おれは今日まで荒井と会話したことはなかった。ゴリラだの筋肉だのも、三浦経由のキャラクター像だ。つまり三浦バイアスにより本来の紳士な荒井が歪められ、誤ったイメージが形作られていたのだろう。三浦バイアスは三浦理論の作用を受けているわけで、三浦理論に否定的なおれが荒井の性質を把握できていなかったのは自然の成り行きといえる。

 荒井が思ったよりいいやつなのはわかった。しかし本題はなんなのか。それがわからない限り警戒は解けない。

「おれと金内が付き合ってるのは知ってるか」

「知ってるよ」アイノウ。

「金内よくおまえのこと話してるもんな。知ってて当然か」

 そうなのか。どいつもこいつもおしゃべりだな。

「鈴木ってさ、金内のこと好きなのか」

 はあああ?

 荒井のほうに首をめぐらせば、森の賢人はつぶらな瞳を真摯な色に染めている。こいつも目力強いな。なのにおれはどうしてこう、人の目を見て話せないのだろうか。すぐに正面に向き直って、答える。

「いやぜんぜん。2回しか話したことないし」

「2回?」

「あ、いや、3回かな」今日のクソな出来事も含めて。「最近まで名前も知らなかったくらいだよ」

「本当か」

「マジ。マジマジ」

「そうか」

 陽が傾いてきた。暑く長い時間も終わろうとしている。

 荒井が語り出す。

「金内を初めて見たときびびったよ。いや初めてつうか、髪が黒くなって最初に見たとき。おれこいつとぜってえ付き合いてえって。で、付き合うことになったはいいけど、全然話合わねえのな。いまいちぼんやりしてるっつうか。付き合ってるよなって言うと付き合ってるって言うんだけど、映画観たりサッカーの応援行ったりしてもなにかピンと来ない。噛み合わない。アニメの話もサッカーの話もうんうん聞くけどぶっちゃけツマンネ。おれ女と付き合うの初めてだからこんなもんなのかと思ってたけど、相性ってのもあるしな。相性悪いのかな。金内、あれしろこれしろって言ったらすぐその通りにするけど、それが逆にイラつくし。ロボットかおめえは、って。ほんとわかんねえ。なんなんだあいつ」

 あれしろこれしろ、だぁ?

 金内になにをさせたんだ一体、この野郎。そんなことおれに話してなんになるっつうんだ。がんばってね、と言うとでも?

「おまえ今喜んだろう」

 えっ?

 荒井がおれの顔を覗き込む。

「おまえ、おれと金内がうまくいってないって聞いて、喜んだろ」

 口調が熱を帯びている。荒井の瞳は森の賢人のそれからもっと野性味の溢れる動物のそれに変わった。おれは声が出ず、否定を示すジェスチャーとして小さくホールドアップの姿勢で首を振る。

 再び荒井が語り始める。

「昨日、部活終わって帰るとき、ぜんぜん知らんやつに声かけられて、おい鈴木を知ってるかって言われた。鈴木ってどの鈴木? って言ったらそいついきなり怒り出して。これからお前を『攻撃』する、とかなんとか。攻撃ってなんのことかわからなかったけど、そいつはすぐにいなくなって。頭のおかしいやつだなって、おれガタイいいから絡まれたことってないんだけど、あれもしかしてカツアゲかなんかだったのかと思った。カツアゲって一人でやるもんじゃないんだろうけど。

 でも今朝起きたら身体めっちゃダルくて、ぼーっとして、風邪かなと思って休んだ。昼くらいに金内からどうしたのってLINE来て、そのときだよ。ああ、鈴木って、金内の話に出てくる鈴木かなって思った。で、そう思ったら急に、鈴木ってやつはおれの敵だと気づいたんだ。鈴木は敵だ。おまえ、三浦と同じクラスだろう。おれ三浦のLINE知ってたから、三浦に『今日鈴木は来てるか』って訊いたら、来てる、って。そしたら、やっぱ鈴木は敵だなってすげー思って。敵だ敵だって思ってたら、前に三浦に教えてもらった変なやつからLINE来て、『きみは攻撃を受けたようだね』って。『その攻撃は『攻撃を呼ぶ』という攻撃だ』って。よくわかんねえけど、なんか、そういう宇宙の言葉があるんだって。それを使われたんだって。宇宙とか意味わかんね。わかんねえけど鈴木が敵だってことはわかる。

 変人は、攻撃を受けた人間は同じ攻撃ができるようになるってことも言ってた。攻撃を呼ぶ攻撃で攻撃されると、誰かを敵とみなすようになって、敵をひとりでも殺したあとは、攻撃を呼ぶ攻撃ができるようになって、攻撃せずにはいられなくなって、攻撃を使えるやつはどんどん増えてくんだって。最初のやつが攻撃されたのは3週間前らしいけど、こうやって攻撃を呼ぶ攻撃ができるやつで地球が埋め尽くされるには、3ヶ月くらいでじゅうぶんなんだってさ。あと2ヶ月ちょっとだな。

『攻撃』を受けた人間同士は敵を共有させられるんだってさ。ひとりに敵と認定されたら全員の敵となるから、一度敵になったらまず生きていられないらしい。最初のやつは人を殺したのかな。殺したんだろうな。おれを攻撃したやつも、誰かを殺したからおれを攻撃できたんだろうし。敵が敵を作ってひとりがひとりを殺したとしても、70億人が70億を殺せば、地球から人間いなくなっちゃうよな。戦争だよな。そういう目的で作られた宇宙の言葉なんだとさ。地球を無人にするための。

 おれ戦争は嫌だし地球が更地になるのも嫌だし変人が言ってることはイミフだったけど、でも鈴木は敵なんだ。鈴木を殺さなくちゃならない。ごめんな、がんばって鈴木を敵じゃなく思おうと思ってここに来たんだけど、やっぱりおまえ、敵だわ。殺すわ」

 話し終えた荒井はおもむろに立ち上がった。

 あなたはおれが、不穏さがジャンプバトル並みにインフレしてゆくこの話を大人しく聞いてたと思われただろうか。

 そんなわけはない。無論、貧弱なボウヤたるおれが全力ダッシュで逃げようにもサッカー部員に分があるに決まっているが、逃げなかった理由はべつだ。単に、足がすくんで動けなかったのである。

 こんな底抜けの恐怖を感じたことはない。荒井がこれまで必死に自制していたという野生のバイオレンスを解き放ったなら、おれは確実に小便まで漏らす。今日はひどい気分で家に帰るわ、手え切って血い出すわ、これで殴られて小便漏らすわとなったら人生最悪の日だ。最期の日かも知れない。かなり最期っぽい。

 見開かれた荒井の目は血走り、こぶしが固く握られている。それでごがんとやる気かね。ふはは。やめてください。

 おれはまたしても小さくホールドアップの姿勢のまま、ようやく出てきた言葉は「NO……NO……」となぜかいんちきアメリカ人ふうで、NOと言えない日本人からクラスチェンジした偽アメリカンはたぶんもうすぐ天に召される。ガッデムアーメン。日本のみなさんさようなら。

 おれが死ななかったのは三浦のおかげだ。

 三浦はおれたちの死角から突如現れるや荒井にタックルをぶちかまし、ふたりまとめて地べたにすっ飛んだ。絵面としては軽自動車がトラックに追突するようなものだが、当たり所が良かったようだ。わき腹にもろに喰らった荒井は倒れ込みながらげぶうとかいって肺から空気を吐き出している。

「鈴木! 逃げろ!!」

 三浦の声に、すくんでいた足が動き出す。猛然とダッシュ。肩越しに振り向くと、三浦を足に絡ませた荒井がなにかわからないことを怒鳴りながら立ち上がるところだった。



 9(終末)


