最終話
ルーズバーグ王国第八代目国王、セオドア・ウォーレン=セシル・メイスフィールド王のリコールは、すぐに王国内を駆け巡り、国民に大きな衝撃を与えた。
詳細は語られなかったため余計に謎が渦巻く中で様々な思惑が国民に飛び交っていたが、次期王となった者にさらに衝撃を受けることになる。
なんと、フレデリック・バーナビー=セシル・メイスフィールドが王へ成り上がったのだ。
セオドアには王妃と十人の側妃と、五人の子どもが居る。
女児が四人と男児が一人だ。そして順当にいけばこの男児が次期国王であったのだが、まだ十歳の彼である。教育はきちんと受けているものの、ルーズバーグという大きな国を動かすにはあまりにも幼すぎたし、当然ながら政に疎い。
それではしばらくは宰相が殿下を支えて……という話になったとき、大臣に最も頼られていた宰相であるギルバート=ホワイトが、セオドアの件で、それに気づきながら止めることもなく傍観していたため暇をもらいたい、と言い出した。
傍観は加担と同等である、という考えを持った、真面目な彼らしい発言である。
すると次には、王と宰相が居なくなったと王宮は混乱。大臣もギルバートを頼りきりにしていた面もあったために自分たちだけでは殿下をお支えしていけない、と嘆き、それにはさすがに公爵家も苦い思いを持て余す。
ちなみに、王妃も側妃も一国を背負わなければならない重圧に顔を真っ青にしていたため、使い物にならないと公爵家は判断した。
そんな重苦しい空気の中、王都第三区公爵領領主であるベンジャミンがのほほんと「ああ!」と手を打った。
「フレデリック様に王になっていただけば良いのでは?」
結果。生粋の王の血を引き継いでいるとして、一度は追い出されたものの、フレデリックが国王として表に立つこととなった。
セオドアの一件でフレデリックの潔白も明るみにされたのだ。当時からのフレデリックの優秀さを知っていた大臣たちは、その話に藁にもすがるように頭を下げていた。
それにはさすがにフレデリックも「都合が良すぎる」と怒っているだろうと、心配したウィリアムが「嫌ならいいんだぞ」と声をかけたが、フレデリックはただ「兄様が守った国を守りたい」と笑った。
そして、側妃の住んでいた後宮は解体。王妃や子をもった側妃は臣籍降嫁し、侯爵位の大臣に嫁いだ。
――セオドアの罪を暴いた直後。抵抗のない王を見てもう終わりととったヴィンセントとリチャードは、セオドアをウィリアムとヴァレンタインにまかせ、すぐさま公爵邸に戻った。
遠目に見ても燃え盛っている公爵邸に二人はだんだんと落ち着かなくなり、ついた頃にはまるで転がり出るように馬車から降りる。
けれど。
「おう、おせえよリック、ヴィンセント」
まるで寝起きであるかのようにあくびをしながら、クリードが火の中から女中を二人担いで出てきていた。そして空からは真っ黒な羽を羽ばたかせたシオが、使用人の女三人を安全な場所におろす。
「ああーいい気分だわ! 火が、火が怖くない! いい気分だわ!」
一種の興奮状態で再び屋敷に突っ込んでいくシオの後を追って、崩れかけている屋敷にクリードも戻る。よく見れば狼男やドッペルゲンガーである影人、その他の怪物も使用人の避難に協力しているようだった。
そんな異様な光景に、ヴィンセントとリチャードは一瞬、思考を放棄してしまう。
「ハァイ、リック、お久しぶり」
まるで焦った様子のないベアトリスは現れた二人に手を振ると、ハロルドもそれにつられて振り向いた。
「ビー! ハリー!」
ヴィンセントが駆け寄って二人を同時に抱きしめると、ベアトリスは頬を染め、ハロルドは少し眉を寄せて苦しそうに顔を歪めた。
「やあ、ビー、ハリー、久しぶりだね。これはどういう状況だろう」
リチャードはつとめて冷静に声をかけたつもりだが、やはり表情は引きつっているようにも見える。
ハロルド曰く、ベアトリスがその身体能力を生かして屋敷から抜け出すと、外で怯えるように火を見ていた怪物たちに魔力を施し、火の影響を受けないようにして、封じの楔を外して屋敷に残った者の避難を促したそうだ。すると逃げるでもなく、怪物たちは従順に使用人を救い出してくれ始めたのだという。
――――離れたところに、アレキサンダーとギルバートが立っていた。
