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怪物公爵と森の鬼姫  作者: 長野智
■本章■

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第十五話







 ルーズバーグ国に存在する公爵家は、王に次ぐ地位であり、王に最も近しい家臣だとも言われている。

 そんな、王都第一区から第五区までの五大公爵家の責任はやはり大きく、その発言力も凄まじい。彼らの一言で地方領民が揺れ、ヘタをすれば王都までも動かす。だからこそ公爵家の人間は公的な発言には気を配っているし、公平な目を以てすべての物事に関わっている。

 少しでも不正なことがあれば王の目に止まることもなく、この公爵家に一つの事象が跡形もなく消されてしまうということも少なくない。


 そんな彼らには唯一、王をリコールすることができるという権利があった。

 五大公爵家の過半数以上の署名と、監査である堅物で有名なバーネット侯爵を頷かせるほどの調査書と事実があれば、ではあるが。


「……な、にを言っておる……私を、王からおろすと言うのか!」

「そのとおりでございます、国王陛下。しかしながら、調べるのに苦労いたしました。あなたは自分の手を汚さず、慎重に物事を進めていた」


 そう言うと、ヴァレンタインは手に持ったカバンから、一冊の冊子を取り出す。


「まずこれが『カーティス』……もとい、ニール元伯爵の証言です。ああ、もちろん彼は今、捕らえて監房に入れてあります」


 さらに、今度は薄い冊子を四部ほど取り出す。


「そしてこれが、ルーズバーグの四地方すべての子爵領から侯爵領を治めている者の、ここ一年間の国王陛下の目撃証言、そして秘密裏にコンタクトを取られたものの証言です」


 最後に、少々分厚めの冊子を取り出す。


「これが……入れば帰ってくるものが居ない、とわかっていながら、無理に王命を受けて『帰らずの森』へと向かわされ、帰ってこなかった騎士たちの家族の証言です。あとはフレデリック殿下の件の資料もありますので、気が向けばご覧になってください」



 セオドアは、姿を隠して地方を訪れているつもりだった。

 森に鬼が居ると知り、いち早く手に入れたかったがために、誰にも言わず何の名目も持たず、見つからないように森へ踏み入れ調査を開始した。

 しかし王という立場の者が、まるで隠れるように森へ踏み入れるその様は少々不審であったために、目撃した領民は最初はもちろん目を疑った。


 そして鬼が各地方の森へと移住し、森に入った者が帰らない、という噂を追うように、王はその噂のある森へ足を踏み入れる。さらに王はそれだけでは満足な確証が得られなかったために、侯爵から子爵まで関係なく、さりげなく鬼について聞き出すためにコンタクトをとっていた。


「最後には『鬼』という言葉が出てくる。私たちはその存在を知らないと言えば、どうしてか怒られた」


 という証言は、コンタクトをとった者たちのほとんどが語ったことである。

 そしてもちろん、王宮を抜け出してどこかに行っている姿も、王宮内で不審に思われていた。


 王の後をつけさせ、森に出向き、なにやら「鬼」について調査している、と調べ上げたのはギルバートではなく一人の大臣であった。しかし王に進言するには恐ろしいことだったために、宰相であるギルバートへ報告したという。その情報は貴方の胸にとどめておいてくれ、とギルバートに言われたからか、その大臣は確かに、公爵家相手にもおどおどとした発言をしていた。


 そうこうしているうちに、とうとう王都の森にも『帰らずの森』という噂が出来上がった。するとすぐに騎士たちは「魔獣駆除に出向け」と命を受けた。


 騎士たちはどこからともなく流れてきた噂で、各地方へ赴くほど熱心に王が森への調査を自らで進め、その正体が分かっているのに隠している、ということを知っていた。そして、必要もないであろうに、騎士たちを森へ向かわせようとしていることも分かっていた。


 この時のセオドアの意思としては、騎士を向かわせることで「鬼が居る」という確証を得たかったのだ。本当にあの森に居るのは、自分の望んだものなのかと。


 しかしながらそれを知らない騎士は「死にに行け」と言われているようにも思え、家族にその話を漏らすのも仕方がない。もちろん語らなかった騎士も多いが、もう死ぬのなら、と半ば愚痴をこぼすように陛下の話をひっそりと配偶者に語った騎士も少なくはない。


 そして何より、ニール元伯爵の夫人、レベッカが、今回のことでおおいに憤慨していた。

 旦那は騙されたのだと。騙され、そそのかされ、爵位を返上させられた挙句、地方へと無理に追いやられた。そして今度は名前を偽り悪事を強要されたと。

 その証言はニール元伯爵の証言と共に添えられており、バーネット侯爵自らが夫婦共に話を聞きに行ったがために信ぴょう性もあった。



 こうしたことが暴かれると、過去にフレデリックを追いやった件も掘り返され、明るみに出た。

 それにはバーネット侯爵は眉を寄せたが、リチャードがハリントス地方で普通に暮らしていたフレデリックを見つけ、交渉し、彼の元にフレデリック自らが証言をしに、そして何より物的な証拠をもってやってきたために、バーネット侯爵もゴーサインを出した、というわけなのだ。