 自宅まで逃げ帰ったおれは速攻自転車にライドオン。うしろを警戒しつつガンガン加速。よし誰もついてきてはいない。荒井は徒歩だ、さすがに振り切れるだろう。こっちは地元で逃走経路なら把握している。

 整理しよう。

 攻撃。これが豊田の言ってた攻撃か。地球を更地にするよう、人類同士を争わせるという攻撃。そんなことができるのはやはり宇宙人なんだろうか。宇宙人なら宇宙人らしく、裏山的なところに隕石を落とすなり、下水道に触手をはびこらせてりゃいいものを。あるいは原点に返って三本足の巨大機械とか。

 荒井のサル脳では理解できなかったとかほざいていたが、あの話の情報量は多い。まず荒井は三浦とも知り合いだ。すくなくともLINEでやりとりする程度の知り合いではある。

 そして三浦は荒井にも豊田のことを紹介していたようだ。荒井には変人と表現されていたが、豊田でまちがいないだろう。豊田によれば3週間前に最初の攻撃を受けた人間がいる。おれが豊田からのLINEで『攻撃』と聞いたのはいつだ?

 チャリを漕ぎつつスマホで確認する。『攻撃が始まる』のメッセージは3週間前。タイミングは合う。が、豊田はなぜそれを知っている? 宇宙人に詳しいってレベルじゃねえぞこれは。しばらくご無沙汰だが気にせず豊田に訊くべきだ。豊田はLINEに電話番号も登録してるから直でかけてみるべきか。

 コール音が鳴るあいだに自動車の事故現場に遭遇する。潰れたワンボックス、めためたなガードレールに血痕。お巡りさんたちがせかせか動き回っている。これもまさか『攻撃』じゃないよな。『攻撃』が地球全土に広まるには、3ヶ月でじゅうぶんだと言っていた。本当かどうかは確かめようもないが。日本全国に広まるにはどれくらいだろう。豊田が出ない。つながらない。一旦切って、警官の目を気にして自転車を止める。チャリスマホなんて間抜けな理由でつかまってる場合ではない。逆に、ここなら仮に荒井が追ってきても警官が止めてくれるだろう。

 一向に出ない豊田に、連絡を請う旨をLINEで送り、世界各地のニュースを検索する。人死にの事件事故が山ほど出る。すべてが『攻撃』のせいに見えてくる。実際、何割かはそうなのかも知れない。

 どうも警察官の犯罪が目立つ。そうか、『攻撃』を受けて人を殺せば警官に逮捕される。逮捕されたやつは敵を殺しているので目の前の警官を『攻撃』できる。その警官はどうなる?

 『攻撃』を受けた者は敵を共有する!

 荒井はそう話していた。お巡りさんの近くは危険だ。荒井がおれを敵と認定したのなら、『攻撃』を受けたほかの人間にとってもおれは敵なんだ。急いでその場を離れる。すでにパンパンになっている脚でひたすら漕ぐ。すずしい時間帯にはなったが身体の火照りがぜんぜん抜けない。警官がひとりこちらに目線を寄越した。あいつが『攻撃』を受けていませんように。ピストルの射程ってどのくらいだ?

 それにしてもよくできた仕組みだ。『攻撃』。殺人専用のねずみ講というわけか。これなら3ヶ月でじゅうぶんというのもうなずける。宇宙の言葉とか言ってたな。豊田の話にあった神の言語ってやつと関係があるのか? やっぱ早く豊田と連絡取らなきゃ。豊田は『宇宙人と戦えるか』と訊いてきた。戦う方法があるってことだ。でもなんでおれに? セカイ系とも言ってたな。セカイ系。なんだセカイ系って。

 わかんねえ。ちくしょう。漕ぐ漕ぐ漕ぐ。誰から逃げりゃいいのかもわからんがとにかく逃げる。

 着信。

 豊田か? もう、ながらスマホを気にしてもいられなくなった。

 メール。また金内だ。無題。ごめんなさいならもういいよ、今はそれどころじゃない。一応開く。

『豊田山葉 江別市〇〇町1-3-6 ふくじゅ荘103 豊田の居場所に向かうから、先にわたしをうちに迎えに来て』

 なんだこれ。豊田の住所? なんで金内が豊田の住所知ってんだ。なんで金内といっしょに豊田のところに行かなくちゃならないんだ。いや豊田に話は聞きたいけれど。

 これは罠で、金内も『攻撃』されている? 荒井つながりで? おれを誘い出そうとしてる? だとしてもおれに豊田の住所を教える必要がない。金内をほっぽって、おれひとりで豊田を訪ねるかも知れないのに。

 いや、どうだろう、おれにそう思わせるための嘘かも知れない。

 でもやっぱり嘘じゃないかも知れない。金内はおれが荒井を襲撃したのではと疑っていたわけだから、すくなくとも疑った時点では『攻撃』のことなんか知らなかったはずだ。いやでもそれも嘘かも。

 金内志穂、なにを知っている? 

 狙いはわからないが、ケータイで豊田と連絡が取れない以上、今のところおれに確たる打開策はない。『攻撃』が存在するならば、金内と会う会わないに関係なくそこらをうろつくだけでも危険だ。正直、ひとりで豊田のところに行くのも気がひける。金内と落ち合おう。

 了解、を示す顔文字だけを返信、加速する。

 金内の家は歩いて行ける距離なので、自転車ならばすぐに着いた。

 金内は木造モルタル前の、砂利敷きの駐車スペースにすでにスタンバイしていた。金内は制服から着替えてはいるけれど、今日はふよんほわんがだいぶ抑えられたパンツスタイルで、上はなんだかつやつやした生地の……それJリーグのユニフォームじゃね?

 すごく変ではあるが今はいい。触れない。周囲には誰もおらず、とりあえず罠ではなさそうだ。近づくと向こうも気づいた。目の前で停車。

「OK、後ろ乗って。とっとと豊田んとこ行って宇宙人と戦う方法を教えてもらおう」

「ちがうよ」

 金内が小首をかしげ、短く応える。

「なにが?」

「あいつが宇宙人なんだよ。豊田山葉が」



 10(金内志穂の語るところ)


「さっきは、下駄箱のところで、ごめんねほんと。

 あっ、うん、いいよ、漕いで。背中掴んでだいじょうぶ?

 あのあと、帰りのバスで荒井くんとLINEしたの。『おれを襲ったのは鈴木じゃない』『鈴木のことが気になるのか』『鈴木を疑ったからか』『鈴木と会いに行ってくる』って。『詳しくは豊田に聞け』『あいつのLINE教えっから』って。

 わたし豊田って人のことはよく知らなかったんだけど、荒井くんの話にたまに出てきた。鈴木くんにごめんなさいメールしてから、豊田に、荒井くんはどうしたんですかってトーク送ったら、すぐに既読ついて『おれの家に鈴木と来い』だって。

 なんで会ったこともない人の家に行かなくちゃいけないんですか、荒井くんのことは教えてくれないんですか、って送ったら『おまえはおれに会ったことがある』『鈴木といっしょに会ったろう』『意味はわかるか』って。最後に『今すぐ来い』『みんな死ぬぞ』って。それから既読つかなくなった。

 わたし、実は知ってた。

 鈴木くんと最初に会った日さ、わたし助けてもらったじゃん。あのとき、鈴木くんと三浦くんと、あともうひとりいたこと。そいつが宇宙人って名乗ってたこと。宇宙人に会ったことは伏せろって言われてたこと。

 だからあの日、家に帰って、ママが仕事行く前に「お礼しに行きなさい」って言われて、宇宙人はいないってことにしなくちゃとかって思って、それでなにも知らないふりして鈴木くんとこにお礼に行ったの。

