3色『風紀委員』
生徒総会。
年の初めに行われる生徒主体の集会であり、生徒会主催として委員会や部活の1年間の予算を決めるのがメインだ。
とても重要な会であるのは承知なのだが、いくつもある委員会や20を超える部活の数々を全て確認していくものだから、いかんせん、長い。
しかも贄浪学園の場合の生徒総会は、授業返上イベントなのである。
因みに、パーフェクト少女・砂月美玲は集会というものが大の苦手だ。
もちろんのこと、本日もいつも通りに
「くぅ〜……」
体育座りで爆睡していた。
足と腕に囲まれた空間にすっぽりと顔を埋めているために長い髪が色は違えど貞子さながらになっている。
しかも彼女は平均よりもずっと小さいおかげか、周りの女子達で見事に隠れている。
--とは言っても、その周りの女子達は皆気づいているわけで。
「美玲……起きなよ美玲」
爆睡少女の後ろに座っていた要がその小さな背を揺すってみるも、起きる気配すらしない。
「もう食べられにゃい……むにゃ」
「何の夢を見てるんだよ」
何気幸せそうである。
その様子に思わずほっこりしそうになる面々だが、それでもさすがに今は集会中である。
ちらりとステージに目を移した要は一瞬ドキリとした。
気のせいかもしれないが、生徒会長と目が合ったように思えたのだ。
「志茂月さん、どうしたの?」
「今、生徒会長と目が合ったような……」
「えっ」
☆
紅茶を淹れる音が響く部屋で、小さなため息が聞こえ、消えた。
「会長、どうかしましたか?」
トレイに紅茶を乗せて現れたのは、長い銀髪の幼い少女。
130cmにも満たない小さな身体で、ため息をついた張本人にティーカップを渡す。
その動作一つ一つを行うたびに地面につきそうなストレートの髪がゆらゆらと揺れる。
「ああ、紅茶ありがとう。ねぇ冬奈、今日の生徒総会なんだけど」
「うん」
「寝てる人、多くなかったかしら?」
質問の意味を理解できずに一度キョトンとする冬奈。
しかしすぐに理解すると視線をふらふらさせながら指を折っていく。
「詳しい数はわからないけど、多分去年よりは多い」
「そうよね……」
集会中に生徒が寝てしまうのは本当は避けたい。
が、誰もがわかる通り、贄浪学園の生徒総会はひたすら長い。
事実、会長である彼女自身気を抜けば舟を漕いでしまう。
またため息をついて、机の上に突っ伏す。
その衝撃で卓上に置いてあった『澤田市』と書かれたプレートが落ちた。
冬奈はそれを拾い上げると、わざとらしく市の頭の上に乗せた。
「落ちたよ、市」
「ごめん」
乗せられたプレートを手で押さえながら身を起こす。
そんな市の目の前に無情にも置かれたのは書類の山だった。
起き上がってから書類の登場までに僅か1秒。
あまりの出来事に目を丸くしてしまう市。
冬奈もまた同じ反応をしていることからして犯人は彼女ではない。
と言うより、小柄な彼女が運べる量ではない。
「今日の総会を踏まえて夢匣に投函されたものを纏めたもんです」
「か、海原くん……どうも」
書類の向こうに立っていたのは『書記』の腕章をつけた黒髪眼鏡の少年。
「生徒会で実行できる範囲は限られますが、まあ会長なら全部できると思うんで」
「あの聖さん、あまり無茶を言わないほうが……」
「何を言ってるんですか朝風副会長」
聖は眼鏡を中指で押し上げると、小さな少女を見下ろした。
「生徒会選挙で驚異の支持率100%を叩き出し他の立候補生が自ら舞台を降りるほどの人望。わかりますか、澤田生徒会長。あなたは事実上のこの学園の支配者なんです」
なぜか熱く語り出してしまった聖に、市も冬奈もドン引きしてしまった。
それにも拘らず語り続ける彼を放置することを決めた市は、とにかく書類に目を通し始めた。
予算に関しては本日決定したのでその他諸々のことが書いてある。
その内の1枚を手に取ったとき、市が動きを止めた。
文面をじっと見つめたまま動かなくなる。
「会長?」
不思議そうに冬奈が首を傾げ、聖もようやく語りを止める。
頬杖をついた市は、小さく唸った。
横から書類を覗き込んだ2人は、その内容に思わず納得してしまった。
「風紀委員の設立、ですか……」
