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2色『理由なんているの?』

 贄浪学園の入学式から一週間、美玲には一つの悩みがあった。

 それはーー


「美玲! 一緒にお昼食べよう!」


「美玲! 一緒に帰ろう!」


「美玲! 部屋に遊びに行くね!」


「美玲! 晩ご飯一緒に食べようね!」


 要がうざいレベルで付きまとってくることだ。


 あの日に要を殺さなかったのは慈悲だとか情が移ったとかではなく、単純に美玲の性格故であり、相手を傷つけずに倒すのがポリシーだからである。

 そして本人は気づかないが、美玲は相手を傷つけず、許し、包み込み、双方が気づかぬうちに更生する。

 美玲と関わった者は、そうなるのだ。


「それに、どこでも叫ばれると悪目立ちするんだけど……」

「いいじゃないか。だって僕たちは友達だろ」

「友達、ね……」


 友達になった覚えはさすがにないんだけど。

 ぼそりと呟いた声は誰の耳に届くことなく教室の喧騒に消えた。


「ごめんね要。友達って、そんなんじゃないから」

「……え?」


 不意をつかれた要は何も返すことなく、教室を立ち去る美玲を見送った。




 ☆

 仲間いるところに敵もいる。

 信頼あるところに裏切りもある。

 仲間との絆が深いほどに信頼は生まれる。

 信頼が厚いほどに裏切りは人を深く傷つける。


 友達。

 それは美玲にとっては、信頼と裏切りだけが渦巻く薄汚いものでしかなかった。

 裏切られたくないなら友達を作らなければいい。

 他人に、心を許さなければいい。

 どれだけ仲良くたって、偽った自分で接すればいい。


 だからこそ要の存在は鬱陶しく感じた。

 他の殺し屋たちと同様に命を取ることなく、二度と自分のことを殺そうなどと考えないように友好関係を築く。

 ただそれだけだ。

 付きまとわれる謂れなどない。


 頭の中でそうグダグダと考え込んでいた美玲だが、ふと、その思考を止める。

 ちらと辺りに視線を送り、小さく溜息をつく。


「2週間連続で殺し屋が来るとか、最悪だ」


 慌てる様子なく後ろに飛ぶと、先まで彼女がいた場所にダーツの矢が刺さった。

 直後に再び飛んできたそれを鞄を盾にして防ぐ。

 抜いて確認してみればハードダーツだ、殺す気満々である。


「数は……はぁ、多勢に無勢、か」


 気配を感じるだけでもざっと20弱。

 これにはさすがの美玲もゲンナリした。

 だがそれでも相手をする態勢を見せる。


「あ、やっと見つけたよ美玲!」


 と、そこへタイミングがいいのか悪いのか、美玲のことを探していた要が姿を現した。

 突然の邪魔に敵の方に僅かながら動揺が現れる。


 要はと言うと、さすがに本業は殺し屋、場に蔓延するさっきに気づき事態を察した。

 子犬のような視線が一気に鋭くなった。


 臨戦態勢。

 この好機を見逃す美玲ではない。


「要、一気にたたみかけるよ」

「了解!」


 2人同時に敵軍に突っ込む。

 ……と、見せかけて、美玲は要のことを放置し事も無げに一人さっさと逃げおおせたのであった。




 ☆

 近くのコンビニで買い物を済ませて寮に戻ってきた美玲を待っていたのは、少なからず傷を負った要だった。

 心何か気難しい顔をしている。

 鍵をかけてあったはずなのにどうやって入ったのか、などツッコミを入れたいことは多々かあったが、要の方に何か言いたいことがあるのはわかった。


「美玲……」


 いつもより重めの要の声が降る。

 さすがに置いてけぼりにしたのはまずかったかと、少し反省しようとした時だった。


「無事でよかった!」


 とても嬉しそうに叫んで美玲に抱きつく要。

 予想の範囲外のその行動に、美玲は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「気づいたらいなくなってたから、もしかしたら連れ去られたんじゃないかと心配で」

「あんたを置いてさっさと逃げただけだよ」

「そっか! 逃げられたんだ! よかった、本当によかった!」


 真実を知って怒るかと思えば、むしろ喜んでいた。

 そんな要の態度に、逆に美玲の方が怒りを覚えてしまった。

 気付いた時には要の頬をひっぱたいていた。


「何をへらへらしてんのさ。見捨てられたって自覚ないの? なんで怒んないのさ!」


 叫ぶように美玲が怒鳴ると、要は静かに顔を伏せた。

 見捨てられたのだとようやく気付いて悲しくなったか。

 そう思った美玲だったが、要の顔を覗き込んでぎょっとした。

 笑っていたのだ、少し、恥ずかしそうに。


「怒らないよ、僕は。どうして美玲が僕と友達じゃないって言ったのかまだわからないけど、それならあそこで見捨てることに罪はない。だけど僕は心の底から君が心配だった。君からしたら僕は小さな存在かもしれないけど、僕にとっての君は“僕”を救ってくれた、大切な人なんだ」