 だから豊田のLINE見て、すごく焦った。宇宙人にみんな殺されちゃうんだって。

 わたしあの日さ、仲間たちと遊んでたんだけど、仲間っていうのは、高校入ってからつるんでたグループ。わたしお父さんいないから、いなくなったから、高校入ったらヤンキーになろうって思ってた。なんか、よくあるじゃん、マンガとかドラマで。親いなくてヤンキーになるやつ。掲示板とか検索したらすぐ見つかって仲間入れてもらえた。すごい、簡単に高校デビューだ、とか思った。

 だけどその日の遊びっていうのが、ロシアかどっかの動画の真似だったのね。電車が来るまで線路に座り続けるってゲーム。先に逃げたほうが負け。チキンレースの、座ってる版? みたいな。

 始まる前からめっちゃ怖くって緊張してたんだけど、それまでにも色々、仲間内でわたし、こいつだめじゃね? みたいに思われること多くて。多くてっていうか、ほんと、ぜんぶだめで。仲間の中にも、ガチでワルなやつと、なんとなくワル、みたいなやつがいて、なんとなくワルの中の一番下っ端にもわたしよくバカにされてた。中学同じだった人から、わたしがぜんぜんヤンキーじゃなかったこと聞いたのかもね。頭も要領も悪いって。根性ないって。

 それで、その日は、めっちゃ頑張ろうって思ってたの。頑張りすぎたかも知れない。ずっと脂汗ダラダラで、みんなへらへら笑って動画とか撮ってるのが信じられなかった。

 そのうち、線路がカタカタ揺れ出して。

 気づいたら鈴木くんたちに助けられてた。

 それから仲間たち誰とも連絡つかなくなっちゃった。わたしが気絶したから呆れられたのかなってすごく焦って『偶然だから、たまたま体調が悪かっただけだから』ってメールしたんだけど、誰も返信くれなかった。LINEもグループから外されてた。何日か経ってからやっと、わたしが轢かれそうになったとき、みんなビビッて逃げちゃったんだって気づいた。気づいたっていうか、アップされた動画見つけた。わたしが倒れて、やべーとか言ってるやつ。

 それで、髪の色変えた。動画で身バレしたらやだし。もうあいつら友達じゃなかったし。高校デビュー失敗だなって。髪だけじゃなく色々変えようと思ったら、鈴木くんち行ったときけっこう楽しかったの思い出したの。鈴木くんちもお父さんいなかったから、わたしと同じかもって、親近感? 湧いたし。単身赴任でいないだけだって教えてもらったときはああなんだって感じだったけど、そのときは、オタクってこうなんだ、テレビで観たやつだ! って、けっこう楽しかった。

 中学のときわたしサークラとか言われたことあって。知ってる? サークルクラッシャー。

 人間関係ぜんぶダメにしちゃうモテかたをする人のことなんだって。わたしはべつにモテてるつもりなかったから、やっかみだと思ってた。でも高校入ってからも言われたの。例のグループで。さんざん見下しといてサークラとか呼んで、ひどくない?

 でも思った。高校デビューしても言われるなら、わたしやっぱサークラなんだって。じゃあサークラになろうって。鈴木くんちでエロいゲームやったじゃん、あの中のキャラの感じ、サークラで画像検索したのとけっこう似てたから、鈴木くんにはモテるかもって思った。なのに鈴木くんあまり食いついてこなかったし、学校でも話しかけてくれたりしなかったよね。ていうか他の誰もあまり話しかけてくれなくなったけど。荒井くん以外。

 ヤンキーもサークラも失敗したかなと思ってたら荒井くんに付き合おうって言われて、荒井くん、サッカー好きで、いっしょにJリーグの応援とか行ってたらサークラとかどうでもよくなって、イタリアのチームとかも覚えて、けっこうイケメンもいるからちょっとおもしろかった。でも荒井くんそういう話したら怒ったりして、何回オフサイド説明されてもよくわかんなくかったときとかもめっちゃ怒られて。なんか怒られてばっか。

 怒られるといつも思う。わたしってなんなんだろうって。

 ママもよく怒るけど意味わかんない。ナマポナマポ言われても気にすんなとか。そんなの嫌に決まってんじゃん。すぐ逆ギレするし。服とか買ってもいちいちけちつけてきて。どんな格好してもいいじゃん。自分はすごい格好してるくせにさー。夜ずっといないくせに、さー。

 あ。

 なんかごめんね。ほんとごめん。今日のことだけじゃなく、今までのことも。さっきもひどいこと言ったよね。ごめん。でも一回ごめんって言ったらなんかぜんぶ言えた。鈴木くんて謝りやすい人なのかも。そんなこと話してる場合じゃないのにね。

 地球侵略するんでしょあいつ、豊田。悪い宇宙人。わたしを助けてくれたのに悪いやつだったんだ。あいつなにしたの?

『攻撃』?

 ……よくわかんない。そんなやつに呼び出されてだいじょぶなのかな。

 鈴木くんも襲われたんだ。荒井くんに? ごめん、わたしが変なこと言ったから?

 ちがう?

 怖いね。地球ぜんぶが敵かも知れないんだ。バス電車使わないほうがいいね。江別ってあんまり行ったことないけど、このまま自転車で行ける? 大丈夫? わたし、重くない?」



 11(宇宙戦争)


 金内を背に、薄闇のなかを懸命に漕ぐ。自転車は後輪の空気が危ういがなんとかもちそうだ。なんとかなりそうもないのはおれの脚のほうで、高架をくぐり坂を越え、国道に出ても目的地はまだまだ遠い。

 くそったれ、あとどのくらいだ。二人乗りなんて小学校以来だよ。金内って意外と体重あるのな。おれと同じくらいあるんじゃないの。女子って40キロくらいしかないんじゃないのか。

「もう江別だね。次の次に直行するでかい道路を左だよ」

 語り終えた金内はナビ役に徹した。金内の話は激走に気を取られていまいち頭に入って来なかったが、それでもおれの金内観はずいぶん様変わりした。

 エロゲーのキャラのような金内だけではなく、ヤンキー金内もなにかのテンプレートだったのか。親の不在にヤンキーで答えるテンプレート。ヤンキーになれないことへの回答はサークラのテンプレート。テンプレートな振る舞いが振る舞われた結果、おれの金内への理解は遠ざけられた。イミフ女。コスプレヤンキー。ゴリラの連れ合い。ヤンキーっぷりの出来不出来はおれには判断できないが、サークラが微妙にまちがっていたというのはなんとなくわかる。

 話を聞くあいだ思っていた。おれもどこかでオタクを演じている。どこかのオタクの言葉を借りて、誰かの言い分をなぞっている。どこの誰にも本心を隠すように。

 おれはリア充爆発しろと言わなくてはならない。ただしイケメンに限ると言わなくてはならない。流行りのすぎたものにはオワコンと、嘲るときには草不可避と、榛名はおれの嫁と、言わなくてはならない。

 きっと三浦もそうだろう。母にとってのテレビの中の最近の女子が金内で、金内にとってのテレビの中のオタクがおれであるように。

 おれたちは紋切り型に紋切られるため、誰かの物語を再演している。

 オタクあれかし、ヤンキーあれかし。

 それでいて微妙に嫌がってもいる。テンプレートを。誰かと同じであると言いながら、誰かと同じにはしてほしくなくて、自分にはなにかあるのではと自分らしさを探している。無個性と個性を両方欲しがっている。

 そんな悩める十代の悩みのありかた自体もひとつのテンプレートだ。悩みぬいてもそれはすでにどこかの誰かがすでに悩んだ悩みで、検索エンジンにすら答えを期待できてしまう。ありふれた悩みのありふれっぷりに安直に応じてみても、深刻さは個別なものだし、解決するかどうかも場合による。