「確かにうちに無かったですね」
新しい委員会を作って欲しいという内容では、いくら生徒会長と雖も生徒だけの力でどうにかなる問題ではないのだ。
まあため息をつくと、市の目はどこか遠いところを見つめてしまった。
「風紀委員って、何だっけ」
☆
「「え、風紀委員?」」
突然の言葉に、思わず美玲と要の声が重なった。
なんでも、先日の生徒総会終了後に、生徒の声を聞くために設置された夢匣に風紀委員設立の申し出があったとかで、急遽募集をかけてみたところ、なんと立候補者はたったの1人。
そこで第二の手として未だ委員会未所属の者に声をかけることとなり、2人に白羽の矢が立ったのだとか。
いくらなんでも登校直後に言われるセリフとは到底かけ離れた内容ではあるが。
「とりあえず生徒会室に行ってみて。詳しい話はそこでね」
担任にそう言われてされるがままに教室を出た2人だったが、何が何だか全く状況把握ができず、顔を見合わせてしまった。
あなた達しか適任がいないんですぅ、という担任のアニメ声で後押しされ、美玲と要は半ば強制的に生徒会室へと向かうこととなった。
☆
生徒会室の中は紅茶の香りが漂っていた。
ゆっくり中に入ると、奥の席に市が座り、そんな彼女を隠すように生徒会長席の正面に男子生徒が立っている。
冬奈に彼の隣に行くように促された美玲と要は急いでそこへ向かった。
3人が揃ったのを見ると、市は紅茶を一口飲み、口を開いた。
「さて、あなた達が風紀委員会所属希望者ね。3人……少し少ない気もするけど、まあしょうがないわ」
流れるような動きで市が取り出したのは1枚の書類。
よく見てみれば、それは委員会設立に関するものだった。
「本来なら部活同様、5人の人員と顧問、副顧問が必要なの」
「顧問の方は、赤津先生と三枝先生にお願いをしたところ、了承をもらいました」
「ありがとう海原くん。問題は、足りないあと2人なんだけど」
今度は違う書類を取り出す。
そこに書いてあるのは生徒の名前。
美玲達のものではない、2人の生徒の名前だ。
「いわゆる水増しね。校則違反だけど、校長からも許可もらったし問題ないわ」
さらっと言ってしまった生徒会長に、思わずドン引きせざるを得ない一般生徒なのであった。
「えーっと、そうね。せっかくだからこのまま自己紹介に入っちゃいましょうか。哀川くんからよろしくね」
自己紹介になる、と言うことで2人はようやく男子生徒の顔を見た。
思わず感嘆の声が出てしまったことに彼女たちは気づかない。
仕方のないことだ。
何せ目の前にいるのは、2次元から抜け出たような美少年なのだから。
「1-B、哀川瀬那だ。よろしく」
「「同じクラス!?」」
叫んでしまったのも無理はない。
彼……瀬那が告げた1-Bは美玲と要が所属するクラスなのだ。
「私、1-Bの砂月美玲だよ!」
「同じく1-Bの志茂月要だ」
しかし2人の自己紹介に瀬那が驚くことはなかった。
よくよく考えてみれば美玲は入学初日から人に囲まれる人気であったし、要はその後1週間に渡り無断欠席をしていたものだからある意味有名人だ。
だが、まさかここに集まったメンバーが全員同じクラスだとは、いったい誰が予想できただろうか。
驚いたのは、そこにいた生徒会メンバーも同じだった。
「ねぇ哀川くん」
「なんだ」
「哀川くんってさ、思ったより小さいよね」
ごづっ。
鈍い音がして美玲がその場にうずくまった。
いつ出したのか、彼の手には鉄扇が握られていた。
「チビに言われたくねぇ」
「ご、ごめんなしゃい……」
この人は怒らせちゃいけない。
そう悟った瞬間であった。
「ち、因みに何cmなんだ?」
怒らせないようにと完全低姿勢で尋ねる。
「165cmだ。悪いか」
うわぁ、近い。
悪いと思いながらも心の内でそう呟いてしまった要(158cm)であった。
因みに美玲は149cmである。
本人曰く、低身長を気にして毎日牛乳を飲んでいたらあらぬところに栄養を持って行かれたとか。
そんな様子を見てさりげなく和んでいる生徒会の3人(平均159.1cm)なのであった。
実は瀬那より
市の方が高いという事実は、また別の話なのである。