「フレッド……お前だろう! お前が今更私へ恨みを晴らそうとこのようなことを始めたのだ!」


 セオドアが叫び、ずっと悲しげに話を聞いていたフレデリックを睨みつける。セオドアよりも二つ歳が下ではあるが、セオドアよりもうんと落ち着いて見える彼はセオドアの言葉を受けると、さらに悲しそうに眉を下げた。


「……兄様、私は貴方を恨んでなどおりません」

「嘘をつくな! ああ、忌々しい! 昔からそうだった! お前はいつも私の邪魔ばかりをする! 何もかもを持ち、そのくせ何もかもを奪う!」

「違います! 私は兄様のようになりたかった! 兄様のように強く、」

「私は強くなどない!」


 セオドアのその言葉に、フレデリックは緩く首を振る。





 ――兄様、私は兄様のように強くなりたい。


 そうやって笑ったあの日の彼は、まるで手に入らないものを願うような切ない顔で笑っていた。その横顔を見て、セオドアはただ視線をそらすしかできない。


 何もかもを持っていた弟。両親の愛も、国民からの信頼も、さらには才能にも恵まれ、神にも愛されていると言ってもいいほどだ。


 ――何を言ってる……フレッド、お前は何よりも強いじゃないか。私にないものをたくさん持ってる。だからこそ父様も母様もお前を愛する。


 静かな夜だった。王宮も静まり、虫の声だけが響く王宮内にある庭園。色とりどりの花は夜の闇に隠されて、その色は一色にも思える。セオドアは気晴らしに歩いていた。そこに、フレデリックが現れ、セオドアはその雰囲気もあってつい弱音を吐いてしまったのだ。


 ――兄様、私は何も持ちません。確かに私の武才は騎士を惹きつけるでしょう。私の政治力は大臣を惹きつけるでしょう。では……それがなくなれば……私は何が残るのでしょう。


 セオドアは何も持たなかった。だからこそ努力をした。

 自らが地方での生活を体験し、その生活をすることで地方をよく知りこれからに生かそうと、そう考えて、周りの目も気にしないまま地方に出向いた。泥にまみれて手伝いをして、時にはひとつの物事を成し遂げて共に領民と笑いあった。

 そうやって、様々なかけがえのない出会いをした。上辺でない笑顔を見つけた。向けられる喜びを知った。


 暴れ馬だからと弾かれた馬はどこか自分のように思えて、熱心に寄り添った。すると長い年月の中で心を開いてくれて、その馬はセオドアのみに乗馬を許した。



 ――兄様は強い。兄様は、兄様自身に人を惹きつける力を持っている。だけど私は才能でしか人を寄せ付けない。なんと空っぽな人間でしょう。



 セオドアが唯一弱みをみせたあの夜、フレデリックもまた、初めて弱音を吐いた。






「兄様……私は王宮を追い出され、ハリントスに暮らしております。そこで、私自身を愛してくれる女性と出会い、家族を作りました。兄様にも胸を張って紹介したい……だからどうか、罪を償ってください」


 フレデリックの震える声に、セオドアは視線を落とす。


 ――セオドアは鬼を欲していた。アルフレッド王が残した絵姿を見た時からずっと、美しいその生物に囚われていた。


 ふと、エレンに視線を移す。すると、未だヴィンセントに隠れるように座っている彼女の瞳からは、恨みがましい視線が返ってくる。


 アルフレッドは、あの鬼を虜にしていた。けれど無理矢理に連れ帰られ、鬼との約束を果たせないままに王位を継ぎ、けれど鬼の加護を受けてルーズバーグを建て直し、賢王と呼ばれていた。

 どれほどの無念を、心中に宿していただろう。



 ――想いは置いてきた。

 そうさみしげに呟いた男は、何を思ってそれまでを生きていたのだろう。


 

 



「……アディ……すぐに邸に戻れ。きみの大切な者たちの命が危ぶまれている」


 ポツリとこぼされたその言葉に、感情はない。けれどセオドアにはもう抵抗する気力はないのだと理解するには充分であった。


「……言ったでしょう、セオドア陛下。私は運にも恵まれております」


 ヴィンセントはいつものように穏やかに微笑むが、それにはこの部屋に居た誰もが首を傾げた。


「実はここに来る途中、ベニーの馬車と出くわしまして。母も乗っていたので、アルフォード公爵邸に向かってもらうように頼んだのです」


 それに目を丸くしたのはリチャードであり、次にはまいった、と笑みをこぼす。フレデリックはきょとんとしていたが、ウィリアムとヴァレンタインは顔を見合わせて呟いた。



「ベニーがまだここに居ないの、いつもの不運体質のせいかと思ってた……」



 

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