 現に金内の悩みに解決の見込みはない。親の不在であるとか、わたしってなんだろうであるとか。

 おれも解決しない悩みに直面している。

 言わないでわかってもらいたい。

 言ってくれなきゃわからない。

 おれは両方同時に求めている。

 そこに、言ったのにわかってもらえない、その言いかたでわかるはずがないが加わって、理解不能と判断されたところでさようなら。さようならが目に見えていればはなから関わらないという選択肢が生まれて、その選択肢はいつも過剰に選択される。世界がひとつ狭くなる。そのくせひとたび誤解されれば、われながらどうかと思うほど傷つく。

 おれと金内の問題じゃなくて、人間関係というものはぜんぶそうなんだろうか。おれと家族、おれと三浦、おれと荒井。金内と母親、金内と荒井。

 いやわからない。

 ああ、好きとか嫌い以前に、理解してほしかったんだなおれは。おれは金内にわかってほしかった。ろくにしゃべらなかったけれど、それでもわかってほしかった。わかってほしいのは好きだからだろうか。そんなこともない気がする。

 反面、どうせわかるわけがない、おれのことなんて嫌いなくせにとも思っていた。

 金内には、嫌われてはいないけど見下されてはいたんだろうか。ヤンキーのときにもふよんほわんなときにも。童貞雑魚男子なのは事実だもんな。そう考えても不思議と腹は立たない。こうして色々話してくれたからか? あるいはおれはおれで金内を見下しているのか? 友達のいない女子だと知って安心したのか?

 そうかも知れない。おれはひどいやつだ。

 それに色々話してくれたからって、おれが金内を理解しているとは言い難い。今ここにいるのが本当の金内ですと、今語ったのがテンプレートではありませんと、本心ですと、どこの誰に言える?

 だから、おれも金内になにかを言おうと、理解を求めようとしているのに、結局なにもしない。おれはやっぱり世界を狭く使う。おれはおれの自意識とばかり戦っている。

 これから世界中がおれの敵になるとして、それはおれが世界を狭く使ってきた罰だろうか。


「そこ右に曲がったらずっと直進して。左手に三階建てのアパート見えるはずだから」

 見えた。最後の力を振り絞って漕ぐ漕ぐ。よっしゃ到着。スピードを落とすと金内が飛び降りる。おれも普段ならやらないような乱暴な乗り捨てかたで着地。自転車がざざざと倒れる。あたりはもうすっかり暗い。昼のけたたましさとちがう虫の音がしょわしょわしている。

 金内の家と似たタイプのこぢんまりしたアパートだ。木造モルタラー豊田の居室と見られる部屋には表札は出ていないが、番地と部屋番は合っている。明かりはついていなかった。自転車を起こし玄関前にスタンドを立てる。ドアノブをひねると鍵は開いている。かまわず進入。照明のスイッチを手で探る。蛍光灯がちっちほわんと点く。

 ギター、アンプ、ラップトップ、テレビ、ゲーム機、雑誌の束。万年床の万年っぷりは、ひとり暮らしの学生のものとしか思えない。肝心の豊田の姿は見当たらない。

「いないね」

 金内が囁く。どうしよう、の含意を持つ声音。もちろんおれにもわからない。

 ワンルームの中央にはちいさなテーブルがあり、そこにはスマートフォンが安置されていた。画面が点いて、LINEが起動している。ついさっきまでここにいたのか……?

 そのとき、おれと金内のケータイに通知が入った。確認する。

『ようこそ。思ったより早かったね』

 豊田からのLINEだ。どこから見ている? 首をめぐらすが発見できない。豊田のスマホに目がとまる。今送られてきたのと同じ文面が打ち込まれている。どういうことだ? 遠隔操作? それとも豊田は宇宙人なうえ透明人間なのか? ステルス迷彩? スマホ周りの空間を手で切るが、なにも触れる感触はない。

 さらに次のメッセージが豊田のスマホに打ち込まれてゆく。

『いや遅かったというべきかな』

 またしてもおれたちのスマホに通知が入り、『いや遅かったというべきかな』が表示される。やはり遠隔操作だ。おれもLINEで応答する。

『こっちの声は聞こえているのか』

『聞こえるよ』

「どこにいる!」おれは直に叫ぶ。

『衛星軌道。きみらが滅ぶまでここで昼寝してるよ。滅んだら起こして』

 ふざけやがって。

「なんでこんなことするんだ!」

『神の言語が見つかったからもういいかなと思って。人類がこれを見つけちゃうと面倒だからね』

「だったら黙って滅ぼせばよかったろ。『攻撃』のこともそうだし、『宇宙人と戦えるか』ってどういう意味だ。なんでおれにそんなことを教えた。どこに教える必要があった!」

『必要があったかって? じゃあもう教えなーい』

 今までLINEでやりとりしてきた豊田とあの宇宙人とはどうしてもイメージが結びつかなかったが、ここで確信した。この性格の悪さは間違いなくやつだ、クソ宇宙人。

『まあ、せっかく来たんだし滅びを回避する方法も教えてやろうか』

「教えてくれ」

『ふたつある』

 焦らしてんじゃねよ早くしろ。

『ひとつめは、一番最初に『攻撃』を使った者を別な言語で上書きすることだ。無害な言語を被『攻撃』者にも共有させることで、『攻撃』を無力化できる。認定された『敵』も解除される』

 よくわからん。

「ふたつめは?」

『ふたつめは簡単だ。おまえらそこでセックスしろ』

 はあ?

『そうすれば助かる。おまえらも、人類も』

 こいつの発言の中でもトップクラスに意味がわからない。

『布団も敷いてあるだろ。ほれヤレ。さっさとヤレヤレ』

 LINEに卑猥なスタンプが添付された。かなり直截な記号である。

「どういう理屈だよ!」

『あぁ? だからこう……なんか、エロスとかタナトスとかそういうエネルギーが、いいんだよ。世界のために。愛は地球を救うんだろ、人間的には。いいからヤレよ早く。おれの言うとおりにしないと大変なことになるぞコラ。おれの言うとおりにしたからここまで来られたんじゃねーかコラ』

 ちがう。

 むしろこいつの言うとおりのことなんてぜんぜんやっていないんだおれたちは。

 初めて会ったときだって、金内を家まで送り届けろとの指図をおれは無視した。宇宙人と戦えるかという質問も無視した。三浦は宇宙人のことを伏せろと言われたのに豊田山葉にバラした。まあその宇宙人は豊田自身だったわけだけど、当の豊田はおれたちにこんなことも言っている。

『きみらはもっとモテようと思わなきゃダメだ』

『恋愛してない人間は成熟しないよ』

『おっぱいに触れると健康と幸福が得られる』

『童貞とはいつまでも濡れたTシャツを着ているようなものだと聞くぞ』

 豊田は単に出歯亀がしたいんじゃないのか。つまりおれと金内との……その……交尾的ななにかの……見物を。

 金内をおれの目の前に運んできたのも豊田だ。金内には金内の事情があったとはいえ、ふたりの出会いもその後の展開も、すくなくともおれの意図じゃない。

 そうだ、なんでおれなんだ? もっと宇宙人の意図どおりに動くやつを探しゃよかっただろ。それどころか、どこの誰それのまぐわいだろうと宇宙技術を使えば好きなだけ盗撮できそうなもんなのに。わざわざ「おれに」「ここで」というのはなんでだ。こいつの言うとおりにヤれば世界が救われる? エロスとタナトス? んなバカな。

 背後で衣擦れの音がする。

 まさかと振り向けば金内はすでに下着だけを身にまとった姿で、なんですぐそうやって他人の言葉を真に受けるんだねきみは。ついさっき開陳した悩みはどこ行った。わたしってなんだろう、と思うなら他人の言うこと鵜呑みにするなよ。それにしても思ったより胸がちいさいんですね、ぺったんぺったんつるぺったん。いや紳士たるものいかなるおっぱいでも愛せるようでなくてはならん。青い紐を巻いて拝むべきでり今すぐ顔をうずめたい。

 ……ちがうちがう、NO!

