第十四話
ヴィンセントの父であるリチャードは、御年五十を迎えたにしてはまだ見目が若く、三十代後半にも思える外見と、年相応の落ち着いた雰囲気が魅力だと未だに貴族の間では語られている。
そして、ヴィンセントがハロルドやベアトリスと幼い頃から共に居たように、リチャードはセオドア、ギルバートと幼い頃より共に育ってきた。とはいえギルバートはまだ四十も半ばであり、リチャードやセオドアよりはうんと年下なため、二人にとっては可愛い弟のような存在である。
逆に、兄のような存在であった二人はいっそう仲が良かったために、互いをよく理解していた。
「リック……どうしてここに……それに、何故フレッドが……」
ヴィンセントの視線は、セオドアのその言葉で呼ばれた彼に移る。
目元がセオドアと類似しているようにも思える、セオドアよりも少し身長の高いその男は、呼ばれると苦笑を漏らした。
「……お久しぶりでございます、陛下」
フレデリックの地位は、随分前に剥奪された。そのため今は単なる国民と国王である。
恭しく国王陛下への礼をとるフレデリックに、セオドアは半歩後ずさる。
「おせえよヴァル。それにリックも。歳なんじゃねえの?」
「私たちを自分と同じと思わないでくれよ、ウィル」
元気なウィリアムは剣を肩に担いで横に避けると、リチャードが前に出る。それにセオドアがまたも半歩足を下げたが、リチャードはただ座り込んでいる息子に目をやった。
「どうして王宮に来た、アディ?」
「……は、はい。アレックスが不正を行っており、それが王宮に繋がっていることが判明したためです」
「ふふ、やっぱりアディは私の自慢の息子だよ。よくやったね」
慈しむように目を細めると、リチャードは今度、エレンに視線を移した。
「エレン、と言ったね。貴女にも感謝する。息子を守ってくれてありがとう」
それにエレンは緩く首を振ると、警戒しているのか、ヴィンセントに隠れるようにしてリチャードの視線から逃げる。
「――さて、テッド」
先程までの緩やかな雰囲気が一変。底冷えするほどに温度が低下したことに部屋にいた誰もが動けなくなったのだが、リチャードは変わらない笑顔のままだった。
「アレックスのシンディへの気持ちを利用して、彼を手駒として使ったね? 目的は――そうだな。アディを王都より引き離し、その間に鬼の彼女を手に入れようとしたためか。……表立って公爵家が悪事を働いたんだ。秘密裏に行われていたことより、アレックスの醜聞の方に国民は食らいつくだろうからね。テッドが行っていたことなんて、誰も気付きやしないんだろう」
「……リック。王である私に罪を着せるというのか? 不敬にとわれ、処刑されても文句は言えぬぞ」
震える拳に力を込めてそう言うが、セオドアのその言葉はリチャードの笑みによってかき消される。
「……息子が危険なことに巻き込まれたんだ。もちろん自らの命も差し出す覚悟はあるよ」
「勘違いをしているようだ。私はアレックスの件なぞ何も、」
「ずっと不思議だったんだ。ある日突然、テッドから『アドウィン区北区域伯爵領領主として領地を移るよう』と命ぜられた時、テッドは『シンディの身体が心配だから、自然豊かな地で療養せよ』と言ったね。……かつての北区域伯爵領領主であるニール伯爵は、まだ若いがよくできる男だった。確かにそこに移ることはシンディのためになる。けれど、ニール伯爵は爵位を返上するほどの問題を起こしたわけではないし、どうやら侯爵になったわけでもないらしい」
リチャードは伯爵領領主となって、ニール伯爵の動向を追っていた。けれども彼はどうしてかその足跡を残さず消え、何かしらの後ろ盾があるようにも思えるほどには見事に雲隠れを続けていた。それは明らかに不自然なことであり、リチャードの不審感をさらに掻き立てる。
そうやって、諦めずニール伯爵を追っていたリチャードがある日、ハリントスの北区域の報告書を、統括領主であるウィリアムに提出した、今よりおよそ半年前。
珍しく神妙そうな顔をしたウィリアムから語られた事は、リチャードの抱えていた不審感を払拭するきっかけとなる。
『アレックスから、国王陛下の不審な行動についての調査協力が来てる。ヴァルとアレックス主導でやるから、私は協力だけでいいと言われてな。一応、リックにも言っておくよ』
不審な動きには、王都を離れたリチャードには気づけなかった。しかしその調査協力をウィリアムと進めているうちに、ニール伯爵の件と繋がり始めたのだ。
