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怪物公爵と森の鬼姫  作者: 長野智
■本章■
7/23

第一話






 


 世界でも三つの指に入るほどの国土面積、総人口数を誇るルーズバーグ王国は現在、御年五十七歳を迎えたセオドア・ウォーレン=セシル・メイスフィールド国王陛下が統治しており、その勢いは未だ衰えることもなく世界的に発展を続けている。


 そんなルーズバーグ王国の王都第一区と言えば王宮も近く王の懐と言ってもいいほどの中心地であり、その広々とした土地は代々、アルフォード家が治めていた。


 王都の領主と言うだけで貴族の中でも羨望の眼差しを受けるというのに、その狭き門である第一区公爵領を治めるなどエリートの中のエリートと言ってもいい。そんな貴族の憧れの領地を歴史的に守り続けてきたアルフォード家は今回の爵位継承でもそれは変わることなく、新たに王都第一区公爵領領主となったまだ若き青年、ヴィンセント・アドルフ・デ・アルフォード・ブラッドリーも見事にその役目を果たしていた。



「よおハロルド。ヴィンセント知らねえ?」


 ヴィンセントの部下であるハロルドがアルフォード公爵邸を歩いていると、奥から気だるげに歩いてきたクリードが、眠気をこらえているかのような表情をして尋ねる。


 雑にというのか散切りにというのか、とにかく整えられていない肩甲骨ほどまでの銀の髪を流し、紫の瞳をしている見た目には若いクリードは、実は「吸血鬼」という怪物である。

 とはいえ、封じの楔という枷が付けられているために怪物としての能力は一切奪われ、血への欲求もないため、現在はただの人間と言っても間違いはないだろう。


「おそらく森でしょうね」

「げ、今日も行ってんのかよ」

「もっと言ってやってください……まったく。通い詰めているわりに公務は全く滞りないんですから、さすがはヴィンス様と言うべきですかね」


 呆れ気味の二人は、今は外出中であるヴィンセントを思い浮かべ、同じようにため息を吐いた。









「鬼姫、昨日は狼男を保護しました。これが、曽祖父の代より我が家に住まう影人と相性が悪いようで、昨日も喧嘩をしていたのです」


 帰らずの森の奥にある、ひっそりとした家の扉の前。そこに無作法にも座り込み、扉に向かって語るヴィンセントは思い出すようにそう言うと、反応も待つことなく楽しげに語る。


「ああ『影人』というのは、影人自身が『昔付けてもらった』と言っている名で我々もそう呼んでいるのですが、我が国では通常ドッペルゲンガーと呼ばれております。本来の姿はなく、目に入った生物の姿を真似る怪物なのですが、狼男はやはりそれに驚いていまして。自分がもう一人いる! と卒倒しかけたようなのですが、それが悔しくて反抗的になってしまうんでしょうね」


 扉は固く閉ざされており、中からも物音は一切ない。誰も居ないのでは、と一見して思えるが、ヴィンセントは確かにそこにその存在を感じていた。

 きっと、静かに聞いてくれている。いや、聞いている、ではなく、耳に入れている、というレベルなのかもしれない。それでも感情を荒ぶらせてヴィンセントを排除しに来ないのだから、ヴィンセントにはそれだけで良いのだ。


「影人は『自分を見た人間は驚いてショック死してしまう。それが心苦しい』と言って我が邸にやってきました。心優しい彼のことです。立っているだけで、人に見られるだけで命を奪ってしまうということに限界を感じていたのでしょう。我がアルフォード家が『怪物を保護している』と知って、自ら足を運んでくれたのです」


 空いた時間を見つけては、ヴィンセントはこうして森の家に足を運ぶようになった。

 それは数ヶ月前からであり、逆に言えばもう数ヶ月欠かすことなく頻繁にやってきている。そして何をするでもなく、入室も許されないまま、草の無造作に生える扉の前に座り込むと、返事をしない家の主に他愛ない話を語りかけるのだ。