 おれは脳内に散らばった理性の破片をすみやかに拾い集める。ここんちアロンアルファあります?

 理性を元通りに組み立てるさなかにも、おれの眼球はなにげなさを装いつつ金内のパンツを確認している。紐でも縞でもないなんだか地味なパンツだけど、それでもこの、目の前に厳然とパンツが存在しているという圧倒的リアリティーによって理性はフードプロセッサーにかけられ、ホルモン司令官からは急ぎの打電ニイタカヤマノボレ。

 金内が下着に手をかけようとして、ひとつ息をつく。

「電気消していい……?」

 だめですたいへんまずい。

「……恥ずかしいから」

 そういう問題ではない。おれは金内の腕を取りおさえる。「ちょっと待て、あんなやつの言うこと信じるなよ!」

 金内はいつもの鋭い視線をいくぶん和らげて、「世界を救うためでしょ?」ゆっくりとおれの手を振り払おうとする。テーブルの上の豊田スマホに『その通り。いい子だ』と表示される。

「理由があればなんでもやるのかよ!」

「理由がないよりいいじゃん」

「どんな理由でもいいのかって話だよ!」

「世界を救う以上の理由なんてないでしょ」

「その理由を信じる理由がない」

「信じない理由もないよ」

 それは悪魔の証明ってやつだろ。

「おれが相手でもいいのかよ」

「仕方なくない……?」

 うん仕方ない。いや仕方なくない。

「じゃあ、今日のおわびってことにする……?」

 おわびって。もうさんざん謝ったろ。お礼とかおわびとか、そういうのきっちりしてんのな、金内さん。

 あれ、おれ、もしかして、説得されたがってる?

 気づけばおれは金内の手を放している。口を半開きに、歯だけをくいしばり唾を飲み込む。虫の音が遠慮なく侵入してくるほどの静寂で、室内が満たされている。LINEの通知がぽろんぽろん鳴り響く。すべてが豊田からのゴーサインで、おれのホルモンも同意見で、おれはスマホを取り落とす。

「かっ、かか鍵かけてきていいっ!? 誰か入ってきたら困るっしょ! 電気も消すね!」

 急ぎ玄関に赴き施錠する。チェーンもかける。スイッチをぱちぱちやり、照明を豆球まで落とす。

 この明るさでも、金内の両手で口を覆う仕草、微妙に内股で恥じらう姿がはっきりわかる。おれはその肩を抱く、と見せかけてそのまま金内の背後に突き出す。

 壁ドン。

 実際にやってみると相手との顔の近さにびびる。人間の顔をこんなに近くで見るのって、互いの呼吸が聞こえるって、なにかすごくとんでもないことなんじゃないのか。自分の鼓動の速さよりも、そのでかさにびびる。ずっぐんずっぐんずっぐんずっぐん。全身が動脈になったような四つ打ちのビート。

 え? するの? おれ? 今? ここで? こいつと?

 金内がすでにじゅうぶん近い顔をさらに寄せてくる。ただでさえ人の目を直視できないおれはぎっしり目をつぶる。口と口が接触してこれはなにかの手違いだという気分が湧いてくる。おれの心の中に住む小動物が脈絡なく何匹か死ぬ。

 初めてのキスに関して感触だの味だのが取り沙汰されるのはなぜだろう。おれに深く印象づけられたのは体温だった。相手の肉が持つ温度。そして湿度。

「鈴木くんも脱ぎなよ」くちびるが離れ、金内がおれのシャツのボタンをはずそうと指を這わせてくる。

 おれは情けないことに、つぶったままの目をようやく薄目にできた。それでも全身ずっぐんずっぐんしていたが、頭の後ろのほうのごく一部はかろうじて冷静で、さっきのつづきを考えている。

 豊田のいうひとつめの方法。

 一番最初に『攻撃』を使った者を上書きする。一番最初。よく考えなくともそんなもん豊田本人に決まっている。無害な言語なんてものはおれにはわからないし、『人間を上書きする』というのがどんな状態かもわからんが、豊田のやつを死で上書きしてやるというのはどうだ。死。死は停止信号ではないのか。今の気分として、単にあいつを殺したいというのもある。

 ワイシャツが脱げた。おれは足先を使って靴下を脱ぎ、右、左と跳ね除ける。

 もしかして豊田を死で上書きすれば『攻撃』を受けた者全員が死ぬんだろうか。豊田をぶっ殺せばおれは自動的に大量殺人を犯したことになるのか。いや地球を更地にするという目的からするとそれは考えにくい。『攻撃』できる者がみないっせいに死んでしまったら『攻撃』能力は拡散不能になるからだ。確信は持てないが、豊田の言を信じる理由もない。最初の『攻撃』が3週間前であるということもかなり怪しくなってきた。

 なんとブラのホックは楽々はずせてしまった。快挙である。童貞とは思えぬこのエレガントな仕事。誰かに自慢したい。金内が肩口をすぼめるとブラジャーはするりと落ち、つんととがった乳頭がふたつ堂々、あらわになる。

 荒井の言葉を思い出す。「ぜんぜん知らんやつに声かけられて」「おい鈴木を知っているかって言われた」

 荒井がおれを敵と認定する前からおれを探していたやつがいたことになる。そいつは『攻撃』能力を持っている。要するにそいつは豊田なんじゃないのか? 昨日の時点で豊田自身が『攻撃』してまわっていたとしたら、実はまだ『攻撃』された人間はたいした数じゃないかも知れない。

 金内の背中に沿っておれの手は下へ下へと降りてゆく。人間、理解なんてできなくても、身体だけはつながるようにできているんだな。

『攻撃』の仕組みについての荒井の主張が豊田の受け売りだとしても、それ以外は荒井自身の言葉だ。おれはそっちを信じる。オタゴリラ、ぜかまし好きのオタウータン。今日初めて話した間柄でも、殺されかけた間柄でも信じてやるぜ。

 おれはおまえの彼女のパンツに手をかけようとしていて、本格的におまえの敵って感じだけれど。

 けれど。

 さっきから壁ドンの体勢を維持している右手は、じりじりと壁とクロゼットの隙間に近づいている。金内に気づかれぬよう、自分自身でも意識しないほどゆっくりと。金内の臀部に触れた左手が、やわらかな臀部を覆う布的な物体に対する、いかなるアクションもやぶさかでないと表明しながらも。

 一気にクロゼットを引き開ける。

 そこにうずくまり聞き耳を立てる宇宙人、豊田山葉の間抜けづらがお目見えだ。豊田は驚愕の表情でこちらを見上げる。

 やっぱりか。

 こいつが衛星軌道にいるというのも大嘘だ。おれとの会話にタイムラグがなさすぎなんだよ豊田くん。さすがに気づくさ。ラグに敏感なネトゲプレイヤーなめんな。出歯亀したいならそりゃ現場にいるだろうとの読みもあったが、まさかこんなに近いとはね。わざわざLINEで会話したのも、声を出すわけにはいかなかったからだろ? 注意をひくためにテーブルにスマホ置いてさ。

 なにごとかと背後に目をやった金内が、うわおわああと飛びのく。きゃーとか言わないもんなのね。

 どばん。豊田は引きつった顔のまま全身赤色化し、けたたましい音とともに押入れから消える。風圧。ゴミゴミした部屋のあれやそれやがぶっ散らかる。これが本当に時間を操作しての高速移動なのかどうかは知らん。本当だとすればおれに追いつけるはずはないだろうが、それを見越しての施錠である。

 逃がさん。

 やつの姿は捉えられなくとも、三和土に向けてすみやかにドロップキック。

 すんでのところで錠を開けられたらしく、どがんとすごい勢いで開け放たれた扉をすり抜けたおれの蹴りは空を切る。間に合わなかったか。

 だがおれは、わざと玄関を覆うようにマイチャリを駐めてきたのだ。べきゃきょんと自転車がフレームごとばらばらに砕け、派手にすっ転んだ豊田が姿を現す。

「いっでえええええ」豊田がうめいている。

 おれのほうもかなり間抜けな姿勢でポーチに背中を打ちつけたが、痛みに構ってる暇はない。立つ。豊田も慌てて起き上がるが、外灯に照らされた顔は不思議そうにきょとんとしている。なんだ?