背を向けている二人に隠れて見えにくいが、そこにはリチャードの妻であるシンシアと王都第三区公爵領領主のベンジャミンもおり、四人は何やら話しているようだった。
やがてベンジャミンが二人の視線に気づくと、シンシアもその存在に気づき、彼女は笑みを浮かべてリチャードに歩み寄る。そしてその動きでアレキサンダーもゆっくりと振り向いた。
「償えるとは思わない」
近くまで来た彼は第一声にそう言うと、その意志の強い目を向けたまま、頭を下げることもしなかった。けれどリチャードは何も言わず視線を返し、一方のヴィンセントは何も言えないまま眉を垂れた。
アレキサンダーは公爵位を剥奪された。自分が統括する地方の子爵領主を貶めようとしたのだから、その処分も当然である。アレキサンダーもただ頷くだけで受け入れ、平民の生活へと移った。
そして空席となったオルグ地方統括総責任者、王都第五区公爵領領主に、ギルバート=ホワイトがついた。
彼はひどく渋っていたが、最終的にフレデリックに進言されては断れるはずもない。
彼は傍観していただけで何も加担していない。傍観も加担と同等だというのはギルバート本人の考えであり、事実では悪事を働いていないため白である。さらに最終的にはアルフォード公爵邸に来て全てを語ろうとしたということもあり、なおさら責任など問えるはずもない。そして何より、宰相としての彼の手腕を知っているために、平民にしてしまうのももったいない、という考えからの結果、公爵に落ち着かせたのだ。
ガサガサと草をかき分けながら、ひっそりと佇む家への道なき道を歩む。
ヴィンセントは焦っていた。アルフォード公爵邸が崩れて早一週間。再建は当然始まっており、アルフォード邸の人間には別宅が与えられているが、ヴィンセントの仕事がなくなるわけではない。ましてや、国王が代わり、国が揺らいでいる今、ヴィンセントの立場であればいつもより仕事が増えるのも仕方がない。
つまるところ、あの件より一度としてエレンと会っていないヴィンセントは、彼女がまだ森に居るのかすらも知らないのだ。
(エレンのことだ……もう東洋に帰っているかもしれない)
セオドアの無抵抗を見てリチャードと共に公爵邸に向かったヴィンセントは、エレンを王宮に置いていってしまったことに気付かなかった。それを思い出したのは事が落ち着いたその日の夜であり、当然、それからの彼女の動向は知らない。ウィリアムやヴァレンタイン曰く、いたって冷静に帰った、とのことだったが、どこまでが本当なのかは測り兼ねる。
悶々と考えていると、かつて通いつめていた家が見えてきた。
しかし、以前よりも人の気配を感じない。あまりにも静寂なそこに一気に焦りを感じたヴィンセントは、冷静さも欠いて駆け寄り、乱暴な仕草で扉を叩く。
「エレン! ヴィンセントです! 開けてください!」
声は返らない。それどころか、物音一つしない。
少し前なら「ひっそりと座って話を聞いてくれているんだろう」と思えたが、今回は状況が状況だけに、嫌な予感が胸をかすめる。
「エ、エレン! お願いだ、居るなら開けてくれ! エレン!」
どんどん、と、扉が壊れてしまいそうな音が、森に響く。魔獣が集まってくる気配を感じたが、それすらもヴィンセントにはどうでもよく、ただ目の前の家に全てを集中していた。
「エレン! 居るんだろう! また、ふさぎこんでる、だけ、なんだろう……」
ヴィンセントの上質なズボンの膝が、土に汚れる。力なく座るその姿はがっくりとしていて、傍目にも絶望を感じさせた。
―― 一気に歩み寄れば引いてしまうけれど、ゆっくりと距離を縮めると受け入れてくれるような、深い優しさを持つ彼女。
最後には、ヴィンセントを敵ではないと言ってくれて、信じてくれた。
心根の美しい、それこそ人間よりも潔癖で純粋な鬼だ。
(……東洋……)
決して行けない距離ではない。
それに瞳を強くすると、俯けていた顔を上げる。
それと、同時。
ヴィンセントの目の前に、まだ若い姿のかつての賢王、アルフレッド・バジル=セシル・オレンジと、横で静かに微笑む美しい鬼がロケットペンダントの中に入れられて、ぶらりと揺れて垂れ下がった。
「写真があったんだがロケットがなくてな。名は忘れたが、とある人間がこれをくれた。それを取りに行っていたんだが……おまえは何をしてる?」