「テッド、貴方は鬼を必死に探していた。少しでも不思議な噂が立つとそこへ出向き、なりふり構わないほどにはね。しかし、公爵へ何の連絡もなく、急くために行動的になり、手段を踏まなかったのが仇となったようだ」
――森へ入った者が帰らない、という噂は、ヴィンセントの居る王都の森だけではなく、地方の森でも囁かれていた。そして「角の生えた女」の目撃証言もあり、セオドアはそこへ単独で出向いていた。王宮を抜け出して、地方視察という名目もつくらず、気を急いだばかりに……。
「それを不審がったのがアレックスであり、調査協力をアルフォード家以外の公爵家へと頼んだらしい」
「ち、父上、しかしアレックスは……」
カーティスという男をアグエイアス子爵の元へと連れて行き、騙した男である。そんなアレキサンダーが王への調査を公爵家に持ちかければ、自らの悪事も明るみに出るだろう。悪事に加担し、けれどそれを暴かれるように公爵家を誘導するというのは、どう考えても矛盾している。
「……アディ、彼はシンディも大事だったが、アディのことも大切に思っている。その狭間で選んだ結果なんだろう。本当に愚かで、馬鹿な男なんだ」
アレキサンダーは、生まれた頃からヴィンセントを見ていた。
そしてヴィンセントも物心ついた頃よりアレキサンダーの存在を近くで感じていて、剣術や馬術がうまくいくと、両親と一緒にまるで自分のことのように喜んでいた。
――ヴィンス! お前は大物になるぞ。俺が保証してやる!
アレキサンダーが嬉しそうにそう言うから、ヴィンセントはもっと頑張りたいと思えて、そして兄のようなその存在に、いつか一人の人間として認められたいと願った。
「あやつ、この私を謀っておったというのか!」
「手駒にする相手を読みきれなかったな、テッド。……カーティスという男の件もそうだ。どうやって彼を隠し続けた? どうやって彼を煽り、共犯者として仕立て上げた?」
リチャードが、今度こそその顔から表情を消す。それにはセオドアも怯み、視線を泳がせる。
「ニール伯爵は気高く、そのような悪事に加担するような男ではなかった。どうやってそそのかし、汚い手で共謀させ、『カーティス』という名でオルグに放り込んだのか」
「私は何も知らぬ! リック! 私とキミの仲だ! 私のことをよく知っているだろう?」
そのセオドアの言動は、このような事実が浮き彫りになっていなければ「この人は悪人じゃない」と思わせるほどのものであった。そこはさすが一国の王というべきだろう。しかしリチャードはその言葉に眉を寄せると、チラリとヴィンセントを見やり、再びセオドアへと視線を戻す。
「ああ、よく分かっているよ、テッド。国民を第一に考え、私のこともシンディのことも、アディのことも大切に思ってくれているキミのことは」
――けれど今、ヴィンセントは全身を痛めつけられ、血を垂らし、顔を腫らしている。
「私はね、許せないんだ、どうしても――……息子を殺そうとしたのが、きみであるからこそ」
震えるその声には、いろいろなモノが詰まっていることは誰が聞いても明らかであった。
――リチャードはかつて、王都第一区侯爵領を治めていた。この親にしてこの子あり、と周囲に言わせる程には完璧な男であり、ただしヴィンセントとは違い全てを極めるまでに追求する性質があった。そんな彼は家族に真っ直ぐな愛情を向けていることで有名で、妻を、また息子を心より大事にしているのは周知の事実である。
だからこそ、息子が最後に会った時とは全く違った風貌で座り込んでいることも、それを手加減なく施したのであろうセオドアに対しても、怒りが湧いてくるのだ。
「はい、とりあえず落ち着いてね、リック」
リチャードの震える肩になだめるように優しく手を置くと、ヴァレンタインはいつものように誰もが癒されるという笑顔を浮かべる。
「そうだぞリック。お前の本気の拳なんか受けた日にゃあきっと顎が外れちまう」
「それだけで済めばいいけどね」
クスクスと微笑むヴァレンタインとウィリアムに少し気が削がれ、リチャードはやっと肩の力を抜く。それに小さく「助かった」とつぶやくと、リチャードは軽くヴァレンタインに手を上げた。
「さて、ここで私の出番ですね、陛下」
ヴァレンタインがスッと、一枚の紙をセオドアに見せる。そこには、第二区から第五区までの公爵家の名前が書かれてあり、正式な手続きも踏まえているという証であるルーズバーグの監査であるバーネット侯爵の印鑑も押されていた。
「ルーズバーグ王国、国王陛下、セオドア・ウォーレン=セシル・メイスフィールドを、我々公爵の名を以てリコールさせていただく」