 そう語る要はとても優しい目をしていた。

 つい先日に美玲を殺しに来たと宣言した時とは似ても似つかぬ目をしていた。

 美玲の見せる微笑みとは似ても似つかぬ柔らかさを持っていた。


 出てって。

 お願いだから一人にして。


 他人を理解することをやめた少女はただ、冷たく言い放った。

 今度こそ悲しい顔を見せる者に目をくれることもなかった。


 たった一言だったけれど、その一言に言い知れぬ闇を感じた要は、何も言わずに、静かに美玲の部屋を後にした。

 自分には何もしてあげられない。

 そう悟ったから。


 ピリリ ピリリ

 小さく電子音が鳴る。


「電話だ……誰だろう」


 制服のポケットから折りたたみの携帯を取り出す。

 通話ボタンを押して、スピーカーを耳に押し当てた。




 ☆

 翌日、要は学校に姿を現さなかった。

 誰よりも先に埋まる席は、いつまでたってもガランとしていた。

 生徒はもちろん教師ですらその行方は誰も知らない。

 寮へ向かった担任の報告から帰宅した形跡すらないことが判明した。


「砂月さん、何か知らない? 二人とも仲良しだったでしょう」


 もちろんずっと要がくっついていた美玲は何人からもそんな質問を受けたが、知るはずがない。

 最後の姿を見たのは部屋から追い出した、あの時なのだから。


「急用で遠出、とかじゃないですかね」


 そもそも要はフリーの殺し屋であるわけだし、依頼が入れば平日であろうと仕事に向かうだろう。

 要の本業を知っている美玲としては、それで納得していた。


 ところが2日経ち、3日が経ち、それでも要の無断欠席は続いていた。

 しかもその間一度たりとも寮に戻らず、誰にも連絡の一つも入らない。

 これにはさすがの美玲も違和感を覚え始めていた。


 気づけばおこなくメールチェック。

 気づけば探している要の名前。


 あれ、どうしてこんなことをしてるんだろう。

 どうして要の連絡を待っているんだろう。

 どうしてーーこんなにも要のことを心配しているのだろう。


 ようやく気づくことができた。

 要のことをとても大切に思っている自分に。

 仲良くなるのではなくて、友達になりたいと願っている自分の心に。


「友達……友達、か。……ははっ、私が、こんなこと思ってたなんて」


 人知れず校舎を後にくる少女の瞳は、人知れず雫で潤んでいた。




 ☆

 要が目を覚ましたのは、薄暗い倉庫の、薄ら寒いコンクリートの上だった。

 起き上がろうとしたところで手足を縛られていることに気がつき、動くたびにジャラジャラと重い鎖が音を立てる。


「よぉ、気がついたか」


 低い声にハッとする。

 視界の隅から現れたのは、見覚えのある男だった。


「なんでお前がこんなところに」

「お前呼ばわりとはいいご身分だな。雇われてやっとこ食える犬のくせに」

「黙れ! お前とは契約を切ったはずだろっ」


 叫ぶ要を見下ろす男は、下卑た笑みを浮かべていた。


「ああ、切ったさ。だからこうして餌にしてるんだろ」

「餌……だと?」

「志茂月、お前いつの間にか奴と仲良くなったんだってなぁ」


 男の笑みが歪む。

 体の後ろで縛られた要の手を鎖の上から踏みつける。


「テメェが殺し損ねた砂月美玲、奴をおびき寄せる餌なんだよ」


 要の目が見開かれる。

 予想通りの反応だったのか、男の笑みがさらに歪んでいく。


「美玲に手を出すな!」

「殺し屋ともあろう人間が情でも移ったか、志茂月ぃ?」


 ゲラゲラと笑う男は力の限りに要の腹部を蹴り飛ばした。

 苦いものが込み上げ、その場に吐き出してしまう。

 何とかして束縛を解こうとする要だったが、それを嘲り笑うかのように男が彼女のことをまた蹴り上げる。


 いくら手練の殺し屋といえども要はまだ15歳。

 無抵抗の状態で大人の男の蹴りを何度も食らってしまえば

 意識をなんとか保つことで精一杯だった。


「はい、そこまで」


 突如として倉庫内に響き渡る声。

 大声であるわけでもないのに、鈴のようのその声は凜として奥まで届いてきた。


 腰まで届く長い髪が風に靡く。

 大きい瞳が中を睨みつける。

 細く幼い四肢が彼女を中に運ぶ。


「み、れい……」

「ようやくお出ましか、ガキ」

「要を、返してもらいに来た」


 いつもの可愛らしさはどこにもなく、凍てついた目が男を見つめている。

 その容姿からは思いもよらない程に重い殺気が倉庫の中に満ち溢れる。


「私ね、私の命を狙う人のことっていつも許しちゃうの。だって、人の命を奪うのはとても悲しくてつまらないことだから。……だけど、許せない人だっている」


 一瞬だけ寂しそうな目が要を捉えるが、誰も気づかない。


「それはね、私を狙ったくせに私以外を傷つける人」


 美玲が静かに右手を動かす。

 刹那、男の頬に一筋の赤い線が入った。