ゆっくりと振り返れば、翼の生えた魔獣と、エレンの姿がある。おそらく魔獣の背に乗ってロケットペンダントを取りに行っていたのだろう。
しかし、それを理解するよりも早く、ヴィンセントはエレンの細い身体を力強く己の腕に閉じ込めた。
「エレン! もう居ないのかと思った……!」
左腕一本では抵抗もできず大人しくしているエレンは、ヴィンセントの腕の中で首を傾げる。
「居ない? 何故」
「……だ、だって、きみは、東洋の者だから……帰るんじゃないの?」
「……そうか。そうするのが普通、か」
「え、あ、待って、忘れて! ごめん! 私は何も言っていない!」
言いつつ、ヴィンセントは焦った様子でエレンの顔を見れる距離まで離れると、思ったほか近距離にあった彼女の顔に動揺する。密着している身体は拒否もされないまま、エレンはただじっとヴィンセントの瞳を見つめていた。
「……エレン……その……」
エレンに他意はない。それはヴィンセントにも分かっている。これは悪意のない彼女のクセであり、何かを考えたりする時なども人をじっと見たりする。
分かってはいるのだけれど。
じわじわと顔が赤くなるのが止められない。ヴィンセントはすべてにおいて完璧な男ではあるが、女性のことに関しては一切無知なのだ。
「……実はな、ヴィンセント」
どくりと、心臓が大きく脈打つ。
ただ、初めてエレンに名前を呼ばれただけだ。
それだけのことで簡単に起きた突然の不整脈に息苦しさを感じながらも、ヴィンセント緩く首を縦に振り、先を促す。
「私は王の血を引く生粋の王族として、この国に残らなければならないらしい」
「――え?」
「私もよくは分からんが、フレデリックとかいう人間がそう言っていた。なんだったか……国籍がなんとか、継承がなんとか……」
「!? 王族になるのか!?」
ヴィンセントの手に力が入る。それが痛かったのか、エレンは少し苦しげに顔を歪めた。
「いや、そうじゃなく……ああ、そうだ、『要するに、あなたはここの人です』と言われた」
――――おそらく。
新王となったフレデリックは、エレンに一通りの説明はしたのだろう。しかし当然、エレンがそれを理解するはずもない。もしかしたら、話すら聞いてなかったのかもしれない。それを察したフレデリックは義務的な説明を終えて、最終的には分かりやすく一文にまとめた。
『要するに、あなたはここの人です』
それを、エレンが思い出して一言一句違わず口にした。
なんて、そんな事情を知らないはずなのに、ヴィンセントはまるで見てきたかのように理解した。あまりにも分かりやす過ぎるのだ。
「そう……そっか……よかった」
「それでな」
エレンは、離せ、というように左手でヴィンセントをつつく。
少し抵抗したが、ヴィンセントは渋々、エレンを解放した。
「この住所を知らないか」
エレンが取り出したのは、一枚の紙。そこにフレデリックの丁寧な字で記されている住所は、ヴィンセントには見慣れた、というか彼が二十年間過ごしてきたそこである。
「ここに行くように、と言われたんだが……ん? どうした、おい」
へなへなと、まさにそんな感じで頭を抱えてかがみ込むヴィンセントに、エレンの頭にはハテナしか浮かばない。
一方、頭上からヴィンセントを見下ろしているエレンの心情も知らないまま、ヴィンセントはただ喜びを噛み殺していた。
――今ほど「怪物公爵」としての役割を任されてよかったと思う時はない、と。
ルーズバーグ王国は現在、フレデリック・バーナビー=セシル・メイスフィールドが治めている。
そしてその従順な家臣である五大公爵家が一つ、王都第一区公爵領領主、ヴィンセント・アドルフ・デ・アルフォード・ブラッドリーは、その秀麗な容姿と恵まれた才能で、まだ二十にして国の有名人であった。
しかしながら「怪物公爵」と呼ばれ、王の命で国の安泰のため代々その公爵邸に怪物を保護しているということもあり、一晩限りの関係しか求められない節がある。
それでも「怪物公爵邸でもかまわない!」という猛者も現れ始めた最近ではあるのだが、彼はやはりそれも断っていた。
数年して、アルフォード公爵家はまるで芽吹くように勢いを持ち、当主は以前より人を惹きつけ、何があったのかそれからもまるで加速するように財産を持ち人脈を広げていくのだが、それが鬼の加護であるということを知る者は少ない。