 それは、初めて会った時……不意にヴィンセンに湧き上がった感情がそうさせていた。



「ああ、鬼姫。この家はまた囲まれています。……貴女はどうも、山賊を引き寄せる才能がおありのようだ」


 ゆっくりと立ち上がったヴィンセントは、増えてきた人の気配に視線を巡らせると、それまで草の上に投げていた重々しい剣を引き抜いた。



 ――――まだ若いアルフォード公爵は、多忙を極めている。それは王都第一区の領地の広さ、領民の多さもあるが、そこを治める者は王と他地区のパイプ役も担っているためだ。

 つまり、王と謁見することもあれば、それ以上に領主と会うこともあり、さらには領地の視察にも出向き、そして領主を統制し、時には付き合いで夜会に行き――加えて、怪物絡みの事件が起きれば、その怪物の保護を行う。


 アルフォード公爵は他の領主から見て、まさに多忙の極みである。


 さらに最近では森に足繁く通っていたり、そこに出向く上で剣術や馬術を本格的に始めたりもしているためにいっそう多忙になったのだが、それは他の領主たちは知りえないことだ。




「鬼姫! このヴィンセントの心よりの頼みです! 魔獣が山賊を食らおうとするのをお止めください! やつらは気絶しているだけです! 私は生きたままで魔獣に食わせるような非道なことをするために、山賊を気絶させたのではございません!」


 剣術を本格的に学んでいるヴィンセントの腕前はもう騎士のようなそれであり、山賊が数十人で寄ってたかっても敵うものではなかった。そしてそれは今日も今日とて例外ではなく、鬼の家を襲撃しようとし、しかしすぐに身なりのいいヴィンセントへと狙いを変えて襲いかかった山賊たちは、見事に返り討ちにあった。


 それはもうここ数ヶ月で何度も見た光景だ。

 ちなみにその後、今まで鬼に返り討ちにあっていた山賊の死体を食べていた魔獣が、ヴィンセントにやられて気絶した山賊を見て「餌だ餌だ」と寄ってくるのを追い払ってもらうための彼の懇願も、見慣れたものとなりつつあった。


「うるさい」


 不機嫌さを隠すことなく家から出てくると、鬼は魔獣たちに視線を移す。すると、何かに怯えたように、魔獣は渋々ながらに森の奥に戻っていく。

 ヴィンセントには、鬼が何をしたのかは分からなかった。けれど魔獣が立ち去るのを見て、ヴィンセントの言うことを聞いてくれたことだけは理解する。


「ああ、ありがとうございます」


 最初からこうではなかった。

 鬼は最初、ヴィンセントが気絶させた山賊を見ると、すぐさま殺して魔獣に与えていたのだ。こうした方が綺麗に片付くから、と言う考えかららしいその行動も分からないでもないが、ヴィンセントは酷たらしいその行いに何度も何度も「頼むからやめてくれ」と言葉を募った。


 ヴィンセントが男で、さらには剣の腕も優秀であるとはいえ、鬼に敵うなんて思わない。

 だからこそ、願うしかなかった。


 何度も、何度も。鬼はヴィンセントを無視して、山賊を殺しては寄ってきた魔獣へと放り投げる。

 時に泣きながら。時に項垂れて、力なく。叫んでも、何を言っても、どうしたって、鬼はヴィンセントの言葉には耳を傾けなかった。


 しかし。

 言葉が尽きるほどに、繰り返し「やめてくれ」と言っていたある日。

 鬼が初めて、魔獣を追い払ったのだ。


「……かえれ」

「いいえ、鬼姫。このような危険なことはもう何度目でしょう。私と共にアルフォード公爵邸に、」


 言い終えないうちに、鬼は家に戻り、扉を閉めた。それにヴィンセントは「道のりは長そうだ」と空を見上げて、吐いた息が白くなるのをじっと見つめていた。


 

 

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