 思いがけないことに男の動きが一瞬止まる。

 しかしすぐにまたあの下卑た笑みを浮かべた。


「で、何だって? この女を返して欲しいって言ったのか。よく言うぜ、こいつに殺されそうになったってのに」

「うん、そうだよ。だから?」

「は? 何言ってんだテメェは」

「友達を助けるのに理由なんているの?」


 当たり前のように言い放った美玲。

 床に伏せる要が、ほんの僅かに反応した。

 意識も薄れていく中で、静かに、優しく、誰にも気づかれずに微笑んでいた。


 気を失った要を邪魔にでも思ったか、男は彼女の手足を縛る鎖を鷲掴むと離れた場所へと放り投げた。


「何を」

「おーっとストップだ。それ以上近づけばあの女の命はないぜ」


 男の指が上を示す。

 見上げた美玲は、思わず息を飲んだ。


 使用が廃止されてからもそこにあり続けた古ぼけた倉庫。

 その天井は崩れかけ、鉄骨が今にも落ちそうにぶら下がっている。

 その真下にいる、要。


「近づけば、ドカンだ」


 そう言って男が取り出したのは小さなスイッチ。

 起爆装置。

 殺し屋でなくとも場慣れしている美玲がその正体に気づくのに時間はかからなかった。


 つまり、あの鉄骨の根元に爆弾が仕込んであり下手な真似をすればスイッチを押す。

 結論を出すのは難しいことではなかった。


「卑怯な真似を」

「ズルイ、卑怯は敗者の戯言だぜ」


 男はゲラゲラと笑う。

 起爆装置を持つのと反対の手が懐のポケットに入る。

 取り出されたそこには、鈍く光る黒い拳銃が握られていた。

 美玲が手出しすることは許されない、そんな計算しつくされた状況ができてしまった。


 男の勝ちは明白だ。

 だと言うのに、男の顔は引き攣り、拳銃を持つ手が小刻みに震えていた。

 なぜならーー


「何故だ……何でテメェは笑っている!?」


 なぜなら、彼の目の前に佇む少女は、誰も見たことがない程に輝いた“最高の笑み”を浮かべていたのだから。




 ☆

「かーなーめー」


 要の体をそっと揺する。

 静かに目を開けた要は、初めは現状を飲み込めないようでぼうっとしていた。


「ここ、は……」

「学校の保健室だよ。あの後、先生呼んだんだ。それでね」


 一度美玲の言葉が濁る。

 言うかどうか迷い、改めて口にした。


「それでね、先生に全部話したよ。要が殺し屋だってことも」


 要の息が詰まる。

 殺し屋というのは、その名の通りに殺しを生業とする人のことである。

 本来ならばそのような生徒は学校を追い出されてしまう事態だ。


 絶望を感じる要だったが、美玲はさらに言葉を続けた。


「大丈夫だよ、ここは、贄浪学園なんだから。要だって、だからここに来たんでしょ?」


 それは、あの時と同じ声だった。

 要の心を溶かしたあの時と。


「っ、美玲、あいつは!?」

「あいつ?」

「僕を連れ去ったあの男だ!」

「ああ、彼ね。ーーーーさあ、どうしたかな」


 一瞬だった。

 ほんの一瞬だけ、その言葉を発したその一瞬だけ、優しかった美玲の瞳から光が消えた。

 暗く、深い闇が、そこにはあった。


 しかし次の瞬間にはいつもの美玲に戻っていた。

 そこで、ふと要はあることを思い出した。


「あの、さ……僕の聞き間違いかもしれないんだけど」

「ん?」

「助けに来てくれた時、美玲さ、僕のこと『友達』って言ってくれた?」


 ぽきゅん、と音がした気がした。

 些細な質問だったはずなのだが、美玲が顔を真っ赤にして俯いてしまったのだ。

 そしてそれは、つまりは肯定だった。


 もごもごと口ごもる美玲はその容姿も相まって、さながら小動物のようだった。


「言ったよ……言いましたよ。だって! 要は、私が酷いことしたり言ったりしても私のこと嫌いにならないし、それに、命張って私のこと助けてくれようとしたし」


 はにかみながら紡がれた言葉に、今度は要が顔を赤くする番だった。


「要……信じていい? 要は私のこと裏切らないって、信じていい?」


 必ず助けに行くから、そう誓った少年は姿を消した。

 差し出された手が、幻となり霧散した。


 彼とは似ても似つかないはずの要なのに、美玲はどうしても2人を重ねてしまっていた。

 だからこそまたいなくなるのが怖くて、より一層冷たく接してしまっていたのかもしれない。


「裏切らないよ。裏切るものか。だって僕は、美玲の笑顔が好きなんだ。護りたいって、思うんだ」


 人に冷たい印象を与えがちな緑色の瞳は、美玲には森のような暖かさを感じさせていた。

 そしてそれは、美玲の故郷によく似た色だった。

 幼い頃に窓からよく眺めていた一面の自然が、彼女の瞳の中に広がっていた。


 不思議と、心が落ち着く色だった。

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