 豊田はそのまま、肉眼で確認できる速度で走り出した。

 時間操作うんぬん装置が壊れたか? よっしゃ。追う。急ぎ靴を履く。走る。

「鈴木くん!」

 ほぼまっぱの金内が軒先に現れたが、おれは手先で中に居ろのジェスチャーを送る。金内の陰毛の色艶だけは記憶の深い領域に納める。暗くてよく見えなかったけど。

 走れ!



 12(終戦)


 見知らぬ町の暗がりのなか。月の照らす夜道を貧相な男がふたりかけっこしている図は、傍目にはどう映るだろう。

 さっき考えていた死を上書きだのどうのがわからなくなるほど、腕を振って腿を上げる。脳は人間の臓器でもっとも酸素を消費するという。なるべくなにも考えないよう、目の前でどたどたいって逃げる男を追う。ただひたすら追いつづける。

 豊田はこのままではおれを振り切れないと判断したのか、小路から逸れて防風林に駆け込んだ。下生えを掻き分け進んでゆく。あいつ裸足じゃねえかよよくやるな。

 もちろんおれも躊躇せず林を突っ切る。踏み込む手足に笹みたいな葉がちくちく刺さる。それとはべつな痛みが走って、そういや手え怪我してたなと思い出す。もちろんそんなことにも構ってはいられない。

 林を抜けたところで豊田が振り向いた。おれはこのまま勢いに任せてグーパンを叩き込みたいが、豊田が珍妙な構えをとっている。武術なような、なんなのか、時間操作のほかにも宇宙技術のブツがあるのか?

 足を止めこちらも負けじと身構える。殴り合いなんかしたことないし息はがっつり切れているが、こいつの体格なら荒井を相手にするより一億倍マシだ。フルボッコにしてやる。かかってこいオラ。

 虫の音はいっそうるさいくらいだ。

「セカイ系か?」おれより激しく息を切らした豊田が言う。

「これ……セカイ系だと思うか?」

 やはりこいつの発言はいちいち意味がわからない。

「セカイ系なら、どうなんだよ」

「YESかNOかで答えろ」

 前にも似たやりとりがあったな。

「答えられねえって」

「なんだ地球人、自分のやっていることすらわからんのかこの低脳」

「逆に訊くけどな、仮にこれがセカイ系だったとして、セカイ系の中の人はこれはセカイ系だなと思っていると思うか?」

「……たしかに」

 なに納得してんだこいつは。

「地球人、そもそもセカイ系ってなんだ?」

「知るか!」

 問答によるイライラが限界を超えたうえアドレナリンが噴出しっぱなしのおれは、ほとんど犬猫のあえぎのように絶叫した。

 半身立ちから踏み込み、振り上げたこぶしを相手の顔面にぶつける。一発、二発、三発!

 豊田はむちゃくちゃ弱かった。のび太とケンカするジャイアンはこんな感じだろうかというほど身体能力に差があった。襟首を掴み、とにかくひたすら右手をグーにして叩きつけるというだけの戦法で、豊田の顔面は一撃ごとに変形した。おれTUEEEEE! 豊田の生まれた星は重力が非常に弱いとか、なにかそういう理屈が必要とされるくらいの貧弱っぷりだ。こいつは人間と枕投げしただけで絶命するやも知れん。

「止めろよ! 今すぐっ止めろ! 『攻撃』を! 止めろっ! わかんねえかこの!」

 うひいと半泣きの豊田がたまらず逃げ出す。

 勢いづいたおれは迷わず追撃する。闇夜の追いかけっこ第二章。もはやお互い歩きと変わらないスピードになっているが、これでも立派な宇宙戦争である。

 と、豊田のほうから轟音が聞こえる。しゃりしゃりしゃり、ぐおおごお、光が、なんだ? また時間操作……じゃない、あっ、バカ、待て!

 豊田が躍り出たところは線路の上で、そこには電車があって、その電車はもちろん動いていて、ぶち当たった豊田の身体はひしゃげつぶれ撥ね飛び、まぶしい車内にぽつぽつ人影の見える下り列車は、長く長くブレーキを引いて止まった。


 来た道をなぞったつもりが迷いに迷って豊田のアパートに辿り着く。

 砕けた自転車は玄関前に散乱したままだったが、部屋には明かりが灯り、金内はJリーグファンにしか見えないお召し物をフル装備で、パズドラなんぞをやっていた。

「どうなったの」

 金内が顔を上げる。パズドラのパズル音が、4、5、6連鎖する。

「スマホ持ってきゃよかったよ」

 おれは順に説明した。なんとかやつに追いついたものの、ぶん殴られて錯乱した豊田が線路に飛び出し撥ねられたこと。豊田はおそらく死んだであろうこと。最初の『攻撃者』である豊田を死で上書きすれば『攻撃』は止まるかも知れないこと。『攻撃』停止の確証が得られるまでなるべく誰にも会わず、ここでテレビとネットで事件事故を確認したいということ。

「先に帰ってていいよ、金内は今んとこ『攻撃』の敵にはなってないはずだから。おれは送ってけないし、チャリ壊れちゃったけど。バスまだあるかな」

「いい。ここにいる」

 金内が顔を伏せる。

「あいつ死んじゃったんだ」

「たぶんね」

「電車で」

 電車で、か。ああ。

 さっきのつづきをしよう、今度は誰も見てないし、と言える空気ではない。というかおれも、さっきここでふたりがなにかをしかけていたようにはとても思えない。敷きっぱなしの布団は、先ほどまでは「えっここでするの? しちゃうの?」って感じだったけど、今は豊田の生活臭が漂っていて触りたくもない。

 豊田か。開けっぱなしになっているクロゼットに目をやる。今日の今日までただの電波野郎でしかなかったのにな。宇宙人。その単語のせいもあっておれの罪悪感はかなり薄い。

『宇宙人と戦えるか』

 戦ったような気はする。

『セカイ系って知ってるか』

 ずいぶんこだわっていたが、これが未だにわからない。

 テレビを点けNHKに合わせる。豊田のパソコンは存外ふつうで、しょうもないゲームばかりインストールされていた。馴染みのあるソフトもある。ブラウザを立ち上げネットでニュース検索。

 函館本線人身事故のため一部区間を運転見合わせ、がすぐさま目に飛び込む。

 豊田の死体から身元が割れてここに警察が来る可能性はある。その場合、金内のLINEを見せればここに呼び出されたことは証明できる。遊びに来てて、外出した豊田を待っていた、という説明はべつに不自然ではないだろう。警察は『攻撃』の対象になってる可能性が高いから、なるべく来て欲しくはないけれど。

 NHKニュースではどこか外国の映像が流れている。

 おれは金内と、テロ組織が捕虜を殺したというニュースを見た。報復攻撃を見た。災害で家をなくした人たちを見た。墜落した飛行機を見た。隣国の動向を見た。交通事故を見た。難民を見た。通り魔を見た。性犯罪を見た。収賄を見た。株主総会を見た。放火を見た。

 おれは金内と、国とか、宗教とか、戦争とか、幸福とか、食べ物とか、音楽とか、野球とか、小遣いとか、中学のころのこととか、三浦とか、荒井とか、思いつくままにしゃべった。金内の中学は隣で、よく買い物するスーパーは同じだった。どこかですれ違ってたかもね、そうだね、ごはんどうしよう、すぐそこコンビニあったよ、いっしょに行く? だからおれあんま人に会いたくないんだって、じゃあわたし行ってきてあげる、あざす、なにがいい? カップラでいいや、えーここんちのやかん使いたくなくない? じゃあおにぎりでもパンでも、はーい、オナシャス。

 ニュースを耳にしながらふたり並んでパンを食べる。金内はいつもより饒舌ではなかったけれど、それでも話題は尽きなかった。おれはふだん口にしているような言葉がうまく出なくて、聞いたことのない言葉をたくさん聞いた。


 夢を見た。

 リア充抹殺のために集うオタクたちの群れ。おれはその先頭に立って、蓑をまとい蛮刀を振るっている。男だらけのオタ軍勢はみな同様の装束で、一斉に「ホウ!」と叫んだ。ホウ! ホウ! ホウ!

 士気は最高潮。さあにっくきリア充どもに突撃をかけよう。

 そのとき、おれはおれに寄り添う金内の姿に気づく。金内はきんきらきんと黒髪ロングが半々の、妙な髪をしていた。

 周囲のオタどもがおれに視線を注ぐ。「裏切ったな!」難詰の声が上がる。三浦だ。「殺せ!」

 おれは金内の手を取り走り出す。あたりはいつの間にか真っ暗だ。リア充たちはどこにも見えなくなっていた。

 蛮族がぐんぐん距離を縮めてくる。先頭を走る荒井は目が血走っている。怒号と白刃がせまる。もうだめだと思ったそのとき、金内が前方を指差すとそこには貧相な面構えの豊田山葉がいて、おれたちに手招きをしている。

 生きてたのか、助けてくれ、と縋る気持ちが湧き出るや、豊田はばらばらな光の粒となって遥か上空に消えた。慌てる間もなくおれたちも光の粒になる。

 気づけばおれは衛星軌道上の宇宙船にいた。他には誰の姿もない。

 舷窓には暗黒を背景に輝くまん丸なかたまりが浮いて見える。

 むかし誰かが言ったというように、たしかに青くてきれいだ。テレビで観たやつだなとしか思わないけれど。

 いつだか金内と見られなかった夕焼けも、たとえいっしょに見たとして、同じように思ったんだろうか。


 床に突っ伏した姿勢で目覚めると外はもうだいぶ明るい。薄手のカーテンを抜けて夏の日差しが遠慮なく差し込んでいる。

 うおっ、なんだこれ身体が、ああ筋肉痛か。筋肉痛ってこんなだったか。フローリングには無数の毛が落ち埃が積もり、ポテチかなんかのかけらも散乱していて、本当に汚いなこの部屋。

 金内はおれが眠る前に見た姿のまま、かたわらにケータイを置き体育座りをしていた。イヤホンをしているところだけがちがう。イヤホンはテレビに繋がっていて、気遣ってくれたのだろうか。

 その目は食い入るでもなく悲壮感あふれるでもなくテレビ画面に注がれている。

 そうだ、どうなった? 人身事故は? 『攻撃』は? セカイは?

 金内はおれに気づいて、眠たそうでも目力あふれる視線を寄越す。



 13(鈴木少年は語り終える)


 おれの話はもうほとんど終わりである。

『攻撃』はおそらく止んだ。あるいは初めからそんなものはなかった。

 豊田の家で目を覚ました朝、三浦からのLINEとメールがばんばん入っていることに気がついた。内容的にはたいしたものではなかったが、とりあえず無事で、もみ合いのすえ荒井に帰宅を促し、おれが家にいなかったので自身もすぐおうちに帰ったとのこと。

 ケータイには母からの着信もモリモリ入っていた。自宅に帰り着き無断外泊の説教をくらう段になって初めて、そうか母から見ればこれは息子の朝帰りということになるのかと気づいた。誤解を解くことの困難さにかけては母を超える逸材が身近にないため、ただひたすら難儀した。

 母の口から「あんたまさか金内さんて子といたんじゃないでしょうね」などという問いが飛び出し、しどろもどろになるおれを想像していただきたい。あなたの思い描く図でだいたい合っている。

 江別にある友達の家に行ったが自転車が盗まれて帰れなくなった、との主張で押し通せた、ような気がするが、母のことだ、どう解釈したかはわからない。

 朝食を摂るあいだもニュースを注視していたが、昨晩と変わらず、取り立てて不穏な出来事は見当たらなかった。不穏なことがまったくないわけではないけれど、よく考えると世の不穏の程度を測る方法がおれにはない。

 おおむねセカイは平和であった。おれの目の届く範囲内においては。

 そう結論付けた。


 驚愕したのは教室で三浦と顔を合わせてからだ。

 三浦はおれを敵と看做したりあたり構わず『攻撃』したりなどはせず、化け猫に眼鏡をかけたいでたちのいつもの三浦だったが、おれが昨晩の出来事を話すと、ひとつの告白をした。

 三浦は、豊田が宇宙人であることを宇宙人と出合った日から知っていた。

 おれが金内の訪問を受けて狼狽していたころ、三浦のほうは豊田の訪問を受けて狼狽していたというのだ。

「おまえに嘘はついてないよおれは。宇宙人に詳しいやつと知り合ったとは言ったけど、そいつが宇宙人じゃないとは言ってねえじゃん。プギャー」

 おれが三浦に金内の話をしなかったように、三浦は豊田との間柄をおれに秘していたというわけだ。おれが豊田との連絡を閉ざすようになってからも、三浦は変わらずやり取りをつづけていたという。

「おまえには黙ってろっていわれてたから黙ってた。心苦しかったけどさ、宇宙人キレさせたらまずいっしょ。死ぬっしょ」

「実際殺されかけたんだよおれは。荒井の野郎に」

「ありゃびびったわ。昨日おまえがなんか金内さんとモメていきなり帰っちゃったじゃん、そんで金内さんにどうしたのか聞いてたら、豊田から『荒井は宇宙の手先になった』『鈴木は宇宙的な敵になった』ってLINE入って。それから豊田と連絡つかなくなって、怖くなっておまえん家まで行こうとしたらおまえら見つけて、したっけなんか荒井めっちゃキレてんだもん。マジ慌てたわ」

「だからそれが宇宙人の『攻撃』なんだよ。おれと争わせるっていう『攻撃』な」

「前に豊田さ、金内が荒井と付き合い始めたこと教えたら、なんか激おこでさ、鈴木はなにをしているんだ、って。鈴木はどう思ってるか探りを入れろ、って。鈴木はどうとも思ってないしなにもしないと思いますよっつったらまた激おこさ。わけわかんねえけどとにかくおまえに腹立ててたみたいだよ」

 豊田からの『宇宙人と戦えるか』は、その直後であったらしい。

「そこで三浦が『攻撃』されなくてよかったよ。つうか、おまえもあいつに、あれしろこれしろって脅されたんじゃないの」

「いやぜんぜん。なんか普段はわりと話しやすいやつだったよ豊田。宇宙のおもしろ話とか色々聞いたし。銀河の反対側に行く方法とか。マイクロブラックホールの作り方とか。ぜってえ一生役に立たねえけど。ゲームの貸し借りで何度か家行ったし」

「フツーに友達じゃねえか」

「リア充って呼んだときになんで怒ったのかも聞いたけど『なにも怒ってはいない、なぜならおれはリア充だから』とか、しょっちゅうホラ吹いてたな。バレバレのやつ」

「やっぱあれも嘘かよ、クッソモテ自慢」

「中学んとき部室でヤったとかな。夢見すぎィ!」

「てめえどこ中だよって感じだな」

「それは『ウ中学校』でしょう鈴木さぁん」

「は? は? なにー? 聴こえなーい」

「あー、あいつちょっとおまえに似てたわ。人を見下すとこ」

「ああ?」

「これだから地球人どもはとか、超上から目線で」

「おれそんなの言ったことねえよ!」

 三浦はすこし間を置いて、

「そうだ、おれゲーム貸しっぱなしだよあいつに! もう返ってこねえじゃねえか。クッソ、いくら損したかな」

「おれに隠し事してたバチが当たったんだよ、ざまぁ」

「スカイリムと家族計画と、ラスレムはいいとして、グリザイアっておまえんだっけ?」

「ずいぶん貸しっぱなしになってるけどな……えっ」

「すまん。又貸ししてた」

「あいつんちにあったのおれのかよ! ふざっけんなてめえ!」

 12時58分、自供。容疑者確保。おまえには弁護士を呼ぶ権利がある。

 三浦野郎が宇宙人にまつわる重要事を隠していたのがそもそもの間違いだったわけだが、おれにも隠し事があったわけだし、おれのほうの隠し事は今ではさらに増えてしまっていて、金内と一晩いっしょにすごしたことはやはりこいつに言えない。三浦には、昨日はおれがひとりで豊田のもとを訪れたかのように説明していた。万が一にも荒井の耳に入れるわけにはいかんからだ。このおしゃべり野郎の口が滑ったらまた殺されかねん。

 いや、それも嘘だ。ごめん三浦。たとえ荒井がいなくてもおれ、おまえには言わないつもりだった。おまえ昨日は助けてくれたのにな。おれはありがとうもなしに済ませようとしている。ああまただ。「言ってくれなきゃわからない」と「言わないでわかってもらいたい」を同時にやっているんだおれは。

 だめだ、せめて礼くらいはきっちり言うべきだろう。菓子折りもないけど。

 冗談めかさず、真顔で。

「……ありがとうな三浦、昨日は。助けてくれて」

 うおお恥ずかしい。三浦とすら目を合わせられなくなったらおれはこの先どこを見て生きりゃいいんだ。

 三浦はわざとらしくおどけて、

「なんだよ、かしこまって。水くせえな、つうかホモくせ。なにこれ淫夢ネタ? こいつ礼とか言い出しやがりましたよ、やっぱ好きなんですかねぇ、あくしろよオラ」やっぱ言わなければよかった。

 教室にはネタのわかるやつがいるのか、白い眼を向けてくる者もいる。

 でも三浦の、照れ隠しが過剰なところは、嫌いじゃない。


 夏休みが近づいたころになって、あの日のJR函館本線における人身事故には犠牲者がいないことを知った。

 豊田は生きているのだろうか。思い返せば不自然な点はある。金内を小脇にかかえ現れたあいつが、おれのこぶしで殴打されて泣き喚くほど虚弱だろうか。逆に、宇宙人の死体ならしかるべき研究機関に運ばれ隠蔽されたのかも知れない。あるいは死体を残さない宇宙技術があるとか。ただ単に死体が見つかってないとは考えにくいが、わからない。そもそも『攻撃』が実在したのか、死で上書きというのが正解だったかも、確かめようがない。あれ以来、荒井もおれを殺しには来ない。今のところは。

 新チャリゲットの慣らし運転を兼ねておそるおそる豊田宅を訪ねてもみたが、入居者募集の張り紙があるだけだった。又貸しされたおれのゲームソフトは焦げつき宇宙的債権となった。

 おれと金内はぽつぽつ連絡を取り合っている。相変わらず学校では口も利かないが、メールだけはたまにする。いや、わりと頻繁かも知れない。内容は明かさない。金内と荒井の仲がどうなったかも明かさない。三浦にすら言えてないのに他の誰に言えるというのか。

 そういえば夏休みの予定がひとつ入った。三浦の姉ちゃん主催のキャンプに誘われたのである。姉ちゃんからは、車を出してやるから力仕事はすべてこなせ、とのこと。一人っ子のおれにはこういったイベントはありがたい。メンバーは三浦の姉ちゃんとその友達がふたり(女子大生である!)、おれに、三浦。他にも誰かを誘えとのお達しで、誰を誘うかは考え中である。


  ◇ ◇ ◇


 長い物語も短い物語も存在しない。

 あるとすれば語りの長短だけであって、この物語はおれが予期したよりはすこし短く語られた物語ということになる。あるいは語り手が結末を明かさなかった物語だ、当然のことながら。

 おれが関わった物語はここで終わる。

 おれの名は明かさない。ありふれた名前のありふれっぷりにまぎれるため、ふだんは豊田山葉と名乗っている。トヨタもヤマハも珍しくはなかろう、地球では。

 エロゲーをこよなく愛するおれは、自らものしたエロゲーのシナリオを実践してもらえる人材を探していた。条件に合致した人物は、自身を複雑だと思い込んでいる単純無比なオスと、やたら暗示にかかりやすい性質のメスだったが、いざとなってもこちらの手はずどおりにことが運んだりはしなかった。

 これはおれの執筆能力の有無以上の意味を持つ。

 地球産のエロゲーには神と称される作品が無数に存在する。それを知ったおれは、エロゲーの中には神の言語が含まれているとの仮説を立てたのである。先達の調査によれば、地球ではヒエログリフやらバイブルから神の言語の断片らしきものが見つかったという。ならばエロゲーに限って神の言語が含まれていないと誰に言えよう。

 エロスとタナトスとテクノロジーの交点に神が宿る。ありそうだ。そうは思わないだろうか。おれは思った。

 おれはおのれの霊感に従い、神作品から神の言語とみられる記号を見繕い、それらをふんだんに盛り込んだ物語を仕立て上げた。これでおれが書いたシナリオに現実のほうが沿うのなら、この物語には神の言語が宿っており、神の言語を用いたおれの物語は宇宙をひとつ記述したことになる。なにせこの物語の末尾では、おれが神の言語を行使することが織り込まれているのだから。

 だが現実のほうは当初の予定をだいぶ離れ、エロスにもタナトスにも到達しない別のテクストを吐き出した。

 おれは軌道修正のため干渉をつづけるはめになったし、苦心した『攻撃』はガキどもをとち狂わせただけで神の言語足りえなかった。世の中そう上手くゆくものではない。おれの手元には期せずして借りパクしたゲームだけが残った。

 あるいは『攻撃』は成功していたのかも知れない。もはやおれには観測できなくなっているというだけで。ガキどもにも確かめる術がなかったというだけで。

 なぜならおれは、おれの物語は、すでに上書きされてしまっているのだから。


 これは、おれの物語について鈴木少年が語った物語である。

 鈴木少年が語り終えた以上、ふたりのその後についてはおれの関知するところではない。

このあとがきは神の言語で記されています。うそです。

恋愛は、なんらかの意味で遠いひと同士がするもののほうがおもしろい気がします。見物するぶんには。当人たちは苦労するのでしょうけれど。

そんなことを考えながら書きました。

お読みくださったかた、ありがとうございます。

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